◆第十七話『最高の戦力と最高の収穫』
《ソードオブブレイブ》は敵と刃を交えるか、敵の体を斬ることによって光が1段階ずつ増していき、10段階で発動状態となる。
オートマトン1体を戦闘不能に追いやるためには四肢を切断する必要があるため、1体で4段階も上がる。先ほどから10体以上を戦闘不能に追いやっているいま、いつでも発動できる状態となっていた。
《ソードオブブレイブ》は対象を斬り裂くことに特化した血統技術だ。この技を使って斬れないものはない――。
アッシュは3つの盾と、オートマトンたちの脚部を駆け抜けざまに切断した。その場に転がったオートマトンたちの腕をラピスが素早く破壊したのち、あとから追いかけてくる。
「ソンナ、ウソダ」
「サイキョウ、スタイル、ヤブレタ」
「サイキョウ、ナノニ、ドウシテ」
「つまり最強じゃなかったってことだ!」
悔しがる盾型3体にそう応じつつ、アッシュはラピスとともに前進する。もう少しでコントロールタワーの根元に辿りつくといったとき。
コントロールタワーを覆うように緑色の光膜が張られた。接近と同時に剣を振ってみるが、鈍い音を鳴らして弾かれてしまう。
「障壁かっ!」
今度はラピスがすぐさま《限界突破》の体勢に入った。
アッシュは慌てて止めにかかる。
「待て! ここで撃ったらタワーを倒すときに使えない!」
「でも時間がないわ!」
たしかにドナーズを狙うオートマトンたちの攻撃は熾烈を極めていた。ずっと止むことなく轟音を響かせ、大量の黒煙を巻き上げている。いまも数えきれないほどの砲弾の雨が降り注いでいるのだろう。
なんとか持ちこたえてくれているが、少し先ではどうなっているかわからない。それほど凄惨な光景だ。悠長にしている暇はない。
それでも焦ってラピスの《限界突破》を使うのは危険が高い。あれを使えばラピスは動けなくなる。それに《限界突破》で障壁を打ち破れるとは限らないのだ。
なにかないか。なにか障壁を破るしかけは――。
そうして視線を巡らせたとき、障壁の外周そばに人間の大人と同程度の高さを持った石碑のようなものが3本建っていた。どれも人間の頭部に当たる高さには、緑色に光る石が埋め込まれている。
「あの石碑、あやしいことこのうえないよな」
「ええ。どう見ても破壊してって感じね」
そう意見を交わすやいなや、駆けだした。
アッシュは左方から、ラピスは右方から障壁に沿って進み、その先に建っていたあやしげな石碑を破壊する。直後、コントロールタワーを覆う障壁が揺らめいた。明らかに影響があったと思える反応だ。
ラピスも破壊に成功したようで同様の反応が障壁に起こる。アッシュは3本目に向かって駆けつつ、試しに障壁に剣を打ちつける。が、変わらず弾かれてしまう。やはり石碑を3本倒さなければ障壁は解けないのかもしれない。
「俺があれを倒す! ラピス、消えたら頼む!」
「了解!」
ラピスも3本目に向かっていたが、急停止して腰を深く落とした。コントロールタワー側に穂先を向け、いつでも《限界突破》を撃てるよう構える。
と、ラピスの背景として映り込んだ空に3隻の飛空船が見えた。どれもドナーズと仲間のいる場所へと一直線に向かっている。
まかさのここにきて3隻の飛空船とは、なんともえぐい増援だ。あれらが戦場に辿りつけば、さすがにクララたちも耐え切れないだろう。
ふいに進行方向から騒がしい音が聞こえてきた。視線を戻せば、横にずれた床からせり上がってくる3体の盾型オートマトンが映り込む。先ほど倒した集団とまったく同じだ。
「イッシ、ミダレヌ、ウゴキ」
「ドコニモ、スキハ、ナイ」
「サイキョウノ、カマエ」
「くそっ、時間がないってのに!」
構っている暇はない。
ゆえにすぐさま遠回りして駆け抜けようとするが、またも前方の床が開き、3体の盾型オートマトンが現れた。さらに遠回りしようとするが、またも同様の盾型たちが出現する。
すべての盾型オートマトンから放たれた砲弾が進路を塞ぐように降り注ぐ。さらにオートマトンの拳があちこちから飛んでくる始末。とてもではないが前進できない。
すでに飛空船の増援が仲間たちのそばまで到達していた。
このままでは本当に仲間の命が危うい。アッシュはすぐさま決死の覚悟で砲弾の雨の中を突っ込もうとする。
直後、コントロールタワーを覆っていた障壁が消滅した。いったいどういうことなのか。3本目の石碑はまだ破壊していないはずなのに――。
そう思いながら確認してみたところ、3本目の石碑が破壊されていた。いったい誰による攻撃なのか。それはかすかに細長い光の残滓からすぐにわかった。
間違いない。
ルナの矢だ。
盾型たちの攻撃を躱しつつ、矢の軌道を辿る。
と、かなり遠く離れたところに立つルナを見つけた。あの距離から戦況を読み、3本目の石碑を破壊してくれたとは……本当に大した弓使いだ。
「こういうときの遊撃だよね! 役に立ったかな!?」
「ああ、これ以上ないぐらいにな! ――ラピスッ!」
