◆第六話『クリスタルドラゴンの巣』
「さあ、ついたぞ」
先導するドーリエが足を止め、肩越しに言った。
アッシュは仲間とともに彼女のそばをとおり過ぎ、その先に広がる空間――クリスタルドラゴンの巣を覗き込む。
試練の間を遥かに上回る大きさだ。天井は飛竜が悠々と飛び回れそうなほど高いし、地上は20体以上の地竜が暴れても余裕があるほどに広い。シーサーペントの巣と同等か、それ以上かもしれない。
「きれい~……」
「でも、ちょっと目が痛いね」
感嘆するクララに、顔をしかめるルナ。
広場のそこかしこに結晶が蔓延っていた。道中で見たものよりも密集度が高く、さらに人間よりも大きいものばかりとなっている。中でも最奥に見える結晶群だけは、ほかとは比較にならないほど大きかった。
しかも、よく見ればゆっくりとわずかに上下している。原因は間違いなく下地となった青白い岩だ。いや、巨大な竜だ。輪郭や、外皮の線から翼をたたみ、体を丸めていることがわかる。
「あれがクリスタルドラゴンか」
「アンフィスバエナより少し大きいぐらいかしら」
隣に立ったラピスが少し目を細めながら言った。
たしかに彼女の言うとおりだが、外皮にくっついた結晶たちを除けば同じぐらいだ。いずれにせよ、脅威を抱くほどの大きさではない。
「広間に足を踏み入れた時点で目を覚ましますので注意してください」
後ろから聞こえてきたリトリィの忠告に、前のめり気味だったクララが「わわっ」と慌てて下がった。入れ替わるようにヴァネッサが楽しげな顔で近寄ってくる。
「どうだい、一目見た感想は?」
「やってみるまではわからないが、なかなか歯ごたえがありそうな敵だ」
「噛み切れないほどには硬いよ、あの体」
「道中の雑魚でもかなりのものだったからな。覚悟はしてる」
とはいえ、いま手にしているのは10等級の武器。
それも、もっとも得意とする長剣だ。
必ず破壊できる、と確信していた。
と、オルヴィがずんずんと歩み寄ってきた。
右掌を胸元に当てながら、決意に満ちた顔を向けてくる。
「もし加勢が必要でしたら仰ってください。このオルヴィ、アッシュさんのためなら魔力が枯れるまで愛の《ヒール》をかけつづけられますっ」
「せっかくの申し出だが、自分たちの力だけで倒したいから遠慮しておく。それに魔力切れでオルヴィに倒れられても困るしな」
「はぁ……なんてお優しいのでしょうっ。では、心の中で愛を叫びつつ応援いたしますっ!」
あくまで重要なのは《ヒール》ではなく愛らしい。
オルヴィが自ら戦闘に臨まんとばかりに興奮しはじめた中、シビラが声をかけてくる。
「見学させてもらってもいいだろうか」
「もちろん構わないが……参考になるかわからないぜ」
そう答えると、シビラがむっと眉をひそめた。
「たしかにアッシュたちと我々の間には差があるかもしれない。だが、参考にできないほどではないと――」
「あぁ、悪い。そういう意味じゃないんだ」
シビラたちの実力を低く見たつもりはない。
むしろ世界でも有数の戦士たちだと買っている。
ただ、今回に関しては、8等級の装備ではまず不可能な攻撃をしかけるつもりでいた。後ろに下がったクララに目を向ける。と、彼女が自ら説明しはじめる。
「実は、戦う場所が広かったら試しに使うって決めてた10等級の魔法があってね。それがほんっとーにすっごい威力なんだ」
「それほどなのか」
「もしかしたらここまで影響が及ぶかもだから、充分に気をつけてね」
「わ、わかった」
クララの真剣な顔に、シビラが戸惑い気味に頷いていた。
すごい威力と言われたところで漠然としすぎている。想像がつかなくとも無理はない。だが、一度でも見れば忘れられなくなるだろう。それほどまでに《メテオストライク》はド派手な魔法だ。
「一応様子見はするが、いけそうなら各自で判断してがんがん攻めてくれ。クララは狂騒状態に入るまで攻撃は控えめで」
「入ったらズドン?」
「ああ、結晶ごとぶち壊してやれ」
「りょーかいですっ。うー、ワクワクする。レオさん、当たったらごめんね?」
「謝られないように全力で逃げるよ……」
敵は8等級の中型レア種。
