20、死の原因になった病の正体
いつものように、放課後にノエインの授業が始まった。
場所は訓練棟のとなりにある土の地面が広がる屋外スペースだ。
「あの、実は質問があって……」
私がそう切りだすと、ノエインはちらりとこちらを見て短く答えた。
「ノルマをこなしてからだ」
それもそうだと思い、私はまず彼の指導を受けることにした。
今日の課題は、土の魔法で形になるものを創りだすこと。
ノエインが無言で片手を軽くかかげると、地面から土が盛りあがった。
彼の手の動きに合わせて、みるみる形を変えていく。
やがて現れたのは、大きな狼だった。
無機質な土のはずなのに、目つきも牙の形も生きた獣のような迫力がある。
筋肉のうねりまで再現されていて、まるで本物の獣みたいだった。
彼が指先を動かすと、それに合わせて土の狼は軽やかに立ちあがった。
今度は彼が手を動かすと、土の狼はひょいっと走りだした。
「す、すごい」
思わず声がもれたその瞬間、ノエインはぱちんと指を鳴らした。
それと同時に狼はふっと崩れて土へ還った。
「今のが魔力値50程度でできる。やってみろ」
「ええ? そんなの無理だよ」
「やれよ」
冷ややかな表情でさらりとそう言い放つ彼に、私は言いようのない気分にかられた。
意識を集中させて魔力を放出する。以前よりは少し強い魔力になっている気はする。地面から土が舞いあがり、それがみるみる形となって、可愛らしい兎ができあがった。
それも、手のひらサイズだ。
「……ガキの玩具作ってんじゃねーよ」
ノエインの容赦ない言葉に私は「ごめんなさい」と言うしかなかった。
「魔力値20ってところか」
「え? すごい。二桁出せた!」
「喜ぶなよ。この程度で」
「す、すいません」
えーん、若い頃のノエインがこんなに冷たいなんて思いもしなかったよー。
「まあ、いいや。前よりマシになってる」
「ほんと?」
また全面に喜びを出そうとしたらじろりと睨まれたので、私は真顔になった。
「で、俺に質問とは?」
あ、覚えててくれたんだ。よかった。
私は気を取り直して、質問を口にした。
「ある病について訊きたいの。症状はわかるんだけど、病名がわからなくて……」
「俺は医者でもないし、魔法薬学専門でもないぞ」
「うん。でも、もしかしたらわかるかもしれないなって」
ノエインは眉をひそめる。けれど、軽く嘆息してから続けた。
「どんな症状?」
「ええっと、原因不明の発熱が続いて、熱が下がったあとはずっと倦怠感が続くの。ひどいときは幻覚が見えたり、手足がしびれたりするの」
「他には? たとえば食欲とか」
「急に野菜が食べられなくなるわ。果物は大丈夫なの。むしろ果物がすごく食べたくなっちゃう」
ノエインは腕を組んで何かを考え込んでいるようだ。
私は晩年に現れた症状を補足した。
「症状が悪化してきたら目も見えづらくなるの」
ノエインは何かを思いたったように、顔を上げて私をまっすぐ見た。
「吐血は?」
「あったわ! そんなに多くはないけど、目が見えなくなってきた頃からよく咳き込んで血を吐いたりした」
話しているうちに自分に起きたことをそのまま話していることに気づき、慌てて付け加える。
「えっと、知り合いがね」
「そうか。それは末期症状だ。残念だが、医者に見せても助からないだろう」
「病名がわかるの?」
ノエインは私をまっすぐ見つめて、はっきりと告げた。
「メンベリア中毒症だ」
聞き慣れない言葉に、私は言葉に詰まった。
ノエインが説明を続ける。
「メンベリ草を日常的に摂取していると、体内で毒素が溜まり、やがて発症する。症状は君の言った通りだ」
ノエインは私を手招きして森のほうへ向かう。
「実物を見せてやるから来いよ」
「あるの?」
「ああ。どこにでも生えてる」
そんな毒がどこにでもあるなんて、いったいどんな植物なのだろう。
そう思いながらノエインについてエルカノの森へ足を踏み入れると、しばらく歩いたところにたくさん生えている草があった。
それは私もよく知っている草だった。
「これ、メブラ?」
「ああ。庶民のあいだではそう呼ばれている」
