完全魔法耐性
状態異常無効。
全属性魔法耐性。
世の男子、その誰もがときめく文言だと思う。
ありとあらゆるゲームに於いて“最強”の一角を担うステータスであり、特性であり、能力ともいえる。
しかし、現代社会において求められる能力はといえば、処世術や学力や経済力だろう。その理由は単純で、この世界には魔法なんて存在しないからだ。
その絶望的な現実に枕を塗らした人間は少なくはないだろう。
もし魔法があったら、あんなことやこんなことが出来るのに……いや、実際のところ魔法が存在したところで、結局は法規や力量の話になるので大差はないかもしらん。
魔法が使えたところで己が他人より優れているとは限らないのだ。
何故こんな下らないことをダラダラと考えているのかというと、目の前で焦燥を顔に張り付けた少女が何度も何度も連呼するからである。
「おかしい、なんで! なんでよっ! なんで“魔法が効かないの……!!”」
容姿から推察するに10~13歳くらい。月明りの差し込める部屋の中でぼんやりと光る銀髪、真紅の瞳。ゴシック・アンド・ロリータな黒い服に身を包み、頭には小さな角のような飾り、スカートからはシュルンと伸びる尻尾まで付いている。
凝りに凝った服装の美少女が、今にも泣きだしそうな顔で俺に指を突き付け続けている。『異議あり!』とでも言いたそうに。
俺はと言えば、畳の上で正座している。誰かに命じられた訳でもない。いや、目の前の少女に「そこに座りなさい!」と言われた時に腰を下ろしたので命じられてた、嘘つきました。
「嘘、嘘よ……なんで? ちゃんと浮遊や 透視は発動するのに……この男にだけなんで魔法が通じないの!?」
「…………あのぉ」
「少し黙ってて!!!!」
はい、とまぁ。10分くらい前からずっとこんな調子だ。そろそろ足が痺れて来た。
時は遡る事、たったの30分くらい前。
俺はいつものように惰性で高校へ行き、放課後バイトへ向かい、夕飯を買って帰宅した。
違和感の始まりはドアノブを握った時から始まる。
諸事情による一人暮らし……今朝、ボロアパートの玄関ドアに鍵をかけて家を出た筈が、開いていた。
その瞬間、脳裏に走ったのは「もしかして親が来たか?」である。合鍵を持つ親が勝手に来て、中に入っていたことがあったのだ。3か月も前の事とはいえ記憶に新しく、特に何も考えずに部屋に入ったのが間違いだった。
家の中は真っ暗。その時点で親フラではないのに俺は焦りもしなかった。
玄関にある照明のスイッチを押すも、点かない。なんだ?故障か?……そんな風にぼんやり考えながら靴を脱いで家の中へ一歩踏み込んだそこに……少女が立っていた。
少女。これが良くなかった。
仮にこれが30後半から50代くらいのオッサンだったとしよう。
その場合、俺はすかさず靴も履かずに外に出て通報するなり、兎に角逃げたと思う。追いかけてこなかったのなら、ゆっくり戻って誰ですか?と尋ねたかもしれない。
仮に16~20代半ばの少年や青年だった場合。警戒しつつも声をかけて反応を待っただろう。友達の悪ふざけかもしれないし、バイト先で落とした鍵を拾ってくれた先輩かもしれない。
仮に同じくらいの年齢の女性だった場合。ひとまず何かを期待したと思う。
この世は摩訶不思議、突然可愛い子がやって来て「貴方が好きです」と言い出すかもしれない。その場合、俺はすぐに応じる覚悟がある。
しかし、実際に目の前に居たのはそのどれでもなく“少女”だった。
ロリだ。即、逮捕だ。
すかさず俺がとった行動は、腰を低くし、一歩下がり、両手を頭の高さに上げて敵意がないと示すことだった。一言でも叫ばれてしまえば人生が終わるのである。時限爆弾の解体並みに慎重さを要する事案だったのだ。
「そこに座りなさい」
微かに震える甘い声。それでいてどこか高貴さを感じる声だった。
当然、素直に従い、最も敬意を示す正座を行った。しかし、少女は俺のその行動に何やら不満があったらしく、同じ言葉を何度も繰り返した。
「そこに座りなさい………おかしいわね、そこに座りなさい!」
もう、座っている。俺は正座の仕方が間違っているのかと不安になり、後ろで重ねる親指の位置を逆に変えたり、握っていた拳を開いたりと細かな調整で応えようとしたが、彼女の表情は曇っていく一方だった。
「変ね……力が受け流されてる。そこに、座りなさいっ!!」
ズビシィ!!と効果音でも付きそうな程に鬼気迫る表情で俺に人差し指を突き付ける少女。しかし、訪れるのは俺がジーパンの尻を掻く音だけだ。
そこから10分、今に至る。
何やら少女が叫ぶ度に、テーブルの上に置いてあったコップが倒れたり、元に戻ったり、ちょっと浮いたり、不思議な手品を見せられている。
流石に足が痺れてきて辛い俺は、小さく、敵意を感じさせないようにゆっくりと手を上げて意思表明をした。
「すみません、発言しても良いでしょうか?」
「待ちなさい!」
「はい」
これはあと20分は待たなければいけないコースだ……と覚悟した俺の顔を見て何か思うことがあったのか、深くため息をついた少女は腕を前に突き出し、手のひらを俺に向けてから何かを決意する様に呟いた。
「……何?」
「えっと、脚が痺れて来たんで崩してもいい、ですか?」
じっと、俺を見つめて固まる少女。隙間風がゆらすカーテンだけがハッキリと動いている。緊迫した空気……ヤバイ、叫ばれるか?
