第23話(79話) 血族の呪縛
「…………まぁ、こんなところですかね? 突き詰めた内容はそこの紙にまとめてありますから、後で読んでおいて下さいよん」
「…………」
机の上に投げ出された資料を、彼は見ようともせずにデスクの中にしまい込んだ。
トリックフェイスを睨む双眸は、殺意が込められているように鋭かった。
「しかしぃ、貴方も少佐になって仕事が増えましたねぇ。お姉さんが軍を退役してその後を継いで……全く、捕虜を引き取る為に階級を投げ出すなんてね。驚きましたよ」
「…………」
「それでも認めないと言った上層部の説得はまあ、骨が折れました。彼女を貴方の監視下に置くことにしたのは、彼女達が自由に暮らす為の条件の一つだったんです。いつまでも恨めしそうな目で私をーー」
「だったらエルシディアをガラディールに連れ出したのは何だ?」
口数は多くない。だがそう話すアレンの口調は、それだけで相手を死なせてしまうほどの圧力があった。
「あら怖い。でもフブキちゃん付けたり、貴方も許可出したじゃないですか。良い子でしたよ、熱心に研究内容を……」
「俺が許可したのはあくまで視察だけだ。戦闘行為は許可していない」
「え!? 何で知って……あっちゃあ、報告書書いた人正直者過ぎでしょ〜……」
がっくり肩を落とすトリックフェイス。
報告書にはきちんと、アルギネア軍との戦闘があった事を記されていた。
「後でお詫びしますから〜。許して?」
「……ネヴァーは?」
「ネヴァーエンド? あれならもうじき整備終了しますよ。何、もう戦場出たくて仕方ないって感じ?」
「分かった。下がれ」
「あ、はい」
アレンの指示にわざとらしく敬礼をし、フラフラと去っていった。
あの日、2年前の事を思い出す。
ーー 2年前 ーー
「何か話した?」
「いえ、3時間前から変わりません」
「そう。呆れたものね、あのパイロット」
「…………」
マジックミラー越しに、アレンとエリーザは様子を観察していた。
真っ暗な部屋の中、椅子に縛り付けられたエルシディアの姿があった。同じ空間内に、ニヤニヤしながらそれを見ているフブキの姿。彼女の手には高圧電流を纏ったスタンロッドが握られていた。
「うーん? 次は何処が良いかなぁ? 良いかなぁ!?アッハハ、良い気味ぃ!!」
「っ……ぅぅ…………」
ボロボロになった囚人服のうち、特に胸元は焦げ付き、白い肌には生々しい焼け跡が刻まれている。
呼吸する度に、焦げ臭い匂いが迫り上がる。
「早く話しなさいよ〜。EAの事」
「何、度も、言って…………知ら、ない…………私が、知りたい、くらい…………」
「はぁ〜?」
帯電したスタンロッドが振り下ろされた。
背中から這い回る電流が全身の筋肉を痙攣させる。
「あああぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
拷問室に響き渡る絶叫。凄惨な光景にエリーザでさえ苦い表情を浮かべていた。
当たり前だ。縛られた手足を必死に動かそうとして血が滲み、小刻みに息を吐く様子など見せつけられても不快なだけだ。
反面、フブキが大笑いしている事も、その一因だった。
「アレンさん、これ以上の拷問は無意味かと。自白剤の使用を」
「分かっている」
苛立ちを含んだアレンの言葉に、エリーザの肩がビクリと震える。
拷問室の扉を蹴り開ける。金属質の音が甲高く鳴り響き、フブキが驚いた様子で振り向く。
「遊びは終わりだ。お前は下がれ」
「で、でも、まだこいつ何も話して……」
「下がれと言った!!」
怒声が反響する。フブキは何か言いたげな表情をしていたが、やがて小さく舌打ちした後に部屋を出て行った。
アレンはエルシディアの髪を掴み、顔を近づける。肉が焼けたような、奇妙な匂いが鼻をつく。
「はぁ…………はぁ…………貴方、達を…………」
「…………」
「私……貴方達を、クラ、ウソラスを…………許さ、
ない…………家族なんかじゃ、な……っ!!?」
直後、エルシディアの首筋に注射器が刺され、自白剤が流し込まれる。
意識が薄れていき、彼女の目から光が消えていく。
「安心しろ。俺はお前を家族だとは思ってない。……姉さんは分からんがな」
拷問室を出ると、車椅子に乗ったスティアが通りかかる。
その表情はどこか浮かないものだった。
だがアレンは彼女に話しかける勇気はなかった。おそらく心の何処かに巣食っていた、小さな後ろめたさのせいで。
あれから2年。
スティアが軍を退役してから、アレンを取り巻く環境は大きく変化した。これまでの戦績と少佐の席が空いた事から、時を経ずして少佐となった。
何も考えずに戦場の駒として動いていた方が、どれだけ楽だったかを知る事が出来た。
と、ドアを叩く音が鳴る。
「入れ」
アレンの一言が入ると、マグカップを置いた盆を持ったエリーザが入室する。
「少し、休憩されたら如何ですか?」
