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異世界で小学生やってる魔女  作者: ちょもら
[第3.5話 魔女達と日常の話]
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お楽しみ会

 ◇◆◇◆


 お楽しみ会当日。それはりいちゃんにとって小学校最後の文化祭であり、りいちゃんのお母さんであるカドリーさんが親として参加する初の行事であり、そしてミーちゃん、ガッキーちゃん、リジーちゃんの三人と過ごせる最後の日でもある。


 一週間。この世界の何かが狂い出し、日常が非日常へと変わってしまったあの日から、もう一週間だ。本当にあっという間だった。歳を重ねる度に、私はこのあっという間を何度も経験してしまっている。


 私は夜、ベッドに入る度によくこう思う。『あー、やっと今日が終わった』と。健全とは言い難い仕事だけれど、それでもお金の為に働いていると、どうしても一日一日が長く感じてしまうのだ。そんな果てしなく長い毎日を過ごしている癖に、冬になると『あー、もう今年も終わるんだ』と、行き場のない寂しさが胸中に吹き荒れる。無限のような一日を過ごしていても、時間が経つのはいつだってあっという間だ。


 この一週間は、本当に短かったな。一年さえ短く感じるようになった私からしたら、本当に刹那の瞬き程度の短さだった。あと半日もした頃には、ミーちゃん達は皆んな自分の世界へ帰ってしまう。そして、それが永遠の別れになるのだろう。私はもう、二度と彼女達と会う事はないのだ。


 なんか、やるせないな。たった一週間とは言え、一緒に起きて、一緒にご飯を食べて、一緒にお風呂に入って、そして一緒に寝た可愛い子ども達だ。目を閉じると今でも鮮明に思い出す事が出来る。ミーちゃん達との楽しかった思い出の数々……


十日三割(トサン)で返すんだよ』


『こんなしょうもない投稿で10000いいねも貰えるとかズルい! ズルいズルいズルいズルいズルーーーーいっ!』


『母乳飲みたい……』


「……」


 ……まぁ、うん。楽しかった思い出の数々。うん……。


 ともかく。たった一週間の関係とは言え私達は間違いなく家族だったんだ。家族との別れを、悲しい思い出にはしたくない。私は彼女達の事をいずれ忘れてしまうけれど、彼女達は魔女という永遠にも近い寿命の中で、私を覚え続ける事になるのだ。だから今日のお楽しみ会は、目一杯みんなに楽しんで欲しい。心の底からそう思う……のだけれどまぁそれはそれとしてだ。


「いやー、6年2組に沢山のアドバイスを提供してくれたお礼に、お客さん第一号として歓迎してくれるなんて嬉しいな〜」


 私はフクやミーちゃん達と言った他のメンバーを差し置いて、一人だけりいちゃんの教室がある6年2組へと足を運んでいた。


 この数日間、リーダーを任されたりいちゃんの責任感や義務感は大したもので、毎日毎日学校から帰る度にクタクタと疲れ切った姿を私に見せてくれた。学校で頑張るだけならまだしも、家の中でも事あるごとに接客業の先輩である私にさまざまなアドバイスを求めて来たものだ。正直、私の本業はキャバ嬢であり、喫茶店に求められる接客と私の接客には天と地程の差がある。そんな私のアドバイスが役に立つだなんて到底思えないけれど、しかしりいちゃんは、今回の喫茶店は私のアドバイスのおかげで大成功間違いなしだと豪語するのである。


 クラスの皆んなが、喫茶店経営の監修をしてくれた私をお客さん第一号として迎え入れたいと言っている。りいちゃんの口からそんな言葉が出て来た時、私はどれだけ嬉しい気持ちに包まれた事だろう。


 私は気分の浮かれっぷりがよく表れた軽やかな足取りで階段を登り、そして。


「あ! あったあった。あそこがりいちゃん達の喫茶て………………」


 廊下の突き当たりに佇む6年2組の教室を前にして、私は言葉を失った。


 光ってた。なんか、光ってた。夜の池袋や夜の歌舞伎町で見るタイプの、悪い意味で煌びやかな装飾の施された看板が私を出迎えていたからだ。それで。


「「お待ちしてました」」


 その看板の隣では、黒服に身を包んだダイチくんとタロウくんが立っていて。


「それではサチさん」


 言葉を失う私の側まで近づく二人。ダイチくんは目線でタロウくんに指示を送ると、タロウくんは脇に抱えたメニュー表らしき物を私に差し出して来た。入店前に予めお菓子と飲み物の注文をするシステムなのだろうか。


