4 久しぶり
奈緒さんと星那の関係はどうなってしまうのか......?
「……望月 星那…………貴女、柚永様の体で……柚永様の声で……柚永様の…………命で……何を…………!!」
奈緒は一頻り泣いた後、私に再び恨み言を吐きながら憎しみを込めた眼差しを向けてくる。
「はぁ……まだそれを言うか。いい加減鬱陶しいんだけど?さっきからさんざん何回も教えてあげたでしょ?
柚永様柚永様って馬鹿みたいに繰り返して……柚永ちゃんは私にこの体を譲ったの。私によろしくって言ったの。だから奈緒さん、貴女にそれに対してとやかく言われる筋合いは無いよ」
私はいい加減我慢の限界だった。思わず冷たい目を向けて嫌悪感を丸出しにしていた。
……でも、どうしてだろう?いつもならこんなすぐ感情を露わにするような事ないのに。
「…………あ」
ある。あるじゃないか、一つだけ。
「そーだ……肉体の記憶だ……」
普通の人はきっと、魂なんてただの迷信か何かに過ぎないと思っているだろう。ただ、私みたいに記憶を引き継いで別の体に移れるような人にとって、魂とは自らの存在そのものであり、それは決して代用が効かない大切なものだ。
記憶には大きく分けて二つ種類がある。
一つは肉体記憶。肉体に残っている記憶のこと。
大抵は強く印象に残るような強い記憶や、普段から一緒に居るような人物との記憶が多い。
そしてもう一つは魂魄記憶。魂魄……つまりは魂に残っている記憶。私のような人以外は魂魄記憶は思い出せないし、この存在自体も知らないだろう。
この記憶は意識的に思い出すことは例外を除いてできないけど、時に自らの生命を助ける事に繋がることがある。
その殆どは夢として発現するし、仮に活動している時に走馬灯やデジャブのような感覚があったとしたら、それもまた魂魄記憶の一部が表層に浮き出ているということ。
私の今回の不思議な感覚や現象は前者の肉体記憶に当たるだろう。
この体が柚永ちゃんのものだった頃の記憶。つまりは柚永ちゃんの記憶の一部だ。その記憶の中で最も一緒に居た時間が長いのはきっと奈緒だろう。生活の中で反抗することもあっただろう。感じる負の感情も少なくはなかったはず。きっとそういうことだろう。
「ごめんね。代わったばかりだからまだあまり感情の制御が緩いみたいだ」
自分の中に渦巻く反抗期のような感情を抑え込み、深呼吸をして落ち着きを取り戻すと、奈緒に向かってそう言葉を紡ぐ。
「私は行くところがあるの。だから、私がいない間の望月神宮は頼んだよ、奈緒さん」
「なっ……一体どこへ行こうと言うのですか?」
背を向けて去ろうとした私に、奈緒は驚愕したような声で引き止める。
「どこって、そりゃ " 旧東京 " だよ。既に二つの『渾沌』は目を覚ましてる。まぁ、同時期なのには違いないだろうけどね」
「『渾沌』関係で旧東京……まさか…………っ!!」
私が淡々と行き先を告げ、奈緒は私の言葉で悟る。
「お察しの通り、私は望月神宮の神主の巫女でありながら 『 渾沌の世代 』の一人でもある。
だからこそ、私が自ら向かう必要があるんだけどね」
私は顔だけで少し振り向くと、奈緒に声をかける。
「なぜ……『渾沌の世代』なんて……」
奈緒は私に諦めたような表情を向けながらふるえた声色で不服を表した。
「なぜ?……勝手にそう呼ばれるようになった。そう言うしかないかな。
旧東京には私が戻ってくるのを待つ者達がいる。
幾度となく転生を繰り返した私でも、スタート地点はいつもここ。私が戻らないと大勢が死ぬ。仲間も、関係ない人も。
わかるでしょう?奈緒さん。私は戻らないといけないの。」
私は説得するように言った。
……これもまた、私らしくない行動だったと思う。
柚永ちゃんが私とよく似ているからだろうか?
「私はこんなだけど、他の二人はもっと話が通じないよ。もし相対することがあったら気をつけてね。
まあ、きっとここへ来ることはないと思うけどね。
じゃあ、今度こそばいばい」
「待っ――」
そうして、私は何度転生しても変わらない生家を、再び去った。長きに渡る戦争を、厄災に満ちたこの世界を、再び平和だったあの頃に戻すために。
***
――旧東京、かつて " 千代田区 " と呼ばれた地域。
私が向かった先は、とある高層ビルが立ち並ぶビル群。天まで届くような高いビル群を抜けた先に、あまりにも場違いな平地でありながら木々の生い茂った森と和風の豪邸が一軒。名を " 望月邸 " と言う。あれが、私の組織であり土地である雪月花の心臓たる場と言ってもいい。
いつ見ても変わらない新築の様に綺麗な外装に、いつ見ても変わらない美しい日本庭園。周囲には森が広がっている。それはきっと都会に似つかわしくない。でも、それがまた良いのだ。
「あぁ、またこの場に戻ってきたんだね......」
どんな感情を込めた言葉だったのか、それは私にもあまり分からなかった。
「ただいま」
私が一言、感慨深い面持ちでぽつりと呟きながら玄関の戸に触れようとした時、ガラガラと音を立てて戸が開いた。
「……ぁ…………その……お姿……その、凛々しい気配……」
誰だろう……?結界はしっかり張られているはず。私の許しを得た者以外立ち入ることなど出来ないのに。
「……?
