Sho 出張先で彼女を想う
12月に入り1週目は、出張の後半となる。
毎日セッテングされた会談は、充分に準備はされているが、最終決済を伴うので気は抜けない。
そんな中、沙弥香とのちょっとしたメッセージのやり取りや、週に2度ほどの短い電話が、息をつける時間だった。彼女のリクエストがある土産物を探している時も、沙弥香の顔を想像して、選ぶのが楽しくもある。
過密スケジュールではあるが、ちょっとした時間が、本来なら味気ない出張に、彩りを与えてくれるようだった。
移動が多かった前半は、駅や空港でも購入できるものを選んでくれたらしく、さして負担でもなかった。
ただ、マドリードとフランクフルトは、少し時間が取れそうだと知った彼女から、現地の街やクリスマスマーケットに出ての購入をリクエストされる。
フランクフルトでは、クリスマスオーナメント
ローマは、フェレロのポケットコーヒーの赤い方
イスタンブールは、ギュルシャのローズオイルのケアセット
「最後の以外は、専務と一緒に楽しめるモノなんですね」
週明けからのスケジュールの確認の為、部屋にやってきた五道が、沙弥香の土産物リストを見ながら言った。
「ああ。フォートナムメイソンの紅茶も、ベルギービールも、ブルゴーニュのワインも、スペインやローマのチョコレートも……沙弥香は、この時期クリスマスツリーを飾るらしいしな。また部屋に呼んでくれるのかも知れない。
最後のも、俺の為だと思いたいが」
帰国したら、また彼女の手料理が食べたい、と思う。部屋に呼んでくれたら、ツリーに飾ってあるクリスマスのオーナメントも見ることが出来るだろう。
それに、彼女はおそらく普段香水をつけていない。おそらく、ボディクリームかヘアオイルか? 近づくと淡く、花の香りがするのも俺好みだった。多分、ローズオイルも普段使いしているのだろう。
「……まあ、女性が美しくなることは良いことです。
それにどれもささやかですが、センスがいいと思いますよ?」
「ここで、ハイブランドの革製品とか香水とかアクセサリーっていうリクエストが来ないところが、らしいよな」
「こだわりのブランドをご自身で購入されているのでは? 身に付けているものはどれも質の良いものでしたし、あの拘りまくった車を見ると、なんとなく想像出来ますね」
出発の日、俺の住むマンションの前に彼女のローズカラーのビュートが現れて、俺がそれに嬉々として乗り込んだのを、五道と運転手が呆気にとられた様子で眺めていたのは記憶に新しい。
彼らに沙弥香を紹介した時は、表情を取り繕っていたようだが、まあ、五道も思うところもあるようだ。
俺はあの時の彼の顔を思い出して、クツクツと笑いが込み上げてくる。
「だよな。本当に面白いよ」
「今まで専務がお付き合いされていた女性とは、全くタイプが違いますね。意外でしたよ。ですが、好感が持てます」
「五道がそこまで言うなんて、珍しいな」
「専務の結婚相手としては、理想的だと思います。未亡人ってところが、気にならなければ」
沙弥香の調査を五道に頼んで、その後も彼女の情報を共有している俺達だが、彼がここまで勧めてくるのは珍しい。
だが……
「……まだ恋人にすら、なれていないけどな」
「そこは、頑張って下さいとしか言えませんね。ただ、いい雰囲気でしたよ、空港でのお二人」
「そうか……うん、そうだな。だが」
「どうしました?」
「沙弥香に付けてる護衛の報告が、ちょっと気になってな」
沙弥香には、前回部屋に行った後から、内密で護衛を付けている。
連絡がつかなかった一件もあり、俺の実家や俺自身の事情に巻き込まれる事故や事件、そして、若い女性の一人暮らしのトラブルなど不安もあり、父にも相談して手配した。
その護衛が、先週末行われた打ち上げの帰り道、彼女の最寄り駅まで瀬川が送り届けた際に、何やら二人の様子がおかしかった、と報告してきたのだ。
その後に沙弥香と話したが、そこで小さな違和感を感じたことも引っ掛かっている。
「一昨日の打ち上げの後ですか?」
だがあの様子だと、彼女が電話で話してくれることはないだろう。
帰国したら、出来るだけ早く会いたい。
「ああ。だがまずは帰国してからだ。
予定は、月と火曜にフランクフルト、水曜の午後にローマ。金曜にイスタンブールに変更はないな?