 ……いや、違う。これはメニュー表じゃなくて。


「どの娘を指名しますか?」


「指名って……」


 名簿だ。りいちゃんのクラス、6年2組に在籍する女子達の顔写真が載った名簿だった。


「指名って……っ」


 そして、気がつくと私は


「指名って何!?」


 名簿を閉じて床に叩きつけてしまっていた。


「ちょっと! 何なのこれ!? りいちゃんはどこ!? りいちゃんを呼んで!」


 ダイチくんとタロウくんを力で押し退け、無理矢理店の中に入ろうと試みる。しかし二人は私の両腕をガッチリと押さえつけ、私の妨害をしてくるのである。


「困りますお客様、どうか冷静に」


「それと誠に申し訳ありませんが、支配人は対象外です。名簿の中の娘からご指名をお願いします」


「支配人!? りいちゃんが!? 冗談やめてよ! この店私のアドバイスを参考に作った事になってるんでしょ!? こんなの見過ごせるわけないじゃん! 私ただでさえ職業柄PTAの人達から白い目で見られているんだよ!?」


「お客様、入店したいのでしたら何卒名簿の中からご指名ください」


「ご指名いただけないようでしたらお帰り願います」


「いやいやお帰り願いますって……っ」


 二人とも小学生とは言え、そこはやはり男の子。特にダイチくんに至っては成人男性と変わらない身長を持っているだけあって、私は二人のバリケードを突破する事が出来なかった。こうなったらもう、正攻法で入店する以外に私に選択肢はないのだろう。


「あーもうわかったわかった! じゃあとりあえずこの藍川(アイカワ) (マリ)ちゃんでお願い!」


「「かしこまりました」」


 仕方なく私はあいうえお順で一番最初に顔写真が載っていたマリちゃんを指名し、合法的に入店する事にしたのだった。


「マリちゃん! 指名入ったよ! 支配人の大事な身内だからヘルプの子も二、三人用意して!」


「ヘルプって」


 私の指名を受け、威勢の良い声を裏方へと投げるダイチくん。その後私はタロウくんに案内されながら教室のど真ん中にある、見るからに特等席とでも言わんばかりの派手な席へと通された。


 とは言えだ。確かに装飾こそド派手な夜の雰囲気ではあるものの、テーブルや椅子そのものは小学校でよく使われているような学校机の寄せ集めである。サイズ感も小学生向けなだけあってやや窮屈ではあるけれど、その小ささがキャバクラ感満載のこの喫茶店を、結局は大人ぶりたい小学生が背伸びして考えた喫茶店でしかないのだと、私にほのかな安心感をもたらしてくれた。


「失礼しまーす」


 キャストの女の子がやってくるまでは。


 私の指名を受けて、店の奥から出てくる三人のキャスト達。彼女らは彩り鮮やかで極めて露出度の高い、到底小学生が着て良い物とは言えない際どいドレスに身を包んでいたのだ。


 私のせいなのだろうか。小学校のお楽しみ会という愉快なイベントがこんな風になってしまったのって、私のせいなのだろうか。あぁ、頭が……。頭が痛い頭が……っ!