「いいわ、ゆっくり動きなさい」
お許しが出た。既に痺れ切った脚を崩し、イテテ……と情けない嗚咽を漏らしながら生まれたての小鹿のように手をついて座りなおす。
「……貴方、一体何者なの?」
「村上孝。17歳。血液型はA。近辺にある高校に通う高校生兼、アルバイター……です」
こういう時に名刺を持っていたら恰好が付いたのかもしれない。胸ポケットからスッとケースを取り出し「こういうものです……」とスムーズに渡せればどれ程良かっただろうか。はぁはぁ貴方はこういう方なんですね、と疑われることない。口頭では何を言ったところで信憑性は下がってしまう。
案の定、少女は俺の返答に不満を感じたらしく、眉間を顰めながら俺と目を合わせないように睨んでいる。名前が良くなかったのかもしれない。よく友達や先輩にも弄られるのだが、本名なのだから仕方がない。ホントダヨー、ウソジャナイヨー。
……と、心の内でお道化てはみたものの通じる筈もなく、緊迫した空気は依然部屋に充満している。ここいらで俺は賭けに出るべきかもしれない。
素早く立ち上がって外へ逃げる。この空気からは逃げられるが、部屋に居座られ警察を呼ばれたらアウトだ。逮捕だ。
必死に頭を下げて謝り、何がご不満なのか分からないが何とか許してもらう。許してもらえなかった場合終わりだ。逮捕だ。
隙を伺って少女を羽交い絞めにし、拘束する。逮捕だ。
ダメだ……どれを脳内でシミュレートしてみたところで俺の人生は終わる。何か、何か起死回生の一手は無い物か……と、足元のコンビニ袋が目に映った。
「あの、お腹すいてません? 弁当……良かったら食べませんか?」
「……………………頂くわ」
餌付け、成功。
「シノブよ」
俺の買ってきたネギ塩豚丼を食べ終わった少女は突然名乗った。一瞬「忍よ」と影の一族である事を明かされたのかとも思ったが、脳味噌が恐らく違うよ~と計算しなおしてくれた。名乗った可能性80%。忍者の可能性20%。
「貴方、何者なの?」
伊賀か甲賀か問われているのか? 忍者の可能性+30%。
「私の魔法が全く効かないなんて……こんなの、生まれて初めてよ」
魔法。さっきの手品のことだろうか?
「私には……これしか、取り柄がない、のに……」
しまった、ちゃんと拍手するべきだったのかもしれない。エンターテイナーに対して失礼な態度を取っていたから彼女は怒っていたのだ。とっても悲しそうな顔をしている。…………俺の馬鹿ッ!
しかし今更終わったネタに対してあーだこーだと言い出すのは最も醒める行為だと俺は弁えていた。時間差の拍手など嘲笑にも等しい行為だろう。そこで俺はとりあえず彼女の容姿を褒めることにした。
「すごく凝った衣装ですね。部屋も暗いし、まるで悪魔のお姫様が部屋の中にいるのかと思っちゃいましたよ」
素早く距離を取り、立ち上がって俺に掌を突き付けて鬼気迫る表情をする少女。おぉっ! 次の手品を見せてくれる気になったのか。次こそリアクションを失敗してはいけない……俺は座ったまま体を前に乗り出し、眼を皿にして少女の動向を見守る。
「貴様!!余がシラフィア・ルミエール・ヴォイドの娘、シロヴェナと知っての謀略かっ!!!!」
ものすごい剣幕で見栄を切られる。これが彼女の演目に入るときの決めセリフなのだろうか? 名乗りの最後が嚙んでいたが、とりあえず俺は大きな拍手で応えた。
俺の拍手を皮切りに、突き付けた掌に力を籠める少女。刹那、俺の視界を白い光が包んだ。音も熱も無い、光が目の前を埋め尽くす感覚。
一瞬遅れて「ガゴォオオオオン!!!」という音と衝撃が背後から伝わってくる。玄関扉がちゃんと閉まっていなかったのか、空気の流れで勝手に開いてしまったのかもしれない。たまにあるんだよな~建付けが悪いからさ。
今後ろを気にしてしまっては彼女に対して礼を欠いてしまう。気にはなるが振り向いてはいけない……後で閉めに行けば良いのだ。何故か俺は本能的にそう覚った。
「そ、そんな……嘘よ」
やはり、俺は再びリアクションに失敗してしまったらしい。後ろの物音に気を取られて拍手が一拍遅かったに違いない。加えて、彼女の手品で何かが光ったのは理解したが、何が起こったのかを見逃していた。
絶望的に落ち込んだ少女の顔を見て、俺はこんな小さな女の子一人笑顔にしてやれないのか……と人生を振り返る程に悔いた。そして叫んだ。
「諦めるな!!!」
「っ!?」
「もう一度、もう一度見せてくれ! 頼むっ!!」
言葉を選び間違えた。先に「スミマセン」と言うべきだった。
現に彼女は訝し気な顔をして何かを悩んでいるように見える。コイツに見せてもまた白けるんじゃ……とか、どの手品なら理解できるか悩んでるのかもしれない。
俺は立ち上がって彼女を鼓舞する。
「お前の魔法で俺を魅了させてくれ!!」
熱くなり過ぎた。
勢いで行動すると、得てして想像と違った結果が訪れるのが俺の人生だ。
高校の受験に受かった時、「漫画みたいな高校生活を送りたい」と親に告げたら一人暮らしすることになった。
楽して稼ごうと事故物件に住むバイトを選んだら、事故物件にタダで住める代わりに事故物件を掃除するバイトが始まった。
そして今、俺は謎の手品師の少女を鼓舞するつもりで放った言葉で
「…………よ、よろしくお願いします」
サキュバスのお姫様に見初められてしまった。