呼びかけるよりも早く、ラピスが《限界突破》の発動していた。横向きに落雷が放たれたように閃光が走り、耳をつんざかんばかりの音が轟く。
《ソードオブブレイブ》が斬撃に特化した血統技術ならば、ラピスの《限界突破》はまさに衝撃に特化した血統技術だ。その矛先が衝突したとき、コントロールタワーの根元の片側が打ち抜かれたように砕け散った。
ぐらり、とコントロールタワーが傾きかけはじめる。
そこからは一瞬だった。
鉄の床を叩くようにして倒壊し、無数の残骸となって散りゆく。大量に舞った粉塵のせいで視界が一気に悪くなった。が、戦闘が無事に終わったことはそばの盾型オートマトンたちを見れば一目瞭然だった。
「ココハ、ドコ」
「ワタシハ、ダレ」
「ドナーズ、シレイカン、シジヲ、シジヲ」
先ほどまで激しい攻撃をしかけてきていた盾型オートマトンたちが、急に敵意をなくしていた。まるで意識が戻ったばかりの人間のように、きょろきょろと辺りを見回している。
「ドナーズ、シレイカン、ボロボロ」
「スグニ、シュウリ、ヒツヨウ」
「イソゲ、イソゲ」
舞っていた粉塵が収まるにつれ、辺りの視界も戻っていく。と、コントロールタワーが建っていた場所になにか煌めくものを見つけた。……大量のジュリーだ。
「これも戦利品を落とすのか」
待てないとばかりにガマルが飛びだし、舌を伸ばしてジュリーを頬張りはじめる。そんな中、属性石よりもわずかに大きくて丸い緑の宝石を見つけた。拾い上げて確認していると、近寄ってきたラピスが驚いたように声をかけてくる。
「アッシュ、それって……」
「ああ。これ見たらクララの奴、きっと放心するぜ」
思わず口元に得意気な笑みを作ってしまう。
なかなかに厳しい戦場だったが、おまけとしてはこれ以上ないほど大きな収穫だ。
その後、アッシュはラピスとともにルナと合流。
クララとレオ、ドナーズのところに向かう。
道中、オートマトンの無事な個体が、損傷した個体に針や回転する円錐型のナニカを当てて火花を散らしていた。あちこちできぃんと鼓膜を貫いてくような音が聞こえてくる。
一見して痛々しい光景だが、すべては修理のためのようだった。仕上げに切断された四肢が接合され、オートマトンたちが再び元気に動きだしている。
前方にしっかりと両の足で立つクララとレオの姿が見えてきた。
防具のあちこちが黒く汚れているものの、どうやら無事なようだ。
「うわ、すごい。すぐになおってく……」
「本当に不思議な光景だね……」
2人の視線の先では、ドナーズがほかのオートマトンたちから修理を受けている。
こちらがそばに辿りついた頃には、完全に元どおりとなっていた。元気そうに両手を動かし、足部分となる車輪を前後させている。
「オマタセシタ」
「ツヤッツヤだな」
「オトメノ、タシナミダ」
アッシュは思わず無言で仲間と顔を見合わせてしまう。
どうやらドナーズは女性のココロを持っていたようだ。
「ソレヨリ、ブカノ、センノウヲ、トイテクレタ、ケンダ。ココロヨリ、カンシャスル」
ドナーズがこちらに向かってわずかな角度ながら頭を垂れた。途端、あちこちに散らばっていた数百体のオートマトンたちや、飛空船の乗組員たちも倣うように頭を下げはじめた。
「すごい……」
「……圧倒されるね」
まさに壮観といった光景に、クララとルナが思わず感嘆の声をもらしていた。
ドナーズが再び頭を上げ、話しはじめる。
「ワレワレ、ドナーズグンハ、オンヲ、ワスレナイ。ヤクソクシタ、ゼロマキーナ、トウバツ。カナラズ、カケツケル」
「ああ、待ってるぜ」
そう応じた、瞬間。
左手の甲が光を発した。
バゾッドの協力者を現す3つの炎のうち、最後のひとつが灯ったのだ。
「これですべての協力者が集まったわけだね」
レオが感慨深そうに左手の甲を夜空にかざしていた。
ルナも同様に左手の甲を見つめながら言う。
「あとはクリスタルドラゴンの討伐と、エネルギーコアの製作だね」
「なんだかもうすでにたくさん戦った気がするよー……」
クララが疲労困憊といった様子で肩を下げる。
正規ルートとは比べ物にならない数のオートマトンを相手にしたのだ。今回ばかりはその姿をだらしないと諌めることはできなかった。
ただ、彼女の疲れを一瞬で吹き飛ばせるものを持っていた。
アッシュはクララに向かってずっと握っていたものを放り投げる。
「クララ、これ受け取れ」
「うわっ、なにこれ?」
「さっきコントロールタワーを破壊したときに出たやつだ」
クララが両手で受け取ったものをまじまじと見たのち、がばっと顔を上げる。
「う、嘘でしょ? これって10等級の魔石だよね!?」
「しかも緑はあれ以外、魔法を見てないからたぶん決まりだろ」
「じゃあ、やっぱり……」
唖然としたまま改めて手に持った魔石を見つめるクララ。それが現実のものであることを告げんと、アッシュはその魔石に込められた魔法の名を口にする。
「ああ、《メテオストライク》の魔石だ」





