◆第六話『パンプキング』
ただの雑魚ならともかく相手はエリアボス。
名前からしてその強さは比較にならないはずだ。
いずれにせよ、装備の良し悪しが強さに直結する場所でもある。背伸びをして狩りをしている現状、まともに戦うのは得策ではない。すぐさま思考が逃げを選択しようとするが──。
「こいつ、左右を塞いできたっ!」
エミナから焦った声があがる。
敵が枝のような腕を左右に伸ばしたのだ。加えて、腕に吊るした小さなペポンから火の粉を放ってきた。吊るされたペポンは片側に5個ずつ。計10個の火の粉が飛んできた格好だ。
ニニはエミナと散開。全力で駆け、迫りくる火の粉から逃れた。着弾した火の粉は霧の中でもしかと視認できるほど轟々と燃え盛る。どうやら先ほどまで戦っていたジャックオーランタンが放っていた火の粉と同等の威力を持つようだ。
その間、本体頭部の口からも火の粉が放たれていた。
吊るされたペポン──小ペポンと比べて圧倒的に大きなそれは、こちらに向かって放たれたかと思うや、ゆらゆらと揺れながら頭上を進んでいった。そのまま後方へと着弾。左右に広がりながら燃え盛る壁を形成した。
「後ろもいまの炎で塞がれました!」
シュリからこわばった声が飛んでくる。
どうやら敵はこちらを逃がしてはくれないらしい。
正直、1人なら《ライトニング》を駆使して逃げられる自信がある。だが、いまはチームで行動中だ。1人だけ逃げても意味がない。
「やるしかないっ! 2人とも援護お願い!」
「了解っ!」
「わ、わかりました!」
ニニは一瞬の逡巡を経て前方へ駆け出した。本体に接近すると、小ペポンが一斉に火の粉を放ってきた。しかもこちらの進路を読んだ軌道だ。急停止し、別の進路から本体に接近を試みる。が、読んでいるとばかりに火の粉が飛んでくる。
さらに着弾した箇所では炎が燃え盛り、少しの間通れなくなる始末。これではまともに接近できない。《ライトニング》で強引に接近する方法もとれるにはとれるが……あれは体力を使うのでそう連発できない。敵を確実に仕留められるときまで温存しておきたい。
「雑魚、なんとかできる!?」
ニニは火の粉を避けながら叫んだ。
ほぼ同時、幾つもの矢と《ファイアボール》が視界の端を飛んでいきはじめる。それらは小ペポンに次々と命中するが、しかしどれも倒すには至らなかった。
「だめだ、弾かれる!」
「こちらも効いている気がしません! やはりここはわたくしも前へ出て殴るしか──」
「いや、殴りだけは絶対にやめて!」
シュリは怪力で殴りの攻撃力はあるが、俊敏性はあまりない。そんな彼女がこんな火の粉が飛び散る前線に出れば即座に終わりだ。
「まずは色んなところを攻撃して! どこかに弱点があるかも!」
「その通りみたい! 鼻を射抜けば1撃で落ちる! でも、すぐにまた生えてきそうな感じ!」
エミナが次々に小ペポンを射抜きはじめた。鼻をあらわす穴に刺さった個体から順に枝から落下。地面に触れるなりまるで弾けるように散っていく。その後、小ペポンは元の枝から再生成されるが、わずかな間がある。
おかげで小ペポンたちから放たれる火の粉の数が大幅に減っていた。いまなら敵本体に接近できる。そう踏んで駆け出した瞬間──。
辺りが一気に明るくなった。何事かと出所を見れば、敵本体の口前で火球が生成されていた。《ファイアボール》だ。
それは近づくものを排除せんとばかりに放たれる。が、後方から飛んできたべつの火球が衝突したと同時、激しく揺らめくようにして消滅した。
「相殺できちゃいました……」
どうやらシュリがとっさに放って消してくれたらしい。もっとも、本人も出来るとは思っていなかったのか、きょとんとしていたが。いずれにせよ、いい判断だ。
「助かったよ、シュリ! そのまま敵の《ファイアボール》の対応お願いできる!?」
