◆第七話『10等級の挑戦者たち』
「はは……あたしらが対策を練ってようやく突破した初撃をまさかの一発とはね」
ヴァネッサは湧きあがった悔しさを吐きだすようにこぼした。
視界の中では、アッシュたちがクリスタルドラゴンへと攻撃をしかけていた。
アッシュに続いてラピスが駆け抜けざまに一撃を加え、離脱。入れ替わる格好で遅れて接近したレオが敵の標的を引きつけると、クララが《ライトニングバースト》を、ルナが落雷の属性矢を叩き込む。
「……流れるような連携ですね」
「はい、見惚れてしまいそうなほどです」
感嘆の声をもらすリトリィとオルヴィ。
相反してシビラとドーリエは真剣な顔だった。
いま、視界の中で行われている戦いを一瞬でも見逃さないとばかりだ。
大量の結晶によって守られていた敵の外皮が、先ほどの攻撃で大半が破壊された。ここぞとばかりに再接近したアッシュとラピスが敵の懐にもぐりこみ、連撃を浴びせはじめる。
敵は必死に前足で迎撃に当たるが、その鋭い爪は一向にアッシュとラピスを捉えられずにいる。と、苛立ったように敵が首を引き、口を膨らませた。胸部の内側から虹色の光がもれはじめる。あれは結晶を織り交ぜたブレスを吐きだす際の挙動だ。
「くる……っ!」
ドーリエが体をこわばらせながらそう口にした。
彼女だけでなく、オルヴィとリトリィも同様の反応を見せている。以前、挑んだときにまともに食らってしまい、痛い目を見た記憶が蘇ったのだろう。
ただ、敵の口からブレスが吐かれることはなかった。いや、正確にはほんのわずかに吐かれたが、直後に開けられた口の中へとルナが緑の風を纏った強烈な矢を撃ち込んだのだ。
とても矢とは思えない重い音が鳴り響く。
おそらく彼女の血統技術、《レイジングアロー》だろう。
敵は後ろへ弾かれた頭部を、すぐさま首をしならせて戻そうとする。が、そこにまたルナが《レイジングアロー》をぶつけた。敵がたまらずよろめき、苦しげな鳴き声をもらす。
「すごい反応の速さです……」
「いや、あれは見てから反応したわけじゃない」
呆けたようにこぼしたリトリィに、シビラが淡々と指摘する。
「事前に準備していたんだ。その証拠に彼女は一旦攻撃を休めていた」
「今回が初めてなのに事前に準備を、ですか?」
「おそらく〝そろそろ敵がなにかをしかけてくる〟と予測したのだろう」
シビラが険しい顔つきで説明を続ける。
「もちろん彼女が攻撃をしつづけても一定の損傷は与えられただろう。だが、彼女はそうではなく、敵の反撃を阻むことで仲間の安全確保と一斉攻撃の機会を作ったのだ。……まったく、おそろしい戦闘感覚だ」
ルナはよく気が利くタイプの人間だ。
それは戦い方でも如実に現れていた。常に後ろから全体を見渡し、矢という攻撃だけで仲間を助けている。戦況を支配していると言っても過言ではない活躍ぶりだ。
あまり前に出ないこともあって目立ちにくいが、彼女もまた間違いなく化け物級の戦士だ。これほどの挑戦者が、アッシュが来るまでは2等級で立ち止まっていたというのだから本当に驚きだ。
敵が威嚇するように咆哮をあげるやいなや、その外皮が弾け飛んだ。新たに現れた表皮は、結晶と同様の質感を持っていた。まさに結晶そのものといった体だ。
敵は翼をはためかせ、一気に天上付近まで舞い上がった。合わせて天上付近から生えていた結晶が大きさを増し、敵が通過した軌跡にそって巨大な結晶が落ちはじめる。
人間が当たれば間違いなく潰れる大きさだ。
アッシュたちが懸命に回避、または迎え撃って切り抜けていく。
「攻撃パターンが変わりましたね」
「早くも狂騒状態に入ったか」
オルヴィとドーリエが神妙な面持ちで言った。
ここからは初めて見る光景だ。自力で攻略したいという気持ちもわずかに残っていたため、目を閉じることも直前まで考えたが、好奇心には勝てなかった。攻略方法を知りたいという欲求ではなく、単純にアッシュたちの戦いを見たいという欲求だ。
敵が最奥に下り立つと、右前足を強く地面に叩きつけた。直後、アッシュたち全員の足場を狙いすましたかのように結晶が突きでてきた。
わずかな亀裂、または震動で感じとったのか、アッシュがいち早く警告したことで全員がなんとか無事に躱しきる。が、今度は天上からも結晶が落ちてきた。転がるようにしてアッシュたちが回避する。
上下からの結晶攻撃は以降も高頻度で続いた。さらに結晶が溜まると、咆哮とともに突風を発生させてくる始末。クララが《ストーンウォール》を全員の前に生成することで無事にやり過ごしているが、あまりの激しい攻撃の前にアッシュたちはなかなか敵に近づけないでいる。
