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礼金無双のマンションオーナー ~相場よりも安い賃料でカモを釣り、住人の秘密を暴いて即追い出す~全室隠しカメラ完備ですが、覗きが趣味ではありません  作者: 団田図
第4章 潜入捜査官 相馬武次(42)

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第17話 突入せよ

 その瞬間、世界が反転した。


 窓ガラスが乱暴に開け放たれる音。

 私の鼓膜を震わせたのは、死神の鎌が風を切る音ではなく、重厚なブーツが床を踏みしめる轟音だった。


「突入! クリア!」

「対象確認! 二時の方向!」


 ベランダから雪崩れ込んできたのは、黒ずくめの集団だった。

 フルフェイスのヘルメット、暗視ゴーグル、そして短機関銃。

 組織の処刑部隊か。ついに年貢の納め時が来たのだ。

 私は半狂乱になり、握りしめた拳銃を突き出そうとした。


「うわああああっ! 来るな! 道連れにしてやる!」


 だが、私の抵抗は赤子の手をひねるように無力化された。

 先頭の男が私の手首を瞬時に極め、銃を床に弾き飛ばす。視界が回転し、冷たいフローリングに顔を押し付けられた。


「確保! 対象を保護しました!」

「こ、殺すならひと思いにやれ!」


 私は喚いた。拷問されるくらいなら、今すぐ頭を撃ち抜いてくれ。

 だが、頭上から降ってきた言葉は、予想もしないものだった。


「落ち着いてください、相馬武次さん。我々は敵ではありません」


 抑揚のない、事務的な声。

 拘束の圧力がふっと弱まる。

 恐る恐る顔を上げると、男の一人がヘルメットのバイザーを上げ、警察手帳を目の前に掲げていた。

 そこには、菊の御紋と『内閣情報調査室』の文字が輝いていた。


「な……内調……?」


 思考が停止した。

 なぜだ。警察組織の一部は、既に『ウロボロス』が監視の糸を張っている。

 裏切り者のリストでもない限り、その糸をかいくぐって助けなど来るはずがない。ましてや、こんな極秘の隠れ家に、ピンポイントで突入してくるなど。


「ど、どうしてここが……? あんたたちは、組織の手先じゃないのか?」


 私の問いに、隊長らしき男は短く答えた。


「『匿名の市民』からの通報です。あなたの身柄とデータと引き換えに、証人保護プログラムを適用するよう取引が成立しています」


「匿名の……市民?」


 誰だ、それは。

 私のことなど、誰も知らないはずだ。

 組織からも、警察からも見捨てられ、このコンクリートの箱の中で腐っていく運命だったはずだ。


「さあ、急ぎましょう。敵の包囲網が再構築される前に離脱します」


 隊員たちは手際よく私を防弾ブランケットで包み込むと、まるで壊れ物を扱うように抱え上げた。

 私は荷物のように運ばれながら、部屋の中を見回した。

 家具一つない、殺風景なワンルーム。

 半年間、一度も訪れず、最後は墓場になるはずだった場所。


 ふと、天井の隅にある火災報知器が目に入った。

 赤いLEDが、まるでウインクするように一瞬だけ点滅した気がした。


(……まさか、な)


 誰かが見ていてくれたのか。

 この孤独な戦いを。誰にも知られず消えていくはずだった命を。

 顔も名前も知らない誰かが、その「目」で見守り、国を動かしてまで救い出してくれたというのか。


 裏口へ向かう搬出ルート。

 装甲車の重いドアが開き、私はその中へと押し込まれた。

 車内は薄暗く、電子機器の光だけが明滅している。

 ドアが閉まる直前、私は隙間からマンションを振り返った。


 『レジデンス・アルゴス』。

 百の目を持つ巨人の城。

 重厚な石造りの外壁は、夕日を浴びてどこか誇らしげに輝いていた。


(……ありがとう。ここに来てよかった)