「お客様。マリちゃんですが、もう少しだけ準備に時間が欲しいとの事で、数分程ヘルプの子達との時間をお楽しみいただけますでしょうか?」


 私の耳元で、ダイチくんが申し訳なさそうに囁く。なるほど、言われてみればこの三人の中に、さっきの名簿で見たマリちゃんの顔は見当たらない。……いや、そもそもこのお店そのものを問題視しているんだから、別にマリちゃんに来られようが来られまいがどうでもいいんだけど。私はすぐにでもこの店を解体して普通の喫茶店に戻すよう、ダイチくんに苦情を入れようと……思ったその時。


「あの……こ、こんにちは」


 私は三人のヘルプ達が、私の許可を得ようともせずに勝手に席に腰を下ろしたのを見逃さなかった。キャバクラというのはフリーで入場したお客さんでもない限り、指名した自分の推しとの時間を楽しむ場所である。そんな中、お客さんの推しでもないヘルプの子が許可も取らずに勝手に席に着くだなんて、プロとして決してあり得ない。


 なるほど。この子達、大人ぶりたくてキャバクラなんか開いてはいるけれど、当然ながらキャバクラに関する知識や経験は素人そのもの。なら、この店を潰す突破口はそこにあるはずだ。


 自分の子ども時代を思い出してみろ。子どもだった私は、大人にあれはダメこれもダメと言われた時、どれだけ嫌な気持ちに心を支配された事だろう。子どもに何かをやめさせたい時、大人は北風になってはいけない。大人は太陽となって子どもを照らしつつ、子どもの方からやめたくなるように仕向ける必要がある。つまり。


「えっと……サチさんのご趣味はなんですか?」


 私はオドオドした態度で世間話を始めようとするピンクドレスの女の子に対して。


「読書」


 たった一言。無愛想に、ぶっきらぼうに、不躾に。意図的に対話を拒むような冷たい物言いで、彼女の質問に答えた。


 これだ。こうするのが一番の選択なんだ。今日という日まで一生懸命お楽しみ会の準備をして来たこの子達には酷だけど、キャバクラがどれだけクソみたいな仕事なのか。どれだけつまらない仕事でやり甲斐もないのかを理解させ、向こうからキャバクラをやめたくさせる。そうやって今からでも普通の喫茶店に戻させる義務が私にはある。男のコートを脱がせるのは、北風ではなく太陽なのだ。


 さぁ、そうと決まれば好きなだけ私に話題を振ると良い。どんな話題を振られたとしても、私は現役JS達が決して興味を持てないような返事を返し、とことんこの場を白けさせてやるまでである。


「えー……読書って何を読まれるんですか?」


「漫画」


「漫画! あ、私も大好きです! 鬼滅とか推しの子とか。サチさんの好きな漫画は」


「BLEACHとかリボーンとかハガレンとか」


「……ぶ、ぶり? りぼ? はがれ……?」


「……」


 フッ、所詮はこの世に産まれてたった12年のJSよ。好きな漫画なんて結局は流行り物ばかりで、私が中高生の頃に好きだった人気漫画の話なんぞ、ついて来れる筈もない。こちとら若返る体を利用し、年齢も20歳と常にサバを読み続けながら数年キャバ嬢を務めたベテランである。新人キャバ嬢の潰し方なんて、他でもない私が一番よく知っているのだ。


「あー……、じゃあ休日の過ごし方とかは」


「家でダラダラしてる」


「えっと……す、好きな食べ物は」


「特に好き嫌いはないけど」


「……そ、その。あの……出身は」


「東北」


「……」


「……」


「……」


「……」


 決まったね。私の勝ちだ。新人キャバ嬢最大の敵、それは無口で素っ気ない返事しか出来ない男の人なのである。


 キャバクラというのは会話を楽しむ場だ。何故男はキャバクラより少し高めにお金を払えば風俗にだって行けるのに、わざわざ肉体関係も持てないキャバクラに足を運ぶのか。それは男が風俗嬢に求める快感とキャバ嬢に求める快感が別物だからだ。


 風俗が肉体的で直接的な快楽を提供するのに対し、キャバクラというのは話術を用いて男を立て、その自尊心や虚栄心を満たす事で精神的な快楽に溺れさせる。故に会話を繋げる話術こそがキャバ嬢に求められる最重要スペックと言っても過言ではない。


 経験の浅い新人キャバ嬢は、返って来た返事が自分の不得意な分野だったり、或いはそっけない返事が返って来たりすると、少しでも自分の得意な話題を探そうとして、つい様々な質問を投げてしまうものだ。でも、それではダメなのだ。


