第三十話・「わんわんお」
「で、お前何なの?」
頭をかきながら和臣を見る。
「風紀委員? クソ六條の犬? わんわんお? 俺が今やってるゲームの……あれ、11キルストリークで出てくる犬か? どーっぐいんかみんぐか? だとしたら、お前等敵にキルを献上しすぎだ。チームデスマッチだったら戦犯決定」
湿気の多い体育館裏のべったりとした気持ちの悪い雰囲気が肌を舐める。和臣を囲む男達とは異質の不気味な感覚。和臣は男の空気をつかむような無気力な発言に口をつぐんだまま。
「あー、ま、ゲームの話はおいといて……クソみたいに邪魔してくれてるのは分かるわ。それによく見ればイケメンだな、お前。俺と同じでさ。クソだけどそこは分かるわ」
ドスの利いた口調を変えてうんうんとうなずく。
「コ、コージさん……?」
驚愕にコージを見上げる仲間。コージは和臣の回し蹴りで地面に倒れている仲間のそばに座り込むと、その肩を叩く。まるで窓際社員をリストラするような。
「お前等もさ、こいつ一人なんだから負けんなよ。な? だから、クソみたいに頑張れ」
通称うんこ座りの態勢のまま、仲間に説教をする。そのまま胸ポケットからタバコを取り出し、ソフトパッケージを片手で振って、出てきた煙草を口にくわえる。手慣れた仕草だ。
「死ぬ気でやるんだよ。人間死ぬ気になりゃ、ある程度のことは出来る。じゃなかったら、お前等みたいな役立たずのクソは俺が殺してやるよ。……ま、しねーけど。面倒くせーし。ゲームのマルチの仲間減るし。でもよ、考えれば同じだろ? このイケメンにボコボコにされるのと、俺にされるの違いだけだ。オーバーキルの度合いはだいぶ違うだろうけどな」
コージは自らの胸やポケットなどあちこちに手を当て、自身の身体検査をしている。
煙草を口にくわえて、身体を触診する仕草と言えば、十中八九探しているものは誰にでも想像が付く。
「火、くれ」
説教されていた男が、異質な空間に困惑しながらオイルライターを差し出す。発火石とやすりドラムがこすれる独特の音が数回。両手で作った風よけの中にぼうっと揺らめく灯火。タバコの先端が蛍のように明滅する。
「……サンキュ。ふー」
大きく一息、空に向かって煙を吐き出して、よっこらしょ、という古くさいかけ声と共に起ち上がる。
「にしても、今回はちょっと想定外だったな。クソ六條に痛い目見てもらう予定だったんだが、国方までいたんだ。うーん、あの身体、胸はまぁ……だが、最高に目の保養だったわ。こりゃ、エロゲならCG回収ものだな。できれば、空気読んでクソが乱入してこなければ、差分も回収できて楽だったんだけどな。選択肢でも間違えたか」
吐き出された煙のように、和臣の身体が霞む。
まるでキーワードに反応するように動いていた。前進する力と身体を回転させる力。二つの力を融合させた裏拳がコージの顔面を襲った。
「お、いらついてるのか、イケメン」
コージは煙草の煙を吐き出しながら、攻撃を左手で軽々と受け止めてみせる。手の中のオイルライターはユニットを覆うケース部分がへこんでしまっている。放った力の程度がうかがい知れる。
加えて、それを軽々受け止めたコージの力も。
……そして、ライターの持主は足下でがっかりと肩を落としていた。
「ん……もしかして、お前か? 乱入者手引きしたの。ここがバレるのは、まぁ鼻の利くクソ六條なら仕方がないとして、少し早いんだよな俺の予想より。もうあれっしょ、風紀委員のわんわんおじゃないとすれば同じ穴のムジナ? それでイラついてるのか? ……んー、どうでもいいか、そんなこと」
力と力の拮抗が和臣の拳を震わせる。
和臣の手を受け止めたまま、右手で煙草の灰を落とし再び加え直す。
「お前等、周り見張ってろ。あと、一応メディアの回収忘れんな」
歯でフィルターを噛んだまま、指示を飛ばす。
周囲で動向をうかがっていた男達は、蜘蛛の子を散らすように体育倉庫や、体育館の曲がり角に走る。指揮系統がしっかりされていると言うことは、コージという人間の実力が身に染みて分かっている証拠だ。
歯の隙間から煙を吐き出し、コージが左手を押し返す。零距離だったコージと和臣の間には七十センチほどの距離が開く。相撲で言うところの仕切りの距離。全ての攻撃が可能な絶好の距離。
「来いよ、イケメン。面倒くせーけど、腹いせにやってやっから。あ、連コインはなしな。時間ねーから」
映画マトリックスでキアヌ・リーブス扮するネオがした挑発行為さながらに、クイクイと指を曲げる。
和臣に返事はなく、拳が代わりに返事を請け負った。