◆第四話『想いは同じ』
精鋭部隊で強引に進んだのち、辿りついた妖精の庭に《ワープリング》の出口を設置。集まった参加者で乗り込んで危なげなく討伐しおえた。
その後、オークションまでを早々に済ませ――来られる者だけで打ち上げをしているところだった。場所はもちろん前回同様、ログハウスの庭だ。
移動時間を大幅に短縮したとはいえ、夜を迎えていた。暗くなった辺りを中央広場で購入したランプで照らしている。映しだされるのは笑顔で祝杯をあげる参加者たち。完勝という形で終わったこともあり、全員が手放しで喜んでいる。
と、隅のほうで静かに座っているユインを見つけた。そばには同じチームのザーラやレインがいるものの、いまいち乗り切れていない様子だ。というより、周囲の賑やかな空気に圧倒されているように見える。
「どうだった? 初めての妖精王戦は」
そう声をかけつつ、アッシュはユインの隣に座った。
彼女は両手で持っていたカップを机の上にとんと置く。
「な、なんだか知らぬ間に終わっていた感じです……」
「まあ、経験者ばかりだったしな」
攻略法についてはヴァネッサから知らされていたようだった。ただ、それでも実際に戦うのとではわけが違う。経験者たちの淀みない動きに出遅れてしまうのも無理はない。
「でも、少しだけみなさんに近づけたような気がしました。ようやくここまで来られたんだな、と」
ユインがカップの中を覗き込みながら、しみじみと口にした。かと思うや、少しだけ拗ねたような顔を向けてくる。
「もっとも、目標とする人にはまだまだ辿りつけそうにありませんが。というより離されているような気がしてなりません」
「なにしろ追いつかせる気がないからな」
「どこかで足首を掴んだほうがいいのでしょうか」
「ユインに掴まれたら振り落とすのはためらうな」
互いに軽口を言い合い、くすりと笑みをこぼしあう。
そうしてほかの席とは違って静かな時間を過ごしていたところ、マキナがぬっと顔を割り込ませてきた。そのまま彼女は流れるような動きで、突きだしたぷっくり唇をこちらの頬に近づけてくる。
「ユインちゃ~ん。本気でアシュたんを捕まえたいなら、女の武器を使わないと。ほら、わたしみたいこうして――って、あれ? 止めないの?」
普段ならユインに殴りかかられるところとあって、マキナが困ったように笑っていた。対するユインは、じーっと無表情でマキナのことを見つめている。
「酔った勢いでしか最近は上手くアプローチできていないようですし、少しぐらいなら見逃すべきなのかな、と」
「えっ……な、なにを言ってるのかな、ユインちゃんは」
「結構、ばればれです」
「べ、べつにわたしはそんなつもりはないし!」
「ではマキナさんは、好きでもない人にキスを迫るような、そんな人だったのですね」
ユインから繰りだされる無慈悲な追及にマキナが言葉を詰まらせた。うろたえたように1歩2歩と後ろに下がりはじめる。最中、こちらをちらりと窺ってきたマキナと目が合った。直後、酔っただけとは言いがたいほど彼女の顔が真っ赤に染まる。
「う、うぅ……うあああああっ、ユインちゃんのばかぁああああっ」
そう叫びながら、エール片手に近くの森の中へ逃げていってしまった。
「ちょっといじめすぎました」
さすがに罪悪感を覚えたのか、マキナのあとを追ってユインも森の中に入っていく。そんな普段とは少し違った2人の構図を目にしつつ、アッシュは席を変えてひとりでエールを飲みはじめる。
と、早々に誰かがそばに立った。
《アルビオン》のマスター、シビラだ。
「隣、いいだろうか」
「もちろんだ。……そういや、よかったな、落札できて」
言いながら、隣に座ったシビラの右手首を見やった。
そこには今回唯一のレア戦利品――《オベロンの腕輪》が装着されている。
「ありがとう。わたしの戦い方は属性攻撃と相性がいいからな」
「ずっと欲しがってたもんな」
「しかし、わたしとしてはキノッツに首根っこを掴まれた気分で生きた心地がしない」
「あ~、やっぱり借りたのか」
今回の《オベロンの腕輪》落札価格は3200万。
前回の落札価格よりも200万上回った格好だ。
シビラは古参とはいえ、さすがの大金だ。ゆえにもしやと思っていたが、やはり島一の富豪であり、同じギルドに所属するキノッツに借りていたらしい。
