◆第十九話『頂の魔女』
その日の夜。
アッシュはジズ戦に参加したメンバーと祝勝会を開いていた。
場所はお馴染みログハウスの庭だ。
「おっしゃああ! 俺たちの勝利だ!」
「今日はとことん付き合いますよ、ボス!」
「良い飲みっぷりだね! これは僕も負けてられないよっ」
「クルナッツ! クルナッツ!」
ベイマンズとヴァン、レオ。
そしてルグシャラが中心となってバカ騒ぎをしていた。
暗がりの中でも焚火やランタンのおかげで彼らの姿はよく見えた。そばでヴァンに呆れながらも仕方ないなとばかりに酒をあおるドーリエの顔もだ。
「相変わらず騒々しいですね、彼らは……」
「本当に賑やかな方たちですねっ」
そう呟きながらそばに立ったのはアイリスとウルだ。
彼女たちはログハウス内と庭を行き来して給仕として動いてくれていた。いまも運んできた料理や飲み物の数々をテーブルに並べてくれている。
「2人とも悪いな、仕事してきたばかりだってのに」
「いえ、アッシュさんの客人ですから。わたしがもてなすのは当然です」
「ウルもアイリスさんと同じ気持ちです! それに楽しいのは大好きですからっ」
心から思ってくれているのが伝わってくる。
ただ、その親切をただ受け取るだけではこちらの気が済まない。
機会があればまたなにかで恩返しをしないとな、と。
アッシュはそう思いながら、空いた食器を下げるアイリスとウルの背を見送った。
「さあ、お父様。もう一杯どうぞ」
「御父上、こちらもよければっ」
「はは、何度聞いても悪くねぇな……」
視界の端になんとも複雑な光景が映り込んでいた。
ディバルをもてなすオルヴィとシビラの姿だ。
父として扱われてか、ディバルもまんざらではない様子で顔が綻んでいる。
「おい、アッシュ! 孫はまだか~!?」
「うるさいぞ、親父! もう良い歳なんだからとっとと帰って寝とけよっ」
「おいおい、ジジイ扱いすんじゃねえよ。見ただろ? 俺はまだまだ現役だっての!」
若い娘2人にもてなされて気をよくしたのか、酒の進み具合も順調らしい。赤らんだ顔や語調からして酔っぱらっているのは間違いなかった。
「ったく……」
アッシュはため息をこぼした。
父親のだらしない姿を見られるのはなんとも恥ずかしい気分だ。
「元気で良いことじゃないか」
対面に座ったヴァネッサがそう言うなり、手に持ったカップをぐいとあおった。
すでにかなり飲んでいるようだが、その顔はまだ赤く染まっていない。
酒に強いのは相変わらずのようだ。
「にしてもあれは元気すぎだろ」
「さすがアッシュの父って感じだけどね」
ディバルが尋常でないことは誰より理解している。
そんな偉大な父と一緒にされることが栄誉であることも。
だが、若い娘にもてなされて調子に乗っている姿を見せられると、やはり複雑な気持ちでいっぱいだった。
「それにしてもクララさん、最後のあれすごかったです!」
突然、興奮した声が聞こえてきた。
見れば、隣のテーブルでクララがリトリィから詰め寄られていた。
「そ、そうかな? 《ステラ・レイ》が強かったおかげかも」
「14等級の白の塔で得られる魔法でしたっけ。でも、たしかに魔法自体も凄かったですけど、あの魔法をあれだけ撃てる魔力の多さがすごいなって……!」
リトリィから褒められてクララの口元が思い切り緩んでいる。
嬉しいのを必死にこらえているのが丸わかりだ。
そんな上機嫌なクララのことをラピスとルナが同じテーブルで見守っていた。呆れつつも温かい目を向けるさまは、まさに保護者そのものだ。
「でも、あれは無茶しすぎよ」
「とはいえ、そのおかげで勝てたのも事実だけどね」
ルナの擁護にラピスも否定できなかったらしい。
数拍の間を置いて、クララに笑みを向けていた。
「……そうね。今日はクララに助けられたわ」
「へへ、だよねだよねっ」
滅多に褒めないラピスからの間接的な称賛とあってか。
クララが見るからに調子に乗っていた。
そこにはもうジズ討伐直後の殊勝な姿はいっさいない。
大きな失敗をしたばかりだ。
もう少し戒めておいてほしい気持ちもあるが……。
「クララらしいっちゃらしいか」
塞ぎこんでいるよりはよっぽどいいと思うことにした。
「アッシュ、少しいいか?」
そう声をかけてきたのはロウだ。
なにやら神妙な面持ちだ。
その様相を見てか、ヴァネッサが察して席を外してくれた。
賑やかな声がどこか遠くに聞こえる中、アッシュはロウを隣に座るよう促す。
「どうした、改まって」
「彼女のことだ。あれは《精霊の泉》だろう」
ロウが席につくなり言ってきた。
