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第十八話、舞台後の密談


 「お父様なんてざまあみろよ!」

 声高く笑うのはフェリチータ。全てが終わり、部屋に戻ってすぐの事だった。

 「私だって帝国の人間よ!これくらいチョロい物だわ!」

 部屋にはイリアしかいない。とはいえ、(いささ)か羽目を外し過ぎではないだろうか。

 「お疲れ様です、フェリチータ様」

 「ふんっ、最後にお父様を見返してやったんだもの。気分が良いわ」

 はてさて、特にウィリアーノがぎゃふんと言った事もないのだが。イリアは余計な事は口にしない。

 粛々とフェリチータが休む準備を進めていく。

 「ねぇイリア。今日はずっと一緒にいなさい」

 実を言えば、寝室の扉の表か裏のどちらかにいつもいるのであまり変わりはないのだが、わざわざ口にされた事で姿勢を正す。

 「お客様が?」

 「恐らくね。腹いせ、意趣返し、一矢···何でもいいけど、来るなら今夜しかないでしょうね」

 「国王陛下には?」

 「言わないわ。恐らく狙われるのは私だけ。なら必要のない危険は始めからいらない」

 確かにラノスは歳である。言葉は悪いが、死にやすさはかなり高い。

 「増援は?」

 「私はまだ信用していないから、いない」

 王国の騎士の顔はまだ覚えておらず、偽者が紛れても分からないという事だろう。

 「皇帝陛下は?」

 「嫌よ。お父様ならこれも含めて課題のはずだもの」

 命をかけた宿題なんて迷惑過ぎる。

 何であれ、準備は必要だ。

 「フェリチータ様、お召し物はこちらに」

 「着替えさせて。動きたくない」

 我儘が増していませんか?

 



 夜、疲れを顔に刻んだままラノスとクレイトンは向かい合う。

 「お二人共お疲れ様でした。面白い余興でしたね」

 その二人にお茶を注ぐのはハイノスだ。一応病弱であるハイノスは表立っては会場にいなかったが、こっそり見てはいたのだ。

 「余興、余興なぁ···」

 「もう普通に事件で良いのでは?これだから皇帝は嫌いなのですよ」

 ラノスには『皇帝の血族』と聞こえた気がした。それは分からなくもないので何も言わないが。

 「そうですか?凄いではないですか。数年しっぽの先も見えなかった犯人をあっさりと炙り出して見せたのですから」

 ハイノスだけは純粋に賞賛していた。腹の底はどうであれ。

 「とりあえずこれで一件落着ですね」

 三人で美味しくお茶を飲む。穏やかでまったりとした時間。ラノスはそこはかとなく、歳を感じた。

 「フェリチータは、若いなぁ」

 「何を今更」

 あまりにもしみじみと言うので、クレイトンが呆れれば、ハイノスが笑う。

 「おや、早速後悔してますか?」

 「後悔はせん。そう決めたからの」

 悩んで悩んで、悩んでも。フェリチータを娶った事を後悔はしない。

 「では、愛しますか?一人の女性として」

 ハイノスがいつになく真剣に聞いてくるので、ラノスも真剣に考えて、答える。

 「そうだな、少なくとも愛想をつかれて今日の招待客の様な若造と逃げられる事はない様にしたいのう」

 ラノスほど高齢な者はまずいない。その上成人したての若い女を娶ろうなどという奇特な人間などいるはずがない。そうなるとラノスから見れば他人は皆若造で、その若造には譲らないと言っているのだから、つまる所、誰にも渡さないと言っているに等しかった。

 「彼らにそんな度胸はないでしょう。最後には借りて来た猫の様だったではないですか」

 心底楽しそうに笑うクレイトンは、性格が悪い。

 「各国の策が裏目に出た形ですね。これがもっと熟練の者達なら、ここまで上手く話は進まなかったかもしれません」

 フェリチータとの歳の釣り合いと地位優先で選ばれた若者達だったから大した反論も思惑の交錯もなく済んだのだと、ハイノスが冷静に分析する。

 「いい具合に各国の牽制が出来たのではないですか陛下?盗られる心配はもちろん、側妃様が侮られる心配もこれでなくなったでしょう」

 今回の話が広まれば、女だからと、若いからと、それだけでフェリチータを侮る者は有意に減ると考えられた。それはこの国の今後ーーラノスが死んだ後に繋がる大事な事だった。

