表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Ambrosia Knight 〜 遠き日の約束 〜  作者: 雑用 少尉
第5章 終わらない宿命
78/120

第15話(71話) ゼロの幻影

 

 死神は大鎌をインプレナブルから引き抜くと、今度は頭部に向かって振り下ろした。

 インプレナブルはこれをバックして回避。すぐさま右腕を電磁ドリルブレードに変形し、死神の頭部を穿とうとする。

 死神は地面に食い込んだ大鎌から手を離し、左肩のシールドで防いだ。だがドリルの回転は止まらない。

「邪魔を……するなぁっ!!」


 力任せに振り抜いた。


 シールドは破砕こそしなかったが、接続部から千切れ、死神の左肩から離れてしまった。

「邪魔! 邪魔!! 邪魔ぁぁぁっっ!!!」

 インプレナブルの猛攻は続く。

 胴体のマントを引き千切り、首を掴んで持ち上げ、顔面にドリルを突き立てようとする。死神は振り払おうとコクピットに蹴りを放つが、今のエリスはそんな程度で止まらない。

「そんな程度で、止まる、かぁっ!!」

 死神の頭に、電気を纏ったドリルが突き刺さった。

 回転刃が死神の異形の頭を抉り、掻き混ぜ、原型を残さず破壊し尽くす。


 電子頭脳が内蔵された頭部を破壊された死神は、ゆっくりと倒れた。


「ハァ、ハァ、ハァ…………と、どめ、を…………」

 動かなくなった死神のコクピット。そこに機銃で狙いを定める。



 ーー …………ごめんな、情けない、隊長で………… ーー



「え…………!?」

 確かに、聞こえた。


 ウェルゼの声が、頭の中で。


「何で、何で……何、何!?」


 ーー 情けない、隊長で………… ーー


「幻聴…………幻聴、幻聴に決まってる!!」

 薬を懐から取り出し、手から溢れるのも構わず一気に飲み込む。

 だが頭の痛みも、幻聴も消えなかった。

「何で、何で消えないの!? 痛い痛い……!! やめて、聞きたくない、聞きたくない!!!」


 エリスは知らない。


 この声を響かせているのはインプレナブル。


 インプレナブルの電子頭脳は、死神の正体に気づいたのだ。

 かつて共に闘った仲間。そして、散り際に一緒にいられなかった仲間。


 再び出逢えた事に喜び、そして、敵として出逢ってしまった事に悲しみ。



 インプレナブルはエリスに語り続ける。



 彼女が意識を失ってもなお、語り続ける。



 その間に、いつしか死神の姿は何処かへ消えていた。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 ガルディオンから飛び出し、ゼナはツキミの元へ走る。

