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13/20

Sayaka 恋人同士になった夜

 夜8時過ぎ、レセプションから来客を告げられてしばらくすると、玄関のチャイムが鳴った。


 あ、意外と早かった。

 羽田からメッセージは着てたけど、到着から1時間ほどだ。飛行機も早目に着いたみたいで、その先も順調だったのだろう。


 ロックを解除すると、スーツでは無く、セーターにコートを羽織った翔が、旅行用のボストンバックと布製のショッピングバックを持って、ドアから入ってくる。


「おかえりなさい」


「ただいま、沙弥香……なんかいいな、こういうの」


 翔は、荷物を床においてコートを脱ぐと、そんなことを言いながら、ニッコリと笑った。端整な顔に疲れは見えない。そのことにほっとしつつも、つい家族のように彼を迎えてしまったことに、気がついた。


「深い意味は、ないわよ?」


 コートを受け取りながら、言い訳のようにそう返すと、彼は弾けたように笑う。


「ハハハ、やっぱり可愛い」


「もう、ほら、寒いから入って?」


 どこが笑いのツボかわからないし、可愛いは口癖のよう。

 頬に血がのぼるのを感じながら早口に促して、私は今晩彼を泊める客間へと案内した。


 来客用の部屋は、今日の日中に整えてある。8畳ほどの部屋に、クイーンサイズのベッドとナイトテーブル、壁掛けTVと備え付けのクローゼット、小さめのローテーブルと椅子だけが置いてあるシンプルな部屋。

 簡単に部屋の中を説明して、クローゼットにコートを掛けると、私は先に部屋を出た。


「沙弥香」


「うん?」


 テーブルに用意した夕食とグラスを並べたところで、翔がダイニングにやってきた。

 手には布製のショッピングバックを持っている。

 彼はそれを床に置くと、広げて見せた。


「お姫様ご所望の品々を、お持ちしました」


「わあ! ありがとう」


 覗き込むと、梱包された瓶や、パッケージ、箱などが無造作に入っている。

 早速一番上の箱を開けてみると、クリスマスのオーナメントが入っていた。装飾をされた靴下から小さな熊が顔を出している木製のオーナメントだ。


「このオーナメントかわいいわ。早速飾っていい?」


「もちろん。へえ、いい感じのツリーだね。オーナメント、結構拘ってる?」


 翔と一緒にリビングのツリーまで行って、早速付けてみる。

 うん、かわいい。

 翔からは、ツリーを褒められて気分もいい。私の背と同じ位のツリーだけど、毎年12月に入る前に出してきて、飾りつけている。


「ふふっ、わかる? 毎年この時期になると思い出と一緒に飾るの。一つ一つ大切なのよ。日本の雛人形みたいよね」


「その中に加えて貰えるのか、光栄だな。悩んで選らんだ甲斐があったな」


「ありがとう。ほら、これ見て、ドレスデンで買ったの。ザイフェンで作られたナッツクラッカー」


「へえ。いつの?」


「16の頃かな……ねえ、これ、ケーテの? テディと靴下の組み合わせがいいわね」


 よく見たら、これ手作りの結構良いものだ。あの、ドイツのケーテ・ウォルファルト製? 


「フランクフルトに店舗はないんだけどね、マーケットに出店してた」


 リクエスト通り、クリスマスマーケットで探してくれたらしい。


「クリスマスオーナメントのお店って知ってたの?」


「いや。実は会談相手に聞いたんだ。ウィンターシリーズっていうらしい。毎年一個ずつ揃えていくのもお勧めだって言ってた」


 ああ。蓮が言っていた。

「僕たちが一緒にいる限り、オーナメントを毎年一つずつ増やしていこう」って。

 一瞬瞳の裏が熱くなるような気がして、慌てて振り払う。

 私は、努めて明るく翔を振り返った。


「そう、ありがとう。ねえ、それよりお腹空いてるんじゃない?」


「……そうだね。楽しみにしていたよ」


 不自然な間があいての返事は、多分何かを察してくれたのだと思う。でも、敢えてスルーして、微笑んでくれた。


「お鍋にしてみたの。野菜不足じゃない? 今日はお酒のあても用意したわよ。飲めるでしょ? もう時間も遅めだから、今晩は軽めに食べて、明日の朝食におうどんか雑炊にしてもいいしね」


