◆第六話『赤の塔96階』
そこは赤と黒で支配されていた。
形状だけ見れば、王城や聖堂といった荘厳な建物を思わせるようなものだ。しかし、構成する建材は黒ずんだ岩盤ばかり。また模様づけでもするかのようにあちこちで溶岩が流れている。
この世に終わりがあるとすれば、まさにこのような光景となるのではないか。そう思わされるほどの緊迫感と絶望感を孕んだ空間が、ここ赤の塔96階には広がっていた。
「絶対に足を止めるなよ! 止めたら命はないぞ!」
岩盤は不規則に赤く煌めいては上方へと筒状に溶岩を噴出させてくる。おかげでアッシュは仲間とともに駆け回ることを強いられていた。
ラピスとともにオートマトンを破壊。
爆発に巻き込まれないように離脱した、瞬間。
「アッシュくん、前方からイフリート!」
レオの叫び声が飛んできた。
進路前方で噴出していた溶岩が収まる。
と、その先に人型の魔物が立っていた。
大きさは成人の2倍程度。
なにより特徴的なのは背まで伸び、そり返った立派な角。そして見えるものすべてを排除すると言わんばかりに光る黄金の瞳だ。
また至るところが隆起した逞しい肉体は、まるで炎そのものであることを示すかのように赤く染まっている。
どことなく緑の塔50階の主――ジンの面影を感じられる。ただ、こちらのほうが細身で、なにより存在感は遥かに上だ。
イフリートが合わせた両手を槌のごとく岩盤に叩きつけた。腹に響くような音が鳴り、大きく足場が揺れる。と、イフリートのすぐ前の岩盤から幾本もの炎柱が横一列になって噴出した。
さらに炎柱が遥か上方で勢いが止まるや、同様のものがこちら側に面する格好で生成。それが幾度も繰り返され、波のように迫ってくる。炎柱は左右の端まで覆う形だ。逃げ場はどこにもない。
ラピスが槍の穂先を下向ける格好で持ちながら、叫ぶ。
「クララっ!」
「うんっ!」
応じてクララが右手を突きだした。
放たれたのは《ダイヤモンドダスト》。さらにラピスが繰りだしたのは、槍の9等級から可能になる《氷の道》。2種の氷結攻撃が炎柱の波へと激突し、正面の一部分を青く染めあげた。
だが、炎柱の波が持つ熱が凄まじいからか。
生まれた氷の道はいまにも溶けてしまいそうだった。
駆け込むようにして全員がすぐさまくぐり抜ける。
最中、ルナが繰りだした矢がイフリートに命中しようとしていた。だが、直前に敵は炎そのものとなり、矢は通り抜けてしまう。炎はそのままかき消えると、レオの目の前へとぼうと音をたてて現れる。
さらに一瞬で輪郭を持ち、元のイフリートの姿へと変貌。拳を突きだしてきた。とっさにレオが割り込ませた盾に敵の拳が命中し、とてつもない轟音を響かせる。
直撃は防げたものの、その衝撃は凄まじいようだった。
レオが苦しげにぎりりと歯を食いしばっている。
攻撃はそれで終わりではなかった。敵の拳から炎が盾に移り、さらに持ち手のレオの肉体へと迫っていく。このままではレオが黒こげになってしまう。
「レオッ!」
アッシュはすぐさま駆けだし、勢いのまま薙ぎを繰りだす。が、触れる瞬間には敵の体が炎と化した。すぅと炎が消えると、背後で気配を感じた。どうやら回り込まれたらしい。
と、硝子の割れるような音が2つ聞こえてきた。振り返れば、敵の両足が凍りついていた。ルナが矢を当てたのだ。さらにクララの《フロストバースト》が追い討ちで命中。敵が悲鳴をあげる。
アッシュは振り返った際に敵の胴体を上下に切断した。宙空を舞う敵が恨みを吐きだすかのような慟哭をあげていたが、すぐに止まった。後頭部から口を貫く形でラピスが槍を突き刺したのだ。
振り落とされたイフリートが消滅を始める中、上空から激しい風が押し寄せてきた。全員が体を岩盤に押しつけられる。
岩盤から伝わってくるものだけでなく、風そのものにも熱がこもっていた。全身が焼けつくような痛みに襲われる中、なんとか首を曲げて顔を上向ける。
「フェニクスか……っ!」
頭上を巨大な鳥が飛んでいた。
剣のように長い嘴や魔物とは思えない理知的な瞳。なにより目立つのは、その身を包む火炎だ。まるで生きているかのようにうねり、強い光を放っている。
と、クララがなんとか《フロストバースト》を放ったようだ。1発がフェニクスに衝突し、怯ませた。あわせて風の拘束から解放される。
フェニクスが怒り狂ったように荒々しく飛びまわりはじめた。ひらひらと幾本もの赤い羽根が舞い落ちてくる。
一見、ゆったりとした動きで脅威には思えない。だが、あれらはなにかに触れた瞬間、赤の塔の9等級魔法――《インフェルノ》と化す恐ろしいものだ。ただ、あまりに数が多いため、すべてを撃ち落とすのは難しい。
「全員、レオのところに集まれ! 頭上を中心に撃ち落とすぞ!」
後衛組が得意の遠距離攻撃で羽根を迎撃しはじめる。前衛組も負けじと属性攻撃を放ち、羽根を撃ち落としていく。そして仲間が合流したときには、すでにレオの上方から落ちてくる羽根がすべてなくなっていた。