「でも、よかったのか? これから神との戦いがあるんだろう」
「今回は入札しないって約束だったからな。そもそも神との戦いは最高の装備をあっちが用意してくれるらしいし、そっちの心配はしなくて大丈夫だ」
そう説明したときだった。
正面の席にヴァネッサがどかっと座った。
当然とばかりにその片手にはエール入りのカップが握られている。
「ここまで散々、装備を集めさせておいて最後の最後には至れり尽くせり、か。なんだかおかしな話だねえ」
「色々あるみたいでな」
「ま、昇りきったときの楽しみとして取っておくことにするよ」
言うやいなや、まるで決意を現すかのようにヴァネッサはカップを一気に煽った。その気持ちのいい飲みっぷりを見ながら、シビラが「そうだな」と力強く頷く。
神との戦いに関する話をしていたからか、気づかぬうちに周囲の注目を集めていた。途端に静かになった中、ヴァンがぼそりとこぼす。
「でも、いよいよなんすね……」
おそらく神との戦いのことを言っているのだろう。
多くの挑戦者にとっての目標となっている舞台だ。
気にするな、というほうがおかしな話だろう。
わずかに張りつめた空気の中、ロウが難しい顔で口を開いた。
「しかし、アッシュたちが神を倒した場合、この塔はどうなるのか見当がつかないな。いや、塔だけでなくジュラル島の存在そのものが、どうなるのか……」
「そのあたりのことはなにも聞いてないから、なんとも言えないな」
アイティエル側からしてみれば、ジュラル島を創った理由が〝負の力に染まった自身の半身を消滅させること〟だ。ゆえに目的が達成されれば、この島を残す必要はなくなる。
「できれば残してほしいです」
そうこぼしたのはレオのギルド《ファミーユ》の副マスターであるウィグナーだ。彼はギルドメンバーとレオの顔を見たのち、静かながら力のこもった言葉を紡いでいく。
「レオさんと……いまの仲間たちと出会えたのも、この島と塔があったからです。できるのなら、ずっと残してほしいです」
その言葉にレオも感動したように目を潤ませている。
奇しくも、今朝のチームで話したときと同じような空気となった。いや、ジュラル島に住み慣れた挑戦者であれば、誰もが行きつく問題なのかもしれない。
がんっと音が鳴り響いた。
見れば、ベイマンズが力強く机にカップを打ちつけていた。
「まっ、わかんねえことを考えてもしかたねぇだろ! いまはこの酒の美味さに酔いしれるのが俺たちにできる精一杯のことだ!」
彼は立ち上がるやいなや、勢いよくカップ内のエールを口に流し込みはじめた。こぼれまくっているが、気にすることなくもう1杯。さらにもう1杯と止まることなく飲みつづけるベイマンズ。
その豪快な飲みっぷりに唖然とする者がいる一方で、ロウを除いたレッドファング勢が盛り上がりはじめた。一転して騒がしくなった空気にヴァネッサが呆れたようにため息をこぼしているが、その口元は楽しげだ。
「ったく、相変わらずだね。でもま、あんたにしちゃ悪くない提案だ。さあ、シビラ。あんたも飲みな。なにしろ今回はアッシュたちの祝いの席でもあるんだからね」
「そう……だな。今日だけは特別だ」
普段はあまり飲まないシビラでさえも酒を勢いよく煽りはじめた。全員が無理をしているようにも見える。だが、それだけジュラル島を好きな証拠であるようにも感じられた。
「故郷に帰りたいとは言ったけど、わたしもここが嫌いなわけじゃないから」
いつの間にか隣に座っていたラピスが、ぼそりとそう伝えてきた。
もし神を倒すことでジュラル島そのものがなくなってしまうとしても、こちらがとるべき選択は変わらない。世界の破滅が近づいているなんて問題を除いたとしても答えは同じだ。
ただ、ウィグナーの想いだけは、いまの自分には痛いほど理解できる。
……まさか自分がこんなことを考える日が来るなんてな。
そんなことを胸中で思いながら、アッシュは一気にエールを流し込んだ。
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次回の更新は諸事情で20時頃となります。
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