◆第十八話『バゾッド人形と新たな技術』
こんなにも広かったのか、と。
ゼロ・マキーナがいなくなったことで改めて空間の広さを感じられた。
「ありがとう、アッシュ。もう大丈夫」
いまも抱きかかえているラピスがみじろぎながら言った。
彼女の赤らんだ顔を見て、わずかな悪戯心が働きそうになる。
「遠慮しなくてもいいんだぞ」
「……その、恥ずかしいから」
「わかったわかった」
肩を貸しながらゆっくりと立たせる。
「ええ、大型なのにジュリー全然落ちてないっ」
クララの悲鳴にも似た声が聞こえてきた。
相変わらずの素早さで戦利品に駆け寄ったようだが、なにやらがくりとうな垂れてる。その前には少しばかりのジュリーが落ちている。色からしても1万ジュリー程度だろうか。大型レア種の報酬にしてはとてつもなく少ない。
「大型とはいっても、バゾッドくんたちがいて初めて討伐可能な相手だったからね」
「たしかに、そういう面で引かれてるのかも」
レオとルナがそう言って、クララを慰める。
2人の言うとおり、バゾッドたちがいなければ勝利するのは難しかった。戦利品が少なくてもしかたないかもしれない。ただ、個人的には報酬よりも10等級の大型レア種と戦い、勝利したことがなによりの報酬なので問題はなかった。
この戦闘で得た経験は間違いなく次に――。
100階戦に繋がるはずだ。
「イッタン、チジョウニ、モドロウ。ナカマガ、シンパイダ」
◆◆◆◆◆
昇降機を使って地上まで戻ったのち、外へと出る。
と、あちこちに転がったオートマトンたちが視界に映り込んだ。ボニーが相手をしていたひと際大きな個体もまた同様に横たわっている。
「ゼロ・マキーナが倒れたことで動かなくなったのか」
「途中の生産工場も止まってたし、その可能性は高そうだね」
レオが辺りを見回しながら言った、そのとき。
少し先の角からがしゃんがしゃんと音が聞こえてきた。
まだ動ける敵がいるかもしれない。
全員が警戒を強めるが、姿を現した相手を目にして早々に得物を下ろした。
現れたのはボニー。そしてドナーズとその部下たちだった。全員がぼろぼろでいまにも壊れそうだが、その無機質な足でしかと歩いている。
「みんな生きてるっ」
クララが歓喜の声をあげる中、バゾッドがボニーたちのほうへ向かった。
「ブジダッタカ」
「オレ、サイキョウ。ゼッタイ、マケナイ」
「ドナーズグンモ、サイキョウ。ゼッタイ、マケナイ」
ともに最強を謳ったボニーとドナーズが、1拍の間を置いて顔を見合わせる。
「サイキョウハ、オレダケ。ヤルノカ?」
「ノゾムトコロダ」
いまにも喧嘩を始めそうな2人をヒュージが「ケンカハ、アトニシテ」と懇願して場が収まる。そんな〝ココロある〟オートマトンたちの姿を見て、ラピスが目を細めていた。
「……まさに荒くれ者ね」
「本当に人間と変わらないね」
微笑ましいとばかりにそうこぼすレオ。
同じように笑みを浮かべていたルナが、バゾッドたちに問いかける。
「これで自由を得られるんだよね」
「ソノトオリダ。コレモ、キミタチノ、オカゲダ」
「アリガトウ。カンシャ、シテモ、シキレナイ」
バゾッドに続いて、ヒュージが言った。
ほかのオートマトンたちもこちらに向きなおる。
頭こそ下げていないが、感謝の意は充分に伝わってきた。
「当然のことをしたまでだよ。だから気にしないでっ。……ジュリーは少なかったけど」
「クララ、本音がもれてるよ」
調子のいいクララからこぼれた言葉に、ルナが苦笑しながら注意する。果たしてそのやり取りに効果があったのかはわからないが、バゾッドがこちらに歩み寄ってきた。
「セメテモノ、オレイ、ダ」
アッシュは彼からあるものを2つ受け取った。
ひとつはなんの意匠もない純白の腕輪。もうひとつは開いた脇腹から取りだされた、バゾッドそっくりの人形だ。片手で握れるほどに小さい。
「……これは?」
「《ワープリング》ト《バゾッド人形》ダ」
バゾッドがそう答える中、クララが手の中の品を覗き込んでくる。
「わーぷりんぐ? ってもしかしてここに来るときに使ったやつだったり?」
「コウテイダ。セッテイシタ、バショニ、ドコカラデモ、イドウデキル」
「すごい! 欲しいと思ってたやつだ!」
クララが目を輝かせながら歓喜する中、バゾッドが説明を続ける
