◆第四話『それぞれの道』
「お待たせ~」
ニニはタオルで髪を拭いながら自室に戻った。
塔から帰還した、その日の夜。
話をしたいというエミナの要望によりチームで集まっていた。
寝台にエミナが、そばの椅子にシュリが座っている。
2人とも寝衣姿でいつでも寝られる恰好だ。
「湯浴み後のニニちゃんもいいね~。ささ、隣においで」
「絶対に行かないから。シュリ、隣いい?」
「どうぞどうぞ~。あ、髪拭きますよ~」
「お、じゃあお願いしちゃおっかな」
言いながら、シュリの隣に置かれた椅子に座った。そのまま首にかけていたタオルを預けると、髪が優しく拭われはじめた。シュリらしい優しい触り方でなんとも心地よい。
「なに……この扱いの差は」
「完全にエミナの自業自得」
「ですね」
「う~っ……2人がひどい!」
恨めし気に見られるが、同情するつもりはない。
というより身を預けたが最期、なにをされるか。
想像しただけでも寒気がするぐらいだ。
「それにしてもまさか2人もここに泊まってたなんてね。気づかなかったよ」
「あー、昨日は帰るなり爆睡してたからねー、あたし」
「わたくしも疲れて早く寝てしまっていたので……」
最近、立て続けに新人が《ブランの止まり木》に来たという話は聞いていたが、どうやらそれらがエミナとシュリだったらしい。しかもちょうど両隣だ。島への訪問した時期といい、こんな偶然もあるのだなと驚いたものだ。
「まー、たしかにあれは疲れるのも無理ないね」
「試練の塔と違って1階からうじゃうじゃいるもんね。ずっと気が抜けないっていうか」
「ですね。ゴブリンも気持ち悪いぐらい機敏に動きますし」
塔での戦闘を思い出しながら揃って苦笑する。
だが、誰も悲観した顔はしていない。
エミナが「でも」と右手に拳を作りながら、勝ち気な笑みを浮かべる。
「今日は7階までいけた」
「ええ。それにまだまだ余裕がありました」
シュリもまた同じように〝戦える〟という確信を感じているようだ。
基本的には彼女たちと同じ想いだ。
ただ、気になることもある。
「でも、1人で簡単に突破しちゃう人もいるんだよね」
塔の管理人から聞いた話だ。
稀に単独で突破してしまう人もいる、と。
「あ、あたしも聞いたその話。……たしかラピスなんちゃらとかいう人。最上位のチームにいる人だって」
「たしか同じチームのリーダーさんもそうだと聞きました。しかもその方、島で1番の実力者らしいです」
「知ってるー! たしか、アッド……アッズ……アップ? なんだっけ」
「ではアップルさんでいいのでは? 可愛いですし」
「いいね、それでいこうっ」
盛り上がるエミナとシュリ。
というより人の名前を流れで決めていいのだろうか。
「でもその人、とんでもない色情魔だって聞いた。女と見るや見境なく口説きにいって落とすまで逃がさないって」
「わたくしは男色家でもあると聞きました」
「てことは会う人全員口説きにいくってことじゃん。やばっ」
再び盛り上がる2人。
島1番の実力者と聞いて興味は湧いたが……。
話通りの人であればひどく恐ろしい人のようだ。
「なんだか危なそうな人だね……近寄らないほうがよさそう」
「ですね。ニニさん、とても美人ですから」
「なにかあったらあたしに言ってよ。命を賭して守るから」
「大丈夫だよ。っていうか美人でもないから」
「自覚がないって罪だよね」
「ですです」
なんとも居心地が悪い。
昔からおだてられるのは苦手だ。
「えと……それで話があるってことだったけど」
「あ、露骨に話変えた」
「変えましたね」
どうやらバレバレだったらしい。
とはいえ、追撃するつもりはないらしい。
エミナが「ま、いっか」と話を切り出す。
「っても大したことじゃないんだけどね。チームを組んだことだし、これからよろしくしていくじゃん?」
「なんだか言い方に含みがあるけど……まあ、そういうことになるね」
「だから、まずはお互いを知るために各々の話をしないかなって思って。どうして島に来たのかとか叶えたい願いとか」
最初の口振りから不安に感じたものの、納得のできる話だった。長い付き合いを考えた場合、互いを知るのは悪くないことだ。
「いいね。些細な話でも連携向上に繋がりそうだし」
「わたくしも賛成です。といってもあまり面白い話はできませんけれど」
「あたしも同じような感じだし大丈夫。じゃあ~、決まりね。ってことで言い出したあたしからっ!」
エミナが右手を勢いよく挙げて1番手を名乗り出た。