 声にならなかった感謝が、涙となって頬を伝う。

 誰だか知らない守護者よ。

 あんたのおかげで、俺はまだ戦える。

 死んでいった仲間たちの無念を、必ず晴らしてみせる。


 装甲車が静かに発進する。

 私の人生を救った奇跡の要塞は、バックミラーの中で小さくなり、やがてビルの谷間へと消えていった。


+++


 騒動が去った後。

 レジデンス・アルゴス、五〇一号室。通称コクピット。


 私はモニターに映し出された静寂を前に、深くシートに背を預けた。

 二〇二号室のカメラには、もう誰も映っていない。

 床に散らばっていた相馬の私物は回収され、あとは彼が這いずり回った痕跡が埃の上に残っているだけだ。


 ピロン。

 手元のタブレットが、軽快な通知音を奏でた。

 不動産管理システムからの通知だ。


『二〇二号室:契約解除手続き完了』

『違約金・原状回復費:入金済み』


「ふぅ……。やれやれ、これで一件落着か」


 私は満足げに頷き、画面上のステータスバーを操作した。

 『賃貸中』の赤いアイコンをタップし、『即入居可』の緑色に切り替える。

 これで、明日からまた新しいカモを募集できる。

 次はどんな人間が来るだろうか。

 相場より安い家賃に釣られてやってくる、欲深き子ガモたち。

 もちろん、彼らの人生を覗き見て楽しむことが目的ではない。

 彼らが、バッドエンドをむかえようが、ハッピーエンドをむかえようがどちらでもいい。早く退去さえしてくれれば。


+++


 私は一仕事を終えた区切りにコンビニへ行くため、マンションのエントランスまで降りてきた。

 すると背後から声がした。管理人の荒矢吹あらやぶき翔龍しょうりゅうだ。

 手には湯気の立つコーヒーカップが二つ。


「オーナー、お疲れ様です。コーヒーどうですか?」

「ああ、ありがとう荒矢吹さん」


 彼は無骨な手つきでカップを私に手渡すと、少し不審そうな顔で言った。


「先ほど、裏口の方で少し騒がしかったようですが? 黒い車が数台、猛スピードで走り去っていきました」


 さすが元刑事。耳が良い。

 だが、彼に真実を話すわけにはいかない。

 国家を揺るがす機密データの取引も、特殊部隊の突入も、彼の中にある「平穏なマンション管理」という世界観には馴染まないからだ。


 私はコーヒーを啜り、何食わぬ顔で答えた。


「ああ、あれね。二〇二号室の引越しだよ」

「二〇二号室? そうですか。といいますか、一度も住人の姿を見たことが無かったような…」

「急な転勤が決まったらしくてね。引越し業者が少し荒っぽかっただけだよ。まあ、立つ鳥跡を濁さずとはいかなかったが、費用はきっちり頂いたから問題ない」


 荒矢吹は「そうですか」と短く頷き、興味なさそうに窓の外へ目をやった。


「傷でも残っていたもんなら引越し会社にクレームを入れてやりますよ」

「心強いですが穏便に頼むよ、管理人さん」


 私は苦笑した。

 彼にとって、国家の命運をかけた脱出劇よりも、エントランスの泥汚れの方が重大事なのだ。

 この男がいる限り、レジデンス・アルゴスの平和は盤石だ。


+++


 荒矢吹と別れてコンビニへ行き、アルコールとつまみを少々購入して部屋へ戻った。

そして、再びモニターに向き直った。

 画面の中で、無数の監視カメラが明滅している。

 一〇二号室では女子大生が電話で嘘をつき、三〇五号室ではサラリーマンが隠れて押し入れで大麻を育てている。


 相馬武次の人生を救った奇跡も、国の運命を変えた取引も、このマンションにおいては「日常の事務処理」の一つに過ぎない。

 すべては、私の「莫大な相続税」の支払いのために。


「さて、仕事に戻るか」


 私は新しいビールのプルタブを開けた。

 プシュッという小気味よい音が、要塞の中に響き渡った。


 そういえば、なぜ彼は私がエントランスに降りたところでコーヒーを2つ手にしていたのか?

まぁいい。


第4章 完



ここまでお読みいただきありがとうございました。

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