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第一章 望月の変 (後編)




「……それで、左右内大臣達ともそろって、余に退位しろと?」


 桐壺の更衣が亡くなってから、二十年あまりの歳月が過ぎた。先の帝も三年前にお隠れになり、その二年前には、十五才の春宮にすでに御位(みくらい)を譲っていた。


 内裏の昼の御座所に座すのは、その二十二の若き帝である。


 帝のまとう空気は抜き身の刃のように鋭く、静謐に澄んでいた。若者の纏うものと思えぬ威厳に、大臣たちは無意識のうちに背筋を正した。


 身の丈六尺(およそ百八十センチ)を越える、武人のごとき見事な体躯。天子を表す黄色の(ほう)をまとったお姿も威風堂々たるもので、比叡山の高僧が「まさしくこれぞ帝王の御身(おんみ)」と褒めたという。


 顔立ちもまた、この世のものとは思えぬほど整っていた。彼を憎む者でさえ、会うたび一瞬は見とれる。――慌てて視線を伏せるのが、宮中の常だった。


 今、帝──貴仁(たかひと)の前に並ぶ三つの首、左右内大臣達も同じである。己の顔など見慣れているはずだというのに、いつものごとく呆けたように見つめてから、あわてて頭を下げた。


 それを、貴仁はとがめる気もなかった。形ばかりの敬意など、どうでもよい。さらには、こちらから口にしてもいないのに、退位して春宮(とうぐう)に位を譲れと言ってきたのだ。


「……主上(おかみ)がご即位されて五年。あまた女御(にょうご)更衣(こうい)に懐妊の兆しがなく……」


 震えるような口調で奏上(そうじょう)するのは左大臣。その横に控える、右大臣、内大臣――いずれも二条藤家の縁者。三大臣の席は、一門が握り潰すように独占していた。


 先帝の第一の妃であった弘徽殿の女御の父が先の左大臣であり、その長子が、そのまま横滑りで今の左大臣となったのである。他の者達も同じようなもの。


 一門に血のつながりもなく、気に食わぬ縁もゆかりもない更衣の子である貴仁が、いつまでも帝であることなど、誰一人として望んでいないのだ。


「そもそも、お妃様方を一人も御寝所にお呼ばれにならねば、その身にお情けを受けることも出来ず、御子が宿る宿らない以前の問題かと……」


 「あけすけながら……」と右大臣が言いにくそうに続けるのを聞きながら、確かにな……と貴仁は内心で思う。


――誰が、呪詛(じゅそ)だらけのお前達の娘など、この身に近寄らせるものか。


 当然、入内してきた女御や更衣もすべて、二条藤家の縁故の姫君ばかりだ。


 子胤(こだね)さえ取れれば用無しとばかりに姫君達には皆、もれなく呪詛付きときている。床入りしてぽっくり逝くほどこちらはやわではないが、あえて毒入りの餅を口にする者もあるまい。


 そもそも、貴仁が春宮であったころから、毎日のように呪詛が飛んできては、蠅のようにたたき落とす有様だったのだ。一つや二つ、いや百ほど受けても死にはしないとしても、自分の周りをブンブンと飛び回る虫くらいは、誰だって追い払うだろう。


 それで高名な僧や陰陽師が幾人、使いものにならなくなったか──など、知ったことではない。


「さらに畏れながら……」と、続けて内大臣が口を開く。順番でも決まっているのか? と貴仁は思う。左右大臣の横の頭が動くのをそのまま眺めていた。


「都では妙な噂が流れておりまする。夜な夜な現れる恐ろしき人斬りのバケモノ。血濡れの刀を持つ美しき獣が、まことまこと信じがたいことに、主上(おかみ)その人であられると」


 ほう……そこを突いてきたか。だが、実のところ人斬りのバケモノではなく逆である。バケモノ斬りの人陰だ。血濡れの刀という噂も当たってはいるが、それは人に仇なす物の怪の血だ。


