史上最強の妖怪
「子供!? この子も洗脳されてるのかニャ?」
「いや、こいつが妖怪の本体だ。子供に偽装してるか、この姿で実体化したんだろう」
「実体化の方さ。ボクはまだ生まれて150年ちょっとで、妖怪としては子供もいいところだからね」
美猫の疑問に答えた葉樺の推論を、妖怪本人が肯定する。
「何者だ? これだけの妖気を発するんだ、ただ者じゃないだろ。相当の有名妖怪と見たが」
「フフフ、当ててごらんよ」
「お前の正体、オレには分かったぞ」
正体を誰何する葉樺に対して、はぐらかす妖怪少年。それに答えたのは、葉樺ではなく、その父親だった。
「お前の正体は
共 産 主 義
だなっ!!」
「「は?」」
「お見事、正解だよ」
唖然とする葉樺と美猫。だが、そう言われた妖怪少年=『共産主義』の方は、再び拍手をしながら、その答えを肯定する。
「オレが高校の頃に、世界史の教科書か資料集で見たことがあるんだよ、『共産党宣言』の冒頭文を。そこに書いてあったんだ。『ヨーロッパを一匹の妖怪が歩き回っている。共産主義という名の妖怪が』ってな」
「…そうニャんだ。共産主義って、実は登場した頃から既に妖怪だったのね」
「いや、チョット待て、それでいいのか!?」
「間違いじゃないよ。ボクは、メジャーデビューのきっかけになったファンブックで既に妖怪として認知されていたのさ」
裕次郎の言葉に感心する美猫にツッコむ葉樺だったが、当の妖怪少年が裕次郎や美猫の発言を補足する。
「メジャーデビューだファンブックだって、アイドルか何かかよ!?」
「やだなあ、最盛期には全世界で何億、何十億って信者が居たボクは世界のアイドルだよ。で、ボクのための『党』って、つまりはファンクラブだろう。そう『宣言』してる本なんだからファンブックって言ってもいいじゃないか。アドルフ君とかジョセフ君みたいなアンチも多かったけど、嫌よ嫌よも好きのうちってね。アドルフ君なんか、熱烈な反共主義者みたいな顔して、自分の党には『社会主義』をこっそり紛れ込ませてるんだから」
「アドルフだのジョセフだのって、誰だよ!?」
「アドルフ・ヒトラー君とジョセフ・マッカーシー君さ。知らないかい、アドルフ君の『ナチス』の正式名称は『国家社会主義ドイツ労働者党』っていって、結構社会主義的な政策もとってたんだよ」
ツッコみどころ満載の妖怪少年の言葉に釣られてついツッコんでしまった葉樺だが、理路整然と反論されて頭を抱える。
「でも、なんで今復活したのかニャ? ソ連崩壊って、あたしたちが生まれる10年近く前じゃニャかったっけ?」
「そうだ、1991年のことだよ。それで世界の共産主義はほぼ壊滅状態に陥った。ああ、キューバや中国の共産党はまだ残ってるか」
何も言えなくなった葉樺に変わって美猫が疑問を口にしたのに対して、裕次郎が答える。
「キューバはともかく、中国の方はね…いくら共産党を名乗っていても、あんな堕落した連中はボクのファンとは認めたくないよ。株式市場があって不動産バブルが起こる共産主義なんてあり得ないだろ」
「だったら何で復活できたんだ、お前は?」
不満そうに言う妖怪少年に対して、気を取り直して問い直す葉樺。だが、それに答えたのは妖怪少年ではなく父親の方だった。
「去年、『安保法制反対』とかいって60年安保の焼き直しみたいな運動があったろうが。きっと、アレで小名木さんたちみたいな全共闘世代や、その上の60年安保に参加した世代が郷愁や心理的外傷を刺激されて共産主義を思い出したんだろうさ」
「それだけじゃないさ。今、この国では社会格差が広がっていて、それに対する不満も大きくなってきているんだよ。共産主義が求められる時代が再び来つつあるのさ」
裕次郎の回答に、さらに補足する妖怪少年。それを聞いた裕次郎が半ば感心したように、半ばは呆れたようにつぶやく。
「それで、また共産主義の信者とやらが弾圧されて殺されたり、逆にテロを起こして殺したり、仲間内で総括とかいう名目で粛正しあったりする時代が来るのかい? 嫌だねえ」
「世界革命のための尊い犠牲さ。その先には理想の平等社会が存在するんだから、多少の犠牲はやむを得ないだろう」
「そうやって、人の心に『欲』がある限り絶対に達成できない『理想』を振りまいて人々を騙してきたんだろうが。それを考えれば、確かに共産主義は史上最強最悪の大妖怪だよ。何しろ、今まで共産主義を信じたせいで殺されたり、共産主義の信者が反対派や不満分子を殺したりした人数を数えれば、一千万人じゃきかないだろうからな」
裕次郎が言い放つが、妖怪少年は少しも動じることはない。
「フッフッフ、今は何とでも言うがいいさ。ボクの能力はよく分かっているだろう? 君たちもこれから、世界革命のための闘士となりたまえ!」
そう言うと、不気味に赤く光る妖気を葉樺たち目がけて放つ!
