五歩,
アネスの考えは、こうだ。
まず水面までガウンを連れ、そこで今現在酸素を保っている膜を壊す。
次にアネスが水中へ戻り、竜巻そのものを水面下まで誘導する。
ミレー本体を探り出し、風によって作り出した風を彼に与えるという流れである。
「だが、最後の行程は私には出来ぬ。」
アネスは背にガウンを乗せ、膝を伸ばす。
「今の私は、風を操ることにすら限界がある。恥ずかしいことに、今現在この膜を保つことで精一杯だ。だからガウン、次は躊躇するな。」
「え?」
彼女の返事を待たずして、アネスは地を蹴った。
猛スピードで水中をかけていくアネスを、竜巻の奥の光が見つめている。
次の瞬間、鋭い水の刃がまるで本物の刃物のように、アネスらに向けまっすぐに飛ばされた。
それらをさすがの眼で回避し続けるも、人間一人を背負っている状態では厳しいものがあるのだろう。
アネスは数本の刃によって傷つけられてしまった。
今の風は盾にはなり得ない。ガウンは、アネスの言葉を思い出した。
「アネス!」
「頭を上げるな、私なら問題ない。」
膜をすり抜けていった赤色が、濁った水を色づけていく。
一瞬たりと表情を歪ませないアネスに、ガウンは苦痛を感じながらも従った。
ほんの数秒でたどり着いた水上は、まさに天井のすぐ傍であった。
「まずいな。」
想像していたより、遥かに空間が狭すぎる。
いつの間に水位が上昇していたのか、当初見ていた窓も水に埋もれていた。
これではイチかバチかの作戦を施行することすら難しい。
「この状態でミレーを連れては来れぬ、あまりに危険だ。別の方法を考えねばならない。」
「天井を壊して、空間を広げるのは?」
「駄目だ。上空の意思を持った霧をミレーが吸収しようものなら、もう為す術は無くなる。」
この時間すら惜しいというのに。アネスは悔しさで顔を歪ませる。
「じゃあ、下の壁を壊そう。」
突然の提案に、アネスは目を丸くしガウンを見つめた。
「ミレーが霧を吸わなければいいのだとしたら、ミレーを水から出さずに水位を下げればいい。」
「下の階に水を流すということか。」
頷くガウンに、アネスは下を見つめる。
凄まじい速さでこの部屋にたどり着くまで、ガウンは視界こそ確実で無かったが、上昇した感覚は掴んでいた。
今いるこの部屋は、確実に一階ではない。
いや、待て。アネスは再びガウンに向き直った。
「ミレーを下の階へ落とす方が早いかもしれん。」
「竜巻の真下を開けるってこと?」
「そうだ。否が応でも〈滝〉ができるだろう。」
暴走によって力が散漫している今、見たところこの水は重力には逆らえない。
穴が開けば、下に勢いよく全て落ちていく。
「何より、そうすれば私がミレーをわざわざ導く手間も省ける。」
「急ごう、もう細い声も聞こえなくなってきてる。」
そうと決まったが早く、壊れかけた膜を直したアネスは、ガウンを背に乗せ水中へと戻った。
「ガウン、ロンフォスを手に持て。あやつの刃も利用させてもらおう。この水流の勢いに私が乗る、おまえはこの勢いのまま地を壊せ。」
最初の破壊だ。アネスは軽く笑ってみせた。
大丈夫だと、安心させようとしているのだろうか。ガウンは迷いなくロンフォスを構える。
ミレーは、先程よりも多くの刃を飛ばしてきている。
しかし、既に焦燥を振り払ったガウンが、それらからアネスを護った。
広がる竜巻が作り出す流れに乗り、アネスの風が水を帯びていく。
また、聴こえた。
先程から、途切れ途切れに旋律が奏でられているのが分かる。
私の心には、しかと届いているぞ。ガウンは、竜巻に向かって瞳でそう訴えてみる。
彼もきっと今、痛くて苦しくて、もがくことしかできないのだろう。
それでも尚、必死に存在を叫んでいる。
ミレー自身も、未だ諦めてはいない。
では、尚更その手を引かなければならないではないか。
私はもう、苦痛を見たくはないのだ。
「ガウン、今だ!」
この〈破壊〉は、自分の征義の道に通ずるのだろうか。
そのような雑念を置き捨て、ガウンは地に槍を突き立てた。