――と、思いきや、アッシュを皮切りにわずかな隙を縫うようにして敵に攻撃をしかけはじめた。攻撃が敵を怯ませ、新たな攻撃の機会が連鎖的に生まれていく。
「全員、以前よりもさらに強くなってるね」
ヴァネッサはここまでの感想を端的に纏めた。
仲間たちも同じように思っていたようで頷いている。
「マスターの言うとおりだ。レオ・グラントの立ち回りは島でも随一だったが、今回は完全に敵の攻撃を冷静にいなしきってる。本当におそろしい男だよ」
「ラピスさんも、妖精王のときよりさらに鋭さが増しているように見えます」
「クララさんなんて初めて見たときとは、もう別人です……」
ドーリエに続いて、リトリィ。
最後にオルヴィが心底驚いたように言った。
クララは運動能力の低さもあって若干の危うさはあるものの、懸命に走り、またいくつもの魔法を駆使してここまで無傷で切り抜けている。自分の弱さをしっかりと理解し、豊富な魔力で補っている形だ。
全員が10等級挑戦者として相応の実力を見せている。
「……だが、やはりアッシュだけは別格だ」
言って、シビラが息を呑んでいた。
おそらく、それは誰もが感じとっていただろう。
上下から襲いくる結晶の攻撃にあのラピスでさえも戦いづらそうにする中、アッシュは悠々と駆け回っているのだ。いまや完全にタイミングを掴んでいるようで、ほぼ最短距離で敵に接近しては攻撃を加え、離脱を繰り返している。
一連の動きは大胆な面も垣間見えるが、攻撃はひどく静かで鋭かった。一撃を加えるたびに敵の身を深く刻んでいる。あまりに洗練されたその動きは、恐ろしいとしか言いようがない。同じ人間なのかという疑問すら湧くほどだ。
「みんな、引っ張られてるんだろうね」
ヴァネッサは、いまも風のように動き回るアッシュを見つめながら言った。たしかにほかの者たちも一流の戦士たちだ。だが、それでもいまの領域まで達せられたのは、間違いなくアッシュの存在が大きいだろう。
あれほどの戦士が身近にいるのだ。
その動きや考え方を学べる機会は山ほどある。そのうえ、なんだかんだと世話焼きなアッシュのことだ。ことあるごとに助言をしているに違いない。
ルナがまたも敵のブレスを未然に防いだ、その直後。
アッシュが「クララ!」と声を張りあげた。
連動して前衛組が全力で後退をはじめる。
おそらく事前に話していた魔法の試し撃ちを行うのだろう。
さて、いったいどんな魔法を繰りだすのか。
凄まじい威力であることは聞いていたが、想像の範疇を超えることはないだろう。心のどこかでそう軽く思っていたが、次の瞬間には目を見開かずにはいられなかった。
巣の上空を覆うように現れた巨大な魔法陣から、ずずずと岩が現れた。端が見えた時点で察しはついていたが……人間が何十人分どころの大きさではない。クリスタルドラゴンを軽々と押し潰せるほどだ。
気づいた敵がブレスを吐いて懸命に迎撃にあたる。
わずかに表面を削ることはできていたものの、破壊するには至らなかった。ついに激突し、敵はそのままひしゃげるようにして潰れた。激しく上下に揺れる中、地面に激突した巨岩があちこちに飛び散りはじめる。
すでに敵が弱っていたこともあるが、結果は見るまでもなかった。敵ながら無残な姿となって横たわったクリスタルドラゴンが音もなく静かに消滅を始める。
「はは……」
ヴァネッサは目の前の光景に乾いた笑みしか浮かばなかった。
「すごい威力だとは聞いていましたが……」
「まさかこれほどとは思いませんでした……」
「……あんなもの、あたしでも食らったら一撃だよ」
オルヴィとリトィリだけでなく、ドーリエも唖然としている。
ただひとりシビラだけは無表情で立ち尽くしていた。その視線の先では、アッシュたちが戦いの勝利を軽い感じで喜び合っている。
ヴァネッサは同様にアッシュたちを見つめながら、シビラの隣に立った。
「いま、どんな気持ちだい?」
「我々が勝機を見出せなかった相手をああも圧倒してみせたのだ。正直なところ、穏やかではないな」
「奇遇だね。あたしも同じだよ。ただ、上がいるってのも悪くない気分だ」
「同感だ」
あれが10等級挑戦者。
思っていた以上に遠い存在だった。
ただ、明確なイメージとして目に焼きつけられたのは大きな収穫だ。
必ず辿りついてみせる。
いや、必ず追い越してみせる。
そう決意しながら、ヴァネッサはシビラとともにアッシュチームを見つめつづけた。