アンフィスバエナ戦の激闘を思いだせばこわばってもおかしくないが、誰にもそんな様子はない。むしろ戦うのが楽しみといったふうに見えるぐらいだ。
やはり最高難度の10等級階層で戦いつづけたことが、たしかな自信となっているのだろう。
「頑張ってきな、と言おうとしたが、いまのあんたたちには相応しくないね」
ヴァネッサが呆れたようにため息をついたかと思うや、快活な笑みを向けてきた。
「思い切り楽しんできな」
「おうっ」
アッシュはそう応じたのち、仲間たちと顔を見合わせた。
「そんじゃ行くとするか」
レオを先頭に巣の中へと足を踏み入れる。
話に聞いていたとおり、クリスタルドラゴンがすぐさま反応を見せた。
海よりも深い青の瞳をぎょろりと動かしてこちらを捉えると、むくりと起き上がった。耳をつんざくような咆哮をあげ、両翼を勢いよく広げる。
ただの威嚇かと一瞬思ったが、違った。敵から激しい突風が発生。地面の結晶群を破壊し、巻き込みながらこちらに猛然と向かってきた。
結晶の破片が大量に混ざった突風だ。
まともに受ければ間違いなく切り傷程度では済まない。
「クララ、頼む!」
「怖いから2枚でいくねっ」
最前線のレオの前に《ストーンウォール》がすぐさま生成される。横並びに3枚。さらにその後ろに1枚ずつ追加で計6枚だ。
全員がレオの背後に駆け寄ったのと、突風が《ストーンウォール》に衝突したのはほぼ同時だった。結晶が混ざっているからか、細かい衝突音が数えきれないほど響きはじめる。
いつか壊れるかもしれないと準備していたが、一向に一枚も壊れる気配がない。
緑の塔91階から空を飛び回っているジズ対策で、《ストーンウォール》を10等級まで上げていたが、その効果が存分に発揮されているようだ。
《ストーンウォール》に当たらなかった風が左右、頭上を鋭い音を鳴らしながらとおりすぎていく。
やがて長いようで短かった突風が止んだ。
クララが《ストーンウォール》を消滅させるよりも早く、アッシュはラピスとともに壁から飛びだした。
直後、思わず目を見開いてしまった。
結晶の波が押し寄せてきていたのだ。
人5人分ほど、ととても飛び越えられる高さではない。
左右に躱せる場所もない。となれば、とれる手段はひとつ。
「正面に集中攻撃!」
前衛組とルナは属性攻撃、クララは《ライトニングバースト》で一斉攻撃。見事にすべてが同じ箇所に命中する。
さすがに結晶の波の勢いは止められなかったが、虫食いにでもあったかのような小さい穴をあけることには成功した。ただ、いまにも塞がろうとしている。まさに、いまにも崩れかける門といった形だ。
「走れ!」
ラピス、ルナに続いてクララが駆け込むようにして穴をくぐり抜ける。
「急げレオ!」
「僕はいつだって全力だよ!」
アッシュは最後に残ったレオに合わせて穴に飛び込んだ。
直後、結晶の波が倒れた。
水だけの波とは違い、とてつもなく騒がしい音が鳴り響く。
「アッシュ、レオ! 無事!?」
ルナの声が聞こえてくる。
すぐでにも無事を報せたい。
だが、なにより先に伝えなければならないことがあった。
「みんな、散れッ!」
視界の上端から敵が矢のごとく突っ込んできていた。
各々がまた全力で駆けだし、四散する。と、先ほどまで全員がいた場所の中心に敵が思い切り頭突きをかました。そのまま入口側の扉まで不恰好な体勢で跳ね転がっていき、轟音とともに壁に衝突。先ほど波となって押し寄せた結晶の山に半身を埋めた格好で、ようやく動きを止めた
なんとも痛々しい光景だ。
間違いなく相当な傷を負っただろう。
そう思ったのも束の間、敵は何事もなかったかのようにのそりと起き上がった。
「硬いとは聞いていたけど、想像以上のようね」
ラピスが槍を構えながら警戒を強める。
硬いこともそうだが、なにより目につくことがあった。それは敵の体を覆う結晶の数だ。明らかに最初よりも多い。おそらく、いましがた結晶の山に埋もれたことでくっついたのだろう。
それがどんな意味を持つのか。
いまはまだわからないが、相手は中型レア種だ。
きっとなにかあるに違いない。
「思ったより楽しめそうな敵だなっ!」
アッシュは口の端を吊り上げながら、クリスタルドラゴンへと駆けだした。





