◆第八話『エネルギーコア製作』
クリスタルドラゴンが消滅したのを機に、アッシュはふぅと息を吐いた。
なかなかの強敵だった。
同等級の中型レア種、アンフィスバエナよりも強いとは聞いていたが、たしかにそのとおりだった。10等級の装備がなければもっと苦戦していただろう。
視界の端で自身の両手を見つめながら、ぼうっとするクララが映った。おそらくいましがたクリスタルドラゴンにトドメを刺した魔法――《メテオストライク》の余韻に浸っているのだろう。
「どうだった? 初めて撃った感想は」
「すんっごい爽快でしたっ」
「みたいだな」
目をきらきらと輝かせている。
初めての魔法を撃ったあとはいつも興奮していたクララだが、今回はこれまで以上だ。いますぐにでもまた味わいたいといった顔をしている。
「こっちには逆の反応をしてる人もいるよ」
そう苦笑しながら言ったルナのそばでは、レオが青ざめたまま硬直していた。
「……回避のためにロケット噴射を置いておいてよかったよ」
「レオさんの防具、ちょっとアレかもって思ってたけど……すごくいいと思う!」
「ま、また撃つ気満々だねっ!?」
恐怖に顔を染めたレオに、にんまりと笑って答えるクララ。レオがたまらず這いつくばって逃げだすと、クララが面白がって掌を突きだしながら追いかけはじめた。
中型レア種との戦闘後とあって疲れていないか心配だったが、どうやら元気があり余っているようだ。
「ねえ、アッシュ。あれ」
隣に立ったラピスが槍の穂先で、先ほどクリスタルドラゴンが消滅した箇所を指した。そこには大量のジュリーの中、人の頭部よりもわずかに大きい球形の水晶が転がっている。
「お、出てるな。あれがクリスタルドラゴンの心臓か」
「たぶんそうだと思う」
近づいて両手で持ち上げる。
中にはとても澄んだ液体が入っていた。青い光を発しては消える、といった明滅をゆるやかに繰り返している。穏やかな動きだが、なにか底知れない力を持っているのが手を通じて伝わってくる。
「危なげなくといった感じだったな」
そう声をかけてきたのはシビラだ。
彼女だけでなく、彼女のチームメンバー全員が近くまで来ていた。
「っても、最初は少し驚いたけどな。でもま、なんとかいけた感じだ」
「おつかれさまです、アッシュさん。とてもかっこよかったですっ」
オルヴィが相変わらずの賞賛を向けてくれる。「おう、ありがとな」と軽く応じていると、リトリィが焦り気味で前に出てきた。
「そ、それよりあのでかい巨岩です。クララさん、あれはなんという魔法なんですか?」
「《メテオストライク》っていう緑の塔の魔法だよ」
いまだにレオを追いかけて遊んでいたクララが足を止めて答えた。リトリィが恐る恐るといった様子でさらに質問をする。
「……やはりあの魔法は敵も使ってくるのですか?」
「うん。10等級のシヴァって敵がばんばん撃ってくるよ。だからいつもルナさんと大慌てで迎撃して大変なんだよね……」
「そ、そうですか」
クララの雑な説明で想像を膨らませているのか。
リトリィの顔がみるみるうちにこわばっていった。
なんとなくだが、現実の何倍もひどい光景を思い描いていそうだ。
「それで、その手に持ってるのが必要だったのかい?」
ヴァネッサがクリスタルドラゴンの心臓を見ながら訊いてきた。
アッシュは両手でそれを軽く掲げる。
「ああ。こいつがクエストで必要みたいでな」
「使い道がまったく想像つかないね」
「部屋の飾りじゃないってことだけはたしかだ」
アッシュは脇に抱えなおし、入口へと足を向けた。
「とりあえず目的も果たしたことだし、まったり帰るとするか」
◆◆◆◆◆
塔から帰還したのは翌日の昼頃だった。
野営後とあって女性陣の強い希望もあり、一旦帰宅。
身を整えてから中央広場に戻ってきた。
「10等級に到達したきみたちだ。難なくとってくるとは思ってたよ」
訪れた鍛冶屋にて。
早速、リリーナにクリスタルドラゴンの心臓を渡していた。
「それじゃ、さっそく作業に入るよ」
言うや、リリーナが金槌の尖ったほうでクリスタルドラゴンの心臓を打ちはじめた。
クララが慌てて声をあげる。
「え、割っちゃうのっ!?」
「この中の液体が必要なんだ」
そう答えながら、打ちつづけること10回。
早々に透明な膜に亀裂が入った。
レオがまぶたを跳ねあげながら言う。
「意外と脆いんだね。本体があれだからすごく硬いのかと思ってたよ」
「実際、硬いよ。ただ、こっちが特別なだけさ」
リリーナが金槌を見せつけながら言ってきた。
おそらくはアイティエルの力を得ているのだろう。
リリーナは幾度か続けて金槌を打って亀裂を広げると、そこからは素手で膜の一部を剥がし、雑に穴をあけた。そこから近くに用意された石造器に中の液体を流し込む。
「ここにきみたちが集めてきた材料を投入する」
続けて、属性石各種10個。
さらに硬度上昇の強化石50個が放り込まれる。
液体のかさが増し、いまにも石造器から溢れそうな状態だ。
「一瞬で溶けたね」
「……色も変わってる」
ルナとラピスが眼前の変化に驚いていた。
投入されたすべてを瞬く間に溶かした液体が虹色に変わったのだ。
「で、熱を加えながら混ぜる……」
リリーナが石造器の下で火をつけると、人の腕ほどもある太さのヘラで液体を混ぜはじめた。蒸気が出てくると、どんどん液体の量が減っていく。さらにとろみが出てきた。
そこでリリーナがそばに置かれた変わった容器を手に取った。人間の頭大の球形に、真っ直ぐな管をつけたようなものだ。質感は鋳型を思わせる。
それを石造器の脇に接合すると、中の液体がどんどん減りはじめた。どうやら石造器から管つきの容器に流し込まれているようだ。
すべての液体が管つきの容器に移されると、今度はそれを水につけた。じゅぅと肉の焼けるような音とともにまた大量の蒸気が噴出する。やがて蒸気が収まったのを機に管付きの容器は取りだされた。
さらにリリーナは流れるように作業を続ける。
管の部分を取り外し、球形部分のみとなった容器を側面からぱかっと開いた。
中にあったのは虹色の玉だ。
もとの液体の量からは考えられないが、人間の拳近くまで小さくなっている。
「ほとんど完成だけど、もう少しだけ冷ます必要があるかな」
「……綺麗」
ラピスが感嘆の声をもらしていた。
クララとルナも見惚れているのか、虹色の玉をまじまじと見ている。
「さて、それまでにひとつ相談があるんだ」
リリーナが手に持った虹色の玉――エネルギーコアをそばにそっと置くと、なにやら改まった様子で口を開いた。
「これをわたしにタダでくれないか?」





