九、半妖
「っはぁっ…ここまで来れば、暫く大丈夫じゃない?」
私たちはいったん走って山を降り、麓の町まで逃げ帰ってきた。
狒々に雫と呼ばれていた、見るからに大人しそうな少女。彼女は、紡さんが『混血』という言葉を口に出した時から、悲しげだった表情がより一層暗くなり、小さく震えていた。
「い…行かなくちゃ…。助けに行かなくちゃ。」
「え?」
雫ちゃんは震える体を無理矢理動かし、山の中へ戻ろうと足を踏み出しだそうとした。すると拳心さんが、雫ちゃんの腕を掴んだ。
「だめだ。お前、あの狒々に食われそうになってたんじゃないのか?山ん中入ったらさっきの状況に逆戻りだぞ。」
「おじさんは本当はそんな悪い人じゃないんです!!!」
元々小さな声を精一杯振り絞り、雫ちゃんはそう叫んだ。
「違う…のに。本当は…いい人なのにっ…。」
雫ちゃんは再びぽろぽろと泣き出し、その場に蹲み込んでしまった。
その様子を見て、紡さんがやれやれとため息をつく。
「泣いたって何も解決せぇへんで。単刀直入に掻い摘んで言うと、ウチらはあの狒々に憑いとる悪霊を退治しにここにきとる。あの狒々ごと退治されたなかったら、事情説明しぃ。」
雫ちゃんは再び、ビクッと肩を揺らした。
「そういえば紡さん、先程『混血』とおっしゃっていましたが、どういうことでありますか?ハーフだと何かあるんでございますでしょうか?」
「それは俺が説明する。」
紡さんの代わりに、影が薄くなっていた仙太郎さんが答えた。
「恐らくこの子供は、単なる多人種間の混血ではない。」
仙太郎さんは雫ちゃんの元へ歩みより、目線を合わせるように片膝をついた。
「人間と妖怪との混血。」
仙太郎さん視線の先には、左右で違う、人間離れした色の瞳。
「半妖…なのだろう?」