そこから少し記憶を探るように「うーん」と唸ったのち、軽い口調で語りはじめる。
「あたしが島に来たのは村の男たちに襲われそうになったからってのがきっかけかな」
「……いきなり重い話だ」
「これ、続きを聴いてもよろしいんでしょうか……」
「大丈夫大丈夫。そのあと、そいつらボコボコにしてやったから」
あっけらかんと口にするエミナ。
どうやら心配するだけ無駄だったらしい。
「でも、そいつらの中に村長の息子がいてさ。まー、居場所がなくなって半ば逃げるような形で出てきちゃったわけ」
「その……家族は大丈夫なの?」
「お母さんはあたしを産むと同時に亡くなっちゃってて、お父さんだけがいたんだけど……お父さん、村長に文句を言いにいって大暴れして、そのまま村を出たんだよね」
「それは大丈夫なのですか?」
「あー、うん。べつの村で暮らしてるよ。お父さん、狩りが得意だからどこでも結構重宝されるんだよね」
言いながら、エミナが矢を射る格好をする。
どうやらエミナの弓術は父親譲りのようだ。
「いいお父さんだね」
「うん、自慢の父親だよ」
住み慣れた土地を離れることも厭わず娘のために怒れる人はそういない。エミナが自信をもって頷くのも納得だ。
「まー、そんなことがあって男がちょっと苦手なんだよね」
「もしかしてエミナの女好きって……それが原因?」
「ん? ううん。もとから好きだったけど? だって女の子のほうが肌もすべすべだし、柔らかいしいい匂いだし、最高じゃん」
「ごめん、気遣いながら訊いたわたしがバカだった」
これまで抱いた感情をすべてひっくり返された気分だ。
「ということで、あたしの願いは世界中を女の子だらけにすることです!」
「なにが〝ということで〟なのかわからないけど、なんかそんな気がしてた」
「エミナさんらしいというかなんというか……予想を裏切りませんね」
「へへへ、そんな褒めないでよ」
褒めてないと突っ込みたいところだけどここは断固として無視だ。
「では、お次はわたくしが」
そう言ってシュリが手を挙げた。
個人的には彼女の過去のほうが気になっている。なにしろ外見通りおっとりした性格と思いきや、戦闘時には狂暴化するのだ。きっと壮絶な過去を持っているに違いない。どうやらエミナも同じ考えのようで息を呑んでいた。
シュリが咳払いをしたのち、苦笑しつつ話しはじめる。
「先に断っておきたいのですが、エミナさんほど壮絶な過去ではないので退屈かもしれません。なにしろなんの変哲もない農家の出なので」
「大丈夫。すでに面白いから」
即座に真顔で成功を保証するエミナ。
全面的に同意だ。
とはいえ、疑問が盛りだくさん過ぎる。
「その振る舞いで農家って……なにがどうなったらそうなるの?」
「そ、それは……お願いにも関係していて。わたくしが幼い頃に運悪く災害が幾度も訪れたことも影響しているのですが、あまり裕福な家庭ではなくて。その、贅沢品を手にする機会がほとんどなかったのですが……」
当時の苦しさを思い出してか。
シュリが少しだけ辛そうな表情を見せる。
ただ、そこから一転して幸せそうな顔になった。
「8歳の誕生日に隣人のお姉さんから1冊の絵本を頂いたんです。わたしにはもう必要のないものだから、と」
「いいお姉さんだね。きっと美人さんなんだろうなー」
早速とばかりに〝お姉さん〟への妄想を膨らませるエミナは放置するとして。
ニニは話の続きを促すようシュリに質問する。
「その絵本、どんな内容だったの?」
「貧しい少女がいいことをしてお菓子の国でお菓子の家をもらう。そんな話です」
「じゃ、シュリはその少女に憧れたんだ?」
「いいえ。わたくしが憧れたのはお菓子の国のお姫様です」
なぜ農家の娘がお嬢様口調なのか。
まるで繋がりが想像できなかったが、ようやく納得がいった。
「塔を制覇したときのお願いも……お菓子の国を創ってもらって……そこでお姫様になることだったり……します。子どもみたい、ですよね」」
語りながらどんどん身を縮めるシュリ。
どうやら恥ずかしくて仕方ないらしい。
「子どもみたいかどうかはわからないけど……いいんじゃないかな? とっても素敵な願いだと思うよ。ね、エミナ」
「うんうん。お菓子がたくさん食べられるとか幸せこのうえないしね」
「おふたりとも……! ありがとうございます。願いを叶えたら必ず招待しますねっ」
よろしく、とニニはエミナと揃って応じる。
