9.古里は変わってしまったのじゃ
ワシ以外の皆様が感動の再会を果たし終え、屋敷の中へ……。
おや? ボロかった屋敷が綺麗になっておる?
屋根の穴が空いてた所を直したのじゃろうか?
父上が先導して玄関ドアをくぐる。
「まあ入りなさい――」
なんだかんだ有ったが、やっぱり親子で――
「――イレーズちゃん」
やっぱり。ワシじゃないのね。そうだと思っていたんじゃ。
なんだかんだ有ったが、ボロくても懐かしの生家じゃ。
えーと、玄関が小ぎれいになっておるの。
新しい家具が増えておらんか?
窓が? カーテンが?
まあ、楽にしろ、と客間に通された。
家具が高級な物に一新されている? 高価そうな壺とか絵画が飾られている?
革張りのソファーに腰を下ろす。昔懐かしのバネが飛び出たソファーはどこへ行ったんじゃろうか?
まあ良いわ! お土産を出して、みんなをびっくりさせるのじゃ。
「イレーズ、ワシが買っておくよう言いつけたお土産を出してあげなさい」
「はい! ここに!」
イレーズは、執事のギャリソンに渡しておいた荷物を受け取った。
「おお、イレーズちゃんお土産かい?」
いえ、ワシからのお土産です。
土産の小袋をテーブルの上に広げていく。
胡椒、干菓子、砂糖、ウナギパイ、塩。
「この塩はなんだ?」
父上が塩の小袋に噛みついてきた。実に不機嫌なご様子。
何に腹を立てていおるのか全く解りません。
「ドンキーよ、うちが塩の一大生産地になっておるのを知らぬのか?」
父上がワシを白い目で見ておる。
いつの間に貧乏で有名なリックダム家が塩を? つーか、あの崖っぷち海岸でどうやって塩を取ってるの?
どう対応しようかとまごついていたら、父上が手に取った袋を破り、色を見てからペロリとなめた。
「しかもこの塩、我が領内で生産された物だぞ? 舐めとんか?」
何故じゃろうな? ワシのヒエラルキーがどんどん下がっておるのは?
「よりによって土産に塩を持って帰るとは! これは我が家に対する侮辱だ! 恥を知れ!」
雷を落とす父上。
真っ先に反応したのはイレーズじゃった。
「私が買ったのよ! 王都で売られているリックダム家の塩をみんなに見せてあげようと買ってたのに……、みんなを喜ばせようと……思ってたのに……」
徐々に声を小さくしていくイレーズ。かなり精神的に堪えている――
素振りじゃ、素振り!
これには父上はじめ、家族全員に効果覿面だった模様。
こやつ、全員のキャンタマを掴んでおる。
「ちょ、ちょとまって誤解だ! 誤解だよイレーズちゃん!」
誤解じゃないよ、ただの嘘きじゃよ。
「何が誤解よ! お爺さまなんか大嫌い!」
「大嫌い?」
父の目から光が消えた。
「イレーズが私を大嫌……、はうーっ!」
「父上、お気を確かに! はっ!? 心臓が止まっている!」
心臓痙攣じゃ!
事は緊急を要する。危険じゃが、魔法で心臓にショックを与え心臓を動かすしかない!
「自動体外式除細動器じゃ! 略して『AED魔法』発動!」
どうにか蘇生できたのじゃ。危ない所じゃった。
「ハッハッハッ! てっきりドンキーの馬鹿が仕掛けた悪戯かと思うたわ!」
汗でビショビショになった父が、お茶で水分を補給していた。
「それはそうと、クリフォードよ」
「なんですか父上」
クリフォードは、家督を継いだ長兄の名前じゃ。
「これを機に、イレーズちゃんにリックダム家を継がせようと思うのだが」
うむ、家督を引き継いだ長兄の前で、それを言う。狂ったか父上。
「その案件に関して、当然の話ですので私はもちろん賛成ですが、イレーズの社交界デビューが済んでからではいけませんか?」
当然のお話なのね。
長兄にも子どもがいるはずじゃが、その子の意思は無視なのね。
「息子からも賛同を得ています」
息子さんもイレーズのファンになってるのね。てか、イレーズに誑し込まれてないかのう? リックダム家の未来が心配じゃ。
ちょっと待てよ?
イレーズに家督を譲る?
うむ、これはワシにとって好都合。イレーズとおさらばする絶好の機会じゃ。
「リックダム家を継ぐのはイレーズとなると……。婿を迎えねばならんのう」
ワシの言葉に、兄はキョトンとした顔になった。
「え? 何で?」
「何でって、兄上。家は女じゃ継げないよ。養子をもらわないと。つまり結婚ね!」
「え? 意味が解らない?」
意味が解らないのはワシの方じゃ。
「兄上、イレーズに家督を継がせるには、結婚させねばならぬ!」
「イレーズが? ……結婚?」
「もちろん、婿の子どもを産むんじゃ。リックダム家の為でもある!」
「イレーズが? ……どこの馬の骨かも知らない野郎の? ……子どもを産む?」
兄上の目がおかしい。焦点が合ってない。顔が真っ青じゃ。
「結婚? 『おじさま、今までお世話になりました』って?」
兄上の顔色は、青を通り越して真っ黒になった。
そして口を大きく開けて叫んだのじゃ!
