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第1話 火打石の時代はシュッと消えた

はじめまして、ド・ラテックスです。

数ある作品の中から拙作に目を留めていただき、本当にありがとうございます!

間違えてクリックした方は名前だけでも覚えて帰ってください。


本作は、神様からのチート特典もなく「なーろっぱ世界」に転移させられたコミュ障陰キャ社会人が現代知識とロジカル思考で頑張っていく内政コメディです。


週に2~3回投稿できるように頑張りたいと思います。応援していただけると嬉しいです。


【※ 生成AI使用の注意】

本作品は、Geminiで壁打ちした後、Claudeの出力をゴリゴリ手直しして書いております。

大都市ロンダリアの空は、今日も引きちぎった灰色の羊毛みたいな霧に覆われている。


霧は下町の路地という路地に忍び込み、石畳の隙間に溜まった泥水を鏡に変え、ひしゃげた屋根の連なりを一つの生き物のように呑み込んでいた。馬車が一台、遠くで水を跳ね上げる音がする。サスペンションなど気の利いたものはこの世界に存在しない。御者の悪態と車輪の悲鳴は霧の底で鈍く反響した。


その音を、バンドウ・ヨシトシは膝を抱えたまま聞いていた。財布の中身と同じくらい空っぽになった目で、石畳を打つ霧雨を見つめていた。異世界に来てから何日が経っただろう。ゲームは失われ、セーブデータも、育てたデッキも、何もかもがこの世界には存在しない。ただ手元に残ったのは、ポケットの奥でくしゃくしゃになった数本の輪ゴムと、就職浪人時代に染みついた「詰んだ時の諦観」だけだった。ボサボサに伸び散らかった黒髪の奥で、もう何年も使っている眼鏡が、霧雨の街灯を鈍く反射している。


「あ……詰んだ、ゲームオーバーだな……」


そう呟こうとした、その時である。


「あー!見つけた!!陰キャのオニイサン!」


濡れた石畳を蹴る足音が、まるで滑り込みスライディングのように迫ってきた。声の主は膝から石畳に突っ込む勢いでヨシトシの前に着地し、息を切らしながら顔を上げる。暗い霧のストリートで異彩を放つ、鮮やかなサファイアブルーの髪。無造作に躍るミディアム丈のウルフカットは、毛先が濡れて首元や頬に鋭く張り付いている。そして、獲物を前にした獣のようにギラギラと光る、琥珀色の猫目。下町の泥水をすすって生きてきた強欲な小悪党でありながら、どこか不思議な色気と愛嬌を放つ、端正な顔立ちの若い男だった。


「あ……あんたはこの間の……」


ヨシトシは思わず一歩後ずさった。数日前、この男に「珍しい紐だから貸してほしい」と言われ、輪ゴムを数本渡した記憶がある。あの時は口八丁に丸め込まれた自覚すらなかったが、今、目の前の男の形相を見て、ようやく「あれは騙されたのだ」と腑に落ちた。


「あの紐をもっと欲しいんだけど。今すぐ!大至急!!」


サファイアブルーの男は両手でヨシトシの肩を掴み、前後に揺さぶった。その必死さの奥に、隠しきれない焦燥がにじんでいる。


――そもそもの発端は、数日前に遡る。


この男はヨシトシから巻き上げた輪ゴムの正体がわからないまま、下町の職人ギルドに二束三文で売り払った。ただの奇妙な紐、良くて子供のおもちゃ程度の値がつけば御の字だと思っていた。


ところが。


数日後、ギルドの幹部が男の胸ぐらを掴んで凄んだのだ。「あの紐は尋常じゃない伸縮率と耐久性を持っている。用途は無限だ。もっとよこせ、あと一万本だ」と。一万本。原価はタダ同然だったはずのものに、途方もない値がついた。男の詐欺師……いや、商人としての本能が疼いた――と同時に、自分がとんでもない金脈を、その場しのぎでドブに捨てたことを悟った。そこからの男の行動は速かった。輪ゴムの出所である「陰キャのお兄さん」を、下町中を這いずり回って捜索した。そうしてようやく辿り着いたのが、この雨漏りのするアパートの軒下だったのである。


「頼むよ、お兄さん。あの紐、あと一万本」


ヨシトシは両肩を掴まれたまま、必死に視線を泳がせた。心臓がうるさいほど跳ねる。人と正面から視線を合わせることそのものがヨシトシにとっては命を削る大仕事だ。


「い……一万!? あ、あの……そ、そんなに……持ってないです」

「持ってない? あはは、またまたあ! 隠さなくていいって、ボクちゃん耳寄りな話をギルドで仕入れてきちゃったんだよねえ。あの紐、この街の偉い職人たちがこぞって『魔法の代物だ』って腰抜かしてるの。だからさ、出し惜しみしないでよ。ね?」


