◆第五話『初めてのイベント』
「ちゃんと戻って話を聞いてよかったね……」
「撤退方法知らなかったら間違いなく死んでたわー……」
「ですね。まさかあんなに強いとは思ってもみませんでした……」
決起集会のようなことをした翌日。
早速とばかりに塔を昇り順調に10階到達。帰還して塔の管理人に仕様を聞いたのち、改めて10階に挑戦したのだが……結果は惨敗。意気消沈したまま帰路についたところだった。
いまはちょうど中央広場に辿りついたところだ。
すでに陽が落ちはじめ、辺りの建物には赤味が差している。どうやらほかの挑戦者もこの時間帯に帰還する場合が多いらしい。中央広場に人が続々と増えている。
「あの感じだと、ただやり方を変えただけじゃ倒せなさそうだね」
「ですね。殲滅力が圧倒的に足りない気がしました」
ニニはシュリと揃って空を見ながら、打開策を見つけんと「うーん」と唸りはじめる。と、エミナが自身の得物──弓を手に取って掲げ、指差した。
「ニニちゃんの武器は今朝造ったし、全員の武器はジュラル島製。となると……問題点はずばりこの穴だね!」
「属性石……だっけ?」
「そそ。で、あたしたちは赤の塔を攻略したいから……はめるのは青の属性石だね」
基本的に魔物には属性があり、その有利不利によって与える損傷が増減するらしい。赤の塔の魔物に効果的な攻撃をしたい場合、エミナが話した通り青の属性が有効だ。ちなみに属性石は、その色と同じ塔の魔物を倒した際に落とすらしい。
エミナが「あとは」と補足する。
「シュリちゃんの魔石もかな?」
「だねー。さすがにずっと殴りってわけにもいかないしね。……本人は楽しそうだけど」
目を離せばすぐさま前線に出て接近戦を挑もうとするので大変だった。いっそ本格的な斧や鈍器をもたせたほうが活躍するのではと思ったが、本人は杖に拘っているようでその案はぼつになった。
シュリがしゅんと肩を落とすと、杖の空いた穴をなぞりはじめる。
「ですが、魔石はとても高いみたいですし」
「それだけ戦況に与える影響も大きいってことじゃない? ま、単に希少なだけかもしれないけど……いずれにせよ、しばらくは強化期間だね」
シュリを説得すると同時、ニニは自分にも言い聞かせた。
正直なところ、どんどん上へ昇りたい気持ちが強い。
必要なこととはいえ、足踏みをするのはなんとももどかしい。
──ま、仕方ないよね。
そう胸中で呟いたときだった。
「どうぞー。明後日から開催ですー! ペポン収穫祭、開催しまーす!」
ミルマが熱心に声をあげながら、道行く挑戦者に紙をせっせと配っていた。
いったいあれはなにをしているのか。
そう疑問を抱いた瞬間、エミナが「あ、ウルちゃんだ!」と声をあげた。そのままミルマに駆け寄っていく。
「ウ・ル・ちゃ~~~ん!っ」
「こんにちは、エミナさん。って、わわっ」
「今日も可愛いねー、ウルちゃんは~。すりすり」
「く、くすぐったいですっ」
ミルマに抱きついて頬ずりをしはじめるエミナ。過剰な触れ合いにミルマ側が少し困惑しているようだが……どうやら2人は仲が良いようだ。あの様子だと今後も関わる機会があるかもしれない。そう思って、ニニはミルマに声をかけることにした。
「初めまして。わたしはニニ。えっと……ウルでいいのかな?」
「はいっ、ウルですっ! 案内人をしています! よろしくです、ニニさんっ」
「案内人……ってことはシャオちゃんと同じの」
「ですですっ。現在、新たに訪れた挑戦者の方はウルかシャオちゃんのどちらかが案内することになっています」
どうやら案内人はほかにもいたらしい。
エミナが抱擁も程々に離れたのち、シュリのほうを見やる。
「あたしとシュリちゃんはウルちゃんだったんだよね」
「はい、とても丁寧に案内してくださいました。あと、クルナッツというとっても美味しいものも教えて頂きました」
「シュリさんとはクルナッツ同盟なんですっ」
