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後日談「双子の皇子」

お待たせしました。フェリチータの息子のお話です。時間軸としては、ラノスと結婚→二年目に長男出産→四年目に次男出産→五年目の末日にラノス没→(七年目くらいにクレイトン没)→九年目なう(長男七歳、次男五歳)です。

ハイノスはまだ生きてます。

 

 「嗚呼、どうしましょう。やっぱり延ばしましょう?一ヶ月くらい後になってもかまわないわよきっと」

 「そんな訳ないでしょう、お義母上(ははうえ)

 頬に手を当てそわそわうろうろ。今までになく落ち着かないフェリチータにハイノスがため息を吐く。

 「覚悟を決めたのではなかったのですか?」

 「でもまだ五歳なのよ?まだまだ親元で伸び伸びしてていいはずだわ」

 「お義母上はその歳の時、既に帝王学を学んでいたと聞きましたが?」

 うろうろ、つらつら。

 そんなフェリチータとため息尽きぬハイノスを目だけで追うのはラノスの死後、弱冠四歳にして国を継いだ、現在七歳のフェリチータの長男。そして気配だけ追うのは相変わらず黙すイリアだ。

 「ねぇイリア、母上はどうしてあんなに困ってるの?」

 「困っているのではありません、決心がつかないのです」

 「でも、ぼくたちが産まれる前から決まってたんでしょ?」

 「それでも迷うのが母親というものなのでしょう」

 ここ数年でイリアは少しばかり言葉が豊かになった。それはフェリチータを通して『感情』を知るようになったからであり、こうして子供達に問われ、応えるようになったからだ。

 

 「「母上!」」

 

 そこに響いたのはぴったり重なった子供の高い声。遅れてパタパタと足音も聞こえてきて、フェリチータは勢いよく振り返り、両手を広げた。

 「ああ私の可愛い子供達!」

 左右同時に走り込んできた子供達を抱きしめて、フェリチータは嘆く。

 「嗚呼、どうしてこんなに可愛いのに離れなくてはいけないのかしら。わざわざ遠くに離れ離れになるだなんて、酷い、酷いわ。ねぇハイノス、今からでも遅くないわ。帝国なんて滅ぼしてしまいなさい」

 「無理不可能な事をおっしゃらないでください」

 今日最大のため息をついて、ハイノスは肩をすくめる。

 「『二番目の男児を帝国の後継者として養子に出す』というのは前々から決まっていた事です」


 フェリチータが嫁ぎ、マリアーノは修道院へ。皇妃は既に亡く、側妃も処刑し、新たに娶るつもりもウィリアーノにはない。皇家に近しい血筋は昔にウィリアーノが亡き者にした。

 つまり、帝国には今後継者がいない。

 現段階で最も血が近いのはフェリチータの子となる。故に、ウィリアーノは婚姻の際に条件を付していた。

 

 フェリチータの産んだ二番目の男児を帝国の後継者にするからよこせ、と。

 

 そうして長男の生まれた年の翌々年に産まれたのが双子の男児であった時、フェリチータ達はそれはもう困った。

 片方を送るならばどちらを送れば良いのか。

 二人とも送るのか。

 結果、双子が成長した時にあるがままを伝え、双子の意思に委ねる事になった。

 そして六年後、双子が選んだのは後者であった。

 「大丈夫だよ母上」

 「泣かないで母上」

 フェリチータに抱きしめられながらよしよしとその頭を撫でる双子。

 「ぼくたちちゃんとお勉強して、りっぱなこうていになります!」

 「母上や兄上たちに負けないくらいすごいこうていになります!」

 むしろ双子の方がしっかりとしている様子にハイノスはため息を飲み込んだ。

 仕方がない。フェリチータの気持ちだって分からなくはないのだから。

 フェリチータにとって双子は文字通りラノスの忘れ形見。可愛くて大切で仕方がない。そんな双子を冷徹冷血大魔王のウィリアーノの元へやらねばならない。フェリチータは実の娘だからこそウィリアーノの教育は身に染みて知っている。