安全地帯は確保できたが――。
撃ち落とせなかった羽根たちが岩盤に触れるやいなや、それぞれが《インフェルノ》を発動。一瞬にして周囲を炎の海へと変貌させた。まさに1歩も踏みだすことのできない絶海の孤島に取り残された気分だ。
「あれが来る! みんな、急いで!」
ルナが叫びながら、上空へと矢を放ちはじめた。
その先では、フェニクスが両足の鉤爪で掴むように巨大な光球を生みだしていた。それはいまにも破裂しそうなほど膨らみつづけている。
あれは赤の塔10等級魔法、《スーパーノヴァ》。
どの塔でも10等級の攻撃魔法は味わってきたが、単純な破壊力だけなら最強といっても過言ではない魔法だ。撃たせるわけにはいかない。
全員でフェニクスに遠距離攻撃を浴びせはじめる。
その身を覆う炎が剥がれるように散るたび、敵の口から甲高い鳴き声がもれる。まるで助けをこうような姿にも見えるが容赦するつもりはない。手を抜けばやられるのはこちらだ。
と、敵が力なく翼を折った。
もがくこともなく、落下を始める。
「倒したっ!」
クララが歓喜の声をあげるが、膨らみつづけた《スーパーノヴァ》はその場に留まったまま。それどころか光をより強めていた。
「ラピス!」
「ええっ!」
アッシュはラピスとともにレオの前を駆け抜け、交差。岩盤に得物をこすらせ、仲間を覆う形で眼前に属性障壁を展開させた。
さらにクララがフロストウォールを生成。
ルナはそこへ手前側から緩めに放った矢を射て、氷壁の厚みを増やす。
「みんな、僕の後ろに!」
レオが盾を構えながら叫ぶ。
彼の背後に全員が飛び込んだのと、スーパーノヴァが発動したのはほぼ同時だった。
まぶた越しに貫いてくる強烈な白光。
わずかに遅れて襲ってくる、きぃんと響く耳鳴り。
長いようで一瞬の間を経て、それらが終わりを告げる。
衝撃を感じなかったことから、自身が生きていることはわかっていた。ゆえに、もっとも気にすることはレオの身だ。
「レオ、無事か!?」
まぶたを開けると、盾を構えたまま片膝をついたレオが映った。やはり少なくない衝撃が抜けたようだ。だが、肩越しに振り返った彼は大丈夫だとばかりに笑顔を向けてくる。
「みんなの手厚い援護のおかけでなんとかね」
「すぐに《ヒール》するねっ」
クララが慌ててレオに《ヒール》をかけはじめる。
周囲は《スーパーノヴァ》の影響で変わり果てていた。壁や天井が吹き飛び、変わりに星々が輝く夜空が顔を出している。一応、建造物内へと戻る正規の道は残っているが、瓦礫をどかす作業が必要になりそうだった。
「……ボロボロね」
「ほんと協力者探しどころじゃないね」
ラピスとルナが辺りを見回しながら、揃って呆気にとられていた。
今回、赤の塔96階を訪れたのは突破が目的ではない。先日、バゾッドから受けたクエストの一環でゼロ・マキーナ討伐に協力してくれる者を探しにきたのだ。
仮に協力者へと繋がる道がこの区画にあったとしたら、もう見つけることは難しいだろう。
「もしかしてあれって……」
ふいにルナが足早に歩きだしたかと思うや、その先で瓦礫の山の端を動かした。なにか見つけたのだろうか。そう思っていたところ、彼女が動かした瓦礫の下に空洞が映り込んだ。アッシュはルナのもとへと向かって中を覗き込む。
階段だ。
それもかなり下のほうまで続いている。
「こんなところに地下通路があったのか」
「さっきの《スーパーノヴァ》でめくれ上がったのかも」
あの破壊力抜群の魔法を発動させてようやく辿りつける隠し通路とは、本当に意地の悪い仕掛けだ。遅れて覗きにきたラピスが「どうする?」と問いかけてくる。
「ただのレア種かもしれないが、この際だ。行ってみようぜ。……レオ、調子はどうだ?」
「クララくんのおかげでもうばっちりだよっ」
レオが無事を報せるように盾と剣を掲げる。
「じゃあ、後ろを守ってもらうとするか」
「……え?」
正規の道の先から2つの気配を感じていた。
ひとつはフェニクス。もうひとつはイフリートだ。
これら2体を同時に相手にしたときほど厄介なものはない。
「みんな急いで入れ!」
ルナとラピスが駆け込み、クララが《テレポート》を連発して飛び込んだ。レオが少し遅れてがしゃんがしゃんと音を鳴らしながら懸命に走ってくる。
「ア、アッシュくんは待ってくれるよねっ!?」
「もちろんだ。だから早くこい!」
「いま、全力で飛び込むよ! 僕を受け止めておくれっ!」
なにを思ったか、レオがロケット噴射を展開。
猛烈な勢いで突っ込んできた。
「それは無理だ!」
「そんなっ!」
あんな金属の塊を受け止めるなんてできるはずがないし、そもそも受け止めたくはない。アッシュはひと足先に隠し通路に飛び込んだのち、巻き添えを食らわないように急いで駆け下りた。
直後、上方から騒がしい金属音が聞こえてきた。
転がってきた金属の塊――もといレオが顔を引きつらせながら呟く。
「も、申し訳ないけど……もう一度、《ヒール》を頼めるかな」