「セッテイハ、ナンドデモデキル。ダガ、セッテイデキルバショハ、イリグチト、デグチ、イッカショズツ。ソシテ、イッタコトノアル、バショニ、カギラレル」
「1箇所だけでも充分使い道があるな」
「だね。塔を昇ってるときに中断したところから始められるようになるし」
「レア種の棲家に設定したら楽に通えるようになるね」
レオとルナが使い道の候補を挙げる。
いずれにせよ、時間を大幅に短縮できるのは大きい。
「もっと早く欲しかった~!」
クララが悔やむような声をあげる。
ただ、その顔は思い切り綻んでいた。
そんな彼女に《ワープリング》を渡したのち、アッシュは受け取ったもうひとつの品――人形を軽く掲げる。
「こっちはどういう効果なんだ?」
「ただの置物じゃないの?」
ラピスがつんつんとつつきながら言う。
と、バゾッドから「オキモノジャナイ」と即座に訂正された。
「ソレハ、《バゾッド人形》ダ。タッタ、イチド、チメイショウカラ、マモッテクレル」
「つまり身代わりになってくれるってことか。これもすごい効果だな」
バゾッドの話し方からして、どんな攻撃でも1度は防いでくれるといったものだろう。普段の狩りでは使用する機会があまりないかもしれない。おそらく使うとすれば100階の主。またはその先――神相手になるだろう。
「クララ、持っておくか?」
「え、遠慮しておこうかな。なんかあんまり可愛くないし」
「おい、バゾッドの目から光が消えたぞ」
可愛くない、という発言に傷ついたようだ。
心があるのもいいことばかりではないかもしれない。
「まあ、追々考えるとするか」
いますぐに決める必要はない。
アッシュは《バゾッド人形》をポーチにしまった。
「コレモ、ワタサナクテハ」
ドナーズが思いだしたように言うと、近くにいたレオに古びた1枚の紙を渡した。
「なんだろう、これ。見たことない文字だ」
レオが受け取った紙を見ながら首を傾げる。
試しに覗き込んでみると、読めない文字がずらりと綴られていた。右下には黒い紋様が記されている。
「ゴウセイ、キョカショウダ。ナンノタメニ、ツカウカハ、シラナイ。リリーナニ、ワタシテクレ」
「合成許可証……なんだか新しいことが起きそうな響きだね。なにはともあれ了解だよ」
そう言いながら、レオが紙を丸める。
最中、ぼわんと聞き覚えのある間抜けな音が聞こえてきた。音の出所を見れば、先ほどまでなにもなかった虚空に黒い靄が生まれていた。
黒い靄に右手を突き出していたバゾッドがこちらに向きなおる。
「ココヲ、トオレバ、トウノ、マエニ、デラレル」
ついに別れのときが来たようだ。
アッシュはひとり前に出て、バゾッドと握手を交わす。
「ホントウニ、アリガトウ」
「お互いさまだ。こっちも楽しませてもらったからな。そんじゃ、またな」
「……マタ、アウヒマデ」
彼の丸い手に熱はいっさいない。
むしろ冷たいぐらいだったが、手を離したあとはわずかな名残惜しさを感じた。
その後、アッシュは仲間とともに〝ココロある〟オートマトンたちに見送られる中、黒い靄の中に入った。暗転を経て、視界はいつもの見慣れた塔前の光景に移る。
激戦を潜り抜けたあとだ。
安堵するところなのかもしれないが、襲ってきたのはなんとも言えない感覚だった。
クララが振り返り、塔を見上げる。
「寂しいなって思う気持ちがあるんだけど、これって神様に作られた物語なんだよね」
クララが難しい顔をしながらそう呟いた。
ルナが少しだけ困ったように口を開く。
「たぶん彼らはもとの追われる立場に戻って、ゼロ・マキーナも復活するだろうね」
「なんだか悲しいなぁ。こんなに頑張ったのに」
クララの気持ちはわからなくもない。
おそらく全員が感じていることだろう。
だが、〝作りもの〟であることを変えられはしない。
「たとえ作りものでも、俺たちが関わったあいつらは間違いなく救われたはずだ。それに俺たちの中にも、あいつらと一緒に戦った記憶は残る」
無駄ではなかった。
そう思うことがきっと彼らにも、自分たちにもできる精一杯のことだ。
アッシュはひと足先に中央広場のほうへと歩きだした。肩越しにしんみりとした空気を吹き飛ばすようにからっと笑みを浮かべる。
「それより合成許可証だ。リリーナのところに行ってみようぜ」





