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銀河後始末船《リターン》〜誰も受け取らない荷物、承ります〜  作者: たいよう
銀河後始末船《リターン》 〜1〜 皇帝、受取拒否
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01_最後の荷物

休戦からまもなく一年、旧帝都アウレリアはまだ半分だけ落下していた。


環状宮殿の内壁に沿って伸びる大通廊では、重力の生きている区画と死んでいる区画が交互に現れる。運送船《リターン》の船長メル・ハーディは、床を歩いていたかと思えば、次の瞬間には蹴った工具箱と並んで宙を漂い、その先では天井へ向かって落ちた。


「旧帝国は、廊下ひとつに重力発生器を何台つけたの」


「七十二台です」と、耳の通信機から配送AIのハコが答えた。「うち三十一台が稼働、十九台が逆転、二十二台が沈黙しています」


「感想を聞いたんじゃない」


「質問形式でした」


三日後までに払え、という船舶ローンの督促も質問形式ではなかった。操舵席の端末へ赤字で張りつき、閉じても閉じても現れる。《リターン》は商売道具で、寝床で、戦争が終わってから初めて自分の名で持ったものだった。今回の報酬を受け取れなければ、所有者欄からその名が消える。


だから廃都の自動公示が出した怪しい高額契約にも、現役の認可輸送船が一隻しか応札していないという事実にも、目をつぶった。


「四十八時間以内に、王朝最終記録棺・零号を連盟共同港コンコルディアへ。重量一・八トン、危険物なし、開封禁止。積載後の前金三割」


メルは契約内容を読み上げ、曲がった隔壁の向こうをのぞいた。「前金が入れば燃料が買える。燃料があれば着く。完璧な契約」


四本腕の機関士ボグが、二本で手すりをつかみ、一本で検電器を持ち、残りの一本でメルの襟をつかんだ。次の区画の重力は横向きだった。つかまれていなければ、メルは壁へ三メートル落ちていた。


「完璧じゃない」


「どこが」


「床が横」


正論だった。


地下保管庫の扉は、爆撃の跡の底で不思議なほど無傷だった。メルが認可証をかざすと、黄金色の光が彼女を頭から靴まで舐めた。


『皇室運送官の到着を確認。帰還式を開始します』


「積み込み式で十分」


『勅許により、皇室輸送憲章第七条を適用します』


ハコがすぐ割り込んだ。


「契約へ特別規約を追記しました。皇帝または帝権鍵の輸送時、認可輸送船は到着まで保管者となります」


「なお、正式受取権者による受領拒否が三回続いた場合――」


「長い。割増だけ教えて」


「皇室貨物割増、基本運賃の四倍です」


「適用して」


その判断を後悔するまで、十二秒しかかからなかった。


保管庫の天井が割れ、畳まれていた紫の旗が滝のように落ちてきた。百メートルはある布がボグとメルをまとめて飲み込み、さらに開いた搬入口から《リターン》の船体へ巻きつく。どこかで金管楽器が濁った和音を吹き、故障した儀仗砲が一発、天井へ向けて発砲した。


石材と勲章と、首だけになった皇帝像が降ってきた。


「帰還式を中止!」


『皇室運送官に中止権限はありません』


ボグが紫布を切断した。照明が消えた。空気循環も止まった。


「なぜ生命維持まで切ったの」


「同じ線だった」


「直る?」


「直る」


ボグは四本の腕を別々の穴へ差し入れた。照明が戻り、空気が動き、代わりに壁面から千年前の皇室賛歌が大音量で流れ始めた。


「直した。別のものも直った」


保管庫の中央には、艶のない黒い棺が一基あった。装飾はなく、側面に〈王朝最終記録・零号〉とだけ刻まれている。二人は反重力台へ載せ、賛歌と二発目の礼砲に追われて船へ戻った。


貨物室の固定具が閉まる。ハコが積載量を読み上げた。


「明細との差、プラス八十二・三キログラム」


メルは端末を叩いた。「記録装置にしては食べすぎね」


「契約者へ照会します。集荷時刻、封印番号、積載担当者を保管記録へ登録」


「自動公示が返事するなら、ついでに一年近くたまった留守番電話も聞いてきて」


離床する《リターン》の外では、環状宮殿がゆっくり回っていた。半周は戦争で吹き飛び、残った半周にも灯りはまばらだった。かつて三百二十七の星系を支配した場所が、いまでは旗一枚を正常に広げられない。


メルはそれを感傷ではなく、離脱角と衝突距離で見た。船尾に絡んだ紫布を噴射炎で焼き切り、破片帯を抜け、安定航路へ入れる。


「前金を確認」


「未入金です」


「積載後よ」


「積載物の照合が完了していません」


貨物室から、金属の内側を三度叩く音がした。


メルとボグは顔を見合わせた。ボグはレンチを構え、メルは荷崩れ用の電撃棒を抜いた。棺の蓋に細い光が走る。凍結蒸気が噴き、蓋が静かに持ち上がった。


中から男が上体を起こした。


銀を編み込んだ黒髪。血の気の薄い顔。肩章だらけの正装。胸には、歴史資料でしか見たことのない冠を模した紋章があった。男は一年近く眠っていたにしてはまっすぐにメルを見て、最初にこう言った。


「朝食を」


「危険物の申告が先」


「私はオルバン十三世である」


「人名を聞いてない」


ハコの走査光が男を包んだ。


「顔貌一致。血液認証一致。随伴する量子認証片を帝権鍵と照合。貨物内容を訂正します。銀河皇帝一名、生体貨物。重量八十二・三キログラム。生体割増を加算します」


男――最後の銀河皇帝は棺から降りようとし、長い眠り明けの脚で壮麗に転んだ。ボグが二本の腕で受け止める。残り二本はレンチを離さなかった。


オルバンは何事もなかった顔で身を起こし、メルの受領端末へ指を置いた。


「私を連盟へ届けろ」


「敬語」


皇帝の眉が初めて動いた。


「……届けてくれ。帝国を終わらせる」


端末が鳴った。


「生体貨物の積載を確認」とハコが告げた。「前金三割、入金されました」


メルは残高と皇帝を交互に見た。残高のほうが、わずかに現実味があった。


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