 いつの間にか、8時半過ぎだ。

 テーブルに彼を座らせて、矢継ぎ早に尋ねながら、準備をしてあった寄せ鍋を温めるために、卓上コンロに火を点ける。

 その他テーブルに並べたのは、蓮根とツナのサラダ、人参のしりしり、タコと枝豆とブロッコリーのバジル和えと、お酒のツマミを兼ねたもの。

 冷やしたエビスビールの中瓶を開けて、グラスに注ぐ。


 軽く乾杯をして、お互いに口をつけた。


「生き返るな」


 ふう……と長く息をついた翔が、しみじみと言った。


「大袈裟ね。どうぞ召し上がって」


 彼が、「美味い!」と言いながら、ツマミを食べているのを見ながら、私は立ち上がって、他のお土産を開けていく。


「ビールは……ブッシュ・ノエル・プレミアム! わあ、後でチーズとスペイン土産のチョコレートと一緒に出すわ。それなりに冷えてるけど、冷蔵庫に入れておくわね。

 ワインは、ジブシャン! 今度鴨でも買って飲みましょ」


「それにしても、よく知ってるよな。酒とかチョコとか。あ、鍋、そろそろ沸騰するかも」


 いろいろ片付けたり、冷蔵庫に入れたりしていると、翔が少し呆れたように笑いながら、言った。

 私はテーブルに戻って火加減を弱くすると、蓋を開ける。

 蒸気と一緒に、出汁の香りがフワッと漂った。白菜やネギ、水菜や豆腐やキノコの他に、鶏肉を入れてある。前もってさっと火は通してあったから、すぐにでも食べられるけど、沸騰する前に蟹の爪と脚を入れた。


「だって、好きなものしか頼んでないもの」


 ビールをグラスに足して、話を戻す。

 今回のリクエストは、全部私が好きなもの。翔に知って欲しかったから。


「そうか……鍋なんて、いつぶりだ? ああ、蟹のいい匂いがしてきた」


 蟹の身がふっくらしてきたのを見て、私は翔の器に鍋の具材をバランスよく盛り付ける。スダチもお好みで、とそえておいた。


 私も彼の向かいに座って、食べ始める。

 うん、美味しい。独りで鍋なんて滅多にやらないから、私も久し振りだ。

 翔も口数が減って、美味しそうに食べている。よかった。


 エビスビールの中瓶が2本空になったところで、お腹も程々に満足した私達は、一緒に片付けを済ませると、チーズとお土産のチョコレートを少しずつ皿に入れて、リビングのソファーへと移動した。

 クリスマスツリーを眺めながら、並んで座る。

 ベルギーのお土産、ブッシュ・ノエル・プレミアムの小瓶を二人で1本だけ飲もうと、小さめのグラスを用意した。

 赤味がかったアンバー色のビール。ほんのりキャラメルっぽい甘みとフルーティーな香りと苦みがマッチする濃厚な冬向きのビール。

 うん。チーズもチョコレートも合う。


「……少しは私のことを知ってもらえたかしら?」


 翔と知り合って、約1カ月。

 なかなか濃いひと月だった。

 そして、いつの間にか、彼に侵食されてしまった気がする。


「ああ。食いしん坊ってことは、よくわかった。料理も上手い。あと、かわいい。沙弥香は? 俺の事をどのくらい知った?」


 少し茶化した口調で、でも、私を見つめる視線は、まっすぐ真剣な色をしていて。


「そうね……車が好き。でも、アレコレ集めるんじゃなくて、これと決めた1台を大切に乗る。

 人の上に立つタイプで、リーダーシップとカリスマ性があるけど、裏では真面目な努力家。

 あと、意地悪だけど、優しい。

 好きなものを食べている時は、口数が減る。

 女性とのお付き合いの経験は多そうで、誘い方がスマートだけど、意外と押しが強くて、う〜ん、ちょっとアンバランス?」


 そう、アンバランスなのだ。彼の女性に対する接し方は、もっとサラっとそつなく熟す、という感じだった。少なくとも、初めて出会った時は。

 でも、彼を知る程に、必死に囲い込まれているようで、なんとなく違和感も感じている。

 すると翔は、少し困ったように笑った。


「え……と、女性からそういう風に評されたことは、初めてだな。

 確かに女性達との付き合いはそれなりにあったけど、沙弥香は特別なんだ。これだけは、信じて欲しい。

 こんな風に部屋を訪ねたり、自分の部屋にも呼びたいと思ったり、一緒にドライブに出掛けたりしたのは、沙弥香だけだよ。俺から、こんなにいろいろ強請るのも、ずっとそばにいたいと思うのも、君だけだ」