 だからあんな思いを愛する我が子にさせたくないと切に思ってしまうのだ。

 「私は帝国へやるのが嫌なのではないわ、あのっ、青い血をしたお父様の元へやらなければならないのが許せないのよ!」


 「お爺様って、そんなに怖い人なの?」

 「少なくともフェリチータ様よりはずっと」

 こっそりとイリアへ尋ねた長男に、イリアは口元を動かさずに答えた。


 子供達が大切なフェリチータは、実は一度もウィリアーノに子供達を会わせた事がない。いや、何が何でも会わせなかったというのが正しい。

 だから幸いにも子供達は、未だに自分達の祖父でもある皇帝の恐ろしさを知らなかった。

 そして不幸にも、子供達は皇帝に対する免疫をつける機会を奪われていたのだった。

 しかし、それに気づく前からフェリチータは己に出来る限りの帝国の教育を、自ら教鞭を執って双子に施していた。

 「二人とも、皇帝の教訓は覚えているわね?」

 「「はい!」」

 産まれる前より帝国へ行く事が定められていた双子へ、帝国に行っても大丈夫なよう心構えと基本的マナーに関してしっかりと教え込んだのだ。

 

 「帝国では?」

 「「弱みを見せるな背を見せるな、敵はいつでも見張っている!」」

 

 「国に(あだ)なす者には?」

 「「徹底的に草の根まで!自分の立場を知らしめろ!」」

 

 「(さか)しき知者は?」

 「「疑え(ため)せ信じるな、誓いも裏では嘘八百!」」

 

 「(たくま)しき強者(つわもの)は?」

 「「使え見下せ飼い殺せ、裏切り前に叩き斬れ!」」

 

 

 「何その標語···」

 「帝国怖い···」

 「帝国の常識です」

 引つるハイノス、の後ろで怯える長男、にささやかな注釈を入れるイリア。

 双子の教育はフェリチータとイリア以外全員ノータッチだったので、耳にするのはこれが初めてーーさらに言えば病弱故国を出る事が叶わないハイノスやフェリチータによって皇帝から遠ざけられていた長男が帝国の文化に直に触れるのもこれが初めてであった。

 もしこの場にラノスやクレイトンがいれば、遠い目をしながら大きく納得していた事だろう。

 

 「最後に、皇帝とは?」

 「「帝国に生き帝国に捧げ帝国に死する者。我が知と力は帝国の為だけに」」

 

 双子の言葉にフェリチータは強く頷く。

 

 「そうです。皇帝は絶対君主です。皇帝であるからには私情は許されない。私情に揺らぐ事があってはならない。皇帝の全ては帝国の、民草の物なのです」

 

 ウィリアーノに国を出されるまで、フェリチータは次期皇帝としての帝王学も学んでいた。

 故に、皇帝としての心構えを知っている。今もなお、皇帝としての意識を抱えている。

 だからフェリチータは双子に繰り返し伝えた。

 

 「民とは国、国とは民。貴族も平民も家畜も資源も路傍の石に至るまで、全てが民であり国です。履き違えてはなりません、国土だけが国ではないのです。余すことなく全てを護り育み受け継ぐ事が皇帝の務めです」

 

 今でこそ武力と恐怖の絶対君主としてウィリアーノが皇帝に立っているが、決してそれだけが帝国たる所以(ゆえん)ではない。

 

 「そして、国を(おびや)かすものがあれば、例え他国であろうと己が民であろうと躊躇(ためら)ってはいけません。護りなさい。庇護すべき国を」

 

 絶対的な意思で国を護る。

 それが皇帝。

 

 故に帝国は揺らがない。

 

 民の不平も貴族の強欲も他国の暴利も己が欲すら許さない。

 護るは一点、国それのみ。

 

 「例え貴方達の兄や母、王国が敵になろうとも(たが)えてはなりません。帝国に足を踏み入れた瞬間、貴方達は帝国の人間に、そして、皇帝になるのですから」

 

 帝国の王女であった威厳と気品をもってして、鋭く言い放つ。

 それを受けた双子は一瞬二人で目線を合わせて、流れる様に確かな自信を持って帝国式の礼をとった。

 

 「「はい、母上。すべてはていこくのおもむくままに」」

 

 歳相応のたどたどしさを持ちながら、フェリチータによく似た空気で()せた双子に、ハイノスは感心を苦笑いに変えて呟いた。

 「帝国は、真に恐ろしいな」

 チラリと後ろを見れば、たった今双子の弟が見せた素質に打ちのめされた長男が言葉を失くし拳を握って立ち尽くしていた。

 無理もない。優しく温かい王国の平穏な日々において、先程知ったような厳しい教育はなく、また今まで双子は無邪気で可愛い弟でしかなかったのだ。その弟達が兄である自分にも出来ぬ気品と覇気を(わず)かばかりとはいえ見せたのだ。

 兄としてのプライドか、はたまたま国王としての自覚か、あるいは王としての覚悟か。

 いずれにせよそれらを大きく刺激されたには違いなかった。

 遠に王位継承権を失ったハイノスですら苦い痛みが胸に走り、今にも寝込みたくなっているのだ。この幼い王が全てを理解出来ておらずとも、似た痛みを感じているだろう事は想像に難くなかった。