だが、その光は美猫にはあっさりと回避され、葉樺は妖斬刀で受け止めて妖気を吸収する。
さっきは相手の攻撃が読めなかったので迎撃できなかったが、一度攻撃を見てしまえば妖斬刀の能力を使って妖気を吸収することで攻撃を防げるのだ。それによって血禍羅も貯まる。妖斬刀は対妖怪用としては攻防一体の超強力武器なのだ。
美猫の方は、さっき咄嗟に葉樺をかばったことからも分かるように、その攻撃を見たあとでも動いて避けるだけの反応速度と身体能力を持っている。葉樺をかばう必要がなければ、その攻撃に当たったりはしない。
「ええい、ちょこまかと!」
初めて苛立ったような顔になる妖怪少年。周囲に向けて無造作に赤い妖気を放つが、ことごとく美猫には避けられ、葉樺には迎撃される。
「隙有りッ!」
それどころか、美猫は妖気をかわしながら妖怪少年に接近して鋭い爪で一撃入れようとする。
「おのれ!」
ギリギリでかわしたものの、慌てて飛び退りながら妖気を放つ妖怪少年。しかし、そんな苦し紛れの攻撃が美猫に当たるはずもない。
「キー君、こいつ、戦闘能力は大したことニャいよ!」
そして美猫は一連の攻撃でつかんだ情報を葉樺に伝える。
「なるほど、こいつの得手は洗脳で、自分で直接戦ったりすることはあまりないんだな。なら、一気に決めるぞ!」
前回、酒呑童子を倒したときに吸収した妖気は、まだ妖斬刀にかなり残っている。その上に、先ほどから妖怪少年の攻撃を吸収しているので、既に大技を放てるだけの血禍羅が貯まっているのだ。
「うぐ、バカな! 小名木の話では、お前たちは素人に毛が生えた程度の新人だったはず。洗脳したらウソはつけないのだから、こんなに強いはずが…おのれ、来るな、来るなぁ!!」
冷静さを失って妖気を乱射してくる妖怪少年だが、葉樺たちは余裕をもって避け、迎撃しながら近づいていく。
「消えニャ!」
身を低くして妖気をかわした美猫が、己の鋭い爪で妖怪少年の足を掻き切る。
「終わりだ、共産主義! 妖怪魔裂斬!!」
足を切られて動きが止まった妖怪少年に、葉樺の必殺技が放たれる。刀身から放たれた緑色の光が、妖怪少年の体を真っ二つに両断する。
「ウギャァァァァァァァ」
断末魔の叫びを残しながら、赤い光となって消えゆく妖怪少年。
その光がすべて妖斬刀に吸収されたのを確認すると、葉樺は残心の構えを解き、妖斬刀に血振りをくれてから鞘に収める。
「必要ないだろうと言っているだろうに!」
「様式美だ。にしても、史上最強級という触れ込みの割には弱かったな。看板倒れというか」
毎回のように繰り返されている漫才をやりながら、葉樺は気になっていたことを口にする。
「そりゃそうだ、何しろ『共産主義』だからな。冷戦時代の東側諸国、ソ連とかはとてつもない実力を隠してるんじゃないかと思われてたが、蓋を開けてみたら内情はボロボロだったんだぞ」
その疑問に冷戦時代を生きていた裕次郎があっさりと答える。
「ああ、なるほどね。まあ、それだけじゃなくて、何か俺たちのことを随分過小評価してたみたいだが」
あの妖怪少年は確かに妖気が高い割には攻撃力も防御力も大したことはなかったが、小名木と連携して洗脳光線を撃ってきたり、美猫が洗脳されたときに一緒に攻撃してきていたら、もっと苦戦したはずである。それなのに、余裕ぶって洗脳して手下にした者だけに攻撃をさせていたのは、葉樺たちをかなり過小評価していたからだろう。
「ホントだよねー。洗脳したおじいちゃんから情報を得てたみたいだけど、あたしたちって、おじいちゃんにとってはそんなに素人っぽいのかニャあ?」
「いや、お前らが小名木さんと一緒に妖怪退治したのは、いつが最後だ?」
半分しょげながらつぶやいた美猫に対して、裕次郎が質問する。