ウルはシュリとも仲が良いらしい。というよりクルナッツ同盟とはなんなのか。個人的に美味しいものは気になるのであとで詳しく教えてもらいたいところだ。
「で、なにを配ってたのー?」
言いながら、エミナがウルの持つ紙束を覗き込んだ。
「明後日に開催するイベントの宣伝用紙です。1枚どうぞっ」
「えーと、なになに……ぺポン収穫祭?」
「はいっ、ペポンという野菜のおばけさん──ジャックオーランタンという魔物が島中にたくさん現れるのですが、それを狩ると、お得な報酬がもらえるイベントです!」
楽しそうに教えてくれるウル。
塔の中にしか現れない魔物が外にも現れるとは。想像しただけでも面白そうだが、それ以上に気になることがあった。現金とは思いつつも、訊かざるを得ない。
「お得な報酬って?」
「塔の魔物より高確率で属性石や交換石を落とします。あとイベント終了後に空飛ぶランタンになるものも、ですね。あ、それとお菓子も落としますよっ」
「参加しましょう、ニニさん、エミナさん!」
「シュリの目の色が変わった……」
「なんてわかりやすい反応……」
完全にお菓子目当てだ。
「でも、新人が参加しても大丈夫なのかな?」
エミナが不安そうな顔で疑問を口にした。
つい先ほど10階で大敗してきたばかりのチームだ。悔しい気持ちは一杯だが、恒例と思しきイベントにいきなり参加するのは難しいのではないか。そんなことを考えていたのだが、すべて否定するようにウルがにこっと笑いかけてきた。
「少し前までは厳しかったのですが、前回からどの挑戦者でも参加しやすいよう危険度ごとにエリアがわけられたのです。中央広場に現れる個体であれば、新人の方でも比較的安全に狩れると思いますよ」
続けて、ウルが補足する。
「危険度が高ければ高いほどいいものは出やすくなっていますが、それでも塔内で狩るよりは圧倒的に出やすいはずです」
もたらされた有益な情報に、ニニは仲間と揃って「おぉ」と感嘆の声をもらした。
昨日今日と魔物をたくさん狩っても得られた交換石は1つ。属性石に至ってはゼロ。低階では出にくいと聞いていたが、まさかここまでとは思っていなくて精神的に参っていたところだ。
ニニは強い意志を込めてエミナとシュリを見やる。
「結局、交換石とか属性石を集めようって話だったし、いいんじゃないかな」
「余ったらそれを売ったお金でシュリに魔石も買えばいいし、賛成」
「では、決まりですねっ」
どうやらすでに意思統一は出来ているようだ。
3人で力強く頷いたのち、ぐいとウルに顔を寄せた。
「わたしたち」「あたしたち」「わたくしたち」
「「「参加しますっ!」」」
◆◆◆◆◆
「エミナ、逃げそうなのお願い!」
「任せて! あ、シュリちゃん、そっちに1体向かってる!」
「どっせーいッ!」
ぺポン収穫祭、当日。
ニニは仲間とともに夜の中央広場を駆け回っていた。
目鼻口を表すようにくり抜かれた、丸みのある橙色の野菜。それが紫のローブをなびかせながらあちこちを浮遊している。なんとも異様な光景だが、あの不気味な野菜こそが今回のイベントの討伐対象──ジャックオーランタンだ。
いまは噴水広場の周辺で狩りをしているところだ。ただ、いましがた倒した敵で出現が少し落ち着いたらしい。ずっと動きっぱなしだったこともあり少し休憩することにした。
石畳の上には先ほど倒した敵が落とした戦利品が転がっている。お菓子と、眼球大の硝子玉──パンプキンソウルだ。そのパンプキンソウルのみをガマルが舌を伸ばしてべろんと呑み込んでいく。
「改めて見ても気持ち悪いなぁ……」
「そうかな? あたしは可愛いと思うけど」
今回のイベント用に渡されたガマルはどれも猟奇的な見た目をしていた。血だらけはもちろんのこと、内臓が見えていたり包帯ぐるぐる巻きだったり、と。なかなか見るのが憚られるものばかりだ。
なぜか女性には大人気のようだったが……。
個人的には受け入れがたい見た目だった。
ただ、見た目という意味ではいい勝負をしている者がいる。戦利品として落ちたお菓子を片っ端から頬に突っ込んでいるシュリだ。おかげでその両頬はこれでもかというほど膨らんでいる。