その目線の先にいるのはクララだ。
クララが《精霊の泉》の持ち主であること。
それは大国ライアッドの王家の血筋であることの証明でもある。
このことはチームメンバーとごく一部の者しか知らない。知られた場合、面倒なことになるかもしれないからだ。
「ロウ、そのことは──」
「安心してくれ。口外するつもりはない。なんとなくだが、事情は理解しているつもりだからな。ただ、察しの良い者は気づいているはずだ」
「まあ、そりゃそうだよな」
《精霊の泉》は初代ライアッド王のみが発現した希少なものではあるが、血統技術について調べたことがある者であればすぐに行きつく情報だ。
そしてその特性は世間的には無限の魔力といわれている。そんな中、クララがあれだけ高位の魔法を連発していたのだ。《精霊の泉》の保有者であると推測するのは難しくはないだろう。
視界の中ではクララがいまも楽し気に談笑している。
そんな彼女を眺めながら、アッシュはカップに入ったエールをぐいとあおった。口から苦味が消えないうちに溜め息をひとつこぼす。
「一応、この島にさえいれば安全なんだ。ただ、絶対とは言えないからな」
「とはいえ、彼女のそばにはアッシュ……きみがいる。だから、問題ないだろう」
「そのつもりだ。まっ、もう俺が守ってやるなんて大それたことは言えなくなってるけどな」
事実、クララは実力を伸ばしつづけている。
今回のジズ戦終盤にしてもそうだ。
彼女の《精霊の泉》はこれまで以上の能力を発揮していた。
数年前に自らが得た《ソードオブブレイブ》や、ルナの《レイジングアロー》のように新たな血統技術に覚醒したのではなく、元から彼女が持つ血統技術を昇華させているようだった。
あの魔力の回復力は異常だ。
おそらく建国者である初代ライアッド王のそれとは比較にならないだろう。
もはや守られるだけの存在でなくなっているのは間違いない。
「……頂の魔女」
「なんだそれ?」
「島で呼ばれている彼女の新しい二つ名だ。塔の頂に達した魔術師として彼女はいまや島で最強の魔術師だ。同じ魔術師として悔しい想いはあるが、あの戦いを見せられてはな。頷くほかない」
かつてジュラル島で最強の魔術師の座にあったロウにここまで言わせるほどにクララは強くなった。出会った頃の実力が実力なだけに信じられないほどの成長っぷりだ。
「……青塔の地縛霊なんて呼ばれていた昔が懐かしいな」
そう過去をしのんで笑みをこぼしたときだった。
ロウがおもむろに席を外した。
入れ替わるように隣に座ったのはクララだった。
「なに話してたの?」
「べつになにも」
「うそだー! あたしのことちらちら見てたもんっ」
「わかってるなら聞かないほうが身のためだと思うけどな」
「うぐっ……じゃ、じゃあやめとく」
これ以上、調子に乗らせないほうがいいだろう。
そう思っての脅しだったが、予想以上の効果があったらしい。
クララがもどかしそうにしながらもあっさりと引いた。ただ、ほかにも話したいことはあるようで席から離れることはなかった。
「ねね、アッシュくん。あたしのこと、信じてくれてありがと」
少しの静寂ののち、そう切り出してきた。
ジズ戦の終盤──《ステラ・レイ》を放つ前のことを言っているのだろう。
「礼なんていらない。ただ、あのとき俺はクララなら出来ると思った。それだけだ」
そう伝えると、クララは「うんっ」とだけ返してきた。
思いのほか嬉しかったようで、その表情は満足そうに綻んでいる。
「やっぱり出会ったときから変わらないよ」
「ん、なにがだ?」
「アッシュくんはあたしの英雄だってこと」
いったいどんな場面を思い出しているのか。
クララの表情はとても幸せに満ちていた。
「あ、あと1つ」
言うや、クララが
「大好きな人ってのも追加しておくね」
出会った頃からなにも変わらない。
クララは無垢な少女のままだ。
そう思っていたが、すっかり大人の女性に成長したようだ。
気恥ずかしさからか、席を立ったクララ。
その後ろ姿に名残惜しさを感じてしまっていることにアッシュは自覚しながら、ぐいっとエールをあおった。
「……ったく、もう手に負えないな」
ここまで読んでくださってありがとうございました!
番外編いかがだったでしょうか。
久しぶりの更新だったので緊張しましたが、楽しんで頂けたなら幸いです。
そして明日は漫画版の最新話が更新されます。
長く続けられるよう今後とも応援よろしくお願いいたします……!
来月末あたりにも少し投稿できたらなと思っておりますので、また覗きにきてくださると嬉しいです!





