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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【頂の守護者】第ニ章
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◆第一話『再起と再挑戦』

 頬をなにかにつつかれていた。


 わずらわしいと感じるが、頬をつつくなにかは止まらない。


 いっそ叩き落としてやろうか。

 そう考えてみたものの、体が動かない。

 いや、そもそも自分はいまどんな状態なのだろうか。


 そんな疑問を抱いたときだった。

 ――声が聞こえてきたのは。


「あの、そろそろ起きてくれますか?」


 誘われるがまま、まぶたを持ち上げる。


 かすんだ視界が目を瞬くたびに鮮明になっていく。

 やがて映り込んだのは白の塔の管理人の顔だった。


「やっと起きましたね」


 呆れたような顔でため息をついたのち、管理人が顔を離した。

 背景に映る空は星が瞬いている。


 アッシュはのそりと上半身を起こし、辺りを見回した。


 ここは白の塔の頂だ。

 縁の壁は綺麗でどこも損壊した様子はない。


 記憶に残る戦闘が夢だったのではないか。

 そんな錯覚を抱きそうになる。


「それではわたしはこれで失礼します」

「待ってくれ!」


 アッシュは管理人を呼び止め、ふらつく足でなんとか立ち上がる。


 いまはもう頂にいない100階の主――アイリスによってこの身は貫かれた。だが、体のどこにも穴はない。それどころか肌を無数に刻まれた傷すらもない状態だ。


「どうして俺は生きてる? 殺されたんじゃないのか?」

「……いま、2本の足で立ち、言葉を話している。それが答えなのでは?」


 つまり生きている、ということだろう。

 ただ生かされた理由は教えてくれないらしい。


「俺の仲間はどうなった?」


 戦闘中は意識の外に追いやっただけで気にならなかったわけではない。仲間たちも敗北したようだが、その身が無事かどうかが心配でしかたなかった。


 こちらの問いに管理人が目を伏せ、悲しむような顔を作る。思わず心臓が大きく跳ねそうになったが、どうやら嫌がらせをされたらしい。


 次の瞬間には管理人が笑みを浮かべていた。


「あなたの住まうログハウスへどうぞ」



     ◆◆◆◆◆


 ログハウスの扉を開けると、仲間たちの弾けるような笑みに迎えられた。ただ、その光景はすぐに遮られた。ラピスが勢いよく駆け寄ってきたのだ。


「アッシュっ!」


 そのまま勢いよく抱きついてくると、まるで本物であるかをたしかめるように頬をすりつけてきた。泣いているのか、かすかに鼻をすする音も聞こえてくる。


「……よかった。本当に……よかった」

「心配かけたな」


 左手で軽く抱き返しながら、右手で彼女の柔らかな髪を撫でた。それに効果があったのかはわからないが、気持ちが落ちついたようだ。ラピスは目を拭いながらすっと離れた。


「さ、先越されちゃった……」

「《テレポート》を使えばよかったかも?」

「僕は《ロケット噴射》を使うべきだったね」


 もどかしそうな顔のクララに、くすくすと笑うルナとレオ。体にどこか深手を負っている様子はない。少なくとも冗談を言える程度には元気なようだ。


 アッシュは安堵しつつ、居間のソファに座った。

 仲間の顔を見回しながら言う。


「みんなも無事でよかった」

「アッシュだけ遅いから心配してたんだよ」

「僕たちは昼頃には起きて戻ってきてたからね」


 ルナの言葉にレオが眉尻を下げながら言った。

 それだけ致命傷に近かったということだろうか。

 と、クララが眉根を寄せ、少し頬を膨らませていた。


「でも、死なないなら先に言ってくれればよかったのにね。そしたらあんなに怖がらなかったのに」

「次も殺されないとは限らないだろうけどな」


 今回は見逃されただけかもしれない。

 そんな可能性を示したのだが、クララには予想以上の効果を発揮してしまったようだ。愕然とするどころか放心してしまっている。


 そんな彼女を気遣ってか、レオが苦笑しながら話題を変えてきた。


「それにしてもまさか100階の主がミルマだったとは思わなかったよ」

「うん、完全に予想外だったよ。しかもあんなにも強いなんてね……」


 ルナが俯いたまま力なくこぼした。

 その表情からは結果だけでなく、内容も苦いものであったことが容易に想像できる。


「ルナの相手はウルだったか。戦闘に向いてるとは思えないんだけどな」

「始まった途端、別人のようになったよ。普段の少し抜けてるところなんて感じさせないぐらい機敏で……なにもさせてもらえなかった」

「あたしが戦ったシャオちゃんもそんな感じだったよ。いつもと違ってちょっとなんか怖かったし」