 2機のEAが離れた隙にガルディオンの緊急開閉ボタンを押す。ガルディオンの首に刺さったナイフが妨げとなり、ハッチは半分しか開かない。


「ツキミィ!! 返事して!!」

 必死に手を伸ばす。しかしその手には感触がない。

「だったら、この、隙間から……!!」

 身体をねじ込み、直接コクピットに潜り込む。

 中にあるのは煤と、瓦礫と、血、そして内部にまで達していたナイフ。


 そのナイフの影でツキミは項垂れていた。額から血を流し、意識はない。

「ツキミ!! ツキミってば!!」

「……………………ん、ぐ」

「ツキミ!! 良かった、無ーー」



「あああぁぁぁぁぁっっっ!!? あ、が、あああぁぁぁぁっっ!!!」



 突如、凄まじい悲鳴を上げ始めた。

「ど、どうしたのツキミ!? 大丈夫よ、怪我は小さーー」


 そこまで言いかけて、ようやくゼナは気づいた。



 ツキミの右足に、機動兵器のナイフが突き刺さっていた事に。


「あ、あぁ、あああ…………!!」

 あまりに衝撃的な光景に言葉を失う。


 幸か、不幸か。反射的に身を逸らしたおかげで脳天から真っ二つにはならなかったのだろう。だがそのせいで、彼女の右足は……。



「っ、ダメ、私が焦ってたらダメ……!!」

 ゼナは焦り、恐怖を忘れる。


 コクピットの下から救命キットを取り出すと、歯や舌を傷つけないようにゴムを咥えさせる。そして、ナイフからツキミの右足を外した。

「ーーーーっっっ!!! ーーーーーーっっっ!!!」

「痛いのは分かるよ!! だけど我慢して!」

 暴れ、もがくツキミの右足を押さえ、包帯を巻く。


 まだ間に合う。まだ助けられる。





 もう何度も、巨槍と大剣がぶつかり合う。

 重装備だというのに、ディスドレッドもアークリエルも他の機動兵器を凌駕する速度で打ち合っている。


 再び、鍔迫り合いになる。


「6号機も7号機も奪っておいて、欲張りすぎやしないかな君達は」

「最初に俺達から奪ったのはお前達だろ!! だからお前達から取り戻すんだ! 国を……グリモアールを!!」

「もう戻らないよ……失った物は2度と、生きている人間には取り戻せない!!」

 ディスドレッドの眼光が輝き、大剣を振り切った。体勢が崩れたアークリエル目掛けて大剣を薙ぎ払う。

 しかし渾身の一撃は大盾に阻まれた。


「君達はやり直すべきだったんだ。奪われても、それでもまだ生きているんだから。また始まりからやり直せた筈なんだ」

「奪った奴が何をのうのうと!!」

「でももう、君も人の事なんか言えない! 君も俺と同じだ! 何も知らない人から、全てを奪ったんだ!」

「ち、違う……これは、これは取り戻す為の戦いなんだ、知らない奴らが幾ら犠牲になったところで!!」

「…………そうか」


 諦めたようにスペクターは呟く。


 ケイオスは大盾で大剣を押し返し、槍を突き出す。いつかの戦いと同じくそれは躱される。


 しかし、躱した瞬間を狙って大盾から3本のワイヤーを射出。ディスドレッドの大剣を絡め取り、取り上げた。

「そんな手があるとは」

「これで終わりだっ!!」



 アークリエルはスラスターを全開にし、スピアーを突き出した。

 ディスドレッドもスラスターを全開にし、貫かれんと後方に逃げる。しかし距離は徐々に詰められていく。



「EA、討ち取ったーー」

「じゃあ仕方ない。見せようか、君達が欲しがっているものの正体を」



 寸出の所で、ディスドレッドは横に飛んだ。

 その背後にあったのは、輸送艦の横っ腹。

「っ!?」

 ケイオスはようやく気が付いたが、今更止まることなど出来ない。

 アークリエルの速度を乗せた一突きは、輸送艦に大穴を開けた。


 隙間から漏れ出る液体がアークリエルを濡らす。



 直後、輸送艦に突き刺さった槍ごとアークリエルの機体が吹き飛ばされた。



「馬鹿なっ!?」

 地面に背をつける寸前でスラスターを吹かし、踏み止まる。

 輸送艦の穴からはダラダラと流れ出る液体に紛れ、金属の腕が飛び出していた。それは穴の隙間を両手で押し広げていく。



 やがて、その姿を現した。



「EA……だと……!?」


 天を突く角、装甲を身に纏っていないカーボンナノチューブの身体、背中から広がる8枚のフィン。


「……久しぶり、ゼロエンド」




「ゼ、ロ…………!!?」

 ティノンは操縦桿から手を離す。途端に敵からの弾丸が襲い来るが、対応することすら忘れていた。

「どうして………………っ!!」


 通信機を起動させ、グリフォビュートへ繋ぐ。繋がった瞬間、ティノンは叫んだ。


「どうしてゼロエンドが輸送艦にあるんだ!!? あれは…………あれは格納庫の厳重保管庫に入れられてた筈だろ!!?」

 [わ、分かりません、どうして……]

 [ティノン大尉、今は敵をーー]

