◆第七話『赤色のボニー』
ひらけた場所に出たのは百段ほど下りてからのことだった。
試練の間よりも横幅はわずかに狭いぐらいか。奥行きについては入り口からは確認できない。単純に長いこともあるが、煙が漂っていて視界が悪かった。
煙を発生させているのは、左右の壁にぎっしりと並べられた太い管だ。この空間に入ってから律動的に「ガコン」と響いている重厚な音。それに続いて「プシュー」と間抜けな音を鳴らしながら煙を噴出させている。
「すごい煙だね……」
「暑い……」
ルナは顔をしかめながら口元を押さえ、ラピスは軽装の胸元をつまんで風を送り込む、と二様の反応を見せている。
「なにが待ってるかわからないからな。警戒しながら進むぞ」
そうして奥を目指して慎重に進んでいく。足場は金属製の板のようだが、下には空洞があるようだ。歩くたびに足音がよく響く。
と、いきなり視界が晴れた。
どうやら天井に換気口があったようだ。
見上げれば、勢いよく煙が吸い込まれている。
煙のない空間は、これまでの道より広々としていた。
左右の壁には太い管もなく、薄汚れた灰色の金属版で埋め尽くされている。
そんな中、なにより存在感を放っていたのは奥で屹立する赤色のオートマトンだ。ずんぐりむっくりした体に丸い手と平たい足、と通常のオートマトンと形状こそあまり変わらないが、ひとつだけ違う点があった。それは――。
「で、でかぁ……」
クララが首を後ろに傾けながらこぼした。
眼前のオートマトンは、こちらの5倍程度と凄まじく大きかった。巨人に近い大きさだが、あまり魔物と対峙しているような感じはない。無機質な体のせいか、壁を前にしているような感覚だ。
「お前がバゾッドの言ってた協力者か?」
そう声をかけた瞬間だった。
オートマトンの頭部――目の高さにあるくぼみの奥で赤い光が灯った。きゅぃーんと耳の奥まで響いてくるような音を鳴らしながら、がしゃんと音をたててオートマトンが1歩踏みだす。
「オレ、ボニー。バゾッド、シンユウ」
「僕とアッシュくんの関係と同じだね」
「ああ、そうだな」
レオの言葉をおざなりにいなしつつ、アッシュは話を続ける。
「早速で悪いが、ゼロ・マキーナって奴を倒すために協力してくれないか?」
「ゼロ・マキーナ、ツヨイ。ナカマ、アツマッテモ、タオセナイ」
「そのために俺たちがいるんだろ」
「オマエタチ、シンヨウ、ナイ。ジツリョク、タメス」
言うやいなや、ボニーが右手を豪快に振り落としてきた。
アッシュは仲間とともにまろぶように散開し、すぐさま体勢を整える。
「すんなり話がまとまるとは思ってなかったが……いきなりかよっ」
さらに左手を払う形で繰りだされ、たまらず全員が後退する。と、ボニーの腰周りの装甲がベルト型に開放。同心円状に火炎が放射されはじめた。前衛組は属性障壁、クララとルナは《フロストウォール》の裏に隠れてやり過ごす。
火炎が止むと、今度はボニーの両肩がぱかっと開き、中からいくつものミサイルが飛びでてきた。高く舞い上がったのち、こちらに向かおうとしてくる。
「クララ、撃ち落とすよ!」
「任せてっ」
ルナとクララがすぐさま放った遠距離攻撃がミサイルに命中。連鎖的にすべてのミサイルが敵の頭上で爆発した。一瞬にして黒煙に包まれた敵だが、すぐに吹き飛ばしながら飛びでてきた。
なにやら胴体の上側を回転させ、伸ばした両腕を振り回している。通常のオートマトンも使う攻撃だが、眼前の個体は大きさが大きさだ。
「いつも以上に距離をとれ! 絶対に当たるなよ!」
敵は周囲の壁に攻撃が当たることをまったく気にしていないらしい。おかげで敵の拳や体が壁に当たるたびにとてつもない轟音が響いている。音からして当たれば間違いなく全身の骨が砕けるだろう。
「オレ、ツヨイ! コワカッタラ、コウサン、シロ!」
「忠告感謝するが……俺たちも強いぜ!」
敵の回転攻撃は脅威だが、その大きさもあって隙も多い。強烈な風が吹きつけてくる中、アッシュは突進してきた敵の股下にもぐり込んだ。敵の両足へと駆け抜けざまに1撃ずつ入れる。が、どちらも傷をつけるだけで裂くには至らなかった。
「硬過ぎるっ!」
敵の攻撃範囲から離脱したのち、すぐさま振り返る。どうやらラピスとレオも機を見計らって股下にもぐり込み、攻撃をしかけていたようだが、同じく攻撃を徹せなかったようだ。
クララは《フロストバースト》、ルナは矢で敵の頭部へと攻撃を浴びせる。が、どれも命中した途端にジュゥと音をたてて一瞬で蒸発してしまう。
「ヒンヤリ、キモチイイ」
「なにそれぇ!? ずるいっ」
「オマエタチ、アマリ、ツヨクナイ。モウ、オワラセル」
敵が回転を速め、一気に距離を詰めてきた。
さらに左右の傾きを入れることでより変則的な動きになっている。