「あ…しょっちゅう会ってるから結構一緒に戦ったことあるかと思ってたけど、よく考えたら半年以上一緒には戦ってニャい」
「年取るとな、時間の流れがえらく速く感じるモンだ。40代半ばだったオレですらそうなんだから、小名木さんにとっちゃあ半年なんて昨日のことみたいな感じだろうよ。だから、お前らが成長してるってことに気付いてなかったんだろうな」
美猫の答えを聞いた裕次郎が、小名木がなぜ葉樺たちを過小評価してたのかを解き明かす。
「おかげで妖怪少年も過小評価してくれたワケだ。助かったと言うべきなんだろうな。あいつの能力なら、それこそ何千人、何万人だって洗脳できそうだ。そうなってから攻めてこられてたらお手上げだった」
「むしろ、おじいちゃんの次に洗脳して手下にする相手として、あたしたちが手頃だと思ったんじゃニャいの?」
「ああ、なるほどな。小名木の爺さんは俺たちの下校時間や通学コースを知ってるから、俺たちを狙ってここに来たのか」
「そういうことだろうよ。さて、小名木さんを起こしてから、妖魔結界を解除してウチに帰るぞ」
「ん。それじゃ、あたしが起こすね」
美猫がホームに横たわる小名木の方に向かうのを、その奇怪な目玉でぎょろりと見ながら妖斬刀が低い声でつぶやく。
「それにしても、あれが最後の共産主義とは思えない。我々の社会に格差がある限り、かならず共産主義は蘇るだろう」
「いや、渋く決めたつもりかもしれないけど、そのセリフが既に共産主義の思うツボだから」
父親の言葉を、にべもなく切り捨てる葉樺なのであった。
一発ネタ小説ですが、最後までお読みいただきまして、誠にありがとうございました。
この話は、高校の教科書か資料集で「共産党宣言」の冒頭文を読んだときに「ああ、共産主義って妖怪だったのか。だったら、鬼○郎が退治できるのかな。それにしても、こいつのせいで何百万人と死んでるんだから、実は史上最強の妖怪なんじゃね?」とか思ってしまったのが一番最初のきっかけです。
Wikiだと「妖怪」ではなく「幽霊」だったり、栗本薫の訳だと「怪物」になってたりしますが、まあ最初に読んだのが「妖怪」だったんで、そのまま踏襲しております。
まあ、そんなワケで主人公の名前は葉樺のキー君になったのですが、彼が美少年なのにも由来があります。
そのかみ、○UTというアニパロ雑誌(←伏せ字になってない)を読んでいたことがありまして、その雑誌には同人誌紹介のコーナーがあったりしたのですよ。その中に、少女漫画風に耽美な美少年に描かれた鬼○郎が表紙の同人誌が紹介されとりまして(服装から鬼○郎と分かる)、鬼○郎を美少年に描くというその事自体に衝撃を受けて記憶の底にこびりついていたのです。
で、いつか「最強の妖怪は共産主義」「超美少年な鬼○郎」というネタを使えないかなあと思っていたのですが、ふと合わせて短編にしちゃえばいいんじゃない、とか思いついてしまったのですよ。
ところが、書き上げてみたら1万7千字近くになってしまい、さすがに短編として投稿するには長すぎるかな、と思ったので区切りのいいところで分割して短期連載として投稿いたしました。
なお、カクヨムの方にも同時掲載しておりますが、あちらでは1話2000字くらいがちょうどいいという話を読んだので、2000字以内に細かく分割して投稿したので話の区切りが少し違います。
あと、共産主義を美少年にするか、美少女にするか悩んでいたので、あっちでは美少女妖怪にしてみました。ストーリー自体は変わっていませんが、セリフ回しがちょっと変わっていますので、よろしかったらちょこっと見てください。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054880773918
バカ話ですが、少しでも楽しんでいただけましたなら幸いです。