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五つの塔の頂へ  作者: 夜々里 春
【頂の守護者】第一章

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◆第十四話『100階戦』

 彼女は純白のドレスに身を包んでいた。

 陽光を受けた銀色の華やかな意匠が宝石のごとく輝きを放ち、彼女という存在をより際立たせている。


 ただ、ドレスといっても一目で戦闘衣であることがわかった。動きやすく肩はあらわになっているうえ、肌にぴったりとした箇所が多い。唯一、肌からかすかに離れたスカートにも側面に切れ目が入っている。


 一見して蠱惑的な衣装にもとれるが……アイリスが着ているからだろうか。不思議と高潔な印象しか覚えなかった。


 アイリスが細めた目を向けてくる。


「驚かれるのでは、と思っていました」

「むしろ、こんな時間に指定された理由がわかってすっきりしてるぐらいだ」


 昼間のミルマには挑戦者を補佐するという役割がある。

 ゆえに、空いている早朝を指定してきたというわけだ。


「にしてもここがアイリスってことは、ほかの主もミルマってことか」

「オルジェが赤の塔を、シャオが青の塔を、ウルが緑の塔を。そしてクゥリが黒の塔を担当しています」

「前にベヌスが準備しろって言ってたのはこのことだったんだな。にしても戦いとは無縁そうな顔ぶればかりだな」


 ウルやシャオは人を攻撃できるのかもあやしいところだ。クゥリも冷たい印象はあるものの、根は優しい。ウルたちと同じような疑問が残る。男を誘惑しているだけのオルジェにも戦っている姿は想像できない。


「ですが、選ばれた者たちです。実力は申し分ありません」

「で、そん中でも一番強いのがアイリスってことだな」

「間違いありません。ただ、その中というのは正確ではありません。わたしはいま、この塔の魔物も含め、世界でもっとも強い存在です」

「それは神よりも、か」


 返事はない。

 肯定ということか。


「へぇ、そいつは面白いことを聞いたな」


 なぜ神より強い者が目の前に立っているのか。

 疑問は残るが、やるべきことは変わらない。


 いま、目の前に立つ100階の主――アイリスを倒す。


 ただそれだけだ。


「では、始めましょうか」


 アイリスが両腕を交差し、軽く拳を作る。と、その両手に1本ずつ長剣が現れた。どちらもわずかに白味を帯びた透明な結晶を削って作ったような見た目だ。彼女が身に纏うドレスに見合って、どこまでも吸い込まれそうな美しさを持っている。


「――行くぜッ!」


 アッシュは剣を鞘から抜いた。

 腰を軽く落とし、弾かれるように駆けだす。


 視界の中、アイリスが両手に持った剣を下向け、交差するように振った。切っ先が触れた床から飛び散った結晶片が巨大な壁となって彼女の左右に迸った。高さは人間の3倍ほど、とかなり高い。


 結晶壁はそのまま弧を描く形で左右に大きく膨らんだのち、こちらを目指して突き進んでくる。このままアイリスに向かって直進しつづければ、左右から迫る結晶壁の合流点に押し潰されてしまう。


 アッシュはとっさに足裏を床にすりつけ、急停止する。と、予想どおり眼前で結晶壁が轟音を鳴らして衝突、結合した。眼前に見上げるほど高い壁ができた格好だが、瞬く間に決壊する。アイリスが突っ込んできたのだ。


 無数の結晶片が散る中、飛びかかってくる彼女の姿は幻想的でひどく美しかった。いまが戦闘中でなければ間違いなく見惚れていただろう。


 アッシュは迎撃せんと剣の切っ先を相手に向けようとするが、とっさに受け流す方向へ変更した。彼女が急激に速度を上げたのだ。突きだされた1本目を剣の腹でそらした。刃先が頬をかすめ、血が散る。


 すでにアイリスが足を踏み込み、2本目を横薙ぎに繰りだしてきていた。おそろしく早いうえ、かなりの力が込められた一撃だ。まともに受ければ確実に胴体が両断される。


 腕だけでなく体全体を動かし、無理やりに剣身を間にねじこませた。直後、とても剣との衝突とは思えない衝撃に襲われた。視界が凄まじい勢いで流れ、映る景色が線としか認識できなくなる。


 ようやく勢いが止まったのは全身に強い衝撃が走ったときだった。どうやら塔の縁に設けられた壁に衝突したようだ。まさかこれほどの衝撃が抜けてくるとは思いもしなかった。おかげで頭はくらくらするし、体もあちこちが悲鳴をあげている。


 ただ、いつまでも止まっているわけにはいかなかった。


 アイリスが自らの剣をそばに浮遊させ、その腹に手の平をそえていた。まるで矢を引き絞るように下げた手に合わせて動いた剣が、ついには弾かれるようにこちらへと撃ちだされる。クララの放つ魔法よりも、ルナの放つ矢よりも速い。


 アッシュは右方へ飛び込むようにして射線から逃れた。床を転がる中、とてつもなく鈍い音が背後から聞こえてきた。体勢を立て直してすぐさま振り返る。と、先ほどまで背にしていた縁が弾け飛んでいた。


 これもまた当たれば間違いなく命が潰える攻撃だ。


 視界の端では、アイリスからまた放たれた剣が猛烈な勢いで向かってきていた。アッシュは再び駆け、回避する。彼女が出していた剣は2本。そこで終わりかと思いきや、どうやら何本でも生成できるらしい。アイリスから次々に剣が放たれ、向かってくる。


