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Ambrosia Knight 〜 遠き日の約束 〜  作者: 雑用 少尉
第3章 彼方の希望
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第40話 すれ違い

 

「うん、これで大丈夫だ。念の為にしばらくここで休むと良い」

「……はい」

「じゃあ私は隣の部屋にいるから、何かあったら呼んでくれ」

 グレッグはそう言い残すと、エリスの前から去った。

 この狭く、真っ白な空間にいるのはエリスとビャクヤのみ。かと言って、どちらかが他愛のない話を切り出すことはなかった。


 ポッカリと空いた静寂は、二人の間に居座り続けていた。


「……エリス、その、ぶつかったこと、本当にごめん」

 これだけは言わなければと、ビャクヤは何とか重い口を開いた。

 エリスは一瞬驚いたような表情をしたが、すぐにいつもの様に話し始めた。

「え? いや、気にしてませんよ。私も前を見てなかったですし……」

「お互い、前が見えなくなるほどショックな事があったんだね」

「そ、そうですね、ハハ……」

 顔は笑いこそしているものの、その声色はどこかぎこちない。

 それにはエリス自身気がついていたのか、やがて自らあの話題について触れ始めた。


「格納庫での喧嘩、見ちゃいましたか?」

「……見ちゃったかな」

「やっぱり……」

 エリスは少し気恥ずかしそうに俯いた。

「子供ですよね。あんなに大声上げて……お姉ちゃんが言ってたこと、全部本当なのに」

「エレナさんが言ってたこと?」

 ビャクヤは二人の会話を思い出す。あの時エリスはエレナに向けて、「私が戦えないって決めつけて」と言っていた。

 だがその言葉の意味を理解出来なかった。エリスは今まで特務隊の一員として、インプレナブルのパイロットの一人として戦ってきたというのに。

 ビャクヤがそのことを話そうと口を開いた時だった。


「ビャクヤさんは、フラムシティの軍学校にいたんですよね?」

「うん。出来が悪いって、怒られたり虐められてばかりだったけどね」

「……私も虐められてました」

 そう話すエリスの顔は笑っていながら、苦痛に歪んでいた。

「どうして!?」

「私、グリモアールの軍学校の中等部から直接ここに配属されたんです。アルギネア軍に入ったお姉ちゃんの推薦で」

「それと、関係が?」

 それだけならば、むしろ喜んだり、称賛されるのが普通ではないのだろうか。


「お姉ちゃんは学校でも、軍でも優秀な人だと言われていました。だから私にも期待を込めてと……でもそれをよく思わない人は沢山いたんです」


 この時にやっと、ビャクヤは自分が受けた虐めとは全く理由が違う事に気づいた。

 基本的に、どこの軍学校も過酷なシュミレーター試験や筆記試験を乗り越え、やっとの思いで軍人になっていく。

 エリスがただ優等生だからということではない。家族が優秀だからという理由そのものが、他の学生がエリスを妬む気持ちを抱かせるのに充分だったのだろう。


「多分お姉ちゃんはそれに気づいたんです。だから私がここに来てから、まるで一人じゃ何も出来ない風を装って……何とかして私の居場所を作ろうとしていました」

「でも今、特務隊はエリスの居場所にもなってるよ」

「……どうでしょうね?」

 そう言って上げたエリスの顔を見たビャクヤは絶句した。

 普段の天真爛漫な笑顔はなく、歪みきった微笑が表れていた。


「お姉ちゃんの指示に従って、自分一人じゃ何も出来ない人形さんって、本当はみんな思ってるんじゃないですか?」

「何を……!?」

「軍人の癖に人殺しが怖い人間なんか、邪魔だとか思ってるんじゃないですか?」

「何を根拠にそんな事言ってーー」



「怖いに決まってるじゃないですかっ!! 何でみんな簡単に人殺しが出来るんですかっ!? 何で仕方ないなんて受け入れられるんですかぁっ!!? 理解出来ない!! 理解出来ない理解出来ない理解出来ない!!」