 この都の闇に(うごめ)く異形のものども──その闇の深さは目の前の大臣達の性根と、さほど変わりはしない。


「主上が春宮様の頃より、夜歩きにお出かけになられていることは、側仕えの侍従(じじゅう)、女官達のあいだで知らぬ者はおりませぬ」


 最後に右大臣が締めくくる……ということは、最初から相談していたのだろう。なにしろ、この三人、打ち合わせもなしに貴仁を前にすると、その威圧に口ごもり、ろくな奏上(そうじょう)も出来ぬまま、そそくさと退席するのだから。


「みな口にするのもはばかれることと、今まで見て見ぬふりをしていたのでございます。なにとぞ、なにとぞ、ことが露わにならぬうちに、ご退位し、お静かなご余生を……」


 言葉だけなら、いかにも忠臣ぶった物言いだ。しかし五年──まあ、保ったほうか。先帝である父は生来の病弱であったが、貴仁が位について二年は上皇として後見し、その父の死後さらに三年。その間にも、自分を亡き者にしようと数々の呪詛(じゅそ)が飛ばされた。その呪詛も効かぬとなると、とうとう直接手を下してきたのだ。


 あろうことか、帝の寝所に刺客が差し向けられた。


 貴仁は自ら太刀を執り、瞬きほどで斬り伏せた。


――血に濡れた刀だけが残り、それが噂になった。


 その貴仁に見据えられて、大臣達は「ひっ!」と息をのみ、腰を抜かした無様な姿で「バケモノ……」とつぶやいていたのは、さてどちらだったか──いや、両方であったか。


「そなたらの望み、あいわかった。余は春宮に位を譲ろうと思う」


 その言葉を聞いたとたん、三大臣ともに喜色満面のぱあっと光が差した顔となる。なんと露骨な……と貴仁は冷ややかに眺め呆れながら、続けた。


「だが、出家はせぬぞ」


「あ、いや、それは主上(おかみ)……」


「すでに押し込める……いや、いや、嵯峨野(さがの)御堂(みどう)をご用意して」


「なりませぬ、なりませぬ。不吉なお噂を打ち消すには、ご退位と同時に御出家なされるのが一番かと」


 左大臣が言葉に詰まり、右大臣は「押し込める」と本音を半ば口にしかけて慌てて言い直し、内大臣は()()でも出家なされよと口早に言いつのる。


 退位だけでは、貴仁は上皇ということになる。それでは先の帝として(まつりごと)に口出しが出来る身だ。ゆえに出家させ、俗世から切り離し、嵯峨野の御堂だか座敷牢だかに押し込めるまでが、大臣どもの計画のうちなのだろう。


 誰が、その思惑通りになるものか。


 昼の御座所を囲む御簾の向こうから、ずっとこちらをうかがう気配がしている。荒々しい(さむらい)どもを、この殿上(てんじょう)にまであがらせるとは、用意がよすぎる。


 貴仁があらがったならば、無理矢理押さえつけて髪を落とさせ、嵯峨野へと押し込めるつもりだろう。


 これが本当の力尽くだ。立派な反乱であるが。


「さて、そなた達も、ながらく余に仕えてくれた」


──五年だ、ながらくもない、と貴仁は内心であざ笑う。


「これは、その"貢献"に対する、余からの贈り物だ」


 伏し目がちに冷や汗をかいていた大臣達が、なにか見えない手にすくいあげられたかのように、一斉に、首と顎の区別もつかぬ下ぶくれの顔をあげた。


 そして、黒く沈んでいた貴仁の瞳が一瞬、金色に光る。その視線に見据えられた刹那、三人はそろって魂の抜けたような顔となった。


 彼らが見たのは、自分達が死後、送られるであろう地獄の光景であった。


 針の山を登らされ、煮えたぎる血の池でもがき、地獄の獄卒に金棒で打ち据えられ、カラスに全身をついばまれた。それでも死んでいるがゆえに死ぬことも許されず、翌朝には傷が元どおりとなり、ふたたび同じ苦痛を味わうことになる──終わりなき責め苦。


