◆第十七話『ゼロ・マキーナ戦④』
ほかの仲間たちも白光の効果を受けていたようだ。
なんとか《ミサイル》を迎撃し、無事にやり過ごしていた。
「えぇ、なんかいきなり体が軽くなったんだけどっ」
「属性攻撃の威力もかなり上がってるみたいだ……っ」
クララとルナが驚愕の声をあげる中、アッシュはヒュージを引っ張りながら突き下ろされた敵の拳から逃れた。
かなり危ないところで毒の瘴気にも触れてしまったが、体にはなんの異常もない。先ほどからずっと体にまとわりついた白光が弾いてくれたようにも見えるが……。
なおも襲いくる敵の拳から逃れながら、アッシュは併走するバゾッドに声をかける。
「バゾッドがやったのか!?」
彼は「コウテイダ」と答えると、続けて説明しはじめる。
「ウンドウノウリョクガ、オオハバニ、コウジョウスル、マホウ《ヘイスト》ト、カクシュ、ゾクセイコウゲキガ、オオハバニ、ジョウショウスル、マホウ《ハロウ》。ソシテ、スベテノ、ジョウタイイジョウヲ、ムコウカスル、《イミュニティ》ヲ、カケタ」
運動能力を大幅に向上させる《ヘイスト》。
各種属性攻撃を大幅に向上させる《ハロウ》。
すべての状態異常を無効化する《イミュニティ》。
付与された魔法の説明を聞いた途端、思わず乾いた笑みを浮かべてしまう。
「……全部、とてつもない効果だな」
「それってやっぱり10等級の魔法なのっ!?」
話を聞いていたクララが大声で質問を投げかけてくる。いま、彼女は敵の手から伸びた指に追われ、《テレポート》で必死に逃げている状況だ。にもかかわらず訊いてきたあたり、よほど新たな魔法が気になったのだろう。
「バゾッドモ、シラナイ。タダ、ホンライハ、ゼロ・マキーナヲ、サポート、スルタメノ、マホウダッタ」
ヒュージ同様にやはりゼロ・マキーナのために搭載された機能だったらしい。ゼロ・マキーナも自身を強化するために造ったものが、まさか自身を倒すために有用なものになるとは思いもしなかっただろう。
「本当だ! 毒も効かなくなってる!」
「だったら――ッ!」
レオが敵の足に接近して瘴気の無効化を確認するなり、ラピスが猛攻撃をしかけはじめた。敵がいやがるように足踏みし、広間がぐらぐらと揺れる。
それでも敵の標的は変わらずヒュージに向いたままだった。アッシュはまた迫ってきた敵の手をヒュージともども間一髪のところで回避し、すぐさま走りだす。と、バゾッドが併走してきた。
「ヒュージハ、ワタシニ、マカセテ、クレ」
「任せろっても、あいつの攻撃は防げないだろっ」
話しているうちに敵の伸びた指先の2本が頭上から迫っていた。ヒュージを押し飛ばして回避させる。が、見計らったように敵の左手がすくうように襲ってきた。
――しまった。
そう胸中で悔いる中、バゾッドがヒュージに駆け寄っていた。途端、球形状の白い光膜が現れ、バゾッドたちを包み込んだ。
敵の左手が叩くように直撃し、白い光膜に包まれたバゾッドたちが球のように転がっていく。やがて勢いは壁に激突することで止まった。かなりの激しい衝突だったが、白い光膜に傷はついていない。
ふらふらと立ち上がったバゾッドが目の光を明滅させながら声を発する。
「モ、モンダイナイ」
「ははっ、了解だ! そんじゃ遠慮なくいかせてもらうぜ!」
アッシュは一旦しまっていた剣を抜いて駆けだした。
と、周囲の壁の高所から次々と黒い球が無数に飛びだしてきた。大きさは人間の頭部と同程度。オートマトンと同じような硬質な外皮を持っている。それらは全員の周囲を飛びまわる形で張りついてくると、ひとつしかない目から赤い光線を放ってきた。
アッシュはそれらを《ハロウ》で強化された属性攻撃で撃ち落とし、迎撃が間に合わなかった個体からの攻撃に関しては回避でやり過ごしていく。