金曜、いや土曜になるか、深夜便があったな? それで帰国する。ファーストがなければビジネスで良い」
「承知しました。2時発の羽田行きですね。ビジネスになりますが、手配します。それで帰国出来れば、日曜は1日お休みいただけますね」
五道はそう答えると、早々に部屋から出ていった。
週半ば、水曜の午後1時過ぎ。
約1時間後に予定されているローマでの会談の前に、少々時間が取れたので、沙弥香に電話してみる。日本は午後9時過ぎか。
「土曜日の夜7時過ぎに羽田に着けそうだ」
「お疲れ様。大変だったわね」
穏やかに労う声にほっとする。
やっぱり、帰国したらすぐにでも会いたい。
「土曜の夜は、空いてる?」
「空いてるけど……会うの? 疲れてるんじゃ」
「だから、沙弥香に会いたい。君に会うと疲れも癒される」
「それ、絶対に違うと思う」
少し笑いを含んだ声に背中を押されて、もう少しだけわがままを言ってみる。
「君の家にお土産持って行ったら、入れてくれるかい? ちゃんとリクエスト通りに揃えたよ。
そのまま、日曜も会いたいから、空いている部屋で泊めてくれると、嬉しい」
「……ちゃんと、ゆっくり休むって約束する?」
少しの間が空いて、小さなため息の後に続いた言葉は、俺の体調を気遣うもので。
拒否されなかったことに、気持ちが浮き立った。
「もちろん。機内でだって寝ていける。問題ない。ああ、心配しないで。ちゃんとお行儀よくする」
「……夕食は?」
遠慮がちに聞かれたのは、ビジネスクラスで食事を摂ってくるのか、ということだろう。そんなの、沙弥香の作る夕食の方がずっと良いに決まってる。
「用意してくれるのか? じゃあ、腹は空かせて行くよ」
「わかったわ。着替えは自分で用意してきてね」
「ありがとう。楽しみだ。最後の仕事も頑張ってくるよ」
この出張の終わりも見えてきた。今日のローマと明後日のトルコでの会談が終われば、帰国だ。
彼女と話して仕事のやる気も上がったし、帰国後の楽しみも出来た。
「うん。じゃあ、気をつけて。土曜にね」
「ああ、次は東京で」
通話を切って間もなく、五道がやってきた。
「ずいぶんとご機嫌ですね」
俺が沙弥香と電話していたことを知っているのだろう。
俺は、たった今決まった帰国後の予定を話しておく。
「土曜は、羽田から直接沙弥香の家に行く。一泊分の着替えと土産を持って行くから、残りの荷物は適当に部屋に置いておいてくれ」
「……それは、おめでとうございます」
「いや。別に、土産渡して、夕飯食べて、別室で寝るだけ。日曜も会いたいから、泊めて欲しいって頼んだんだ。時間が勿体ないだろ?」
「はあ、ずいぶんとお行儀がいいことで」
沙弥香の家には、主寝室の他に客間もあるとは聞いていた。あそこは3LDKで180㎡位はある広めの間取りだ。俺が泊まる位のスペースは余裕である。
五道は、最初の俺達の出会いを知っているから、何か誤解があったのだろうが、沙弥香の為にもそれは解いておいた。
「さすがに、水森夫妻のベッドでコトに及ぶのは、ちょっと気が引ける」
「意外と気にするんですね」
「まあな。それに、まだ返事は貰ってないからな。だが、そう先の話でもないさ」
なんとなく、年末年始は俺の部屋に呼んで、共に過ごせそうだ。
俺はそんな予感を胸に、五道が持ってきた書類を確認することにした。