「……そうだな」
マグカップを受け取り、湯気を立てるコーヒーに口をつける。
味の感想は言わない。だがその口に浮かんだ小さな笑みが全てを語っていた。
「近いうちに、戦場に出るのですか?」
「アルギネアと事を構える前に、俺達にはやらなきゃいけない事がある。……グリモアール残存軍の掃討作戦、お前にも参加して貰うぞ」
「はい」
グリモアール軍の掃討作戦が、先日上層部から言い渡された。
裏でトリックフェイスが何かやっていたようだが、彼に深入りするとろくな目に合わない事は知っている。だから目立った動きをしない限り口を出さないようにしているのだ。
「今はアルギネアとの戦いに備えないといけない。その障害は早いうちに取り払わなければなら……っ?」
その時、エリーザが後ろからアレンを抱いた。頬を寄せ、甘えるように吐息が漏れる。
「どうかしたのか?」
「いえ……こうして素直になれる人がいて、幸せな気持ちなんです。また、貴方と戦場に出られる……」
「……そうか」
アレンの表情は柔和な笑みとなり、彼女の頭を優しく撫でる。サラサラとした髪の隙間を、アレンの指が通り抜ける。
「10年前のあの日からは想像も出来ない。こんな関係になるなんて」
「ん……!」
寄せられたエリーザの顔を更に引き寄せ、その唇を自らの唇で塞いだ。
今のアレンにとっての、唯一の安らぎだった。
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2年前は見るのも嫌だった扉を開ける。
廊下の中には食欲をそそる良い香りが満ちている。帰宅した音を聞きつけたのか、家主がリビングから出て来た。
「おかえりなさい、エル」
「…………ただいま」
2年前までは、顔を見るのすら拒絶していた姉に、エルシディアは挨拶を返した。
「どう? 美味しい?」
「……普通」
「まだまだエルのお口に合うのは遠いか〜」
テーブルを挟んで、2人で食べる夕食。メニューはエルシディアの好きなオムレツ。付け合わせのサラダやシチュー。全てスティアの手作りだ。
今ではつけられていた監視もいくらか緩み、こうしてスティアが暮らす家に帰れるようになっている。そうするよう進言したのがアレンやトリックフェイスだと言うのは、今でもにわかに信じ難い。
この家に初めてやって来たのは2年前。その時はスティアに対し、エルシディアは一切心を閉ざしていた。それどころか絶えず呪詛の言葉を投げかけ、時に暴力を振るうことすらあった。
そんなエルシディアに対し、スティアはただ静かに笑いながら、甲斐甲斐しく世話を焼いた。生傷だらけになりながら、歩けない身体に鞭打って。
そして毎日、こう言った。
「貴女はクラウソラスの人間である前に、私の妹なのよ。もう、家族離れ離れなんかにしない。絶対貴女達を幸せにしてみせる」
クラウソラスへの、自らの血筋への恨みが消えたわけではない。
だが、足を奪われてなお家族を想う彼女を恨む気持ちは、いつしかエルシディアの中から消えていた。
「姉さん……」
「ん?」
「……何でもない」
もう、分からない。
自分はアルギネアに戻りたいのか、それともここにいたいのか。
かつて、自分の心を救ってくれた青年の笑顔が脳裏を巡っていた。
あの時、決別した筈なのに。
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誰もいない部屋の中、彼女はただ1人椅子に座っている。その手に握られた写真を見つめたまま。
目の端に涙を浮かべながら、彼女はその写真に写っている愛する人を。ただ一途に待ち続けていた。
と、通信と共にモニターへトリックフェイスが映る。
〈もしもーし。日課の最中悪いんですけどー、セカンドブレインシステムと7号機のマッチングテストについての報告があります〜〉
「…………どうだった?」
〈やっぱり貴女の言う通りでした〜。7号機に組み込まれていた新型アクトニウムコアの出力過多の問題、そしてそれを防ぐ為の新武装。その双方を繋ぐ鍵はやはりセカンドブレインシステムなんすね〜。ただ、一々死体を使うのも面倒なんですよ。倫理観がどうとか言われるし、綺麗な死体を買い取る費用だって馬鹿にはならない。そもそも処理装置なら人間じゃなくてもですねーー〉
「ダメ。どんな形であれ、EAは人が乗らなければならないの。人間の進化の果て、それがEAなのだから」
〈まぁまぁ、ロマンチストだ事。まぁいいでしょう。それではまた、総司令官殿〉
通信が途切れる。
女性は再び写真に目を移す。
「あぁ…………早く貴方に会いたい。ビャクヤ……」
幼き日のビャクヤの笑顔が、写真の中で煌めいていた。
続く
次回、Ambrosia Knight 〜遠き日の約束〜
「ハンティング・ナイト」
吹雪の中で彼等は知る。強大な力の前に食い尽くされる、恐怖。




