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槐安のフテラ  作者: 佐々木 律
ひとりと独り
15/23

六歩,

水流と共に落ちていくガウン目掛けまっすぐ飛ばされた刃と槍によって、硬い床は勢いよく壊れた。


一度崩れれば後は早く、水圧に耐え切れぬ石達は為す術なく下へと流されていく。



しかしそれはガウンも同様で、破壊の衝撃で息を吐いた彼女を莫大な水圧が襲う。




まずい。身の危険を感じたが遅く、残り少ない酸素が泡となって消えた。



それにいち早く気がついたアネスがいなければ、彼女は呼吸困難に陥っていただろう。


紙一重のタイミングで水中から引きずり出されたガウンは、むせながら必死に余分な水を体外に放出した。



「ごめん、気が緩んだ。」


細い呼吸で潤んだ瞳をアネスに向けると、彼は何故か後ろ脚を横に曲げていた。


「どうしたの、怪我をしたの?」


「大したことは無い、それより早く構えろ。」


平気なものか、まだミレーは目を覚ましていないのに、立ち上がることすらできていないのだから。


アネスを背に、ガウンは太く短い滝を睨みつける。




光は、そこにあった。



「あれが、ミレー?」



水の外で竜巻は作られず、その代わりか否か、歪んだ姿の龍のような〈何か〉が滝の前を揺れている。


「ガウン、早く剣を私に。」


風を起こさねば、私がミレーに霧を与えなければ。


その責務は分かっているのに、両手は意に反して震える。


「今の私は、盾にもなれん。かと言ってミレーに時間的猶予が残されている訳でもない。」


「…やっぱり無理だ、他の方法は無いの。」


「無い。おまえには酷な事を強いていると自覚している。だが、もうおまえに翼を与えるためにはそれ以外方法を授けてやれんのだ。」


頼む。ガウンを見つめる彼の瞳は、一瞬とて揺らぐことは無い。


後ろを振り向けば、形を保とうと大きな泡をいくつも立てている狂気の龍。



自分をこの世に産み落としてくれたアネスに、私と同じ経験をさせるのか。


目の前で失う悲しみは、家族も友人も変わらないだろう。




ガウンは歯を食いしばり、目を開いたままアネスの胸元目掛けて剣を振り落とした。





途端に巻き起こった突風に思わず目を閉じると、風に乗ってアネスの声が頭に響いてきた。



〈大丈夫だと言ったろう。〉



あの時と同様、彼の声に包まれたと同時に、背に電流が走るような感覚を覚えた。




翔べる。そう確信したとき、既に自分が龍を見下ろせる位置に気付く。


またこの翼か。ガウンはアネスのそれとは全く違う自分の色に、嫌気がさした。


自分の髪の色に澱んだ心、そして皆の血晶に染まった羽の集合体だ。


全て背負って生きろということかと、ガウンはそっと息を吐く。




〈ミレー〉はこちらの様子を伺うこと無く、無数の刃でガウンを八つ裂きにしようとかかる。



しかし、ガウンにはその刃が止まっているようにすら見えた。



「すぐに目を覚まさせてやる。」



あぁ、攻とはこういう事か。理性が全感情に優っている今なら、アネスの言っていたことがよく分かる。


ガウンは宙に手をかざし、向かってきた刃を全て、逆風で滝の中へと追い返した。



一瞬怯んだ龍の真下を見ると、どうやらその姿を保つことは容易ではないのだろう。


鱗が剥がれるように、床にいくつもの水溜まりが出来ている。


「それだけあれば十分だな。」


ガウンはロンフォスを片手に、いくつもの風の塊を宙に作り上げる。



そしてそれらを先の水溜まりに向け放つ。


唯の水は突然の温度差に耐え切れず、水面から思わず細かい粒子へと変化していく。



しかしそこで風が止むことはなく、霧を乗せて異様に膨れ上がった龍を覆う。




「戻られよ、ミレー。貴様に与えられた生はこの程度か!」




ガウンの声に反応したのか、風も霧も全て巻き込み、龍が弾け飛んだ。



〈ありがとう〉そう感謝の言葉が聞こえたかと思うと、ガウンを激しい閃光が襲った。




その衝撃も数秒、目を開けばそこに先程まで意思を持っていた水はおらず、ただ上階にて溜まりに溜まった水が流れ落ちているのみである。



「アネス!」


翼を広げたまま、ガウンは下へ下へと降りる。


すると、小さな姿に変化していたアネスが、更に小さく横たわっていた。


「アネス、アネス大丈夫?」


何だその面は。意識は失っていなかった。


「翼をしまえ、ガウン。無駄に命を削るべきではない。」


素直に翼を閉じ、アネスを両手で包み込むように抱え上げた。



「ミレーはどうなったんだろう。思い切り光を浴びてから、気配も何も感じない。」


「本来水は、自らの存在を主張しないものだ。周りを見てみれば分かるぞ。」


周囲をぐるりと見渡してみると、明らかに違和感があった。



「水が、溜まってない。」



滝のように上から流れてきているのにも関わらず、ガウンの足元には、それこそ〈溜まり〉すらできていないのだ。


この部屋など容易に沈まるであろう深さであったはずなのに。




「迷惑をかけてしまって、済まなかった。」



透き通るような声が、人工の滝の中より響いてきた。





その中から出てきたのは、薄く青い肌と、青藍に輝く髪を足元まで靡かせる、背の高く若い男であった。




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