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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【煌天の舞台】第一章

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◆第六話『残されたかすかな光』

 黒い雲がまるで生き物のように蠢きはじめると、あちこちで閃光を迸らせた。そのたびに鼓膜を突き破るかのような轟音が鳴り響き、生温かい強風が流れていく。呼応するように地の揺れもより強くなっていく。


 アッシュは座った椅子から投げだされないよう、しかと右手で背もたれを掴んだ。そのままの体勢で辺りを見回す。


 中央広場に居合わせた挑戦者が動揺や悲鳴の声をあげていた。挑戦者ほどではないにしろ、ミルマたちも動揺している。どうやらミルマにとっても予想外のことらしい。


 世界に終わりが来るとしたら、いまこのときかもしれない。そう思えるほどの混沌が視界すべてを包み込んでいる。


 いったいなにが起こっているのか。


 答えを求めて目まぐるしく視線を動かしはじめた、そのとき。隣でウルが慌てたように立ち上がった。


「アイティエル様……っ」

「ウルっ!?」


 彼女はなにを思ったか、真正面のベヌスの館へと駆けだした。


 初対面の印象からは考えられないほど機敏な動きだ。頂の守護者としての力を遺憾なく発揮しているようだ。ウルが心配なこともあったが、彼女についていけばこの状況の答えが得られるかもしれない。


 そんな考えから半ば反射的にアッシュはウルのあとを追ってベヌスの館に駆け込んだ。すでにウルの姿はない。ただ、彼女がアイティエルの名を口にしていたことから、2階に向かったことはわかっている。


 普段なら階段の下で待ち構えている見張り番もいなかったため、止められることもなく2階へと上がり、アイティエルの部屋まで辿りつけた。


 中に入ったとき、なにより先に映り込んだのは玉座で力なくうな垂れたアイティエルだ。2人の見張り番のミルマに両脇を支えられているが、それがなければいまにも倒れそうな様子だった。正面からはウルが膝をついて寄り添っている。


 と、廊下側から慌しい足音が聞こえてきた。


「アイティエル様っ」


 悲痛な叫びとともに新たに入ってきたのは《スカトリーゴ》の看板娘アイリスだ。彼女は戦闘時を彷彿とさせる速さでアイティエルに駆け寄り、その手を優しく包み込む。


「どうか、ご無理をなさらずに……っ」


 アイリスと同様に慈しむような表情でアイティエルに触れ続けるミルマたち。そんな彼女たちのおかげか、先ほどからずっと起こっていた揺れが収まった。騒がしかった轟くような音もやんでいる。


 アイティエルの肌はもとから病的なまでに白かったが、いまはそれに拍車がかかっている。人間であれば、倒れておかしくない状態だ。


 神とはいえ、そんな相手を問い詰めるべきではないかもしれない。だが、口から出る疑問をとめることはできなかった。


「……もしかして、いまのはあんたが関係してるのか?」


 アイリスからぎろりと鋭い目を向けられる。

 当然の反応だ。しかし、構わないとばかりにアイティエルが彼女を制した。


 その後、静かに吐息をもらすと、緩慢な動きで上半身を起こした。支えていたミルマたちを目線だけで離したのち、辛そうに顔を歪めながら話しはじめる。


「この世界と、我の半身を封印した空間。その境界を近づけたことで起こったものだ」


 世界から隔離された、アイティエルの半身と戦うために必要なことだったのだろう。それは理解できる。ただ――。


「近づけただけでこれかよ」

「我としても予想外だ。まさかこれほどまでに力が増していようとはな……まだ時間はあると思っていたが、存外、ちょうどよい頃合だったのかもしれぬな」


 ちょうどよい、とは消滅させるタイミングが、ということだろう。反面、もうあとがない、という意味合いも見て取れた。


 と、アイティエルが眩暈でも起きたようにふらついた。必死に両腕を肘掛にあて耐えようとするが、耐え切れずに前のめりに倒れていく。


「アイティエル様っ」


 とっさに駆け寄ったアイリスが正面からなんとか抱きとめた。ただ、切迫した状態は変わらない。アイティエルの様子は見るからによくない。


 アイリスがこちらを見ずに伝えてくる。


「……どうか、下がっていただけますか」



     ◆◆◆◆◆


 ベヌスの館をあとにしてから、《スカトリーゴ》で時間をつぶしていた。単純にアイティエルの容態が気になっていたこともある。ただ、それ以上にアイリスと話したいという思いがあったためだ。


 結局、アイリスが戻ってきたのは夕刻を過ぎたときだった。示し合わせたように無言で《スカトリーゴ》を離れ、比較的人の少ない西側通りのベンチに座った。しばらくの間、互いに目を合わさず、ただ映る景色だけに目を向ける時間が続く。


「先ほどは申し訳ありませんでした」

「いや、悪いのは俺のほうだ。好奇心で居座るべきじゃなかった」

「ですが、あなたには知る権利があります」


 どうやら当事者であると考えてくれているようだ。


「アイティエルは無事なのか?」

「はい、いまは落ちついています」


 安堵したいところだが、アイリスの顔は浮かないままだ。いまは、という言い回しからしても予断を許さない状況なのかもしれない。


「当日は、封印した場所との境界をさらに近づけるんだろ。大丈夫なのか?」

「無事ではすまないでしょう。もっとも、討伐に成功した場合にはすべての憂いがなくなります。ですが、失敗したときには……」


 アイティエルの身がもたない。

 つまり世界が破滅するということだろう。


「本当の意味で、あなたがたの挑戦が最初で最後になることは間違いありません」


 これまでただ淡々と事実を伝えてきたときとは違う。言葉を重ねるごとにアイリスの声は震えはじめた。ついには下唇を強く噛み、膝にそっと添えられていた手に拳が作られる。


「……どうか、お願いです」


 そう紡がれた言葉とともに激しく揺れた瞳が向けられた。


「アイティエル様をお救いください」




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