ずっとヒュージの護衛で窮屈な状況が続いていたこともあり、とてつもない解放感だった。それに運動能力を大幅に向上させる《ヘイスト》の効果だろうか。体が思ったように動いてくれる。
「こりゃいいなっ」
敵の攻撃がまるで当たる気がしない。
仲間たちも各々の得意なスタイルで黒球に対応している。
「《ピュリファイ》を使わなくていいなら、あたしも攻撃に参加できるっ」
クララが《フレイムバースト》を敵の頭部に撃ちはじめた。ルナの矢と重なって大きな爆発音が頭上から聞こえてくる中、アッシュはラピス、レオと合流する。
「俺たちは足を削りきるぞ!」
ラピスたちがすでに攻撃をしかけていた左足首を集中して刻むと、敵がひるんで足踏みをはじめた。踏まれただけでも命が潰える危うさがあるため、一旦退避後、再び接近する。
と、周囲の壁が人間の背丈程度の高さまで開いた。中から細くて赤い光線が幾つも放たれ、瞬く間に格子状となるよう空間全体に張り巡らされる。
「アタルト、カラダガ、ヤキキレル!」
ヒュージから警告が飛んでくるが、言われるまでもなく危険を感じとっていた。アッシュは飛び込む形で光線がとおっていない空間に逃げ込んだ。直後、光線が腕ほどまで太くなり、離れていても感じられるほど熱を持った。
当たっていれば体に穴が開いていただろう。光線が消えるなり、再び敵に攻撃をしかけようとするが、黒球がまた飛んできて妨害をしてきた。迎撃を終えたところでまた光線が壁側から放たれ、身動きがとれなくなる。
「ったく、めちゃくちゃだなっ」
「パターンもないみたい!」
「これじゃ近づけないね……っ」
敵も動くためになかなか思ったように追加で攻撃を加えられなかった。後衛陣もまた同様に光線と黒球に手を焼いているようだ。先ほどから爆発音があまり聞こえてこない。
敵が天井の中央に右手を突き込んだ。
ガンッとひどく鈍い音が鳴るや、敵の全身から右手に向かって稲光が迸った。
「マズイ、ニゲラレナイ、ニゲラレナイ!」
バゾッドの不快な警告音が鳴り響く中、すべての床から黒いもやが勢いよく噴出してきた。気づいたときには視界が上下に揺れていた。突き上げられるように全身に衝撃が走り、その場にくずおれてしまう。
骨が軋み、肉が痙攣したように震えはじめる。
全身が悲鳴をあげている感じだ。
「なんだ、いまのは……っ」
避ける暇がなかった。
いや、避けられる場所がそもそも存在しなかった。
バゾットとヒュージは光膜のおかげで無事なようだが、仲間たちはあちこちで倒れていた。意識は残っているようだが、すぐに立ち上がれそうにない。
先の攻撃の打開策を頭で考える中、視界にいやなものが映り込んだ。赤い光線がまた放たれようとしている。
「全員、起きろ! また光線が来るぞ!」
仲間たちが転がるようにして安全地帯に逃れ、光線をやり過ごす。
すぐさまクララから全員に《ヒール》がかけられ、立ち上がれる程度にまでは回復した。ただ、万全な状態とは言いがたい状態だ。そんな中でも無慈悲に襲ってきた黒球をなんとか迎撃していく。
「サッキノ、コウゲキ。マタクル」
ヒュージの声が飛んでくる。
もう一度アレを受ければ間違いなく意識が飛んでしまう。それまでになんとしてでも倒しきらなければならない。
問題は敵の足踏み、光線、黒球という激しい攻撃にさらされる中、接近しつづけなければならない点だ。ほとんど針の穴をとおすような隙しかないが、やるしかない。
アッシュはひとり敵の左足に接近し、攻撃をしかけはじめる。脳が焼き切れそうなほどに処理能力が限界に近い。だが、それでも《ヘイスト》のおかげか、思考に体がついてきてくれている。
ただ、ラピスとレオはいまだ隙を見つけられずに接近できていない。アッシュは敵の左足への攻撃と、回避行動を目まぐるしく切り替えながら声を張り上げる。
