第3話:泥だらけの弟子と、最初の「現場」
第2話までお読みいただきありがとうございます。
文明が滅び、誰もが諦めた世界。そこで重機を動かす剛田の姿は、一人の若者の目にどう映るのか。
物語が動き出します。
「……信じられない。本当に、動かしたのか……?」
若者は、手に持っていた錆びたバールを力なく落とした。アスファルトに乾いた金属音が響く。
泥だらけのパーカーを被ったその青年――タケルは、獲物を狙うゾンビを見るような目ではなく、神の奇跡を仰ぎ見るような、熱に浮かされた瞳で重機を見上げていた。
剛田はエンジンの回転数を落とし、操縦席のスライドドアを力任せに開いた。鉄の匂いと、微かに混じる死臭が鼻をつく。
「おい、そこ。突っ立ってると、まとめて更地にするぞ」
そのぶっきらぼうな声に、タケルは弾かれたように我に返った。
「あ、あの! おじさん、それ……! なんで、動くんですか!? 電気もガソリンも、どこにもないはずなのに!」
「どこにもない? ……節穴か。お前らの足元を見ろ。この国はな、どこを掘っても鉄と油の塊だ。動かし方を知らねえ奴に、その恩恵を預かる資格がねえだけだ」
剛田はステップに足をかけ、地面に飛び降りた。五十の大台に乗った身体には、着地の衝撃がわずかに膝に堪えるが、それを顔に出すほど素人ではない。
剛田は足元に転がっているゾンビの残骸を、邪魔な石ころでも払うように蹴飛ばすと、タケルの前に立った。
「お前、どこの生き残りだ。食い物はどうしてる」
「……僕は、タケルと言います。ここから数キロ先の『道の駅・あさぎり』に……。三十人くらい、みんなで隠れてて。でも、もう食料も水も底をついて、誰も外に出られなくて……」
タケルの言葉は途切れがちだった。極限の飢えと、いつ終わるとも知れない籠城生活。その絶望を、剛田は嫌というほど見てきた。
「道の駅、だと? ……あんな箱、籠もるには最悪の場所だ。自給自足の設備もありゃしねえ」
「わかってます……でも、そこしかなくて! おじさん、お願いです。その『鉄の化け物』があれば、隣の市のスーパーまで行けませんか? そこにはまだ備蓄があるって噂があって……」
剛田は鼻で笑い、使い古されたタオルで顔の汗を拭った。
「隣の市? 無理だな。国道は車と『アイツら』で埋まってて、ただ走るだけじゃ辿り着けねえよ。……だが、道を作るなら話は別だ」
「道を……作る?」
「そうだ。俺は土木屋だ。戦い方は知らねえが、地面を整えることならプロだ。お前、死にたくなければそのバールを拾え。キャタピラに挟まった肉片でも掻き出しとけ。それが俺たちの『最初の現場』だ」
剛田は再び操縦席へと這い上がった。重厚なドアが閉まる音が、この荒廃した世界に対する反撃の合図のように響く。
「乗れ。道の駅まで送ってやる」
「えっ、あ、はい!」
タケルは慌てて運転席の脇のステップにしがみついた。
重機が再び咆哮を上げ、ゆっくりと前進を開始する。
道中、放置された廃車の影から数体のゾンビが這い出してきたが、剛田はレバー一本でそれらを無視した。バケットを地面スレスレに構え、雪かきの要領で障害物を路肩へ押しやっていく。
数分前まで命がけの逃走劇を演じていたタケルは、今や鋼鉄の揺りかごの中で呆然としていた。
バールで必死に戦っても一人倒すのが精一杯だった「怪物」たちが、この男の手にかかれば、ただの「工事の邪魔な瓦礫」として処理されていく。
「おじさん……なんで、こんなことするんですか?」
エンジンの振動越しに、タケルが尋ねた。
剛田は前を見据えたまま、短く答えた。
「道が繋がれば、人は歩ける。道が繋がれば、飯も届く。……仕事がねえなら、作ればいいだけだ」
やがて、視界の先に錆びついた看板が見えてきた。
『道の駅・あさぎり』。
そこはかつての憩いの場ではなく、死の静寂に包まれた「棺桶」のような姿をしていた。だが、剛田の目には、そこを「復興の拠点」へと作り変えるための工程表が、すでに浮かんでいた。
ついに最初の拠点、道の駅に到着しました。次話からは、1ヶ月の時を飛ばし、ここがどう変貌したかを描く「拠点構築編」がスタートします。
「ご安全に!」