 会話の基本はマジカルバナナである。バナナと言ったら黄色、黄色と言ったらお月様。こうやって話題を無限に広げるのがプロのキャバ嬢だ。例え自分の得意分野がリンゴだったとしても、バナナと答えた相手に対してリンゴの話題を振ってはいけないのだ。


「うぅ……っ」


「……」


 可哀想だけど、この子はもうダメだな。自分の得意な話題を引き出そうと、無作為に色々な質問をして来た時点でキャバ嬢としての才能はない。私が彼女の立場なら、BLEACHとはどう言う漫画なのか、リボーンという漫画のどんな所に惹かれたのか、ハガレンという漫画は私が読んでも楽しめるのか、そしてそれらの漫画をお試しで読めるサイトはあるのかと、それこそ相手が飽きるまで会話を続けさせてみせる。それが出来ない時点で、この勝負は私の……


「失礼しまーす! お待たせしちゃってごめんなさーい!」


 勝ちだと、そう確信していた。そんな時店の奥から出て来たのが、真紅のドレスに身を包んだ彼女だった。


「えー! ちょっとちょっと何この空気ー? 小学校最後のお楽しみ会なんだから楽しもうよ! ほら、ニコーッ!」


 彼女は私の塩対応に心を折られたピンクドレスの女の子の前で屈むと、その子の頬を指で無理矢理吊り上げ笑顔を作る。


「うん、可愛い! ほらほら、皆んなも笑顔を忘れないでね?」


 その瞬間、凍てついたこの場の空気が途端に温かくなるのを肌で感じてしまったのだ。


 安堵だ。私の塩対応にすっかり恐れ慄いた三人のヘルプ達の顔に、安堵の表情が浮かんでいる。まるで遅れてやってきた絶対的なヒーローを見るような暖かい目だ。


「さてと」


 ヘルプの子達が笑顔になったのを確認すると、真紅のドレスに身を包んだ彼女は。……いや、藍川マリちゃんは、私の目の前までやって軽く頭を下げる。


「こんにちは。支配人様から聞いてますよ? 私達のお店をプロデュースしてくださったんですよね?」


「別に」


 私はこれまでと同様に、マリちゃんに対しても塩対応をぶつけてその心をへし折ろうとしたものの。


「えー! プロデューサーさんめっちゃ謙虚なんだけどー!」


「いや謙虚とかじゃなくて……、ていうかプロデューサーさんって」


 彼女は子犬のような甘えた声色を放ちながら、私の隣に腰を下ろした。私の隣で体を密着させながら腕にしがみつき、手のひらに至っては恋人繋ぎをして来たのである。


 なるほど。拒絶する暇さえ与えずに距離を詰めてくるタイプの子か。態度だけでなく、言葉でも私をおだてて気分を良くさせようとしている辺り、ヘルプの三人に比べればかなりコミュ力はある方らしい。三人の表情がホッと安堵した理由も納得が行く。


「わぁ……、大人の人の手ってあったかぁい……」


「……」


 その上甘え上手とまで来たものである。やるね、マリちゃん。正直、そういうやり方はストーカーを増やしかねないリスクがあるし、もしも後輩がそういうやり方で太客を掴もうとしていたなら私は必死に止めさせるはずだ。けれど12歳という若さでその境地に辿り着いた健闘を讃え、今回はマリちゃんのやりたいようにやらせてみようと思う。


 まぁ、こんな甘え上手な子とは言っても結局は12年程度の人生しか歩んでいない、私からすれば赤子同然の少女である。その余裕がいつまで続くのか、是非見せてもらおうじゃないかと。


「流石の審美眼です、サチさん。まさか顔写真だけでマリちゃんの才能を見抜いて指名するだなんて」


 そう思った刹那。いつの間にか私の隣に立っていたタロウくんが、私の耳元で小さくそう呟いた。


「その子、うちのクラスで一番のコミュ強女子ですよ。では、どうぞごゆっくりお楽しみください」


「……」


 いや、ただあいうえお順で一番最初に名前があったから指名しただけなんだけどな。私は見当違いな勘違いをしながら店の裏へと姿をくらますタロウくんの背中を見ながら、この店を潰す最後の仕上げにとりかかるべく、マリちゃんとの最終決戦へと挑むのであった。

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