個人的にお菓子を食べることよりも、その国がどんなものになるのか気になって仕方なかった。とくにお菓子の建物をどう維持させるのかが疑問だ。
結局、神の力で解決すると思われるが……。
漠然としているだけに疑問は募るばかりだ。
「それじゃ最後はニニちゃんだね」
「はい。わたくし、すごく楽しみです」
エミナとシュリに促されて〝お菓子の国〟の妄想から引き戻された。ニニはあえて大き目に咳払いをして、気持ちを切り替える。
「2人の話を聞いてると1番つまらないと思うけど、許してね。さて、どこから話そうかな。えーと……わたしの家、爵位持ちでね。政略結婚させられそうになってたんだけど」
「引きだけならいままでで1番じゃん」
「は、はい。続きが気になります」
興味津々とばかりに前のめりになるエミナ。
シュリに至っては目をきらきらさせている。
どうやら食いつき抜群の冒頭だったらしい。
「わたし、自分より弱い男と結婚したくないって駄々をこねたの。そしたら相手が騎士家系だったからか、運よく快諾してくれたんだよね」
「あ、これ絶対にダメな奴だ」
「……はい。わたくしでも予想がつきます。絶対にニニさんの勝ちですよね」
「もちろん。全部の剣を受けてあげて、弾いて、尻もちをつかせてあげたよ」
ふふん、と得意気に胸を張る。
と、エミナから呆れた顔を向けられた。
「相手の人、さぞかし落ち込んだだろうなぁ」
「悪いとは思ったけどね。断るための言い訳じゃなくて、本当に自分より弱い人と一緒になりたくなかったし」
腕には自信があるし、今後もそう簡単に相手は見つからないだろう。それでもこの条件は外したくない。口にはしなかったが、相思相愛は大前提だ。
「あと勝負前にもう1つ親と約束してたんだよね。勝ったら自由にさせてって」
「貴族ってそういうの許してもらえないんじゃないの?」
「うん。実際、猛反対されたけど約束したんだからって突っぱねて家出しちゃった。で、そのまま旅に出てここに至るってわけ」
我ながら向こう見ずな行動だった。
ただ、後悔はいっさいしていない。
昔からずっと来たいと思っていた場所──。
ジュラル島に来られるきっかけを作れたからだ。
「ご両親、いまでもニニさんのこと捜していそうですね」
「父上も母上も話のわかる人だから、もう許してくれてると思う。……たぶん」
それなりに愛されていた自覚があるからか。
いまだに捜索されている可能性を捨てきれなかった。
「でも、諦められなかったんだよね。幼い頃から剣を振るのが好きで……ずっと強い人と闘うたびに思ってたの。自分はもっと強くなりたい。そして自分の剣はどこまで届くのかって。だから、わたしの願いはただ1つ。塔の頂を目指すこと、かな」
結局のところ結婚相手なんてどうでもいい。
本音は、自分の実力を試したい。
ただそれのみだ。
「うぅっ、眩しい。ニニちゃんの純粋な願いが眩しいよシュリ……!」
「わたくしも自分がいかに邪な人間かと思い知っています……っ」
「い、いや……そんなわたしのもべつに高尚な願いでもないからっ」
急いで立ち上がって両手をぶんぶんと振る。
エミナとシュリが揃って苦し気な顔を見せるものだから焦ってしまった。
「わたしも欲望に忠実になっただけだよ。だから、さ。みんな、各々の夢を叶えるために頑張ろっ。結局、塔を昇るってことは一緒なんだし」
その気にさせんと両手に拳を作ってみせる。
と、エミナとシュリからぼーっとした顔を向けられた。
「ニニさん、なんだかお日様みたいです」
「わかる。あたしもそれずっと思ってたんだよね。ニニちゃんといると、なんか心が温かくなるっていうか、なんか元気が湧いてくるっていうか」
「えっと……これは喜んでいいのかな?」
「いいんだよ。褒めてるんだしっ」
そう応じるや、「よーし!」と叫びながら立ち上がるエミナ。誘われるようにしてシュリも立ち上がり、気づけば3人が向かい合う恰好となった。
「自分の話をして、2人の話を聞いたからかな。なんか改めてやる気が湧いてきた!」
「わたくしもです。おふたりと、もっと一緒に戦いたいって思いました!」
「うん、わたしも同じ。2人とならきっと昇れるって思った。誰も到達していない高さまで……!」
個々の話をして少しでも連携が向上すればいい。
そんなことを漠然と考えていたが、どうやら想定以上の効果を得られたようだ。
ニニは2人と頷き合ったのち、拳を天に向かって突き上げる。
「ともかく、まずは10階突破だね! 頑張るぞー!」
「「おーっ!」」