 翔はそう言うと、目を伏せて私の手を取り、指先にそっと唇を落とした。

 まるで、信じて、と言われているよう。


「……先週末ね、瀬川さんに好きだって言われたの」


「⁉」


 感情を乗せずに言った私の言葉に、ビクリと彼は反応して顔を上げる。瞠った瞳が私を捕らえた。無意識だろう。私の手を握りしめた力が、痛いくらいだ。

 私は苦笑して、その手を見ながら続ける。


「もちろん、お断りしたわ。多分、わかってくれたと思う。私、側にいたいのは彼じゃなくて、貴方だった……翔?」


 ギューっと、力強く抱き締められていた。

 右耳から、直接彼の息遣いが聞こえる。触れ合った胸からは、彼の拍動が感じられた。


「嬉しい、沙弥香。やっと、こうして触れられる」


 私も彼の背に手を回した。そうして、伝える。


「うん。年末年始休暇、一緒に過ごしたいと思ってる。いいかしら?」


 はあ〜と大きく息をついた翔が、ゆっくりと身体を離して、私の両肩に手を置いて向き合った。


「もちろん。俺の部屋で過ごそう。どこか旅行に行ってもいいけど……」


 今から年末年始の旅行予約は、結構無謀じゃないかしら? と考えたところで、はたと思い出した。


「ああ、そうだ。来週、出張が入ったの。火曜から週をまたいで1週間。本社に」


「シリコンバレー?」


「そう。パロアルトにあるの。ついでに恩師にも会ってこようと思ってる。今、彼、スタンフォードにいるの。実家も近いから顔も出せるし」


 翔は、ソファーの背にもたれ掛かると、右手を顎にやりながら、思い出すように言葉を紡ぐ。


「なるほど。俺も来週水曜からアジアに出張だな。香港とシンガポール。その後は合間を縫って、国内各地、途中で上海もあったな。だから、この分だと年末まで会えそうにないが……」


「日本の休日に合わせて、27日の土曜から年明け4日まで休暇申請したけど」


「今年は曜日巡りがいいんだよな。うちもそれでいけるが……クリスマスは仕事だな」


「ふふっ……私もよ。年末休む代わりに、その日は監視業務が入りそう」


「ああ。外資だから、クリスマスに休む人が多いのか。

 それにしても、今日無理言って、会いに来てよかった。何より、君と恋人同士になれた」


 もう一度こちらを振り返った翔の、穏やかに目を細めた視線は、優しげだ。


「恋人……そうね」


 改めて、私達の関係が変わったことを噛み締めるように言葉にすると、彼の手が頬に伸びて、すぐ近くに彼の瞳が現れた。

 鼻先が触れ合うほど近くから射られる、強くてまっすぐな視線に、ドキリと心臓の拍動が跳ね上がる。


「取り消しはなしだ。浮気も認めない」


 低めのテノールに囚われる。


「そういう器用なことは出来ないわ」


「知ってる。俺も君だけだと誓う」


「……うん。翔、好きよ」


「俺もだ。君だけが好きだ」


 射るような視線が、ゆるりと溶けて、伏せられる。

 唇が重ねられて、啄むように甘噛みするように何度も角度を変えて触れ合わされた。

 でも、深い口吻けになる前に、唐突にそれは終わる。


「これ以上は、ここではやめておこう。明日は、何をする予定だった? 君の休日に付き合ってもいいかい?」


 親指が名残惜しそうに唇を一度なぞった後、いつもの距離に離れていった彼に、小さな笑いが込み上げた。

 きっと、とても、自制してくれている。


「ふふっ、ありがとう。普通に家事と買い物の予定だけど、貴方をマンションまで送っていくわよ?」


「それは夕食の後で構わない。休日を君と過ごしたいんだ」


「そう? じゃあ、まずはお風呂に浸かって、ゆっくりしてきて。時差ボケはどう?」


「0時までには寝たいところだな。機内で数時間仮眠を取って、あとは仕事をしてきたから」


 時計を見ると、22時半だ。

 私は立ち上がって、彼をBathroomへと案内する。バスタオルとフェイスタオルを渡して、簡単にシャワーの使い方とバスタブの湯温の調整、洗面所の備品やドライヤーの説明をした。

 洗濯物も洗濯機へ入れておくように伝える。明日の朝回せば、日中には充分乾くだろう。


「上がったら少しお茶して、今晩は寝ましょう。明日は少しだけ遅め、8時に起きるのはどう?」


「7時でいい。朝少し走ってきたい」


「最上階にジムがあるわよ。使う? 10階だけど」


「へえ、いいな。使わせてもらおう」


「あ、アロマは苦手?」


「いや。気にしたことはないが、ここも少し使ってるだろ? むしろ好ましいな」


「そう、よかったわ。うちの入浴剤それだから」


「じゃあ、風呂借りる」


「どうぞごゆっくり。終わったら、お湯は流しちゃって。私はもう済んでいるから」


 わかった、と扉を閉めた彼が、うちに馴染んでる感じがして、思わず笑ってしまう。


 今日はよく眠れるといい。

 私も自室で寝支度を整えると、リビングを片付けて、リラックス出来るハーブティーを淹れる。

 客間にも安眠効果のあるアロマオイルをディフューザーに入れてセットしてある。


「いいな、これ。風呂もいい香りだったし」


 風呂上がりの翔は、氷を入れて冷やしたハーブティーを一気に飲んで、満足気に言った。

 どうやら、アロマやハーブとの相性は悪くなさそうだ。


「客間のナイトテーブルにもポットに入れて置いておいたわ。お水もね」


「ありがとう。じゃあ、また明日」


「ええ、おやすみなさい」


 夜の挨拶をしたら、自然な感じで引き寄せられて、額に唇を落とされた。


「うん。沙弥香、素顔もかわいい。おやすみ」


 そう言って客間の向こうに消えた翔をぼーっと見送って、熱くなった頬を冷ます為に、私は氷の入ったグラスを頬にあてたのだった。

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