 「負けてられないな、義弟(おとうと)よ」

 小さな頭に手を置けば、重みに反するように強く頭を上げたまま長男は頷いた。

 「はい、義兄上(あにうえ)様」

 強いな。素直にそう思う。

 流石フェリチータの息子だとも。

 この軟弱な命がどれ程もつか(さだ)かではないが、命ある限りこの歳の遥かに離れた義弟を支え続けようとハイノスは改めて心を決めた。

 いずれ皇帝になる双子の義弟に負けぬように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「王国、出ちゃったね」

 「うん、もう帰れないね」

 二人っきりの馬車の中で双子は会話する。

 「ていこくについたら、帰れないね」

 「もう王国は帰るばしょじゃないね」

 理解出来るよう教育された双子は、幼くともきちんと理解していた。

 「母上のことも『おきさき様』ってよばなきゃね」

 「兄上も『国王へいか』だよ」

 双子はとうに見えなくなった城をいつまでも窓から見ていた。

 「父上のおはかまいりもできないのかな?」

 「おはかには行けないけどしてもいいってイリアがいってたよ」

 互いに窓の向こうを見たまま、しっかりと手を繋いで。

 「義兄上様もだいじょうぶかな?」

 「イリアにおねがいしてきたからだいじょうぶだよ」

 そしてどちらからともなく、ぽろりと、涙が(こぼ)れた。

 「っ、ははうえ···イリア···」

 「あにうえ、っく、あにうえさま」

 如何に教養を身につけていようとも、頭で理解していようとも、双子はまだ幼い。

 

 「「ふぅええぇぇえええええええん!!」」

 

 愛する人達から離れて二人、遠く離れた地に行くのは寂しくて悲しくて冷たくて痛くて辛かった。

 次から次へと溢れる涙のままに、湧き上がる嗚咽のままに、双子は泣く。

 

 それでも笑顔でお別れが出来たのは。

 逃げる事なく帝国に行けるのは。

 


 堅く握り合うこの手があるから。

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 「ついたね」

 「うん、おりたらもうていこくだ」

 長い旅程を越え辿り着いた帝国で、馬車の入口を前に双子は手を繋ぐ。


 「「いくよ?」」

 互いの顔を見て、笑い合う。

 これが最後の王国の双子。愛し合うフェリチータとラノスの息子。


 「「せーの!」」

 ぴょんと飛び出して、同時に帝国の土を踏む。

 ここからは帝国の双子。皇帝の養子にして将来の皇帝。


 そして顔を上げた時、二人はフェリチータによく似た月色の髪を輝かせ、ラノスの翠に黄金を一筋垂らした瞳に強い意志を秘めて前を見据える。背筋を伸ばし胸を張って立つ小さな二人に、出迎えた人々が自然と頭を下げた。

 「お待ちしておりました。両皇子殿下」

 先頭に立つ騎士が言い、その隣に立つ侍女が言う。

 「皇帝陛下がお呼びです」

 皇子としての正しい振る舞いはフェリチータから習った。

 「「案内せよ」」

 

 双子が皇帝になるのはまだまだ先の話。

 しかし、皇子だからといって学ぶだけが日々ではない。

 双子の祖父であり義父(ちち)となる現皇帝のように、爪を研ぎ、牙を潜ませ、目を広げるのだ。

 

 皇帝になる為に。

 

 握り合う手に双子は誓った。

 どちらが皇帝になろうとも、絶対に離さない、と。

 

 

お読みいただきありがとうございました。

書いてからようやく気づきました。イリア以上にクレイトンが空気だった事に···

後、五歳でこれは無理がありますかね?でも、なるべく早めに帝国には送らなければならないし、でも帝国に呑まれないように教育しておきたかったし···フェリチータと双子が滅茶苦茶頑張ったって事で。

王国の今の政治の実質はハイノスや優秀な家臣達が担っていますが、長男も頑張ってます。将来ラノスに似た優秀な国王になります。

双子は後にウィリアーノに負けぬ名を轟かせる皇帝になります。立派な腹黒に育ちます。

名前?思いつかなかったとかじゃないですよ?わざとです。わざと···(汗

最後にちろっと出てくる騎士と侍女はあの二人です。フェリチータによく似た双子をとてもとても大切にします。


ここまでで後日談を終わりにします。もしかしたら思い立って書く事があるかもしれませんが。

本編及び後日談までお読みいただき、本当にありがとうございました。

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