「ねえ、シュリ……帰ってから食べたら?」
「ひほふひ、ふぁふぁふぁひひょうひ、んっ……との配慮です」
「……お姫様を目指してるなら食べ終わってから話そうね」
「は、はい……」
目をそらして返事をするシュリ。
これは今日一日続くやつだ。間違いない。
「それにしても属性石や交換石が出やすいって話だったけど、まだ出ないね」
「やはり1番危険度の低いエリアだから、でしょうか」
「たぶんそうだろうね。もう少し出てくれるかもと思ってたんだけどなー」
シュリとそんな会話をしていると、エミナが少し興奮気味な顔で迫ってきた。
「じゃあさじゃあさ、危険度2のエリアに行ってみない?」
「新人は危険度1の中央広場だけにしたほうがいいって話だったけど」
「すぐ逃げられるように境目で戦闘すれば大丈夫だよ、きっと」
熱心にそう提案してくるエミナ。
その目は完全に好奇心のみで埋め尽くされているようだ。
短い付き合いながら彼女が向こう見ずな性格であることはわかっている。ここは仲間として諌めるのが正解だろう。だが、あいにくと〝強い敵と戦いたい〟欲求は誰にも負けない自信があった。
「正直に言うと興味はあったり。ここの敵もちょっと歯ごたえないし」
「よしっ! シュリちゃんもいいでしょ!? あたしのお菓子も少し分けるからさっ」
「ニニさんもいいのでしたら、わたくしも構いません。……あの、勘違いしないで頂きたいのですが、決してお菓子が欲しいからとか、そういうわけではないですからね?」
「そのわりに寄こせとばかりに両手を差し出すのはどうかと思うよ、シュリちゃん……」
お菓子にがめついシュリはともかくとして。
エミナの口車に乗せられる恰好で危険度2のエリアに向かうことになった。
◆◆◆◆◆
危険度2に設定された島の南部。
中央広場に隣する森林地帯へと移動。
早速、1体目のジャックオーランタンに挑んでいた。
「かたっ」
ニニは驚愕に目を見開いた。思いきり振り下ろした剣が敵の頭頂部にわずかにめり込むだけに終わったのだ。危険度1の敵はすんなり振り抜けたが、どうやら危険度2ではそうもいかないらしい。
敵の頭部を足裏で蹴りつけ、剣を力任せに引き抜いた。最中、敵が口からちろちろと頼りなく燃える火の粉を吐きだした。──なにかいやな予感がする。
ニニは着地と同時に身を投げる。と、火の粉が地面に触れた瞬間、ごうと音をたてて燃え盛った。それは一瞬で消え去ったが、人1人を包み込むには充分な大きさだ。
「これ……危険度1にはなかった攻撃だよねっ」
「ニニさんから離れろ、このペポン頭ッ! どりゃあああっ」
シュリが敵の頭部へと杖で殴りかかった。ごんっと音をたてて見事に命中するが、高度がわずかに下がっただけで効いた様子はない。続けてシュリが勇ましい声をあげて追撃を食らわすが、やはり同じだ。
敵がなにをしているのかと振り返ろうとする。が、その途中で敵の両目に1本ずつ矢が刺さった。エミナが放った矢だ。しかし、小気味いい音を鳴らしただけで消滅させるには至っていない。うげっ、とエミナが声をあげる。
「これでも倒せないのっ!?」
敵は標的をエミナに移し、その口を赤く光らせている。
また火の粉を吐きだすつもりだ。
ニニはすぐさま駆け出し、敵の側面へと剣を斬りつけた。めり込むだけに終わったが、予想通りだ。そのまま剣に敵の頭部をくっつけたまま力の限り振り回し──そばの大木に叩きつけた。
想定以上の衝撃だったようだ。鈍い音が鳴り、木の上部では枝葉が揺れていた。敵も剣から抜け、ごろんと地面に転がった。ただ、まだ消滅していない。少し身もだえたように体を揺らしたのち、再び浮遊しようとしている。
「シュリ、魔法! いま!」
「了解ですっ!」
どうやらシュリも同じ考えだったようだ。
指示を出したのとほぼ同時、シュリが右手を突き出して《ファイアボール》を放った。暗がりの中、辺りを赤々と照らしながら突き進んだ火球は見事に敵へと命中。その頭部やマントを包み込んだ。
