◆第十五話『オンボロ司令官ドナーズ』
マキナチームの60階突破記念と称した祝いの席から2日後。バゾッドの依頼遂行のため、アッシュは仲間とともに緑の塔96階に来ていた。
ただ、正規のルートからは完全に外れている。
ある道に差しかかると、損傷するなり決まって逃走を始めるオートマトンたちがいた。試しにそのあとを追いかけてみたところ、不審なゲートを発見。飛び込んでみると、別空間に飛ばされたのだ。
空は通常ルートと同様に星が輝く夜の光景。
足場はすべてが空中に浮いており、鉄板のような質感だ。その上に載る矩形の建造物もほとんどが同様のものでできている。
それだけでも自然とは正反対の空気感だが、さらにそれを鉄と油が入り混じったにおいが強めている。
「みんな、静かに。来たよ!」
ルナのひそめた声が聞こえてきた。
いま、全員で矩形の置物との間にある狭い空間に身を隠していた。通路側から順にルナ、クララ、ラピス。間にこちらを挟んでレオといった順だ。
と、がしゃんがしゃんと物々しい鉄の律動音が聞こえてくる。通路側をオートマトンが一糸乱れぬ動きで横2列に並び、行進していく様子が見て取れた。その数10体。さらに厄介なのは、その隊がひとつではなく幾つもあることだ。
こうして身を隠しているのも、まともに戦えば勝ち目がないからだ。先ほどのような集団で行動する隊が10以上も存在している。まさにオートマトンの基地だ。
「レオ、もう少し奥に寄れないか?」
「こ、これ以上は厳しいよっ! どうしてもって言うなら僕と抱き合うほか――」
「それだけは御免だ」
体勢が悪くて窮屈だが、我慢するほかない。
そう思っていたところ、ラピスが肩越しに振り返ってきた。
「アッシュ、遠慮しないでくっついて」
「それはありがたい申し出だ」
「ちょ、ちょっとアッシュくん。僕のときと全然違うじゃないかっ」
「当然だろ」
レオとラピスのどちらと密着するか。
そう問われれば答えは決まっている。
とはいえ、後ろから密着するような格好だ。
遠慮せずにというのは無理があった。
ゆっくりと近づいていき、彼女の背面に腹と胸を密着させる。
雄々しい戦闘スタイルからは、とても考えられないほどとてもしなやかな感触だ。それに軽装の薄い生地越しに彼女の体温がしかと伝わってくる。
さらに距離を縮め、彼女の耳元に口が近づいた、そのとき。息をかけてしまったのか、ラピスが「ひゃん」と可愛らしいうめき声をもらした。
「悪い」
「大丈夫……びっくりしただけだから」
そう言いつつも、ラピスの耳は真っ赤だ。
普段、澄ました顔をすることが多い彼女とあって、その反応がより新鮮に感じられた。たまらず悪戯心に火がつきそうになったが、その気持ちをいきなり頭上から差してきた影が抑えてくれた。
「ふ、船が空飛んでるんだけど……」
クララが呆けた声をもらした。
彼女の言葉どおり、見上げた先――空を巨大な鉄の船が飛んでいた。
横回転する櫂のようなものを甲板のあちこちに立て、さらに極太の管を脇に抱えるようにして幾本も装着している。進むたびにボコンボコンと大量に吐きだされる煙は見るからに自然に悪そうな色だ。
空を飛ぶ船――飛空船というべきだろうか。
島の外では見たことのない未知の存在だ。
「本当にこれ全部が協力者だっていうのか? ドナーズ」
アッシュはレオのさらに奥側に向かって問いかける。
と、レオの背後から緑色の鉄人形――オートマトンが顔を出した。ただ、その個体は現在、辺りを徘徊するオートマトンとは姿がわずかに違う。頭に斧の刃のようなものがついている。
彼はドナーズ。
この空間に飛ばされてすぐに出会った、バゾッドの協力者だ。
「スベテ、ワタシノ、ブカダ。ゼロ・マキーナニ、センノウ、サレテ、イウコト、キカナイ。コントロールタワーヲ、コワセバ、スベテ、カイケツダ」
ほかの協力者よりも流暢な喋り方だ。
つまり、この空間にいるオートマトンはすべて彼の部下だが、ゼロ・マキーナに洗脳されていまは敵対しているという。そしてその洗脳を解くためには、〝コントロールタワー〟なるものを破壊すればいいらしい。
いまもこうして戦わずに身をひそめてるのも、あとで仲間になるオートマトンたちを傷つけないように、との思惑もあった。相手が多すぎてまともに戦えばとても大きな危険を伴うかもしれない、という理由のほうが大きいが。
「次の隊が行ったら出るよ」
ルナの指示から間もなく、オートマトンの集団が映り込んだ。相変わらずの騒がしい金属音を響かせながら左方へと進んでいく。
やがて列の終わりが訪れてから少しの間を置いて、ルナが通路に飛びでた。彼女のあとを追う形で全員が続く。
あちこちに置かれた大小さまざまな矩形の建造物が壁や足場にもなり、左右だけでなく上下にも入り組んだ道となっていた。
動きは大胆だが、決して大きな音をたてないように進む。音をたてればあちこちで見張りをするオートマトンに気づかれかねない。
また、見張りは頻繁に視線を動かしているため、そこに姿が映り込まないよう細心の注意を払いつつ着実に進んでいく。
クララがこけそうになったり、レオの盾が手すりに当たって音が響いたり、と何度か危ない場面はあったが、なんとか気づかれずに最奥近くの区画まで辿りついた。
アッシュは入れ替わって先頭を走る。
すぐ後ろに続くのは協力者のドナーズだ。
彼は脚部となる車輪を高速で回しながら走っている。
「アレガ、コントロールタワー、ダ」
視界の中、1本の塔が建っていた。
どの建造物よりも高い。
ジュラル島の塔で言えば、大体3階相当だろうか。
また明るい光を発し、広範囲にわたって辺りを照らしている。
「あれを破壊すれば洗脳が解けるってことだな」
「コウテイダ」
そう返事をした直後のことだった。
ガコン、という音が聞こえてきた。
いやな予感がして振り返ると、ドナーズの体からしゅぅーと音をたてて黒い煙が漏れだしていた。さらに車輪が壊れたのか、彼の動きが止まってしまっている。
「スマナイ、ズットヒトリデ、タタカッテキタ、ヘイガイダ」
「あ~……つまりどういうことだ?」
「サイアクノ、ジタイダ」
直後、ドナーズからボンッと大きな音が鳴った。
それは周囲のすべてのオートマトンから注意を集めるには充分な音だった。あちこちに散っていた隊や、見張り役のオートマトンたちが一斉にこちらへと向かってくる。
当然ながら空からはあの巨大な飛空船も来ている。しかも側面につけられた大砲と思しきものが、いまにもこちらに向けられようとしているところだ。
もはや安全な逃げ道らしき場所はない。
アッシュは乾いた笑みを浮かべる。
「……たしかにこれは最悪だな」