 それは現在の自分達の生きた歳月より遥かに長い。何百、何千年という気の遠くなるほどの、許されぬ悔悟の日々である。


 彼らは、その永劫にも思える責め苦を、ただ今のまばたきひとつ、刹那のうちに味わったのであった。


 耳をつんざくような絶叫が、三つの口から同時にあがる。御簾のかげで待機していた者達が、あわてて殿中へ飛びこんで来た。


 そこにあったのは、美食と酒でまるまるとした三つ子のような身体が三つ、ぶるぶると震えている光景であった。いずれも同じく呆けた表情を浮かべてはいるが、見たところ外傷はない。詰めかけた武者姿の者達は怪訝に眉を寄せ、顔を見合わせた。


 その瞬間。


 ゆらゆらと不安定に揺れる三大臣の頭から、ずるりと冠が落ちた。その光景に、その場の誰もが硬直し、驚愕に顔をこわばらせた。


 宮中で、頭から冠を落とすことは最も非礼とされる。それだけで官位を剥奪された者さえいるほどだ。大臣であっても、無事ではすまない。


 しかし、床に落ちたのは冠だけではなかった。いずれも黒々ととぐろを巻く"なにか"も落ちていた。


 それは(まげ)であった。三人とも、すべての髪が抜け落ちていたのだ。てかてかと輝く三つの丸い頭が並ぶさまは、いっそ滑稽(こっけい)とさえ言えたが、それを見た者達は一様に青ざめ騒いだ。


御髪(おぐし)が! 御髪が!」


「これでは戻しても頭から滑り落ちて……」


 そんなことを言っている場合ではないが、たしかに髪がなければ髷も結えず、そこに冠を留めることも出来ない。殿上人にとっては、実にゆゆしき問題であった。


 「怪異ぞ! 怪異ぞ!」と騒ぐ声に、幾人かがなにかに気付いたように御座所を振り返った。だが、そこには、すでに黄色の(ほう)をまとった長身はなかった。


 興が冷めたとばかりに、貴仁は小さくため息を一つつき、その場をさっさと後にしていたのだ。


◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇


 三大臣はその日のうちに出家(しゅっけ)し、隠居した。髪を失ったことに加え、我に返った本人達が泣きわめき、「あのような地獄には行きとうない。このうえは御仏にすがり、後世(ごせ)安寧(あんねい)をお祈りするしかない」と口を揃えて繰り返し、留める家人も家臣も振り払って頭を丸めたのだ。いや、もうすでに丸める髪もなかったが。


 その後、三人はすべてを捨てて念仏三昧の日々に入り、後ろ盾を失った息子や姻戚の者達は、転げ落ちるように失脚し、二条藤家は没落していった。


 かつて宮中を牛耳った一門の凋落は、都人にとっても格好の噂の種となった。御座所での出来事は、月夜に語られる怪談、いや笑い話として。


 貴仁は退位し、次の春宮(とうぐう)として、先の三大臣達が傀儡(かいらい)にしようとしていた、先々帝のひい孫にあたる東久邇宮(ひがしくにのみや)親王が即位する。二条藤家に成り代わろうと、他の藤家や別の家々も動いたが、いずれもどんぐりの背比べ。仲良く大臣や大納言の役職を分け合い、にらみ合っている状態であった。


 さて、上皇となった貴仁は、母の生家であり、祖父母も亡くなって誰も住まなくなっていた三条の家を仙洞御所(退位した帝が住まう御所)とした。彼は三条院(さんじょういん)もしくは三条殿と呼ばれるようになる。かくして、二条藤家が失脚した後の宮廷に、なお多大な影響力を残すこととなった。


 本人は普段こそ隠居の身を気取り、(まつりごと)など関心はないという風を装っているが、肝心な時には必ず表に姿を現す──宮廷人に畏れられる存在として。


 誰もが、髪も冠も失いたくはないものだ。






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