「任されました! ……えいっ、えいっ、えいっ! な、なんだか滾ってきました……おらおらおらおらっ!」
接近戦でのみ変貌していたシュリだが、どうやら魔法を放つ際にも狂暴化するようになってしまったらしい。今後はさらに戦闘が騒々しくなりそうだ。
エミナとシュリによる援護でようやく道がひらけた。ニニは一気に敵本体との距離を詰め、跳躍。飛びつくようにして敵左頬に剣を突き立てる。が、ちょうど拳程度の深さしか刺さらなかった。
「やっぱり硬いっ! あと分厚いっ!」
1等級の武器では外皮の奥まで刃を徹せないようだ。ただ、気になるのは外皮に徹せるか徹せないかではない。敵に損傷として認識されているのかどうか、だ。
ニニは1度、剣を抜いて離脱。今度は敵の肩にあたる枝を足場にして頭頂部に到達し、ざくざくと何度も剣を突き刺す。
「ねえ! 敵、苦しんでる!?」
「まったくない! っていうか変わった様子いっさいなし!」
「おらおらっ、火を吐くしかできないのか!? この無能野菜が! わたくしが、焼いて、美味しく食べてやるからなっ!」
エミナの情報から察するにいくら外皮を傷つけても敵を倒すことはできなさそうだ。シュリのほうは……聞いても無駄だった。参考にならない。
いずれにせよ、ほかの攻撃手段を探す必要がある。腕の枝を攻撃するか。いや、どう見てもあれは外皮と同じ類で本体に損傷はなさそうだ。そこに吊るされた小ペポンも同様だろう。だとすれば、残された攻撃箇所は限られている。
ニニは敵の頭頂部から目にあたる穴まで滑り落ちた。縁に足をかけて中を覗き込んでみる。と、中央付近に人間大の縦長結晶を2つ発見した。くるくると横回転しながら赤い光を放っている。
「中に核っぽいの見つけた!」
そう報告しつつ、中に踏み込んだ。
途端、核のそばから全身がうっすらと透けた5体のジャックオーランタンが出現。口から火の粉を放ちながら迫ってきた。どうやら通常個体が放つ火の粉と同じようだ。そばに着弾したと同時、ごうっと燃え盛っている。
「やっぱりあれを壊されたらまずいってことだね……!」
ニニは火の粉を躱しながら、透明個体に接近。剣で斬りかかるが、すっと通り抜けてしまった。感触もまるでない。
「そんな気はしてたっ! なら──」
透明個体の脇を駆け抜け、片方の核に到達。勢いのまま払いを見舞う。が、思いのほか硬くて1度では破壊できなかった。剣を引き抜いて改めて振りなおさんとするが、しかし透明個体が再び接近し、火の粉を放ってきたので後退した。
核のそばで燃え盛る、着弾したばかりの火の粉。このまま火が消えきるのを待ちたいところだが、そんなことをしていたら核を透明個体で固められてしまう。
ニニは一瞬だけ迷ったのち、思いきり前進せんと踏み込んだ。そのまま消えゆく火の中を駆け抜け、再び核に接近。駆け抜けざまに払いを見舞った。たしかな感触を覚えたのち、みしりとヒビの入る音が鳴り──。
上下真っ二つに割れた核が崩れ落ちた。
直後、まるでエリアボスが苦しむように低いうなり声をあげた。やはりこの核を破壊することが敵を倒す方法で間違いなさそうだ。
火の中を駆け抜けた直後とあって体中が熱い。このまま水でも被って冷やしたいところだが、そうもいかない。核はもう1つ残っている。
ニニはすぐさまもう1つを破壊せんと駆け出そうとするが、1歩目を踏み込めなかった。もう1つの核前に新たな透明のジャックオーランタンが5体出現していたのだ。先ほど出現した透明個体も残っている。つまり計10体。
「……あはは。これは多すぎじゃないかな」
ぼっぼっぼっと透明個体たちが一斉に火の粉を放ってくる。数が数とあって逃げ場がほとんどない。核に向かう道に至っては皆無といっていいぐらいだ。これは簡単には残りの核に近づけそうもない。どうすれば──。
「きゃぁっ!」
ふいに外からシュリの悲鳴が聞こえてきた。