「あの機体をどうする気なんですか大佐!? ゼロエンドは総司令官の命令で国外に持ち出す事を禁じられて……」


 その時、ゼロエンドの様子に異変が生じた。


 何かが聞こえているかのように鉱山の方角を向き、ゆっくり徒歩を進め出したのだ。

「逃すかっ!!」

 ケイオスはすぐさまシールドからワイヤーを撃ち出す。ゼロエンドの腕に巻きつき、その動きを制御する。


 だがゼロエンドは意に介さず、ワイヤーを無理やり引きちぎった。


「ゼロエンド……やはり、彼女はあそこに?」

 スペクターの言葉に反応するように、ゼロエンドは一瞬だけ歩みを止め、ディスドレッドを見つめる。


 白いアイレンズと紅いアイレンズが交錯する。


 やがてゼロエンドは視線を外し、空へと飛び去って行った。スペクターが求めるものの元へ案内するかのように。

「そうか……分かった」

 スペクターは小さく頷き、ゼロエンドの後を追う。



「待て!! 何処へーー」

 [あ〜、ケイオス、俺だ、シュランだ。悪いが時間切れだ。撤退するぞ]

「何だと!? ここで逃したら次はーー」

 [いや、雇い主からの命令だからな……俺の部隊は撤退させる。まぁ、やりたきゃグリモアール(あんたら)だけでやりな]

 ケイオスは舌打ちし、戦力を確認する。

 奇襲に成功したとはいえ、敵もこちらも大分消耗しきっている。更には目標を見失った。


 シュランの言う通り、潮時だ。



「…………全部隊、撤退するぞ。次の作戦で…………必ず目標を手に入れる。グリモアールの栄光を、再び」




「敵部隊、撤退していきます」

「こちらの損害は?」

「ガルディオン12機中、3機大破、5機中破……損傷の少ない機体は、回収班の援護に当たってください」


 艦橋が騒がしくなる中、アイズマンはガウェルに語りかけた。

「聞きたい事が山程あります。詳しくは、ロンギールに戻ってからになりますがね」

「あの機体を、追った方が良いのでは?」

「彼方はティノン大尉に任せてあります。大丈夫、彼女は信頼できる人ですから……」

 疑いの目を向けるアイズマンに、ガウェルは怖気付きすらしなかった。


 ただ何かを考え込むように、目を細めるだけだった。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 既にゼロエンドの姿は見えない。

 だがどの位置にいるのか、信号がディスドレッドへ送られて来ている。このまま追っていけば、スペクターの目的のものに出会う事が出来る。


 長い、長い、道のりだった。それももうすぐ終わる。



 刹那、一瞬の光と共にディスドレッドのウイングスラスターが撃ち抜かれた。翼がへし折れ、黒煙が上がる。

「……追っ手か」

 ゆっくりとディスドレッドを降下させ、着陸する。周りは見渡す限りの荒野。敵の姿は見えない。


 目の前に降り立った、真紅の機体以外には。


 スペクターは出方を伺う。もしパイロットが彼女ならば、話も聞かずに襲いかかるなどという事はしない筈。そう踏んだ為だ。

 案の定、暗号通信が届いた。


 〈コクピットを開けろ。話を聞きたい。抵抗する素振りを見せたら、即座に射殺する〉


 射殺する、というのはおそらくハッタリだろう。ゼロエンドを追っているならば、黙って尾行を続けていれば良かったのだから。ここで自分を射殺すればゼロエンドを見つける事は困難になる。



 話を聞きたい。これは推測だが彼女の意思だろう。



 スペクターはコクピットハッチを開き、立ち上がる。


 すると向こう側のエグゼディエルのハッチも開き、中からパイロットが現れる。

 ヘルメットを脱ぐと、紅い髪が静かに流れ落ちた。


 2人は機体を降りると、改めて対面した。


「……何故、仮面を?」

「これは、決別の証だよ……ロマンチスト過ぎるかな?」

「こんな冗談を言う男だとは思わなかったよ。……私の部下が随分と世話になったな」

 口調こそ静かだ。だがティノンの中で揺らめく怒りが、瞳に現れていた。左手はハンドガンをいつでも引き抜けるよう添えられている。

「だが…………だが、今はその事を言いたい訳じゃない。何か知ってるんじゃないのか」

「何故そう思う?」

「あの部隊に単騎で戦いを挑むなんて常人なら無理だ。いや、それ以前に考えすらしない。……あれの中身がEAだったと、知ってたとしても」

「ただのイカれた戦闘狂かもしれないよ?」

「……正直に言おうか」

 顔を上げたティノンの表情は、何処か悲しげなものになっていた。


「お前の機体……元は4号機だろう? 偽装こそされているが、戦い方が同じだった。EAのパイロット変更機能は意図的にブラックボックスにされている。だから本来、パイロットは変更出来ない筈なんだ」

