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朝の連続ホラー小説 大正あおい日和  作者: 泉水遊馬
第5章「闇の脈動」
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第8話「抑えきれぬ疼き」


青葉家の座敷は、昼下がりの静けさに包まれていた。

障子から漏れる陽光が、畳に細長い影を落とす。

葵は布団に横たわったまま、目を閉じていた。

菊乃が置いた護符が、胸の上にそっと乗せられている。

息は穏やか。

だが、額に浮かぶ汗は、止まらない。

胸の奥で、脈動が鳴り続けている。

紅い線は、護符の下で、ゆっくりと広がっていた。

鎖骨から、首筋へ。

首筋から、耳の後ろへ。

「……っ」

葵の指先が、ぴくりと動く。

瞼が震え、

金色の光が一瞬、隙間から漏れる。

護符が、微かに熱を帯びる。

菊乃の古い術が、まだ抑え込んでいる。

だが、その力は、

少しずつ、削られていた。

父・茂は店先で客と話している。

みーちゃんは葵の足元で丸くなり、

時折、不安げに「にゃあ」と鳴く。

葵は目を細めて、

小さく呟く。

「ふふっ……みーちゃん、ごめんね。

今日は、遊んであげられないわ……」

声はいつも通り柔らかく、

だが、途中で途切れる。

体が、熱い。

まるで、内側から煮えたぎっているようだ。

護符が、ぱちりと小さな音を立てる。

紅い線が、護符の縁を越えて這い出す。

「……あらあら……

もう、だめかしら」

葵はゆっくりと上体を起こす。

布団から降り、

座敷の中央に正座する。

両手を膝に置き、

深呼吸を繰り返す。

「抑えなきゃ……

まだ、抑えなきゃ……」

九字を切ろうとする。

だが、手が震えて、

途中で止まる。

金色の瞳が、完全に現れる。

無表情に近い、冷たい微笑み。

「……抑えきれないなら、

吐き出してしまえばいい」

葵の体から、紅い光が漏れ出す。

座敷の空気が、重くなる。

畳の端が、じゅう……と湿った音を立てる。

紅い触手のような影が、

葵の周囲に湧き上がる。

それは、異界の脈動が、

葵の血脈を通じて、

家の中にまで侵入してきた証。

触手が、葵の腕を絡め取ろうとする。

葵は動かない。

ただ、低く宣告する。

「沸魂業湯・紅蓮浄化」

紅い炎が、座敷全体を包む。

触手が内側から沸騰し、

黒い肉が溶け、

骨のような芯が砕ける。

「ぐ……ぁぁ……

紅の……血……!」

悲鳴が、座敷に響く。

だが、声は外へ漏れない。

菊乃の結界が、まだ家を守っている。

炎が収まる。

触手はすべて消え、

静寂が戻る。

葵の体が、がくりと前に倒れる。

金色の瞳が、青に戻る。

紅い線は、首筋まで残ったまま。

護符は、黒く焦げていた。

息が荒い。

額から、汗が滴り落ちる。

「……ふふっ……

少し、楽になったかも」

葵は弱々しく笑う。

だが、その笑顔は、

いつもより儚い。

障子の向こうから、

菊乃の足音が近づく。

葵は慌てて護符を胸に押し当て、

布団に戻る。

菊乃が座敷に入る。

焦げた護符を見て、

眉を寄せる。

「……また、決壊したな」

葵は小さく頷く。

「おばあちゃん……

ごめんなさい。

でも、外には出ていませんよ。

約束、守りました」

菊乃は葵の傍らに座り、

新しい護符を取り出す。

「これで、もう一度抑える。

だが……限界は近い」

菊乃の手が、葵の額に触れる。

古い術が、再び発動する。

葵は目を閉じる。

「えへへ……ありがとう、おばあちゃん。

まだ、もう少し……がんばります」

だが、胸の脈動は、

護符の下で、

さらに速く、

深く、

響き続けていた。

遠く、東京の地下で、

地鳴りが、

今までで一番、長く続いた。




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