ずっと中にいるせいで外の様子がまるでわからない。
このまま内部にいても打開できそうにない。
そう選択するやいなや、ニニは敵の口から外へと飛び出した。
「なにがあったの!?」
「吊るされてるぺポンの動きが変わった!」
ニニは着地と同時に枝の小ペポンに目を向ける。と、それらはくるんと1周横回転したのち、まるで人の手でもぎとられたようにブチッと音をたてて枝から分離。跳ねながらこちらに迫ってきた。
「離れて、ニニちゃん! そいつら近づいて爆発する!」
迎撃しようとした手を止め、後退する。と、入れ替わるように後方からニニの放った矢が飛んできた。直後、矢で射抜かれた小ペポンたちが次々にカッと閃光を放ってはけたたましい音をたてて爆発していく。
「これは……またなんとも厄介な攻撃だね。ってそれよりシュリは大丈夫!?」
「は、はい! なんとかっ! おるぁああっ!」
シュリがいまだ敵本体から放たれる火球を迎撃しつつ応じてくれた。わずかに頬やローブがすすけているが、言葉通り無事のようだ。
「あたしが撃ち漏らした個体がシュリの近くで爆発しちゃって! それよりっ、中はどうだった!?」
そう訊いてくるエミナは、いまも矢を放ちつづけている。向かってくる小ペポンは跳ねているため、吊るされていたときよりも変動的だ。にもかかわらず、正確かつ素早く射抜いている。戦い慣れているとは思っていたが、ここまでとは。
「核っぽいのが2つあるんだけど、1つは壊した。残り1つも壊そうとしたんだけど、護衛の敵が倍になって」
「下がるしかなかったってことね」
「うん、あのまま壊せればよかったんだけど」
透明個体が追ってきていないことが唯一の幸いか。……いや、むしろ追ってきてくれたほうがよかったかもしれない。そのほうが核から離せるからだ。そこまで考えた瞬間、はっとなった。残った核を破壊する方法を思いつけたのだ。
「もう1回、行ければ壊せる?」
「少し休ませてもらえたからね。次で壊してみせる。っていうか壊す」
「頼もしい返事だ」
かなりの長期戦になってきている。
エミナもシュリも限界が近いはずだ。
次で決めなければ本当に危ない。
最後に1度だけふぅと息を整えたのち、ニニは「それじゃ」と駆け出そうとする。が、とっさに飛び退いた。横合いから火の粉が飛んできたのだ。先ほどまで立っていた場所が揺らめく炎で燃やされている。
何事かと見れば、通常個体のジャックオーランタンが浮遊していた。エリアボスが発生させたものだろうか。エミナやシュリのほうにも接近している。およそ10体がまるで囲むように迫ってくる状態だ。
「こんなときに……っ」
「げっ、いま襲われたらやばいんだけどっ」
「くんなっ、あっちいけ、クソ野菜ッ!」
エミナとシュリがエリアボスの攻撃に対応している現状、1人で雑魚を迎撃しなければならない。ただ、そうなれば敵本体の核を破壊が遠のいてしまう。脅威度敵に考えても周囲の雑魚を殲滅するしかないが……。
どう見てもエミナとシュリの限界は近い。
このままでは全滅が待っている。
どうすれば──。
そう決断しかねていたとき。
視界の端に一筋の光が走った。
直後、その周辺に浮遊していた雑魚が唸り声を残してすっと消滅した。続けて、光が向かった先でまた同じようになにかが煌めき、雑魚が消滅する。その流れはなおも止まらなかった。
次々と閃光が走っては雑魚が消えていく。いったいなにが起こっているのか。霧が濃いうえ、あまりに早すぎて目で追い切れない。ただ、同時に走る黒いものが人影のようにも見えた。
気づけば周囲から迫っていた雑魚がすべて消滅していた。
「な、なにいまの……」
ニニは呆気にとられてしまった。
瞬き1つする間もなかった。
「よくわかんないけど、ニニちゃん!」
「おらおらおらっ、覚悟しろ、お化け野菜!」
聞こえてくるエミナとシュリの声。