「operating system not found」
それは深淵の狂気の神への詔じゃ!
どこで受信したんじゃ!?
「はうーっ!」
「兄上! お気を確かに! はっ!? 心臓が止まっている!」
心臓痙攣じゃ!
事は緊急を要する。危険だが、魔法で心臓にショックを与え心臓を動かす!
「自動体外式除細動器じゃ! 急ぐので略式魔法『AED!』発動!」
この魔法、使うワシも危険なんじゃよ。
「ふうー、ありがとうドンキー。おかげで落ち着けたよ」
汗でビショビショになった長兄が、お茶で水分を補給していた。
親子じゃの。そっくりじゃ。
……この血がワシにも流れておるのかの?
「よく考えれば、結婚を申し込む男と決闘して排除すればいいだけの話だったからな!」
ワシの常識では、そういう話じゃないのじゃが、ここでは常識なのかのう?
「腕が鳴るぜ!」
三男のロイ兄さんが腰にぶら下げた剣を出し入れしている。困ったことに、殺る気満々じゃ。
「ロイおじさま。私の結婚相手を殺すのですか?」
弱々しい声をあげるイレーズ。涙が一滴こぼれ落ちた。
さっきお茶を指ですくって目元を濡らしておるの見たんじゃが……。
ギャリソンの目が鋭く光る。
「ロイ様! イレーズちゃんを泣かせたでごわすな!」
「切腹案件でごわす!」
「よか死に日和じゃ!」
ロイ兄さんは、使用人達に取り押さえられ、部屋から引きづり出されていった。
『イレーズよ、洗脳も大概にしておくのじゃ。家族だけでなく使用人までお主の信奉者になっておるぞ』
『わたしは、お行儀良くしていただけ。わたしの手落ちがあるとすれば、ここまでお人好しとは思わなかった事だけ。さすが、ドンキーの血族。侮りがたし』
リックディアス家の先行きが、心より不安に思うのじゃ。
さて、安静を必要とする父上と長兄を各自のベッドに移し、処刑予定の三男兄ちゃんを裏庭に引きずり出した。
部屋に残るまともな精神状態の家族は次男のダスティー兄さんと母上だけとなった。
この2名は比較的温厚な性格をしておるので、以後まともな会話が続けられるであろう。
……と、期待しておるのじゃが……。
「時間が中途半端ですが、久しぶりに町へ出て昼ご飯を頂きましょう」
次兄ダスティー兄さんは昔からワシに優しかった。ワシと立場が近かったからじゃろう。
数十年ぶりに町へ繰り出そうかの。
何故かイレーズと母上が付いてきた。
「父上とおっきい兄ちゃんの看病は宜しいのですかな?」
「イレーズちゃんと一緒にいられる時間を、たった二つの命で潰すつもりはありません事よ」
母も駄目じゃな。
ダスティー兄ちゃん、期待しておるぞ。
案内されたのは高級そうなレストランじゃ。こんな小ぎれいなの、昔は無かった。
隙間だらけの掘っ立て小屋に、少々匂いの厳しい食事が出される所しか無かった。
安いけど繰ったら腹がくだるというタイプばかりじゃった。
昼食時はとっくに過ぎ、夕食にはまだまだ早い時間。それにもかかわらず、店は七分の入りじゃった。なかなかの繁盛店と見た。
「塩の件なんだがね――」
次兄ダスティー兄ちゃんが話を切り出した。
塩と言えば、リックディアス家が塩を作って王都まで流通させておる話じゃったな。
「うちが塩の一大生産地になっている事は、先ほど父上が申していたとうりです」
リックダム家の良心とも言えるダスティー兄ちゃんが説明してくれるようじゃ。
いつの間に貧乏で有名なリックダム家が塩を? つーか、あの崖っぷち海岸でどうやって塩を取ってるの?
「イレーズちゃんのアイデアで、うちでも塩が取れるようになったんですよ」
「あの崖からですか?」
「……その崖を利用してね。ああ、崖と言えばお前を突き落とすのに丁度いい案配の場所をしっていますが、それはイレーズちゃんが見ていない所で、二人きりで決行しましょう。宜しいですね?」
「宜しくないです、兄上」
こやつもイレーズに洗脳されておったか!
ダスティー兄ちゃんが人数分の料理を注文した。聞いたことのない料理名じゃのう。
ワシも王都の名物を食べ尽くした、グルメのブロウガンと呼ばれた男じゃ。生半可な料理には旨いと言わぬぞ!