敵の反撃を警戒して身構える。
が、杞憂に終わった。
敵は炎の中で身もだえながら、そのまま消滅していった。
「なんとか倒せたね」
ニニは息をつきながら、そうこぼした。
見れば、ほかの2人も喜びより安堵が勝ったようだ。
「だね。矢を刺したのに普通に動きだしたときはどうしようかと思ったよ」
「説明されていた通り、これは新人向きではないかもですね」
たしかに背伸びしている感は否めない内容だった。ただ、結果は勝利。それもこれもシュリの存在が大きいことは間違いない。
「にしても、やっぱり魔法は強力だね。ここでも1撃だし」
「わたくしとしては杖で殴るほうが爽快感があって好きなんですけどね」
「あはは……わたしとしては比率を逆にしてほしいなー」
戦闘開始とともに前線へ駆け出すシュリを見れば、すぐに意識を変えるのは難しいだろう。もどかしさはあるが、おいおい改善してもらうしかない。
そんなことを考えていたときだった。
エミナが「2人とも、見て!」と大声をあげた。
「属性石が落ちてる! しかも青色!」
「さっき倒したのからだよね? まさか移動して1体目で出るなんて」
「これは幸先がいいですねっ」
運がよかったのは間違いないだろう。
だが、これまで1つも出なかったものだ。危険度が高いエリアのほうがいい戦利品が落ちやすいという話を身をもって体験する結果となった。
エミナが属性石をまじまじと見つつ、「ねえ」と話しはじめる。
「やっぱりこのままここで狩らない? 偶然かもしれないけど、こうしていいもの落ちたわけだしさ」
「わたくしはどちらでも構いませんが……」
エミナだけでなくシュリの視線もこちらに向けられた。どうやらいつの間にか決定権を握らされていた。先の戦闘を思い出しつつ、うーんと唸る。
「正直、なんとか倒せた程度だったから考えどころだけど……ま、1体ずつなら問題ないかもね。改善の余地もあったから、次からはもっと楽に戦えるだろうし」
「さっすがニニちゃん! 話がわかるっ!」
「おだてても触らせてあげないからね」
「もう、つれないなぁ」
どさくさに紛れて抱きつきにきたエミナを躱しつつ、苦笑する。
実のところ、危険度1のエリアでは敵が弱すぎて面白くなかった。作業的に敵を処理しているような感覚だったからだ。その点、危険度2では〝戦っている〟という実感を得られた。
「それじゃ無理はせずにどんどん狩っていこっか!」
「「おーっ!」」
そうして1体ずつ、丁寧に敵を討伐。序盤こそ危ない場面はあったものの、慣れたこともあり途中からは余裕が生まれるほどになっていた。
それから20体ほど狩った頃だろうか。
久しぶりに出た属性石に大喜びしおえた、直後。
ニニは慌てて周囲に視線を巡らせた。
先ほどまではただ暗いだけだった辺りが白味を帯びはじめていたのだ。これはどう見ても──。
「ねえ、これって霧だよね……?」
「だと思う。っていうか話してる間にも濃くなってる気がするっ」
「これは……開始前に説明されていたアレではないでしょうか?」
イベント開始前、ミルマから受けた幾つかの説明。そのうちの1つに〝霧の出現〟に際するものがあった。エミナが周囲を警戒しつつ、ごくりと息を呑む。
「敵の出現率が上昇するってやつだよね。あと……」
「濃霧地帯はエリアボスが出現しやすい、でしたよね。早く逃げないと──」
「残念だけど、そうもいかないみたい……」
ニニは中央広場側を向きつつ、剣を握る手に力を込めた。
白い霧に浮かぶ巨大な影。
それは接近と同時に姿をあらわにした。
これまでのジャックオーランタンをそのまま巨大化した姿形。違う点はローブの左右からまるで枝のように伸びた腕だ。腕の下には、同じように目鼻口がくり抜かれた幾つもの小さなペポンが吊るされている。
これまでの個体とは見るからに違う。
加えて、圧倒的な存在感。
──間違いない。
話に聞いていたエリアボスだ。





