◆第三話『これからのこと』
ベヌスの館で受けた話を頭の中で整理しおえたとき。
クララの大きなため息がログハウスの居間に響いた。
「責任重大だよねー」
色んなことを考えているのか、難しい顔で唸っている。
そんなクララに、ルナが困ったように笑いかける。
「そう気を張る必要はないんじゃないかな」
「でも、あたしたちがもし負けちゃったら世界が滅んじゃうんでしょ? この島はもちろん、外の国だってなくなっちゃうってことで……んぅ~~」
このままではクララが重圧に潰れてしまいそうだ。
そう思っていたところ、ラピスが無慈悲な極論をぼそりとこぼす。
「仮に滅んだとしても、どうせそこにはもうわたしたちは生きてないんだし、考えてもしかたないんじゃない」
「そ、それはそうかもしれないけど……」
「僕はクララくんの気持ちはわかるけどね。大切な友人たちまでこの世界からいなくなってしまう。そう考えると、たとえ自分がいなかったとしても胸が引き裂かれる思いだ」
「そう、あたしもそれが言いたかったのっ」
レオの考えに調子よく同調するクララ。
どちらの意見も理解できるし、否定されるべきものでもない。だからこそ、行きつく答えはひとつしかない。
「ベヌスの館でも言ったが、俺たちのやるべきことは変わらない。勝てばいいだけだ」
「そうだね。いまは勝ったあとのことを考えるのがいいかも」
言って、レオが頷いた。
直後、クララがなにか思いだしたかのようにはっとなる。
「……そう言えば、神様になんでもお願い聞いてもらえるんだよね。なにをお願いしようか全然考えてなかった。やっぱり一生遊んで暮らせるお金とかかな~」
浮ついた様子で望みを口にするクララに、ルナがくすりと笑みをこぼした。
「まったく、クララらしいお願いだね」
「だってお金があればほとんどのことは好きにできるし! 美味しいもの食べられるでしょー、あとふかふかのベッドでも寝られるし~、あとあと――」
見事にクララの思考が〝勝ったあと〟に誘導されていた。おかげで先ほどの重圧でつぶされそうになっていた姿が嘘のように楽しげだ。
「僕もお願いのことは考えてなかったなぁ」
「わたしもそれ目的で塔を昇りにきたわけじゃなかったから」
レオに続いてそう口にしたラピスがちらりと視線を向けてくる。彼女が塔を昇りにきた理由を知っているがゆえに、その目に込められた意味はなんともわかりやすいものだった。
「みんな欲がないな。あぁ、クララ以外な」
「これじゃあたしひとりががめついみたいじゃん~っ!」
必死に抗議しはじめるクララに、ラピスが心底疑問を感じたように細めた目を向ける。
「……違うの?」
「ち、違うよっ。強いて挙げてみただけだからねっ」
いじられたクララを仲間全員で笑い合う。
そんな見慣れた光景の中、ルナが首を傾げながら問いかけてくる。
「そういうアッシュはなにか決めてるの?」
「残念ながらなにも決めてない。っていうか、どうでもいいってのが本音だ。みんなにも言ってるが、ただ力試しで来ただけだからな。ま、世界を救う一戦に挑むことになるとは夢にも思わなかったが」
そうおどけてみせると、ルナが「たしかに」と苦笑した。
改めて考えてみてもぱっと思いつくものはないこともあるが、やはりいまは神との一戦に集中したいというのが正直な気持ちだ。
「でも、この戦いに勝ったらもう終わりなんだよね」
ふいにクララが視線を落としながらそうこぼした。
「まあ、塔も100階で終わりだしな」
「やっぱり……みんな、島から出ていっちゃうのかな」
まなじりを下げ、瞳が揺れていたからか。
それはまるで懇願するような問いかけだった。
クララの変化に気づいた全員が困ったように顔を見合わせる。
「まだ考えてはないかな。でも、いつかマリハバには戻ろうと思ってるよ」
「わたしもそのつもり。塔を制覇したことも一応報告したいし」
帰郷を視野に入れているというルナとラピス。
そんな中、レオは困ったような笑みを浮かべている。
「僕はどうしようかな……なにしろ国から逃げてきたからね」
レオは戦争の凄惨な光景を見たくなくて大国シュノンツェから逃げてきた身だ。いまさら島の外に帰れる場所はないといったところだろう。
そしてそれは、この質問を投げかけたクララも同じだ。彼女もまた大国の元王女として追われている身だ。いまでこそ死んだとして身を潜めているが、島の外に出ればいつ命に危険が及ぶかはわからない。
塔を昇るという共通の目的がなくなれば行動をともにする必要はない。わかっていたことだが、いざ意識してみると、少しだけ物悲しく感じた。
この仲間たちともっと一緒にいたい。
そんな素直な気持ちが湧きあがってくる。
そうしてしんみりとした空気が室内に満ちはじめたときだった。
「あんたたちまで来たらやかましくなるだろうっ」
外から大きな声が聞こえてきた。
「おまえたちにだけは言われたくねぇな。香水のにおいまき散らしやがって。ここは男を漁るための島じゃねぇんだぞ!」