男はまるで親しい友人でも引き込むような、胡散臭いほど甘い笑みを浮かべた。距離が近い。


「ち、違う、んです……! 隠して、ない、です……。本当に、一本も、一万本も……持って、ない……!」

「えー? じゃあどこにあるのさ。倉庫? それとも実家から取り寄せるとか?」

「だ、だから、ないものは、ないです……!」


だが、その怯えきったヨシトシの態度を見た瞬間、その目がすっと細められた。


「ふうん……ボクと交渉しようってのかな……面白いじゃない、お兄さん名前は?」


彼の口元が軽薄で狡猾な笑みに歪む。


「えっ、名前。バンドウ……」

「じゃ、バンちゃん。ここからはビジネスの話ね。」


男はヨシトシの言葉を遮るようにポンと肩を叩き、人懐っこい笑みで距離を詰めてきた。


「ボクはジンって言うの。よろしく。」


「ボクはビジネスパートナーは大事にしたいタイプ。あのギルドのクソジジイども、あの紐一本に『大銅貨一枚』出すって言ってきたんだよねえ。つまり一万本で『銀貨百枚』の大商いだ。これ、下町の人間が一生遊んで暮らせる額ね?」


ジンと名乗った男は琥珀色の猫目を細め、指先でパチンと音を鳴らしてみせた。


「その四割――『銀貨四十枚』をバンちゃんに流すと約束しよう。これでどう? 一万本、売ってくれるよね?」

「だ、だから……っ!」

「銀貨四十枚、とんでもない大金だよ?お腹、空いてるでしょう?」


(このサファイアブルーの髪の男は、ワタシが高度な心理戦を仕掛けていると完全に勘違いしている。 ワタシはただのしがない輪ゴム業者の社員で、ポケットに入っていた数本の輪ゴムだけがスターターデッキだったんだ。この世界にプラントなんてあるわけないだろ。)


「本当に、ないんです……! ワタシが持っていたのは、あの数本だけです……!」

「……は?」


ジンの顔から、みるみる余裕のインクが剥ぎ取られていく。演技の化けの皮が剥がれ、下町の泥水をすすってきた小悪党の、生々しい焦燥が顔を出した。


「嘘……だよね……? 本当に、1本も持ってないの……?」

「ない、です……」

「じゃあ、どこで手に入れたのよ、あんなにすごいもの!」

「いや、工場で作って……」

「え、作れるの……!? コウジョウ? ギルドの大工房みたいなやつのこと? あんなオーパーツがそこで本当に作れるの!?」


ジンはヨシトシの肩を掴んだまま、琥珀色の瞳をこれ以上ないほど見開いた。


「作れるなら話は別だよ! 今すぐ、そのコウジョウってやつで一万本作ってよ!!」

「つ、作……っ!? む、無理、です……!」


ジンの顔が現金なほど眩しい笑顔に跳ね上がったのも束の間、ヨシトシは狂ったように首を横に振った。


「あ、あの……その、加硫かりゅうプラントっていうか……自動化された巨大な設備で……。分子を熱と硫黄で橋渡しして、圧延あつえんロールで薄く伸ばして……。温度管理も成形も、ものすごく高度で……!そ、そもそも、材料もどこから入手できるか……!」


(――量産、不可能。加硫プラントも、成形機もない。この世界の技術水準じゃ、天然ゴムをあの弾力に持っていく工程が再現できない……)


ジンの顔から、みるみる血の気が引いていく。


「そんな……! じゃあ、じゃあボクは、やっぱり、ギルドに殺される……!」


膝から崩れ落ちそうになるジンを見て、ヨシトシの中で何かが動いた。困っている人間を前にすると、口下手なりに何か言わなくてはという衝動が、いつも先走ってしまう性分だった。


「あの……で、でも、輪ゴムは無理でも……」


ヨシトシは霧雨に濡れたポケットを探った。取り出したのは、アパートの湿ったレンガの隙間から削り取っておいた、白カビのような硝石の粉末。夜間の明かりに使う安物の粗悪な蝋燭から削り落とした、異臭を放つ黄色い硫黄のカス。それと梱包用に雑に使われている生ゴムの切れ端。


(コモンカードでも組み合わせさえ間違わなければ……)


「材料なら転がってますから……『マッチ』……火起こしの道具なら、すぐに作れますよ。」


「マッ……チ?」


ジンが呆けたように聞き返す。涙目のまま、ヨシトシの手元にある「ただの壁の削りカスとゴミ屑」を怪訝そうに見つめた。


「何それ、聞いたこともない呪文なんだけど……。っていうか、火を起こす道具ってこと? そんなの火打石があるじゃん!ボクが欲しいのは、ギルドの連中を黙らせるあの『魔法の紐』なの! そんなゴミ屑こねて火をつけたって、なんの解決にも――」


