◆第七話『過去といまの景色』
神との戦いまで残り3日。
日々の狩りは相変わらず午前中だけに留めている。
おかげで物足りない感じはあるが、すべては当日に万全の状態をもっていくためだ。自分を押し殺し、体を休めることにも時間を使っていた。
「アッシュ、買い物の前に少しだけいい?」
そろそろ夕陽が差すだろうといった頃合。日課となった夕食の買出しのためにログハウスを出たところで、ラピスがそう訊いてきた。
なにを目的としているのかは告げられていない。
ルナやクララを待たせている手前とあって、あまり時間をかかることは避けたい。ただ、彼女の改まった顔を前にしては断ることなどできはしなかった。
その後、彼女に連れられるがまま訪れたのは島の南西に広がる浜辺だった。波の静かなさざめきが聞こえる中、どちらからともなく腰を下ろす。砂の粒が細かくて柔らかいおかげで座り心地は最高にいい。
「ラピスとここに来ると、島に来たときのことを思いだすんだよな」
ジュラル島で最初に出会ったのがラピスだった。そのうえ、見惚れてしまうほどの美貌を持っていたこともあり、当時の光景はいまも鮮明に記憶に残っている。
「あのときは変な男が来たと思ったわ」
「心外だな。べつに変なことはしてなかったろ」
「……辱められたけど」
ラピスがわずかに頬を膨らませながら睨んでくる。
彼女が言っているのは、ミルマの姿を教えんとその真似をしたことだろう。折り曲げた両手を頭に持っていき、猫耳を作ったあの姿はいまでも目に焼きついている。
「俺からしてくれとは言ってないけどな」
「でも、いくら言っても忘れてくれなかったわ」
「そりゃ、つんつんしてた奴がいきなりあんな可愛いことしだすんだからな。忘れられるわけがないだろ」
たいていのことに動揺しない自信はあったが、あのときばかりは面食らってしまった。ただ、同時にラピスのことを〝とても純粋な人間だ〟とすぐに理解したことも事実だ。
「ま、得はしたから批難は甘んじて受け入れる」
「色々言いたいことはあるけど、得したって思ってくれてるなら……恥ずかしいけど、我慢する」
ラピスは頬をほんのり赤らめながら少しだけ口を尖らせた。そのままの表情でこちらをちらりと見やってくる。
「でも、できればわたしだって気づいてほしかった」
「しかたないだろ。まさかキアで会った奴だとは思ってなかったからな。男だと思ってた奴が実は女で、しかもこんな美人になってたら無理がある」
「……そ、そう」
反応こそ薄いものの、彼女の口元は見るからに緩んでいた。
褒め倒して難を逃れようとした気持ちはわずかにある。
だが、嘘はいっさいついていない。
「てか、ラピスだって覚えてなかっただろ」
「でも、もしかしたらとは思ってたわ」
「たしかに、つんつんしながらもなにかと世話を焼いてくれたしな」
そう意地の悪い返しをしたところ、ラピスは居心地が悪そうに目をそらしてしまった。
チームに入っていないにもかかわらず、さまざまなことで助けてくれた。あらためて振り返ってみても、ただの知人という域を超えていたことは明らかだ。
「ま、結局合流したし、いまとなっちゃ全部笑い話だな」
「ええ、本当によかったわ。キアを出る前は、もしあなたに会えなかったらどうしようって不安もあったから」
昔に出会った名前も知らない少年に会うため、ひとりジュラル島にやってきた。たいていの者が聞けば、諦めろなんて言いだしそうな話だ。しかし、彼女は諦めずにただひとりで塔を昇りつづけ――いま、こうして願いを叶えてそばに座っている。
信頼できる仲間であり、また尊敬できる戦士だ、と。
本当に心の底からそう思う。
「でも、わたしの目的はアッシュに会うだけで終わりじゃない」
言って、ラピスはすっくと立ち上がった。
ひとつに結われた黄金の髪を海風になびかせながら、遥か遠くを見つめる。
「誰よりも上を目指して、誰よりも強さを追い求めてる……そんなアッシュと一緒に走りつづけることだから。道を阻まれたとしても、どんなものだってわたしの槍で貫いてみせる。たとえ神が相手だったとしても、それは変わらない」
ジュラル島という人智を超えたものを創造した、世界唯一の神であるアイティエル。そんな存在の半身と戦うのだ。少しぐらい恐怖を感じていてもおかしくはないが、ラピスはまるで物怖じしていない。
その姿と決意は、まるで本当の槍のように鋭く真っ直ぐだ。
アッシュは嬉しさから思わずにっと笑ってしまった。
ゆっくりと立ち上がったのち、ラピスと向かい合う。
「ったく、頼もしいかぎりだ。けど、俺は合わせて走るつもりはないぜ」
「死に物狂いでついていくわ。そのためにわたしはずっと槍を振りつづけてきたんだから」
誰よりも強いという自負はある。
ただ、心技体すべてにおいてラピスが誰よりも近い場所にいることは間違いない。迫られていることに悔しさは感じるが、同時にこのうえない心地良さも感じている。なにしろ彼女と一緒だからできる動きが多くあるからだ。
神アイティエルの半身は、こちらの想像を絶する力を持っていることだろう。おそらく先に戦ったミルマをも遥かに凌ぐに違いない。だが、ラピスと一緒ならどんな相手だろうと勝利への道を切り開けると確信している。
「勝つぞ」
「ええ、もちろん」
幼い頃とは違う。
互いに映る景色を瞳に共有しながら、アッシュはラピスとそう誓い合った。