「でも、これは食べられる草でしょ? ほうれん草の代わりに料理に使ったりするよね」
「そうだ。特に貧しい民のあいだで野菜の代わりに使われる」
「これが毒なの?」
「俺たちにとっては毒になる」
「どういうこと?」
ノエインは腰を屈めるとその草を数本抜いて、それを見つめながら説明した。
「この草の成分が魔力と反応して毒素になる。だから、魔力を持たない者が摂取しても健康に害はない。平民の中で魔力を持つ者は稀だから気づかず食事に使われている。たとえ魔力を持っていたとしても、味で判別できるから常用することはない。かじってみろ」
ノエインは私に草を差しだす。
彼はその場で水魔法を使い、その草を軽くゆすいだ。
雫の滴るその草を、私は少しためらいながら口に含んだ。
「うっ、苦っ……」
「そうだ。魔力のある者はそもそも食べられない」
「でも、カイ……私の知り合いはずっと食べていたの。普通に食べられていたのに、どうして毒になったの?」
「魔力値が低いか、あるいは自覚していないからだ。味の違いに気づかない。だから知らないうちに常用して体内で魔力と反応し、毒素が蓄積された。メンベリア中毒症になる者は、だいたい自身の魔力に気づいていない者が多い」
「じゃあ、私の知り合いは……」
カイラは魔力を持っていたの?
それを知らずにメブラをずっと食べ続けていた?
だけど、私がメブラを食べるようになったのは、辺境伯に嫁いで夫と死別してからだ。
義理の息子に追いやられて、食事をほとんどもらえなくなり、近くの森でいくらでも生えているメブラを使ってスープを飲んで空腹を満たした。
だけど、病の症状は今のカイラ……そう、17歳のときからあったのよ。
ということは、私は知らないうちにこの草を食べさせられていたんだわ。
野菜スープに混ぜられて。
「貴族が食べるものじゃないわ」
「まあ、雑草だからな。食事に出ることはない」
ノエインは淡々とそう言った。
だけど、私の胸中はアンデル家に対する怒りで震えていた。
あの家はどれだけカイラを貶めれば気がすむのだろう。
カイラが気づかないからって、野菜の代わりに草を食べさせるなんて。
アンデル家は財政難で食事も質素になっている。とはいえ、リベラと両親の食事を節約することはあまりできない。しかし、部屋にこもって外出をしないカイラなら問題ないと思ったのだろう。
考えてみればあまりに不自然だった。
毎日の食事が野菜スープと硬いパンだけなんて。
あのパンが食べ頃を過ぎたものだとはわかっていたけれど、まさかスープが雑草だったなんて。
「この病は治るの?」
「末期なら症状を緩和させることしかできない」
「じゃあ、初期なら?」
「完治する可能性はある」
わからない。いつから食べさせられていたんだろう?
たしか野菜スープが頻繁に出されるようになったのは、外出を控えるようになってから。
カイラだった頃も体が弱くて頻繁に寝込んでいたから、学校を休むことが多かった。
貴族学院に入学してからはそれが顕著になり、医師に肉類は消化によくないから食べないように言われて、野菜スープ中心の食事に変わった。
だとしたら、もう1年以上食べている。
「どちらにしろ、魔法薬学専門の医師に診てもらったほうがいい。診察料が高いけどな」
ノエインの言葉に私は複雑な思いがした。
あの両親が高額な医療費を使ってまでカイラに診察を受けさせるとは思えない。
「薬は手に入らないの?」
「魔力減退作用があるから悪用されないよう医師の処方でしか手に入らないようになってる」
どうにかしてカイラを専門の医者に診てもらいたい。
鐘が鳴り響く。
ノエインの授業の終了の合図だ。
「わかった。ありがとう。一つ勉強になったよ」
「もし医者を探すなら俺の知り合いに訊いてやるよ」
「ありがとう」
私はお礼を言ってすぐに帰ろうと思ったけど、とっさに振り返ってスカートの裾を持ち、カーテシーをおこなった。
「本日もご指導いただきありがとうございました」
「……普通でいいって」
そんなふうにぼやくノエインは、案外嬉しそうに口もとに笑みを浮かべていた。
私はその足で、放課後に図書館で勉強しているリベラのところへ急いで向かった。
 