「…………」

「こんな事聞くのはおかしいとは思う。でも、お前は…………知っているんじゃないか、エルシディア・ゼイトの事を」


 その名が出た瞬間、2人の間を細やかな風が通り抜けていった。


「私は、その人が好きだった人間を殺したんだ。苦しんでいる姿をもう見たくなくて…… でも、一番謝らなくちゃいけないその人は、生きているか、死んでいるかも分からない……」

 声が震えている。何故、たった今出会ったばかりの、素性も知らない人間にこんな事を話しているのか、自分にも分からない。しかし、言葉は止まらない。


「ゼロエンドは……私が総司令官に頼んで、誰も立ち入らない厳重保管庫に入れてもらったんだ。大層な理由じゃない。過去を振り切って生きる為には……彼の幻影を見ないようにするしかなかったんだ」

「…………」

 スペクターはただ、無言でティノンの言葉に耳を傾けている。

 仮面の奥では、どのような表情をしているのだろうか。


「アルギネア軍は…………ゼロエンド捜索を私に一任している。周りには誰もいない、だからーー」

「全く、色々と喋りすぎだよ君は。俺から情報を聞き出したかったんじゃなかったのかい?」

「え…………あっ」

 そこでやっと我に帰り、ティノンは慌てて口をつぐむ。だが今更遅い。

「でも良かったよ。変わっていなくて」

「……?」

「いや、こっちの話。さて、質問に答えようか」

 スペクターは端末を懐から取り出すと、何かを操作する。

 するとティノンの端末へ、何かが送信された。


「これは……?」

「ゼロエンドの移動予測範囲。細かい座標まではこっちの端末じゃ特定出来ないから。他にも色々なデータが入っているけど……まぁ、1人で見た方がいいかな」

「……いいのか?」

「だって欲しいんだろう? そろそろ、種明かしをしても良い時期だしね」

 含みのある言葉を残すと、スペクターはそのまま立ち去ろうとする。ティノンは何も言わず、彼の背中を見送る。

 もう会う事はないのだろうか。だが、その方が幸せなのかもしれない。


 次に会う時は、敵としてかもしれない。






 突如、銃声が鳴り響いた。スペクターの左肩から鮮血が飛び散った。


「っ!? 誰が……!?」

「やっと、見つけましたよ……!!」

 振り返ると、銃を構え、肩で息をするエリスの姿があった。彼女の側にはオフロードバイクがある。おそらくティノンの位置を端末で追っていたのだろう。


 警告もせず、エリスはすぐさまトリガーを引こうとする。明らかにスペクターを殺すつもりだ。


「やめろエリス!!」

「何で庇うんですか!? あのパイロットのせいでツキミさんが、ツキミさんが!!」

「何でって……」


 何故だろう。何故、咄嗟に庇ったのだろう。

 情報は手に入れた。ならば用は無い。むしろ消してしまった方が都合は良いだろう。


 それはティノンにも、分からない。


「まさかティノンさん、彼奴と繋がって……!?」

「違う!! 違うんだ、でも……」

「違うならどいて下さいよ!! 私に、私に仇を討たせてよ!!!」

「駄目だ!! エリス!!」

 苦痛に表情は歪み、涙を流し続けるエリス。ティノンの声は届いていない。


「っっっ!!!」



 引き金が引かれる。



 死を覚悟したその時、ティノンの身体は何者かに突き飛ばされた。



 鳴り響く銃声。続いたのは肉を貫く鈍い音ではなく、金属が割れるような鋭い音。




 割れた仮面が無数の破片となり、地面に降り注いだ。



 続く

次回、Ambrosia Knight 〜遠き日の約束〜


「真実」


仮面に隠れた真実が、明かされる……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