ダスティー兄ちゃんの話によると……。
領内を流れる川が、海岸の崖っぷちより滝となって海に落ちる。
その落差を利用して水車を作った。
水車を利用して海の水を汲み上げ、塩田に貯める。
塩田で太陽だとか風だとかで海水の塩分を濃縮させる。
また水車を利用して高濃度の海水を汲み上げ、竹や木の枝を組んだ仕掛けに振りまき、太陽や風を利用して、さらに塩分を濃縮する。
このようにして、楽に塩を作っている。
海水を流れ落とすから「流下式塩田」と名付けられたそうな。
リックダム領は強い風が吹くからのう。この方法だと、生産に適した土地柄となっておるのじゃ。
「これを考え出したのがイレーズちゃんだ」
ダスティー兄ちゃんは自分のことのように胸を張る。
「塩だけではないのです。銅の精錬もしています。そこから銀や金を取り出しているのですよ」
そんな馬鹿な。
いつから兄上は錬金術師になられたのですか――と、笑いながら言いかけ、慌てて口を噤んだ。
イレーズがおる!
何か理論的に納得できる仕組みがあるはずじゃ。
「イレーズちゃんが言うには、銅鉱石の中に、馬鹿にならない量の金が混じっている。それを取り出さない法は無い。だったかな」
兄ちゃんが言うには――
粗銅に鉛を加えてからドロドロに溶かす。ゆっくり冷まして、ある一定の温度まで下げてキープすると、精銅だけが分離して固まる。
まだドロドロに溶けている鉛の中に、銅から溶けて分離した銀が溶け混じっている。
そこから別の方法で銀を取り出す。
銅の生産地によっては、ここから金を取り出せるという。
「利点はそれだけじゃないぞ。この方法によって精製した銅の純度は限りなく純度100%に近い、高純度な銅となる」
品質の良い銅は高値で売れる。おまけに金や銀も採れるのじゃからウハウハじゃろうて。
黙っていて正解じゃったっ!
そうこうしている内に出来上がった得料理が運ばれてきた。
これはなかなか良い匂い。いやいや、田舎にしてはじゃっ!
それは魚介類がいっぱい入った、茶色いスープじゃった。
「魚介類のスープだな」
食べてみると、これが美味しい。
コクがあるというか、味に深みがある。
香草がふんだんに使われておるのは舌が理解したが、この奥行きは何じゃろう?
「炒めた香味野菜に、あり合わせの魚介類をブチ込む。売れない部位でも良い。さらに野菜とか芋とかワインとか調味料を入れて、水と共に煮込む。後で香草を使って味を調えるとできあがり」
魚も野菜も、リックダム領内で採れる食材じゃ。
「この料理は、幾つかあるリックダム料理の一つだが、旨い物を目当てにリックダム領を訪れる旅の者が増えている。小銭も落としてくれるし、他領の情報も入ってくる」
「このスープは、何て名前ですかの?」
「何年か前に料理大会を開いたことがあってだな。天才少年料理人ブイヤ君が作ったレシピを元にした料理だ。名付けてブイヤベース」
ブイヤ君の名前が付いただけじゃしね! 命名には全く問題がないので大丈夫じゃ!
横でイレーズがドヤ顔しておる。ドヤ顔のままブイヤベースを食っておる。
これもイレーズが一枚噛んでいる気がするのう。ブイヤ君に仕込みが入っているとワシの勘が囁いておる。たぶん正しかろう。
「売れ線の小物は数知れず――」
山間部は、特産物生産基地になっておった。
リックダム領の山間部で生えておる特殊な木の樹液を利用した木製品のコーティング技術。上品な艶が出るのじゃ。
金属製の特殊ハサミというか……テコの応用を利用した爪切り。
馬や豚の尻尾の毛を使った小さなブラシは歯を磨く物。これ、ちょっと前から王都に出回ってる商品じゃ。そっかー。ここで作られていたのかー。灯台もと暗しじゃったのー。
ここ最近は、紙漉の技術が物になりそうな所まで来ているそうじゃ。
最新技術やアイデア商品が満載じゃの。
……そりゃ領内が発展するわ。
はっ!
先日、イレーズと揉めたストラドフォールド家のウイリアム君が、リックダム家との交流を切ると言ったら慌てておったのう……。
あれは、リックダム領と商取引できないという事に気づいて慌てておったのじゃな。
なるほど。
むしろ知らなかったワシの方がどうかしておる、と、背中越しに、強いイレーズの半眼をビシバシ感じておる。
じゃが疑問もある。
ここま見れば、イレーズだけの知恵では無いとワシの勘がささやく。
お師匠様との付き合いは長い。なんとなく、彼女のカラーと違う気がするのじゃ。
はっ! まさか! こ、これは!
伝説となったミンメイの書房による「猿でも解る! 『生産血違闘』の解説」に書かれているとされる、神々の技術ではなかろうか?
それをお師匠様が読んでいた?
あのお師匠様なら、あり得る!
まさか、まさか、お師匠様!
ワシらの領内を実験室にして楽しんでおった!?
もうやめて! お願い!
申し訳ありません。
作者都合により、今回のお話で完結とさせて頂きます。
魔術師長の旅は今始まったばかりだ。