第十一話 陽向月菜
部屋の中をキョロキョロと見回した後、自分の膝の上に乗っている虎之介を見る陽向さん。
「あの……、陽向さん? 大丈夫?」
「えぇ、大丈夫よ。私しばらく眠ってたかしら?」
別人格の事を気取られたくないのか、平然と受け答えをしながら状況判断をしている陽向さん。
しかしこうして改めて見ると話し方で一目瞭然だな。以前は学校での陽向さんはこういうキャラを作っていたのかな? と自分で思い込んで納得していたけど、全てを知ってしまった今は違いが良くわかる。
反応を見る限りまだ陽向さんは菜月さんから俺の事を聞いていないようだ。
菜月さんには協力を約束してしまったし、ここは俺から陽向さんに話をする事にしよう。でもどう切り出したものか。
「陽向さん、菜月さんって知ってる?」
回りくどいのも面倒なので直球を放り込んでみた。
菜月さんという名前が俺の口から出てきたのを聞いて、一瞬わからなかったようだが、すぐにハッとした顔になり、俺の顔を見つめてくる。
突き刺すように鋭い視線だ。美女が睨むと非常に恐ろしい。
「菜月というのは誰の事かしら?」
まぁこういう答えになるよなぁ。でも俺が知ってる事や菜月さんにお願いされているのをどうやって伝えよう。
「じゃあ葉月さん、聖月さん、紫月さんは?」
「あなた……」
さらに陽向さんの視線が鋭くなる。このままでは本当に睨み殺されそうだ。
「言っても信じてもらえないかもしれないけど、菜月さんに陽向さんの事をお願いされたんだ。……あ、そうだ」
そう言って俺はスマホでメッセージアプリを開いて陽向さんに見せる。
画面には
『菜月だよー! 悠雅君今日はありがとうね。月菜にはまた私のほうから伝えておくからよろしくね♪』
というメッセージが表示されている。
「ちょ……ちょっとそれ見せて!」
俺のほうに来てひったくるようにスマホを奪う陽向さん。
菜月さんからのメッセージ以前には聖月さんからのメッセージや葉月さんからのメッセージもある。特に見られて困るような内容でもない。
一通り、と言ってもほとんどやり取りはないが、陽向さんはメッセージを確認したあとはぁ……と大きな溜息をついた。
「全部……知ってるの?」
「いや……全部という訳ではないと思うけど、菜月さん達の事は知ってる……。それで陽向さんと菜月さん達の間を取り持ってくれと言われてる。俺の解釈としては、陽向さんのサポートをすればいいのかな? と思ってるけど」
ソファの上で足と手を組み、難しい顔をして何かを考えている陽向さん。足を組むとチラッと見えている太ももが強調されて目のやり場に困ってしまう。
そのままどれくらい時間が経っただろうか。10分くらいだろうか? いや5分くらいか……。ようやく陽向さんが口を開いた。
「夏目君はずいぶんとあの子達に懐かれてるのね。最近特に入れ替わりが多くて困っているのは事実よ。今はまだ学校では入れ替わりはないようだけど……。学校での入れ替わりも時間の問題かもしれないわ」
最近は入れ替わりが多いらしい。確かに俺が学校以外で会う陽向さんはほぼ月菜さんではない。
「──それで、貴方は誰の味方なの?」
「誰の? ってもちろん陽向──あっ……」
陽向さんに指摘されてようやく気がついた。
今まで俺の中では菜月さんも葉月さんも聖月さんも紫月さんも……全てが陽向さんと思っていたが違うんだ。
陽向月菜さんは今俺が話している一人のみ。他の人格は陽向さんであって陽向さんではない。
「この身体は元々私の物よ。それを勝手に使われてるの。貴方にわかる? 知らない間に自分の身体を勝手に動かされ、使われる怖さを!! 今日だってそう! 気がついたら知らない人の家にいるのよ!!」
そうだ、菜月さんに陽向さんが多重人格だというのを聞いたときは陽向さん大変そうだなぁと思ったのだが、ここ最近は陽向さん以外の人格が楽しそうに過ごしているのをずっと見ていたせいか、陽向さんの苦しみを全く分かっていなかった。
自分が陽向さんの立場で、自分の身体を他の人に使われていると想像しただけで怖いし、なんなら吐き気まで催してしまう。
「貴方に当たっても仕方ないわね……。大きな声を出してごめんなさい。それにもう慣れたわ……」
「俺のほうこそ陽向さんの気持ちを全くわかってなくてごめん。俺が少しでも陽向さんが安心できるように他の人格ともいろいろと話し合ってみるよ」
「そうしてくれると助かるわ」
今、俺の目の前にいる陽向さんはいつも自信を持っていて、なんでも出来る完璧な美少女とは程遠く、少し衝撃を与えただけで崩れてしまいそうな危うさがあった。
「何か飲む?」
答えはなかったが陽向さんの前にある空のグラスの代わりにお茶の入ったグラスを置いた。
「陽向さんはどうやって菜月さん達の事を知ったの?」
「急に眠くなったり、気が付いたら他の場所にいたという事が起こり始めたのは半年くらい前からかな。菜月の事を知ったのは机の上に菜月からの手紙が置かれてたから」
陽向さんは鞄から一冊のノートを取り出す。
「今はこれでやり取りをしてるわ」
なるほど。リアルタイムでやり取りはできなくてもこういう形なら連絡を取る事ができるのか。
「交換日記みたいなもの?」
「そうね。今は私が彼女達の事を知るのはこれくらいしかないわ。でもこれからは貴方も私にいろいろと教えてくれる……。違う?」
「あぁ。陽向さんが少しでも安心できるようできるだけ協力する」
「ありがとう。あと、これからは苗字じゃなくて月菜って呼んで。私は月菜だから」
『月菜』という名前、それは彼女が彼女であるためのアイデンティティーなのだろう。
「貴方は誰の味方なの?」陽向さんに言われた言葉。俺は陽向さんの味方でいたいと思った。
お読みいただきありがとうございます。
ここまでが第一章となります。
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