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Ambrosia Knight 〜 遠き日の約束 〜  作者: 雑用 少尉
第6章 終焉の始まり
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第26話(82話) 動かない針

 

 一度だけ、止まった世界を見た事がある。


 それは戦いが終わった後、残骸のみが残された戦場だった。

 今も戦場で戦ってはいるが、戦場の跡地を見ることはほとんど無くなってしまい、実際にその場に立つ機会など無くなった。


 見たのはまだ12歳の時。その時アレンは少年兵として戦場に駆り出され、今ではもう名も残っていない都市でアルギネア軍と戦った。

 とは言っても、まだライフルが背丈に対してあまりに大き過ぎる程の年だった。機動兵器達が主戦場を闊歩する中、歩兵の仕事は同じ歩兵を殺す事。


 銃声、爆発、悲鳴。少年の目や耳を犯す終末の光景、音が満たす。



 多くの同僚達が心を殺し、死人のような目をしながら人殺しに慣れていく中、アレンは最初から淡々と敵を討っていた。

 人殺しに戸惑いが無かった訳ではない。だが何処か、感覚がズレていた事だけは覚えている。人殺しに興味があった訳ではないが、それを悪だと思わなかった。


 言ってしまえば、初めて戦場に出た日から、「慣れていた」のだ。そんな事、ありえないはずなのに。



 どれほどの時間が過ぎたのだろう。


 共に出撃した仲間はほとんど死に、物音も、人の気配も無くなった。あるのは銃痕が刻まれたものと死体、そしてそれを食い荒らす烏や獣、虫。

 遥か遠くでは、未だ砲撃や爆発が絶えない。あちらが終わるまではまだ時間がかかるだろう。それまで、この止まった世界の中で生きなければならなかった。


 人がいなくなった店から食料品を失敬していたが、この場所が戦場になると察した住民達が持ち去った為か、もうそれも尽きようとしていた。


 最悪、その辺の死体に集る烏や獣を撃ち殺すか、ドブのような川の中を泳ぐ得体の知れない魚を食べるしかない。そう考え始めた時だった。


 建物と建物の隙間、そこからフラリと人影が姿を現したのだ。アレンは反射的に銃を構える。



 人影の正体は、1人の少女だった。ほとんど裸に近い、ボロボロの布切れを纏い、傷んだ茶髪は腰まで伸びていた。目は瞳孔が開きかけており、肌は小さな虫に啄まれている。


 そして何より、その少女の手に握られていたのは、人間の腕であった。噛み千切られたような痕がある。



 この少女は、人間を食っていた。事実口元から、得体の知れない繊維のようなものが垂れ下がっている。



「……」

「あ…………あぁ…………」

 少女はアレンに気がつくと同時に、糸が切れたように地面に倒れこむ。力尽きたようだ。

 銃口は外さず、ゆっくり少女へと歩み寄る。腐肉のような甘い香りは少女のものか、はたまた腕からのものなのか。


 アレンは何も尋ねなかった。少女に話す気力などないのも知っていたが、何より興味が無かった。一般人ならば保護しなければならないだろうが、もう長くないようにも見える。今の自分に出来るのは楽にしてやる事くらい。