 「そうだな。すぐに死ぬつもりはないが、考えぬ訳にはいかん」

 ラノスが死んだ後、フェリチータを庇護する者がいなくなる。クレイトンとてそう長くはない。ハイノスは血筋と人望があるが病弱だ。

 なるべく早い内にフェリチータの足元を固める必要があった。中でも、一番困難かと思われていたフェリチータの人となりや実力の周知、信用の在処は今回の事で大きく叶った。

 「これで子どもが出来れば問題はないな」

 「ぐぼはぁ!?」

 不意に聞こえて来た言葉にラノスが咽た。クレイトンが苦虫を噛み潰した顔をし、振り返ったハイノスが目を見開いた。

 「これは皇帝陛下。いつからそこに?」

 「ラノスが娘に手を付けた辺りからだな」

 「まだ出しとらんわ馬鹿たれぇい!!」

 むしろ出された方だ!どういう教育をしているのだ!と叫びたい。

 「お主には面と向かって言いたい事が山とある!」

 「そうか。俺にはない」

 素気(すげ)ないウィリアーノにラノスが青筋を立て、クレイトンはポットに過剰な茶葉を足した。

 「お前、初めから事件を解決させるためだけにあの娘を送り込んだのか?」

 「それはついでだ。役に立つならそれでも良かった」

 つまり真の目的は別にあり、フェリチータの役に立つ立たないはどちらでもよかったという事なのか。それでは頑張ったフェリチータが報われない様に思う。

 「伯爵の息子の事は把握していたが、どうせ潰すなら妹共々潰したかったからな」

 「被害を分かっておきながら、見逃していたと···?」

 クレイトンの声が怒りに震える。人的被害が出た訳ではない。だが、経済に大変大きな影響を与えかねなかったのだ。不本意な事に、あまりにも少しずつかつ精巧で発覚しにくかったため急激な変動が起きなかっただけなのだ。

 「影響が酷くなりそうなら早急に対処はした。事実、最悪の事態は防いだ」

 どうやら知られていないだけで最低限はすべき事を果たしていたらしい。それでも、許せないものは許せない。

 「はぁ、まあもう良い。終わった事だ」

 疲れた息をついてラノスが話を閉じる。これ以上話した所でウィリアーノに意味はないからだ。

 勝手に座ったウィリアーノにクレイトンがお茶を出す。底が見えない濃さをしていた。

 「それで、輿入れさせて本当に良いのか?真なる目的はフェリチータの避難なのではないのか?」

 ラノスとて国王だ。国が離れていようともある程度の情報は得ている。帝国でフェリチータが置かれていた状況も。

 「そうだ。伯爵の娘が形振(なりふ)り構わなくなって来たからな」

 秘密裏に処理する事が難しくなって来ていた。フェリチータを安全な所へ避難させた方がやり易いと考え、国内よりも手の届きにくい他国へやったのだ。

 「何故輿入れだったのだ。遊学でも良かろうて」

 「自分にとって害が少ない方が手を出さなくなるだろう?それに、結婚させるならラノスしか居ない」

 「んんんんんん!?」

 そこ、正しくそこが飛躍しているのだ。常人には理解が出来ない。

 「まてまて、儂なんぞより良い者がおるだろう」

 「いないな。最低でも王弟までの地位の王族皇族の中で、俺が許容できる才覚を持ち、性格も及第点で、女を下に見ず、フェリチータの手綱を握れるだけの人間は」

 前半もそこそこ難題だが、最後が一番難しいとラノスは思った。そこに、何かに気がついたハイノスが恐る恐る口を挟む。

 「あの、もしかして本人の年齢や見た目とか、立地(くに)については問うていないのですか?」

 「そんなものは些細な事だろう。財も自分で築けばいい。信用も自分でもぎ取れる。必要なのは中身だけだ」

 良い事を言っているはずなのに、何故か背筋が凍る。

 帝国コワイ。ハイノスは本気で思った。

 「だ、だが、お主は再婚するつもりはないのであろう?であればフェリチータは帝国の跡継ぎではないのか?」

 「問題ない。手はいくらでもある。それこそお前とフェリチータの子を貰うとかな」

 「天下の帝国がそれはどうかと思うがなあ!?」

 わざと大声を出してそれを打ち消す。

 ラノスとしてはようやく娶り、愛する覚悟を決めた所なのだ。その先はまだ早い。

 「童貞モドキ」

 聞こえぬよう呟いたのは果たして誰か。

 もはや色が黒いお茶を顔色一つ変えずに飲み干して、ウィリアーノが言う。

 「それはそうとラノス。ここで油を売っていていいのか?」

 「?」

 怪訝な顔をしたラノスに爆弾が落とされた。

 「フェリチータが狙われているのに」

 ハイノスは、産まれて初めて、ラノスの本気の憤怒を、見た。

 

 

お読みいただきありがとうございます。

フェリチータはお父様のこと、ダイスキですよ?ホントに。

あれが父なので少し、素直じゃ無くなってしまっただけで。

おじいちゃんトリオ(ハイノス含む)の会話は好きです。なんか、湯のみ持ってほんわかしてそうじゃないですか?

ちなみにハイノスはおじいちゃん二人の影響を過分に受けているため、歳の割に老けた性格をしています。おじいちゃん達のせいです。

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