「わ、わたしはそんな気持ちでこの島に来たわけでは――」
「へぇ、ならアッシュのことは諦めるんだね」
「そうは言ってないが――って、どうしてそこでその話になるんだッ」
部屋に満ちていた空気が一瞬にして吹き飛んだ。
その点に関しては感謝するが、代わりに少しだけ頭痛がした。彼らの来訪は嬉しいが、組み合わせからしてまず間違いなく混沌とするのが目に見えていたからだ。
こちらの心境を察してか、隣に座るレオが乾いた笑みを向けてくる。
「なんだか今日の庭は賑やかだね」
「……俺が出る」
アッシュは席を立ち、玄関の扉を開けにいった。
◆◆◆◆◆
「おぉ、よく気づいたな。ちょうど呼び鐘を鳴らそうと思ってたところだ」
扉を開けると、にかっと笑ったベイマンズの顔が真っ先に映り込んだ。その裏には彼のチームメンバーだけでなく、ヴァネッサとシビラチームの姿も見える。
「気づくもなにも、あんだけ騒いでたらな」
「ほら、あんたがうるさいからだよ」
「おめぇも同じぐらいうるさかっただろうがっ」
「す、すまない……」
仲が良いのか悪いのか。
三大ギルドのマスターは今日も元気のようだ。
「で、今日はどうしたんだ? こんな揃いも揃って」
「決まっていますっ。アッシュさんが100階を突破したと聞いてお祝いにきたのですっ!」
オルヴィから黄色い声が飛んできた。
その瞳は心なしかいつも以上に煌めき、熱を帯びている。
「情報が早いな」
「なんだ、知らないのか。中央広場に貼り紙があったぞ。10日後の正午にアッシュチームが神との戦いに挑む、と」
「それに際して中央広場の店を一時的に閉めるらしいっす」
ロウに続いて、ヴァンがそう説明してくれる。
なぜ貼り紙なんてものでほかの挑戦者に報せるのか。
一瞬だけ疑問に思ったが、ヴァンの説明で納得がいった。
「うわ、すごい数」
脇からクララがにょきっと顔を出してきた。
同様に、隙間からルナとレオも外を覗きはじめる。
「豪華な顔ぶれだね」
「たいていの大型レア種なら倒せそうだ」
たしかにこのメンバーならリッチキング程度なら軽く倒せるだろう。もう少し人数を増やせば、さらに上の大型レア種も狙えるかもしれない。そこまで考えてから、アッシュはにっと口の端を吊り上げた。振り返って仲間たちに確認する。
「みんな、体調のほうはどうだ? やっぱ疲れとか残ってるか?」
「わたしはなんともないわ。ミルマの《ヒール》で傷もほとんど治ったし」
少し離れたところで立っていたラピスがそう答えた。
「ボクもこのまま狩りにいっても問題ないぐらい」
「むしろ、なんだかもやもやするから、ちょっと体動かしたいかも」
ルナとクララも体力的な問題はないようだ。
そのそばでレオが「僕も」と同調するが、途端に怪訝な顔を向けてきた。
「アッシュくん、まさか……」
「そのまさかだ」
どうやら気づいてもらえたようだ。
いま一度振り返り、来客の挑戦者たちへと提案する。
「こんだけ集まったんだ。どうせならいまからさくっと行かないか? 妖精王の討伐に」
先ほど仲間内で話し合っていたときに少しだけ暗い空気を感じた。ゆえに、気晴らしにちょうどいいと思ったのだ。
以前なら軽い気持ちで討伐しにいくような相手ではなかったが、いまの装備なら苦戦することもない。頂の守護者たちと戦ったあとということもあり、余計にそう思えた。
「いきなりだな。けど、面白れぇし、乗った」
即座にベイマンズが返答してきた。
その反応速度に身内のロウが頭を抱えていたが、すでに諦めがついているようだ。苦笑しながら首肯してきた。
「あたしたちも問題ないよ。この子たちもやる気満々みたいだ」
「今回は戦闘に参加させてもらうよ」
「このオルヴィ、アッシュさんのためならどこへでもおともいたしますっ」
ヴァネッサチームもほとんど悩むことなく乗ってくれた。
「あぁ、そうだ。マキナたちも呼んでいいかい? あの子たちも7等級に上がったからね」
「もちろんだ。ほかにも初参加の挑戦者がいたら歓迎するぜ」
3大ギルドの全員にそう伝える。
と、後ろから「アッシュくん」とレオに呼ばれた。
「《ファミーユ》のみんなにも声をかけてもいいかい?」
「当然だろ」
「ありがとう。みんなも喜んで参加すると思うよ」
突発的ではあるが、それなりの人数が集まりそうだ。
ただ、開催がほぼ決定的となる中、いまだに返事をしていないギルドがあった。
「アルビオンはどうだ?」
「我々ももちろん問題ない。ただ……」
「いまから集めてとなると、移動も含めてかなり時間がかかるのでは?」
シビラとリトリィが懸念していたのは時間だったようだ。いまはまだ朝とはいえ、すでに中央広場が開くような時間だ。いまから人を集める時間も考慮すれば、夜に帰還することは間違いないだろう。ただ、それは通常の移動手段を使った場合だ。
「あ~、時間に関して心配はいらない。ここに最高に便利なものがあるからな」
アッシュは仲間と顔を見合わせたのち、不敵に笑いながら自身の右腕にはめた《ワープリング》を見せつけた。