あらら、いつから泥棒に入られるほど不用心になったのかな」
私が首を傾げて頬杖をするように手を頬に当てて疑問を体現すると、その者が正体を表した。
「星那様……!お忘れになったんですか?」
ぷくっ、と擬音が付いていそうな可愛らしい不服さの表し方をした透き通るような銀髪をしたツインテールの背の高い懐かしい少女。
「ふふっ……あっはははっ……!」
思わず見とれてしまうような綺麗な容姿のその子の不服そうな表情を見て、私は思わず涙が出るほどお腹を抱えて笑ってしまった。
「んなっ……なんで笑うんですかぁ!」
少し涙目になりながら前のめりで私に訴えかけてくる少女。
「あっははは……ごめんごめん。面白くってつい。
久しぶりだね、アルカナ。いつ見てもその可愛い容姿は変わらないね」
笑いすぎで私の目に浮かんだ涙を拭い、アルカナという壊宙災禍のあの日に助けた少女に何度目かの再会を喜ぶように言葉を紡ぐ。
「もぉ……ほんっとに……毎回この会話しないといけないんですか?
それと、星那様こそいつもいつも美しいですよ」
ため息を吐くようにしながらそう言うアルカナ。呆れたように言う割にはしっかり私の事を褒めてくる辺り、ちゃっかりしている。
「まあ、通過儀礼みたいなものだしねぇ?アルカナと久々に会った時はこの会話しとかないとっていう……使命感?」
てへっ、と言わんばかりに舌を少し出してウィンクをしてみると、アルカナはガハッ、と小さく零した後に憎たらしくも豊満な胸を抑えて銃弾にでも撃ち抜かれたかのような仕草をする。
「星那様……そのウィンクは反則です…………よ……」
などと遺言の様に呟いて幸せそうな顔をするアルカナ。
「くっ……その豊満な胸の方が反則でしょうがぁ!」
思わず私はそう声を張ってアルカナの胸を両手でしっかりと揉んだ。…………いい感触。
「ひゃあっ、ちょっ……やめてくださいよぉ……星那様だって人並みよりよっぽど大きいでしょう……?」
「うるさぁいっ!……関係ないのだっ!」
「ねえっ……ほんとにぃ……やめっ…………!」
あぁ……懐かしい……この感じ。この会話。また戦争が激化したら……できなくなっていくんだろうな。
「……星那様?」
私はいつの間にか、アルカナを抱きしめていた。
「あれ……何してるんだろうね、私。
ごめんね、今離れ――」
離れようとした瞬間、アルカナが私を抱き締め返していた。
「……アルカナ?」
私を抱きしめたまま少し震えているアルカナに困惑したような声で声をかける。
「……よかった…………また……巫女様に会えた……」
「アルカナ……」
呼び方が……初めて会ったあの時と同じ……。
また会えた、そういうアルカナの声は体と同じように震えていた。涙が私の巫女服に染みていた。
「また、会えたね。嬉しい。
……私も…………アルカナにまた……会えて……」
あれ……私こんな涙脆かったっけ……?久々だからかな、アルカナの顔見るの。いや、きっと柚永ちゃんの多感なのが移ったのかな。
「……そうだ、アルカナ。他の " 渾沌 " も転生してるでしょう?今どんな感じなの?」
お互いに落ち着きを取り戻すと、私はアルカナに私以外の二人の『 渾沌の世代 』の現状について問いただす。
「それに関しては紆余曲折あれど星那様と大体同じ状況かと思われます。
噂では、『 混沌の世代 』、アビスのボスで " 災厄の深淵 " の二つ名を冠するオルクス・ヴァレフォールはまだ幼い子供の体に転生し、転生が完了したと同時にオルクスの自我が一気に元の持ち主の魂魄を殺し、体を完全に自分の物とした事で体が20歳程度まで成長して体を産んだ母親を殺害してアビスの本拠地のあるアビス地区 " 八王子 " に帰還した、と」
「相変わらず周囲の人間を殺さないと気が済まないのかしら、あの無知性殺戮者は」
オルクス……相変わらず形容しがたいクズだ。
きっと、奴に殺された元の体の持ち主の子供の魂は輪廻の輪から強引に追い出されたまま永遠に奴に殺された苦しみを味わい続ける事になるだろう。……私がその場にいれば輪廻の輪に戻すこともできただろうけど……
「それで?白衡の方は?」
「ライブラのボスであり " 無慈悲の天秤 " の二つ名を冠する白衡は情報が少ない為あまりよく分かっていません。……ただ、転生を完了しているのは確実です。
星那様達『 渾沌の世代 』がいない間のライブラ地区 " 府中 " は白衡のいた頃より法の絶対性が少し薄くなっていたんですが、それが最近突然また絶対性が大きくなってきてるんです」
「なるほどね……なら白衡も本拠地に戻ったと見た方が良さそうね……」
何千年と続けてもこの戦争は終わらないのでは無いのだろうか、と思ってしまうほどに毎回同じ流れだった。
「はい。ライブラ地区の法律絶対性が再び強くなった所を見れば白衡は戻っていると取るのが最適解でしょうね。
現状、星那様は転生なさったばかりでまだ他の『 渾沌の世代』の方々よりも力が出しにくいでしょう。
だからこそ、その隙に星那様を始末しようと刺客を送り込んでくるかもしれません。どちらから来るかは定かではないですが」
襲撃……来そうな感じするなぁ……てか確実に来るだろうね。来るとしたら……アビスの方がありえるかな。
ん......?組織と言えば......私の組織の人ここに来るまで特に見かけてないような......?
星那が幾度となく繰り返してきた戦争と殺しを躊躇しそうなほど感情が表に出ているのは柚永ちゃんの人格形成と星那との適合率の高さからの影響が大きいんです。
なので若干コントみたいな日常も見られるかも......?
感想などいただけたら励みになるのでぜひお願い致します。