「こいつは絶対に転ばせる! ラピスはあいつの胸部を! クララとルナはあいつの頭部を吹っ飛ばしてやれ!」
なにを放てばいいかは言っていない。
ただ、間違いなく伝わったはずだ。
ラピスが駆けだし、背後にはレオだけが残っていた。
アッシュは悔しげなレオの表情を見ながらまた叫ぶ。
「レオ、お前なら来られるはずだ!」
背中を押すことに成功したのか、レオが勇気を持って踏みだした1歩を皮切りに隣まで一気に駆け寄ってきた。そのまま敵の足首に突きの一撃を加える。
「アッシュくんにそこまで言われたら、いかないわけにはいかないね……!」
「それでこそレオだっ」
ただ、レオは回避行動が間に合わずに黒球の攻撃を幾度かもらっていた。鎧のあちこちに傷がつきはじめる。長くはもたないだろう。だが、ここで決めきれなければどのみち倒れるのはこちらだ。彼が傷つくさまは痛々しいが、いまは堪え時だ。
「クル、アレガ、クル!」
敵がまた右手を天井に突き込んだ。
黒いもやがすべての床から漏れはじめる。
敵の左足首はたび重なる攻撃でかなり削れているが、まだ1撃で斬り裂くにはかなり残っている。ただ、それはただの1撃での話だ。
アッシュは最高の光を発した剣を後ろに流し、力強く前へと踏みだした。すでに発動状態となっていた《ソードオブブレイブ》を繰りだし、駆け抜ける。
抵抗感なく振り抜けた。
間違いなく敵の左足首を切断できた。
その確信が現実であることを証明するかのように敵が大きな呻き声をもらしていた。体勢を崩し、そのまま壁にぶつかりながら不恰好に倒れていく。
アッシュは勢いを殺さずに走り、ラピスのもとに向かう。
「ラピスっ!」
すでにラピスが《限界突破》を発動していた。雷光のごとく眩い光と炸裂音を鳴らしながら直進し、敵の胸部へと槍の穂先を突き込んだ。とても槍の接触とは思えない轟音が響き、敵の胸部が弾けるように散る。
アッシュは反動で力尽きたラピスを抱き上げた。
そのまま敵から懸命に離れながら腹の底から叫ぶ。
「クララ、ルナッ!」
まずはルナの緑の風をまとった《レイジングアロー》が3発、敵の頭部に撃ち込まれた。こちらも矢とは思えない衝撃音を響かせたのち、属性攻撃となる爆発を起こす。
敵の頭部や首元が黒くなっているが、爆発によって染まったわけではない。クララが放った《メテオストライク》によって落とされた影だ。ただ、思った以上に広範囲だ。おかしいと思って見上げてみる。
と、アッシュは思わず顔をひきつってしまった。
3個の巨岩が横並びに落ちてきていたのだ。
とても敵の頭部だけに留まる範囲ではない。
「頭にって言ったろっ」
「いっけぇっ!」
クララの興奮した声が響く中、3発の《メテオストライク》が敵に激突。そのまま崩れ、四散した。あちこちに飛び散った破片は人間よりも大きなものが大半だ。当たれば怪我どころではすまない。
「アッシュくん、僕の後ろにっ!」
前方でレオが盾を構えた状態で待っていてくれた。彼の後ろにラピスを抱きながらすべり込む。辺りにいくつもの破片が落ちる中、レオの盾にも幾度か激突していたが、なんとかその場で弾いてくれていた。
やがて《メテオストライク》によって荒れていた場が収まった。巻き上がった砂塵が晴れ、倒れたままのゼロ・マキーナの姿があらわになる。
頭部がないうえに、胸部の装甲らしきものも破けたように失われている。これが人間や魔物なら間違いなく死んでいる。だが相手は人間でもなければ、通常の魔物とも違う存在だ。
果たしてこれで倒せたのか。
そんな疑問が頭にちらついて全員が警戒したままだったが、杞憂に終わった。
ほかの魔物と同様にゼロ・マキーナの姿が燐光となって散っていく。それを機に近付いてきたバゾッドが心なしか誇らしげに声を発する。
「ゼロ・マキーナノ、ショウメツヲ、カクニン。ミンナ、アリガトウ。ワレワレノ、ショウリダ」