『平気な訳ないっ!!』



 壊れたように叫び散らしていたエリスの肩を掴み、その声をかき消すように叫んだ。


『みんな必死に恐怖と戦ってるんだよ! 殺す、殺される恐怖と! 壊れそうな心を庇って、それでも大事なものを守る為に!!』

「私だって、私だって!!」

 エリスは涙を流しながら、それでも叫び続けた。

「怖いけど必死に耐えて頑張ったのに!! お姉ちゃんに、要らないって……いつも引き金を引いてたのは私なのに……要ら……な……ああぁぁぁぁああぁあぁっ!!!」

 今までに抑え込んでいた全てが流れ出す。

 均衡が崩れた精神を保つかのように泣き叫び、ビャクヤに小さな身体を預けた。

 爪を立てて背中にしがみつくエリスの頭を、ビャクヤはそっと撫でる。


『今は……沢山泣いていいんだよ』


 琥珀色の瞳を濡らし、ビャクヤーーアリアは囁いた。




 どれだけ時間が経ったのだろうか。

 エリスはやがて疲れが限界に達したのか、そのまま夢の世界へ旅立っていった。

 ビャクヤは起こさないようにエリスをベッドに寝かせると、個室を後にする。


 そして、ここに来たもう一つの目的を果たすために、グレッグのいる部屋のドアを叩いた。

「おぉ、ビャクヤ少尉か。何かあったのか?」

「グレッグ先生、尋ねたいことがあるんです」

 ビャクヤはそこで一息吐くと、改めて尋ねた。


「エルの、エルシディア少尉のカルテを見せて下さい」




 ウェルゼはある紙を睨んでいた。それも、とても憎らしいものを見るように。


 ーー理由が不明瞭である。よってエリス・アリアード曹長のインプレナブルのパイロット資格の放棄、および特務小隊の除隊は認められないものとするーー


「ふざけんなよ……精神的にまいってるくらいじゃ認められねぇってか」

 思わずその紙を握りつぶそうとしてしまい、寸出のところで堪える。


 少し前に、エリスにシュミレーターをやらせてみたことがある。操縦自体は可もなく不可もなく、一般的なレベルではあった。


 しかし、問題は敵との戦闘時に表れた。


 異常なまでに敵に接近することを嫌っていたのだ。

 そのため敵に接近されるとパニックになり撃墜される、といった事態が多発した。


 兵士として致命的な症状だ。エリスの経験不足の弊害が、よもやこんな所で表れていたとは。

「とにかくもう一度……ん?」

 ウェルゼは足を止める。

 そこには医務室の前で蹲っているエレナの姿があった。

「エレナ、どうした?」

「……」

 よく見ると、そのマリンブルーの瞳からは透明な雫が流れていた。

 咄嗟に報告書をポケットに押し込み、彼女の元へ駆け寄った。

「またエリスと何かあったのか? それとも……」

「私……私……」

 抑えきれなくなった後悔が、涙となって次々と零れ落ちていく。

 エレナは震える手をウェルゼの手に乗せた。


「私……あの子のこと傷つけてた……分かってあげられなかった……お姉ちゃんなのに……!」

 ウェルゼは何も言わず、エレナの手を握り返した。


 すれ違っていたことに気づいた頃には、二人の隙間は広がってしまっていた。

 だが、まだ遅くはない。


 隙間の大きさはまだ、埋められる大きさだ。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「おめぇよぉ……」

「悪いっ! 許してくれおやっさん!」

 ウェルゼは合わせた手を頭の上に掲げ、ニヤリと笑う。対してガロットの顔は苦いものを一気に口に含んだ様な青い顔をしている。

「せっかくインプレナブルから降ろしたってのに、それでいいのかよ?」

「だけどいいだろ? 俺が責任とるから。頼む!」


 二人の話す横では、二つの機動兵器が並んでいた。


 肩の150mm連装砲はガトリング砲に換装され、ミサイルコンテナの大半が撤去されたインプレナブル。

 そして隣には多目的ロケットランチャーとマシンガンを装備したギールアイゼンがあった。


「ギールアイゼンの枠を残しておいてくれって……まぁまだパイロットは決まってねえけどよぉ」

「艦長にはもう許可を取ってある。後は……あいつの決断次第だ」


 ウェルゼの顔は、自信に溢れた言葉とは裏腹に不安で満ちていた。



 何故なのだろうか。今になって初めて、自分の決断が怖くなっていた。



「……わぁったよ。気は進まねぇがやっとく」

「ありがとよ、おやっさん。後でなんか奢……」

「ウェルゼ大尉!!」

 と、背後から鬼気迫る声が聞こえた。振り返ると、血相を変えたカイエンが駆け寄ってくる。

「どうしたんだい?」

「それが、これ……!!」


 カイエンは一枚の用紙を差し出す。

 それを受け取り、内容を読んだウェルゼの表情は、まるでそれを予感していたかの様に落ち着き払っていた。



「とうとう来たんだな。アルギネアが他国を侵略する日が」



 続く

心ブレイク、2人目。


というわけで40話でした。久々にしっちゃかめっちゃか回でしたね。次は何とか綺麗にまとめて、戦闘パートの準備をしたいです。


それでは皆さん、ありがとうございました!

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