21、証拠を見つけて原因の特定
広大な吹き抜けの空間に、天井近くまで届く壁一面の本棚。
貴族学院最大の中央図書館だ。
優雅な曲線を描く螺旋階段を、私は急ぎ足で駆けのぼった。
静寂な自習室にはまばらに生徒がいて、その中のひとりである分厚い本を読む友人に私は背後から声をかけた。
「リベラ」
「あ、ミレア。特別講習お疲れ様」
「うん。あのね、話があるの。カイラの病気のことなんだけど」
私はノエインから聞いた病名を伝え、カイラの症状と似ていることを説明した。
ミレアはその病気のことを耳にしたことがあると言い、ふたりでその病気についての本を探して読んでみた。
そのページには病気についての詳細が記されている。
<メンベリア中毒症>
メンベリ草に含まれる成分が体内の魔力と反応し、毒素へと変質する。
魔力を持たない者には無害だが、体内にわずかでも魔力を有していれば影響を受ける。
長期的な摂取により中毒症状が現れる。
初期症状は長期間にわたる発熱や倦怠感。進行すると幻覚、神経麻痺、吐血、視力障害など深刻な症状へと悪化し、最終的には死に至る。
「本当にこの病気なの? 私は今まで料理に違和感はなかったわ」
「うん。きっとカイラの食事にだけ使われているんだよ」
「そんな……」
「信じられないかもしれないけど、調べてみてもいいかもしれない」
「……うん」
リベラはやはり半信半疑という感じだ。
ここに書かれてある症状は私が末期に体験したことであって、17歳のカイラはまだ軽症だからあまり当てはまらない。それに、これが真実だとしたら、カイラの食事に雑草が使われているということ。
貴族の屋敷の厨房にそんなものがあるはずないし、あってはならない。
私はその足でリベラとともにアンデル家へ向かった。
すっかり日が落ち、夜が訪れた邸宅内では、執事が急な私の来訪に渋い顔をした。だけどリベラはそれを無視して、使用人たちに「お茶の用意は不要」と言って、私と一緒にまっすぐ厨房へ向かった。
厨房では数人の使用人たちが手を止め、だらけた様子で談笑していた。けれど、リベラの姿に気づくと彼らは慌てて作業を再開するふりをした。
リベラは無言で彼らを見つめると、そのまま炊事場の奥へと足を進める。
私は野菜の入った籠を見つけ、目でリベラに合図を送った。すると彼女はこくんと静かにうなずいた。
そしてリベラがそっと手を伸ばした瞬間、料理人が慌てて立ちはだかった。
「ここは、お嬢様の来られる場所ではありませんよ」
「それを見せて」
「ただの野菜ですよ」
「それなら見てもいいでしょう?」
「いくらお嬢様でも仕事の邪魔をされては困ります」
料理人はあきらかに焦っている。
「さあ、食事の準備を急がなければ旦那様に怒られますゆえ」
逃げようとした料理人の前に、リベラがすっと右手をかざした。
次の瞬間、風魔法が発動して籠の中の野菜がふわっと宙に舞いあがった。
葉物野菜の中から次々と現れたは大量のメンベリ草だ。
床に散らばったメンベリ草を見て、料理人は顔面蒼白になった。
リベラはすかさず問い詰める。
「なぜ雑草が厨房にあるの?」
「そ、それは、使用人たちの賄いに使うのです」
しらを切るつもりなのだろう。
私はふと鍋でぐつぐつ煮立つスープに目を向けた。
その匂いに胸の奥がざわつく。間違いない。これは、私がこれまで何度も口にしてきたあの野菜スープだ。
「これはカイラの食事に出すスープだよね?」
「だから、使用人の食事だと言っているではありませんか!」
「私の知り合いに魔法薬学専門の医者がいるの。カイラの体調を見てもらえばすぐにわかるわ」
「な、何を……だって、カイラお嬢様は魔力がないのだから無害でしょう?」
料理人が引きつった笑みを浮かべながら口にしたその言葉に私たちは確信した。
「お姉様はメンベリア中毒の症状があるの。お医者様に診断してもらったら、原因は食事にあると判断されるわ。ここにメンベリ草もあるから証拠になるわよ」
リベラに指摘され、料理人は膝をついた。
そして言い訳を口にする。
