すれ違い
貴族の屋敷に着くとグレイ達はメイドに依頼主の貴族、ジョーブ男爵の元へと案内された。彼らが案内された部屋に入ると人の良さそうな50代くらいの男性がいた。
「マーレさん、久しぶりですね。それにグレイさん、ゲオルグさん初めまして。私が依頼者のジョーブ=ジュピターです」
「お久しぶりです。ジョーブさん」
ジョーブ男爵はマーレと知り合いだ。今回依頼主とマーレが知り合いなのは理由があり、ギルド側が依頼を個人への指定依頼にするときに依頼者に許可を貰わなければいけないため、マーレの伝手を使って指定依頼を出しているからだ。そもそも指定依頼とは、普通の依頼として出されたものをギルド側がその報酬の一部を払うことを条件にして指定依頼としてはじめて出せるものだ
「席に座ってもらって構いませんよ」
「あ、ありがとうございます」
ジョーブ男爵に促されグレイ達は椅子に腰掛ける。グレイは貴族の屋敷に入ったことがないので少し緊張していた。
「依頼内容ですが領地の畑を荒らす魔獣を討伐してほしいということでしたよね」
「はい、間違いありません。しかし領地に出た魔獣
は素早く実態が掴めていないのです。なので今回はマーレさんの力を貸して頂きたく依頼させて貰いました」
マーレはAランクの中でも上位の実力者であり人柄も良いので王都周辺での彼女への評価は非常に高い。なので今回のように彼女を知る者は困ったことがあると彼女に依頼を出すことが多い。彼女への印象がイマイチ微妙だったグレイだがマーレの凄さを改めて痛感した。
「ジョーブさん、この茶菓子食べてもいいですか?」
「はい、どうぞマーレさん。おかわりもあるので遠慮せず食べてください。お二方もどうぞ」
グレイは緊張で喋れていないというのにマーレは相変わらず食に対して貪欲だった。ゲオルグも緊張して喋れないと思いきやにこやかにしながら緊張など全くしてない様子で茶菓子を食べていた。グレイは二人のこういうところを見習いたいと思った。マーレがおかわりをしようとしたとき誰かがドアを開けて部屋に入ってきた。
「パ、あ、お父様すみませんお客様が来ていたんですね。今日は客人の予定はないと聞いていたんですがその方達は?」
「......領地に出た魔獣については話したな。その討伐をこの冒険者の方たちに依頼したんだ」
「お父様、あの魔獣は私が討伐すると言ったはずです。そんなに私が信用できませんか?」
「ち、違うんだエル。私は...」
「もういいです」
ジョーブ男爵の娘と思わしき女の子は彼から話を聞くや否や部屋を出て行ってしまった。そしてその女の子は昨日グレイがあった少女だった。
「.....すみません。お騒がせしてしまい」
「ジョーブさん。何かあったんですか?」
依頼とは関係ないことだがマーレはそれを尋ねた。そういう困った人を見過ごせなところが彼女の評判が良い理由でもある。
「お恥ずかしい話ですが最近娘と上手くいってないんです」
「娘さん?ジョーブさんに今10歳ぐらいになるお子さんいましたか?」
「あの子は養子なんです。」
「養子ですか.....どうして今頃になって養子を?ジョーブさん子どもは別にほしくないって言ってましたよね」
「はい、そうだったんですが記憶をなくして私の領地にいたあの子を見捨てることはできませんでした」
「記憶喪失?」
「4年前、あの子がこの領地で倒れていました。彼女が目覚めたあと話を聞こうと思ったのですが喋ることもままならない状態で一部ではなく全ての記憶を失っていました」
エルはエピソード記憶だけに留まらずほとんどの記憶を失い赤子とほとんど変わりない状態だった。
「そんなことが.....」
「最初は私もどこかの施設に預けようかと思いましたが彼女の世話をしているうちにどんどん愛情が湧いて来て彼女を引き取ってエルと名付けました。今では大切な家族です」
「エルって確か物語の....」
「グレイさんの言う通り物語の天使の名前からとりました。天使のようにかわいいあの子にぴったりの名前だと思いませんか?」
「そ、そうですね」
ジョーブ男爵のエルへの溺愛ぶりは中々のものだった。
「それにあの子はとても賢いんです。たった一年で大人とほとんど変わりなく話せるようになり一年前には魔法学院に主席で合格したんです」
「それはすごいですね。本題に戻らさせてもらいますがどうしてエルさんと上手くいってないんですか?」
マーレはこれ以上話が脱線するのを防ぐため話を戻した。
「さっきも言いましたがあの子は賢い子です。それ故に自身が拾われた身であることを理解して私に恩を返そうとしてくれているんです」
「それが魔獣の討伐」
「その通りです。ですが私はあの子に恩返ししてほしいなんて思っていません。むしろ私が恩返しする側ですから。私にこんなにも多くの幸せをくれたんですから」
多くの親は子どもに健やかに育ってほしい。そういう風にただその子の幸せを願っている。恩返ししてほしいから育てるわけではないのだ。
「ジョーブ男爵、ちょっといいですか?」
「はい、グレイさん。どうかしましたか?」
「ジョーブ男爵は娘さんに恩返しされても嬉しくないんですか?」
「そりゃあ、あの子が私のために色々してくれるのはうれしいですよ。でもそれがあの子の行動の中心になってほしくないんです。あの子にはあの子がしたいこともあると思うので」
「.....ジョーブ男爵の気持ちもわかります。でも今の娘さんにとってジョーブ男爵のために何かすることが彼女のしたいことなんだと思います。確かに自分の立場を理解して恩返ししようとしている面もあるとは思います。でも純粋に大切な人や好きな人に褒められるのはうれしいですし、相手が自分のしたことで喜んでいたら尚更です。今までジョーブ男爵はいっぱい彼女のことを褒めてきたでしょう?」
「確かに褒めすぎなくらいには褒めています」
「だから彼女は自身の立場とか関係なくジョーブ男爵に褒めてほしいし喜んでほしいんだと思います。だから今は見守ってあげてください」
「.....わかりました。エルのことを想うばかりに過保護になっていたかもしれません。でも魔獣の討伐は流石に不安です」
「それはもちろん俺たちが討伐しに行きます。だから彼女が帰ってきたら話してあげてください。ジョーブ男爵の気持ちを話せば賢い娘さんならわかってくれると思いますよ」
「グレイさん、ありがとうございます」
「いえ、俺もなんか偉そうに話してすみません」
「そんなことないですよ。とてもためになりました」
「それならよかったです」
孤児や養子は親とはどういう形であれ引き離され新しい場所で生きていかなければいけない。だからその新しい自分の居場所を守るのに必死になる。だからそこにいる人たちに受け入れられるため頑張るのだ。でもそれが全てではない。人に褒めてもらえたり、喜んでもらえるのが嬉しくて今まで以上に頑張ることもある。確かにジョーブ男爵の言う通り最初はエルが自分を受け入れてもらうために頑張っていたかもしれない。しかしグレイにはわかった。エルがジョーブ男爵のことが大好きなんだと。そしてそれはジョーブ男爵が彼女のことを愛しているからなのだとも。子どもは親にとっての鏡とはよく言ったものである。