いましがた起こった奇妙な現象に呆気にとられてしまったが、いまはエリアボスとの戦闘中だ。ニニははっとなってすぐさま走り出した。小ペポンが騒がしく爆発し、黒煙をあげる中を駆け抜け、跳躍。再び敵本体の口から内部へと飛び込む。
先ほど侵入した際は焦って最適な攻撃手段を思いつけなかった。
だが、今回は違う。
敵が核を守っていて近寄れないなら、敵を引きつけてから接近するしかない。
内部に侵入した途端、予想通り透明個体が向かってきた。核から離れない個体がいるかもと心配していたが、どうやらそれはなさそうだ。近づいた個体から順に火の粉を放ってくる。それらを躱しながら入口付近で逃げ回りつづける。
あと5体。4体──。
かなり限界に近い。先ほどから火の粉を避けるのが難しくなっている。そばに着弾してばかりだ。熱い。痛い。だが、まだやれる。それに外ではエミナとシュリも頑張ってくれている。ここで倒れるわけにはいかない。
残り3体。2、1……。
「いまっ!」
最後の透明個体が接近した、直後。ニニは《ライトニング》を発動。稲妻のごとく光と軌跡を残し、敵の核へと瞬時に肉迫する。1つ目の核を破壊する際、2回の攻撃が必要だった。だが、今回は悠長なことはしていられない。この1撃で決める──。
「ぁあああああああ──ッ!」
裂帛の気合とともに剣を振りながら駆け抜ける。剣に接した感触はわずかに覚えたものの、勢いまで遮られることはなかった。ぱりん、と破砕音が後方から聞こえてくる。
大きな音ではなかった。
本当に硝子のコップが割れたような音だ。
ただ、音の余韻はすぐさま消え去った。
腹に響くような慟哭が聞こえてきたからだ。
敵を倒せたのかどうか。
その答えを頭が知りたがった、瞬間──。
唐突な浮遊感に見舞われた。さらに視界の大半を埋め尽くしていた敵内部──橙色の皮が薄れていく。瞬きするうち、それは綺麗さっぱり消滅。気づけば外に放り出される格好となっていた。
慌てて体勢を立て直して着地する。と、浮いていなかったはずのエミナとシュリが、まるで着地に失敗したかのように不格好に座り込んでいた。どうやら難敵が眼前から消滅し、緊張の糸が切れてしまったようだ。
そんな彼女たちへと、ニニは呆けながら問いかける。
「やったの……?」
「たぶん。そう、なんじゃないかな? うん、倒したと思う」
「わたくしたちが……危険度2のエリアボスを……」
「うん、新人のわたしたちが、ね」
しばらく3人で揃ってきょとんとしていた。
あまりに厳しい戦闘だったからか、きっとまだ続いているような感覚だったのだ。
しかし、話すうちに段々と現実を受け入れられるようになった。少しずつ顔が綻んでいき、ついには弾けるような笑みを浮かべた。
「すごいすごい! やっちゃったんだ、あたしたち!」
「はい! すごいです! 本当に倒せるなんてっ」
エミナが抱きついてくると、遅れてシュリも抱きついてきた。少し苦しいが、悪くない気分だった。ニニは2人を抱きしめ返しつつ、苦笑する。
「かなり危なかったけどね」
「ほんとだよ。死ぬかと思ったーっ」
「はい、とってもドキドキしましたっ」
死線とはあんな状況を言うのだろう。
初めての体験だったが……最高に楽しかった。
出来るなら、このまま勝利の喜びに浸っていたいところだが──。
ここは背伸びをして戦っている危険度2エリア。しかも全員が満身創痍の状態だ。気づけば霧は収まっているが、このまま留まれば今度こそ全滅しかねない。
「……っていうか提案なんだけど、ひとまずここから出ない?」
「ニニちゃんにさんせ~い! あたしもうくたくた~」
「ですね。今日はもうお腹いっぱいです。……お菓子は別腹ですけど」
反対なしで撤退に決定。
勝利したことがあまりに嬉しくて忘れていた戦利品──属性石2つも回収し、大満足のうちにペポン収穫祭を終えた。