「いいから」


遮るヨシトシの声は、驚くほど静かだった。いつも怯えて泳いでいた眼鏡の奥の瞳が、手元の素材を見つめた瞬間、冷徹なシステムのように据わる。


「……いいから、黙って見ててください」


ヨシトシは震える指先で、手元の材料を無言でこね始めた。緊張のあまり言葉が出てこないぶん、手だけが饒舌に動く。硫黄を熱し、硝石を混ぜ、生ゴムをわずかに練り込んで先端に固める――その一連の所作は、まるで長年繰り返してきた儀式のように淀みがなかった。出来上がった小さな棒切れを、ヨシトシは震える手で壁のざらついた石肌に押し当てる。


「し、失礼、します……」


――シュッ。


乾いた音とともに、小さな炎が霧を切り裂いて灯った。その一瞬だけ、ヨシトシの伏せがちな瞳が、炎を映してわずかに輝いた。ジンは言葉を失ったまま、その小さな火を見つめている。


この街では誰もが毎日、湿った火打石をカチカチ叩き続け、苛立ちながら火を起こしている。それを、たった一擦りで。ヨシトシの中で、完全にスイッチが入った。


「あ、あの……そ、その……」


いつもの口下手が、しかし、次の瞬間には消えていた。


「この街の人間たちは、火打石でカチカチ叩くのに、毎日どれだけ時間をドブに捨ててるんでしょうね。」


一拍、間が空く。 まるで嵐の前の静けさのように、ロンダリアの霧の音すら止まったかのような沈黙。 ヨシトシは手元の炎を見つめながら、静かに、しかし確信を持って言い切った。


「こっちの方がよっぽどロジカルだ」


ジンの琥珀色の猫目が、これ以上ないほど大きく見開かれる。


(これは……魔法の紐どころじゃない、火打石の時代……終わっちゃうかも)


頭が痛くなるほど湿ったロンダリアの霧の中で、古い歴史と不便な常識が文字通り『シュッと消えた』のを、ジンはその目で確かに目撃した。脳内で怒涛の勢いで算盤が弾かれる音がした。 街中の全ての家庭、全ての商店、全ての貴族の館が客になる、世界をハックするレアカード。ジンの口元が、ゆっくりと弧を描いた。 狡賢いキツネのように強欲で、けれど不思議と魅力的で現金な笑み。


「……いいね。 すごくいいよ、バンちゃん。 それなら売れる。ハックできる。ボクがプロデュースしてあげる」


ジンは濡れた前髪をかき上げ、獲物を見定めた目を細めた。


「ジン、ジンって呼んでね。」


言うが早いか、ジンは濡れた右手を迷いなく差し出した。泥水を這い回ってきた小悪党の、けれど世界を掴み取ろうとする野心に満ちた、力強い掌。


「世界をひっくり返そう。……じゃなくて、ひっくりつがう、だ。ボクたちのカードでさ」

「……ひ、ひっくり、つがう……?」


ヨシトシは差し出された手を前に、一瞬だけフリーズした。


(ひっくり返す、と、取引をつがえるが混ざったんだろうか……?)


心の中で困惑しつつも、ジンの瞳の奥にある圧倒的な熱量に圧されるように、その右手を静かに握り返した。


「わ、ワタシは……バンドウ・ヨシトシと申します。よろしくお願いします、ジンさん」

「え、バンドウ……?」


握り合った手のひらを通じて、ジンの動きが完全に凍りつく。下町暮らしの泥水すする人間に、姓を名乗る者などまずいない。姓を持つのは貴族か、あるいはそれ以上の名家の生まれと相場が決まっている。


「――姓持ち!? キミって、まさか……!」


驚きと共にヨシトシの顔をマジマジと見つめたジンの視線が、そのボサボサの前髪の隙間に釘付けになる。


(……待てよ。バンちゃんが顔に乗せてるそれ、『眼鏡』……!?)


ボサ髪に隠れて最初は見えていなかったが、紛れもない超高級品の輝き。ジンは面食らった顔のまま、けれどすぐに、いつもの不敵な調子で笑い直した。


「……ただのカモかと思ってたら、とんでもないレアカード隠し持ってんじゃん。ヨシトシ!」

「恐縮です……」


霧雨は変わらず石畳を濡らし続けている。だが、握り合った二人の手のすぐそばで、小さなマッチの炎が一つ、夜の闇を確かにハックしていた。

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