 ルナに続いて、クララもまた顔をこわばらせながら語った。

 シャオ同様、ウルにも戦闘とは縁遠い印象しかない。それでもいまの成長したクララがこれほど怖がっているのだ。よほどの力を見せたのだろう。


「僕が相手をしたオルジェくんはいつもどおり熱い視線を送ってきていたけど、そのときは本物の情熱的な炎がおまけでついてきたよ」

「魔術師型か」

「それもえげつない炎ばかり撃つ、ね」


 レオが乾いた笑みを浮かべながら言った。

 怯えようからして相当に熱い歓迎を受けたようだ。


「わたしが相手をしたクゥリって子は短剣持ちで……目で追うのもやっとなぐらい速くて、なすすべもなく押し切られたわ」


 ラピスが言い終えたのち、こちらに目を向けてくる。


「俺の相手はアイリスだったが……完敗だ。そりゃもう清々しいぐらいにな」

「アッシュでも勝てなかったなんて……」


 全員が次に繋がる一手すらも掴めなかった。

 突きつけられた圧倒的な差を前に、場が一気に暗くなってしまう。


 そんな中、クララが窺うようにぼそりとこぼす。


「あれで本気ってことはないよね……」

「少なくとも俺のほうは本気を出させるには至らなかったな」


 まだまだアイリスには余裕があった。

 おそらく少し無理をした程度では相手にすらならないだろう。


「でも、あの差を埋められるとはとても思えないかな」


 ルナがひどく冷静な様子で言った。

 どうやら彼女も同じ見解に至っていたようだ。


「あ、勘違いしないでほしいけど、諦めてるわけじゃないからね」

「大丈夫だ、わかってる。そもそも人間の動きにも限界があるってことだろ」

「うん。だから、やっぱりボクたちは挑戦者としての原点に立ち返る必要があると思うんだ」


 ああ、とアッシュは頷いて続きを口にする。


「塔の装備を強化する。俺たちがミルマに勝つにはこれしかない」


 いまの状態で勝てなかったことは素直に悔しい。

 だが、だからといって、すぐに再挑戦して勝てる相手でもない。


 ならば、勝つためにできるだけのことをする。

 ルナの言っていたとおり、挑戦者として進む道はそれしかない。


「でも、生半可な強化じゃまるで歯が立たない気がするけど……」


 弱気な発言をしたクララに、ラピスが強気に言い切る。


「全員がオーバーエンチャントをする。それぐらいしないとだめだと思う」

「で、でも9等級ですら成功したことないよね……」

「クララ、忘れてないか?」


 アッシュはにっと笑いかけながら言った。

 初めは首を傾げていたクララだが、こちらの自信満々な顔を見てか、思いだしたようだ。目を見開き、大きな声をあげる。


「エネルギーコア!」

「ああ。あれを使えば確率を大幅に上げられる」


 以前、バゾッドというオートマトンを動かすために製作したエネルギーコア。あれを鍛冶屋に持っていけば、オーバーエンチャントの成功確率を大幅に上げられるという。いまだ試したことはないが、充分に可能性のある選択だ。


「材料はちゃんとこつこつ溜めてたから1個分はあるよ」


 ルナが得意気な顔で言った。

 レオが顎に指を当てながら、思案顔で話しはじめる。


「あとはクリスタルドラゴンの心臓か……あれから1ヶ月は経ってるし、そろそろ湧いててもおかしくないね」

「でも、5回挑戦してすべてが成功するとは限らないわ」


 ラピスが現実的な意見を放り込んできた。

 まったくもってそのとおりだが、今回ばかりは妥協するつもりはない。その気持ちを伝えんと、アッシュはいまいちど全員の顔を見回す。


「さっきも話したとおり生半可な強化じゃまず勝てない。悔しいが、これは事実だ。だからこそ、数日単位じゃない。もっと数ヶ月単位で装備を強化させる必要がある」


 これまでは多少、強化が不十分でも構わずに突き進んできた。だが、今回は満足のいく装備でなければ突破できない壁が立ちはだかっている。


 全員の顔を見ても反対意見はなさそうだ。先ほどまで弱気だったクララも、エネルギーコアという希望の光が射し込んだからか、やる気に満ちている。


 本当に心強い仲間だ。

 彼らのおかげで今回の敗北を踏み台にできる。

 またこの身でさらなる高みを目指すことができる。


 アッシュはひとり笑ったのち、いま一度顔を引き締めて告げる。


「明日から装備の強化に努めるぞ。これからは塔を昇るためじゃない。頂を守るミルマたちを倒すためだ」



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書籍版『五つの塔の頂へ』は10月10日に発売です。
もちろん書き下ろしありで随所に補足説明も追加。自信を持ってお届けできる本となりました。
WEB版ともどもどうぞよろしくお願いします!
(公式ページは↓の画像クリックでどうぞ)
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