硬い上に有利属性による直接攻撃もあまり効果がない。となればもう絡め手でいくしかない。アッシュは対巨人を想定した戦法に移行せんと声を張り上げる。
「レオ、ラピスは合図をしたら俺と一緒に左足に攻撃を! クララとルナは敵の右足に氷を張ってくれ!」
すぐに意図を理解してくれたようだ。
仲間たちからすぐに了解の意が返ってくる。
その間にも敵は距離を詰めてきていた。
敵の動きは大きいため、タイミングをはかるのは容易だ。アッシュは集中し、敵が左足を踏み込んだのを機に叫ぶ。
「いまだ!」
まずはレオが敵の左足に盾で体当たりをかました。ちょうど左足が持ち上げられる直前とあって、敵がぐらついた。さらにそこへアッシュはラピスと揃って思い切り得物を突きつける。
と、かなりの抵抗に見舞われたものの、敵の左足を押し込むことに成功した。ただ、途中からは力を入れていないにもかかわらず敵の足が後方へと跳ね上がった。さらに敵の体が前のめりに倒れていく。
片足への攻撃だけではこうはならない。
見れば、敵が右足を置いたと思われる床に広範囲に渡って氷が張っていた。
先ほど指示したとおりクララとルナの攻撃によるものだ。あそこに踏ん張るほうの足――軸足を置いたことで見事にすべったのだ。
敵はそのまま止まることなく、ずしんと音をたてて倒れ込んだ。あまりの衝撃とあってか、床に敷かれた金属板も損壊させる形で敵の頭や上半身の右側が埋まっている。
「いまのうちに攻撃しまくれ! たぶんどこかに柔らかい箇所はあるはずだ!」
「ね、ねえ! 壊しちゃってもいいの!? このあと協力してもらうんじゃっ!」
「だとしても実力を試すって言われたからな! 遠慮はいらないだろ!」
クララの不安な声に、そう答えながらアッシュは敵の体へと飛び乗った。相手は鉄壁の防御を誇るオートマトンだ。手加減して攻撃を徹すなんて甘い考えを抱かないほうがいい。
アッシュは早速とばかりに剣を振り上げ、脚の付け根へと剣を振り下ろそうとした、そのとき――。
「マッテ! マッテ! コウサン!」
足下で転がったオートマトン――ボニーからそんな声が聞こえてきた。アッシュは切っ先を下向けた剣を掲げたまま、怪訝な顔で問いかける。
「降参って……転がっただけだろ」
「シュウリ、ジカン、カカル。モウ、ヤメテ」
「マジかよ」
神の力でぱぱっとなおるのかと思いきや、まさかの修理必須とは。変なところで現実感を出さないでほしいところだ。アッシュは脱力しつつ剣を収めると、ボニーの上から飛び退いた。
「ったく、俺たちが傷つけてたらどうなってたんだ……」
「カンガエテ、ナカッタ」
そんなボニーのそばに屈み込んだラピスが、ぼそりと一言。
「あなた、抜けてるのね」
「ミミ、イタイ」
「耳なんてあるの?」
「タシカニ、ドコニモ、ナカッタ」
もしボニーが挑戦者だったら間違いなく脳筋と呼ばれていたことだろう。
丸い両手を支えにボニーがゆっくりと起き上がった。
試しに損壊した床の下を覗き込んでみると、暗闇だけが広がっていた。ただ、やたら熱を感じる。ひとまず落ちれば戻ってこられなさそうなことだけは理解した。
「それで、協力してくれるってことでいいんだよな?」
「モチロンダ。オマエタチ、トテモイイ。チカラアワセレバ、アイツ、タオセル」
ボニーの協力を取りつけた、瞬間。
左手の甲から赤い光が放たれた。
見れば、バゾッドのクエストを受けたときに刻まれた紋様の一部――中央の球体を包むように燃えていた炎のひとつが赤い色で染まっていた。
レオが左手の甲を掲げながら言う。
「赤色ってことは塔の色に合わせてるんだね」
「だろうな。炎の残り2つはたぶん青と緑か」
「で、中央の球体はエネルギーコアかな」
そうして紋様の発光条件を予想していると、ボニーが奥の壁に向かって歩きだした。そのままこちらに向きなおると、もとの屹立した状態でぴたりと止まる。
「オレ、アシ、イタイ。ソレニ、ツカレタ。スコシ、ヤスム」
そう言い残して、ボニーの赤い目が色をなくした。
かすかに聞こえていた耳鳴りに近い音も消える。
おそらく完全に休止態勢に入ったのだろう。
「一応協力者ってことらしいけど……大丈夫かな」
「本番は実力を発揮してくれることを祈ろう……」
ボニーの様子を見て、不安な声をもらすルナとレオ。
早々に降参したものの、潜在能力だけは光るものがあった。レオの言うとおり本番に期待するしかない。
「ひとまずこれで赤は完了だな」
「思ったよりあっさりだったし、ほかも案外簡単にいったりして!」
「だといいけどな」
明るい声でそう願望をもらしたクララに、アッシュは肩を竦めつつ答えた。
先のボニー戦だけをみれば協力者探しの難度が低い可能性はいなめないが、ここはジュラル島の塔だ。今後も油断せずに臨む必要があるだろう。
「そんじゃ目的は達成したし、一旦帰還するぞ」