「私は命令されてそうしただけです。すべては旦那様がお決めになったことです」
その言葉に私は驚愕し、足が震えた。
あの父親ならやりそうだと納得しそうになるけれど、それでも実の娘だからまさかという思いもあった。
「ひどいわ。なんてこと……」
リベラが言葉を詰まらせる。
料理人はあくまで自分の責任ではないと主張する。
「カイラお嬢様は魔力もなく、健康に害はないとのことでしたので、我々も安心して提供しておりまして……」
「聞きたくないわ! いくらうちにお金がないからってこんなものをお姉様に食べさせるなんて!」
リベラは怒りを露わにして、その勢いで魔力を放出した。
鍋をかけた火の勢いが跳ねあがり、壁に吊るされた調理器具が音を立てて揺れる。床に置かれた瓶が転がり、水桶の水があふれだした。
使用人たちは悲鳴を上げて逃げだしていく。
「リベラ、落ちついて!」
私は慌てて彼女の腕を掴んで呼びかけた。
リベラはハッとした表情で目を見開き、どうにか呼吸を落ちつかせる。
そのとき、騒ぎを聞きつけた父が厨房に現れた。
「これはいったい何事だ?」
メンベリ草が床に散らばっているのを見た父は険しい顔つきになった。
リベラが必死の形相で問いかける。
「お父様、お姉様の食事にメンベリ草を使っていたのですか?」
私は冷静に父の顔を見つめた。
彼がどう答えるのか、もうわかっているからだ。
父は怒りの表情に変貌し、料理人に向かって声を荒らげる。
「なんだと? 我がアンデル侯爵家の料理に雑草が使われているとは、とんでもない話だ!」
ほら、やっぱりね。
私は呆れを通り越して笑いがもれてしまった。
「そ、そんな……旦那様のご命令で私は……」
料理人が言いかけると、父はそれを遮るように鋭く言い放った。
「即刻解雇だ! 給金はなしだ。当たり前だろう。アンデル家を侮辱したのだからな!」
「そんな……私はただ」
「黙れ! アンデル家には魔力を持つ者がいるんだ。殺人未遂の罪で貴様を牢獄送りにしてもいいんだぞ」
料理人は絶句し、驚愕のまま立ち尽くした。
やがてすべてを悟ったように肩を落とし、無言で厨房をあとにした。
リベラはおずおずと父に懇願する。
「お父様、お姉様をお医者様に……」
「雑草は排除した。カイラにはきちんとした食事を出させよう。心配はいらない」
「でも……」
「しかし、カイラにも魔力があったとはな。少しは役に立ってくれるだろう」
父はリベラの訴えを無視し、よそへ視線をそらしたまま、にやりと笑みを浮かべた。
私はもう慣れているけれど、リベラにはあまりに酷な現実だ。
唇を噛んで涙をこらえるリベラを見て、私は胸が痛くなった。
方法は一つある。彼の性格を熟知している私にしかできないことだ。
「あの、侯爵様。もしよければ、エヴァン家のかかりつけ医師に診察を依頼してもよろしいでしょうか? 診察料は特別に安くしてもらえます」
父は訝しげに眉をひそめ、私を見た。
「グランヴェール公爵家も懇意にしているお医者様です」
ごめんね、ノエイン。あなたの家を利用させてもらうわ。
「ふむ、そうか。それほど腕のいい医者なら信頼できるだろう。間違いなく安価で診てくれるのだろうね?」
「はい。大切な私の友人の家族ですから、両親も快く動いてくださるでしょう。困ったときはお互い様ですもの」
「好意を受け入れよう。カイラに医者を呼んでくれ」
「すぐに手配しますね」
父は満足げに笑みを浮かべながら、さっさと厨房をあとにした。
リベラは涙を流しながら、私に抱きついてきた。
「ありがとう、ミレア。このお礼をどうやってお返しすればいいかしら?」
「カイラもあなたも私にとって大切な人だもの」
「ミレア、一生友だちでいさせてね」
「もちろん。私もだよ」
「うん」
私は泣きじゃくるリベラをそっと抱きしめた。
とにかくこれで、カイラの未来を少しでも変えることができる。
少なくとも、あんな悲惨な死を迎えることからは遠ざけられたはずだ。
今世ではカイラもリベラも、私が必ず守ってみせる。