 その時、少女の唇が微かに動いた。


「し……………………に、く、ない…………しに、たく…………い…………生き、たい…………」

「…………」

 掠れた声でうわ言のように懇願する。


「そうか。死にたくないんだな、お前」

 ならば、望み通りにしてやるだけ。

 わざわざ、もう助かる見込みがないから殺すなどという事はしない。そこまで考える程大人ではなかった。


 少女を廃墟へ運び、破裂した水道管から汲み上げた水で身体を洗い流す。火を起こし、少女の身体と服を温めると、缶詰を2つ開けた。

 少女に差し出すが、もはや手すら動かないようだ。


 仕方無く、アレンは口を開けて中身を押し込め、手で咀嚼させる。何とか飲み込ませるが、途中でむせてしまったのか半分程吐き出してしまう。

「ッ!! ゲッホ、ウグ、ゲッホ!!」

「人間食べるよりはマシだろ。嫌って言ってもダメだからな。お前が生きたいって言ったんだから」

 そう言って再び、缶詰を少女の口の中に押し込む。



 そんな日々を繰り返し、とうとう食料も尽きた。



 少女の体調も以前よりは回復し、身体を流し続けた為か死体のような臭いも消えていった。

 だがまだ回収部隊は来ない。あと数日は耐え忍ばねばならない。


「……俺、ちょっと飯獲ってくる。火の面倒だけは見ておけよ」

「…………はい」

 力ない返事を確認し、アレンは廃墟の外に出た。まだ砲撃音は続いている。お互い元気なものだ。




 アレンが戻ってくると、少女が傍に擦り寄ってきた。まるで餌をねだる動物のように。

 獲ってきた獲物ーーネズミや魚、小鳥を見ると、少女はすぐさま手に取って喰らい付こうとした。

「火を通せ。また虫に集られたいのか」

 少女の手からネズミをひったくると皮を剥ぎ、焚き火の中に放り込んだ。物悲しそうな目でこちらを見てくるが、アレンは目を合わせなかった。

「……お前、名前はあるのか?」

「…………」

「無いならいい。どうせしばらくしたらお別れだ」

「……みんな、お前、って呼ぶ。お前、って、名前?」

「名前じゃない」


 焼けたネズミを取り出し、少女へと渡す。熱いのか、ハフハフと息を吐きながら夢中で食べている。


「……触らないの?」

「は? 何の話だ」

「みんな、私の身体、触ったりしてた。よく分からないけど、叩かれたりした。……君は、やらないの?」


 見たところアレンと歳が近いようだが、自分が何をされていたか理解していないようだった。



 大方、現地に来た軍人か、もしくはスラムの住人に虐待を受けていたのだろう。そうと思しき死体が転がっていたのを見た。



「する意味が無い。興味が無い」

「男の子、でしょ? みんなーー」

「言うな、飯を抜くぞ」

「…………ごめん」

 聞きたくなかった。

 聞いた所でもう、どうしようもない事だ。




 数日後、その日が来た。


 軍の捜索部隊がアレンの回収に訪れたのだ。

 その時に2人を発見した軍人ーーハリッドは、アレンの側にいた少女に目を留めた。

「その子は?」

「此奴は…………関係無い。一般人だ。後はこの街の奴等の仕事だろ?」

「でもその子、大分君に懐いているようだが」

 半笑いを浮かべるハリッドに、アレンは舌打ちした。


 自分の服の裾を掴んで離さない、少女の手。


「もう離れろ」

「…………」

「離れろ!」

「…………!!」

 黙って首を振るだけ。それどころか腕にしがみつき、頭を押し付ける。


「……こちらハリッド。少年兵の生き残り、及び一般人を保護。回収ヘリを回してくれ」

「おい!」

「別に良いさ。スティアも、君の姉さんにも連絡しておく。軍の保護施設にいる方が、こんな場所にいるより良いだろう?」

「…………本当、あんたは」

「余計なお世話? 大人は子供の世話を焼くのが仕事だよ」

 不敵に笑うハリッドから目を逸らす。



 するとその先にあったのは、少女が初めて見せた笑顔があった。

 いつまでも忘れられない、無邪気な笑顔。






「アレンさん?」

 ふと、聞き慣れた声で現実に引き戻された。


 自室のベッドに腰掛けたまま、浅い眠りについてしまっていたようだ。

「悪いな。ちょっと昔を思い出していた」

「昔?」

「あぁ。ろくな思い出がない過去の中で、唯一の良い思い出だ」

 後ろから自らを抱きしめる、あの時の少女。

 あの時とは違い、柔らかで、花のように甘い香り。止まった世界から拾い上げた、宝。


 彼女の頭を抱き寄せ、その頬に口付けする。



「エリーザ。あの時があったから、今俺は、こうして理由を見失わずに生きている。お前がいるから、生きたいって思えるんだ」

「……? アレンさん?」

「分からないなら今から教えてやる」

「あ、ちょ…………!」



 ソウレン・ビャクヤを、アリアを討った今、自分の生きる理由は変わった。


 あの時から、彼らの時は、動いていない。



続く

次回、Ambrosia Knight 〜遠き日の約束〜


「果てにあるもの」


少女が覗く照準は、紅い機体の影との邂逅を望んでいる。

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