「ちぃっ」


 アッシュは塔の縁を駆け、アイリスから放たれた剣を紙一重のところで躱していく。中央に立つアイリスが攻撃の手を緩める様子はいっさいない。


「逃げるだけではわたしは倒せませんよ」


 そんなことはわかっている。


 遠距離攻撃の手段はあるものの、アイリスと張り合えるほどのものではない。下手に遠距離で撃ち合うよりも、やはり近距離戦を挑むしかない。


 アッシュは背後で敵の剣が着弾した、直後。急角度に曲がり、中央に向かって駆けだした。アイリスは動じずに新たな剣を放ってくる。こちらも近付いているからか、真っ直ぐに向かってくる剣はより速く感じた。


 ここで体を大きくずらせば、走る速度が落ちる。接近する暇を与えてもらえないかもしれない。ならば、とるべきは――。


 心臓の鼓動が異常なほど早く感じる中、向かってくる剣へと自身の剣の腹をそえた。きぃん、とほんの一瞬の接触音が鳴る中、払うようにして外側へと押しだす。わずかに体勢を崩しそうになったが、なんとか踏みとどまった。


 視界に映るアイリスに動じた様子はない。まるで脅威を感じていないとばかりに、ゆっくりと両の手に剣を再生成。優雅に歩いて向かってくる。


 アッシュは機先を制さんと剣を突きだすが、しかし相手の右手の剣でたやすく受け流されてしまった。相手がすかさず懐にもぐりこみ、残った左手の剣を振り上げてくる。


 このままでは体を刻まれてしまうが、初撃が弾かれるのを見越して体を残していた。すぐさま剣を引き、無理やりに振り落ろす。万全の体勢ではないが、こちらは両手だ。片手相手ならば打ち勝てる。


 そう踏んだのだが、アイリスはすばやく後退してしまった。まるで予想していたかのような回避だ。おそらく彼女もまた初撃からこちらの動きを読んでいたのだろう。彼女は流れるようにまた接近し、鋭い連撃を浴びせてくる。


 2本の剣で以って振るわれる彼女の攻撃は文句のつけようがないほど美しく洗練されていた。衣装が衣装なだけに踊っているかのように見えるほどだ。


 まるで隙が見当たらない。

 交戦時間が増えれば増えるほど体に刻まれる傷が増えていく。剣を飛ばされないように受け流すだけで精一杯だ。


 相手は人間ではなく、ミルマだが……。

 これほどの強者がまだ世界にいたとは思わなかった。

 それもまだ相手は本気を出していない。


 ――これが100階の主か。


 湧きあがる昂揚感のせいだろうか。

 いまも増えつづける傷の痛みからか。

 先ほどから体が熱を発して止まない。


 ただ、相反してアイリスはひどく冷めていた。

 交戦の合間に淡々と次の言葉を言い放ってくる。


「すでにあなたの仲間たちは敗北したそうです」


 嘘をつくような相手でないことはよく知っている。だが、それが真実であったとしても関係ない。いまは戦闘中だ。それも相手は神よりも強いと言い切った100階の主。一瞬足りとて気は抜けない。


「だから、どうしたっ」

「あなたはいつまでもつでしょうか」


 アイリスによって剣が力任せに上方へ弾かれた。なんとか剣を放さずには済んだが、腕が持ち上げられたため、腹ががら空きだ。次なる相手の攻撃を警戒し、転がる格好で凌ぐ。


 すぐさま立ち上がって顔を上げる。

 と、アイリスがすでに遠くまで離れていた。


 遠距離で不利なことはわかっている。

 たとえ相手に読まれていたとしても、もう一度接近するしかない。


 アッシュはすぐさま距離を詰めんと駆けだした。アイリスが対の剣で床をこすり、結晶壁を再び放ってきた。左右から弧を描いて押し潰さんと迫ってくる。


 最初に放たれたときは後退したが、いまは接近することが第一だ。アッシュはさらに加速し、結晶壁の内側へと駆け込んだ。結晶壁の衝突音が背後から聞こえる中、1本の剣が正面から勢いよく迫ってきていた。


 1度目と同様に剣をそえ、最低限の動きで後ろへと流した。背後から結晶壁が倒壊する音が聞こえてくる。


 最中、アッシュは自身の目を疑った。

 正面にアイリスの姿がないのだ。


 いつの間に視界から消えたのか。

 いや、それどころか気配も感じない。


 その時点で半ば反射的に振り向き、剣を突きだした。視界に映るのは、結晶壁の破片が舞う中、飛びかかってくるアイリスの姿。その美しき顔面は驚愕の色に染まっている。どうやら反応されるとは思わなかったようだ。


 ただ――。

 こちらの剣の切っ先は、彼女の頬とともに数本の髪を斬るだけに終わった。直前でそらされてしまったのだ。


「はは、肌をかすめた程度か……」


 アッシュは乾いた笑みを浮かべながら剣を落とした。

 最後に繰りだした突きが躱された際、彼女の剣で腹を貫かれていたのだ。


 彼女の剣がすっと引き抜かれた。

 支えを失い、前のめりに倒れてしまう。


 まだ戦えると思っていた。

 だが、体はとうの限界を迎えていたようだった。


 アッシュは拳を作ることもできなくなった自身の手を見つめる。


 ……ここで俺の挑戦は終わるのか。


 相手があまりに強大すぎたからだろうか。

 初めは虚しさだけが胸中を支配していたが、徐々に悔しさが込み上げてきた。


 ただ、それが溢れるよりも早く視界がくすみはじめた。意識もどんどん遠退いていく。やがて自分が自分であることを認識できなくなった中、聞こえてきたのは――。


「アッシュ・ブレイブ。あなたの負けです」


 まるで息の乱れていないアイリスの声だった。



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