◆第五話『元聖騎士のいま』
アッシュはラピスとともに硬度上昇の強化石の相場を確認するために訪れていた委託販売所をあとにした。北側通りのベンチで待つ仲間のもとに戻ると、クララが興味津々な顔で問いかけてくる。
「どうだった?」
「硬度強化石、売りに出てたのが25個だ」
「結構あるんだね」
「そのうち5個ぐらいは高すぎて問題外だったけどな」
3万ジュリーから4万ジュリーと売る気がない価格設定だった。価格の再設定を忘れているのか、あるいは出品者が亡くなったか。いずれにせよ、あれらを売り物として見ることはないだろう。
「平均は大体2万2千ジュリーだったわ」
ラピスがそう伝えると、ルナがほんのわずかにまなじりを下げた。
「いつもより少し高いね」
「ええ、だからひとまず2万1千以下の6個を購入しておいたわ」
「妥当だね。あまり買いすぎても高騰するだけだし」
すべて買えるだけのジュリーはもちろんあるが、できるだけ無駄な出費は抑えたい。ジュリーを稼ぎやすい上位陣として、ほかの挑戦者のためにもあまり相場を大きく崩したくないという理由もある。
花壇の縁に腰を下ろしていたレオが、難しい顔をしながらうーんと唸る。
「アッシュくんたちが買ってきてくれた6個と、僕たちがもともと持ってた5個でまだ11個か……エネルギーコアのほうは時間がかかりそうだね」
「50個たまらないと先に進めないからな」
「ん~、硬度強化石集めをしつつ、ほかのことを並行して進めたほうがいいかもね」
「片手間にできるし、それがよさそうだな」
基本的には委託販売所で売りだされている品を探すだけだ。売ってくれる知人を探すにしても大した苦労ではないため、戦闘に支障が出ることはないだろう。
「そんじゃ、先に面倒そうな協力者探しでもするか」
「全部96階かぁ。なんかすごいところにいそう……」
クララがため息交じりにため息をついた。
ルナがにっと意地の悪い笑みを浮かべる。
「それだけじゃないかもね」
「さすがにレア種はいない、よね。ゼロ・マキーナもクリスタルドラゴンもレア種だし」
「そこまでくると、逆に全部レア種と戦闘になるかもしれないよ。なんたって10等級の、それも隠しっぽいクエストだし」
「うぇ……」
ルナが悪戯交じりに述べた見解は、クララに充分な恐怖を抱かせていた。
とはいえ、すべての場所でレア種と戦闘になる可能性は充分にある。いずれにせよ、なにが起こってもおかしくない、という心構えでいるべきだろう。
がしゃん、と重鎧のこすれる音を鳴らしながら、レオがすっくと立ち上がる。
「とにかくなにがあるかわからないし、準備は万全にしないとだね」
「属性石も総入れ替えが必要だな」
「またリリーナ嬢にいやな顔されそうだね」
「間違いない」
10等級装備の入れ替えともなれば、装着できる強化石が多いこともあって相当な手間がかかる。そのため、毎度〝入れ替え〟を希望するときはため息をつかれていた。
クララがベンチに座ったまま、上半身をぐったりと前に倒した。
「またお金が飛んでいく~……」
「ゼロ・マキーナを倒せば出費に見合ったいいものがもらえるかもだよ」
「必要な出費ってやつだねっ」
ルナの言葉で一瞬にして元気になるクララ。
相変わらず切り替えの早さは一級品だ。
「ひとまず今後の方針はこんなところだな。そんじゃ、またリリーナに怒られにでもいくとするか」
そうして全員で鍛冶屋へ向かって歩きだそうとしたときだった。
「こんなところでなにをしてるんですかぁ……?」
後ろ手から声をかけられた。
のんびりとしたこの喋り方は間違いない。
振り返った先に立っていたのはやはりルグシャラだった。
神聖王国ミロの元聖騎士であり、現在は《アルビオン》に所属している挑戦者だ。
その身を包むのは真っ赤な防具だが、以前まで着ていた聖騎士のものではない。島の防具、《ブラッディ》シリーズだ。
兜も被っていないため、後ろで2つに結った可愛らしい髪が見えている。おかげで狂人独特の空気感は減っているが、すでに島の住民には〝ヤバイ奴〟として知れわたってしまっている。おそらく効果はほとんどないだろう。
「もしかしてなにか悪いことを企んでいるのでは?」
ルグシャラは両手に持った剣の刃をかち合わせる。
アッシュは思わずため息をついてしまう。
「顔を見せるなり、剣を抜いてる奴に言われたくないな」
「では闘いましょう……っ」
にたぁ、と笑いながらルグシャラ近づいてくる。
と、その背後にどこからともなくべつの女性挑戦者が飛び込んできた。
「――なにが『では』だ」
「ぐうぇっ」
ルグシャラがガマルのような呻き声をもらす。
突如として現れた女性挑戦者に襟首を掴まれたのだ。
「すまない。目を離すとすぐにこれだ」
言いながら、女性挑戦者が困った顔で軽く頭を下げた。
あわせて背にかかるほどの黒い髪がさらりと垂れる。
彼女はシビラ。
《アルビオン》のマスターだ。
またルグシャラの実質的な保護者でもある。
ルグシャラが襟首を掴まれたまま足をじたばたさせる。
「放してください、シビラさん。わたしはただ見回りをしていただけです」
「見回りをするだけなら剣を抜く必要はないだろう」
「アッシュさんは強いので、ついでに決闘がてら訓練しようと思っていただけです」
「ついでに決闘をしかける奴がどこにいるっ」
「ここにいまぁ~すっ」
満面の笑みで片手を挙げるルグシャラ。
シビラが頭が痛いとばかりに嘆息していた。
「相変わらずだな、本当に」
「こちらとしては学んでほしいところだが……面倒を見るといったのはわたしだ。最後まで責任を持つつもりだ」
「そうですよ~。責任をとってもらわないと~」
「自分で言うなっ」
あはは、とルグシャラは怒られても楽しそうに笑っていた。そんな彼女たちのやり取りを見ていたラピスがぼそりと一言。
「なんだかんだ相性抜群ね」
ルグシャラを制御できるとすれば、この島ではシビラひとりだけだろう。そういう意味ではラピスに同意だ。クララは「あたしには最悪に見えるよ……」と呟いていたが。
「慌しくてすまないが、これで失礼する」
「ま~たでぇ~~~すっ!」
そう言い残し、シビラとルグシャラが去っていく。
ちなみにルグシャラはいまだに解放されずに引きずられたままだ。
「いいか、ルグシャラ。これからわたしはチームで狩りにいかなければならない。ひとりになっても絶対に騒ぎを起こすんじゃないぞ」
「わかってますよぉ~」
「本当にわかっているのか?」
「ゴブリンの理解力程度にはぁ。あはは」
「ふ、不安だ……っ」
シビラにしか任せられないとはいえ、彼女が抱える心労は計り知れない。
今度、なにか労う機会でも作ろう。
そんなことを考えながら見送っていると、隣に立ったレオが満足気に頷いた。
「ルグシャラ嬢、すっかり島に馴染んだみたいだね」
「いまだに《アルビオン》って感じはしないけどな」
かつてのアルビオン。
ニゲル・グロリアの頃なら間違いなく入れなかっただろう。
それもこれも島の空気が良くなったことと関係があるような気がしてならなかった。
神聖王国ミロやダグライ帝国の介入によって一度は荒れていた島の雰囲気も、もうすっかり元に戻っている。ほんの少しだけ違和感があるとすれば、たったひとつだけだ。
アッシュは北側通りの中でもひと際大きな建物。
ベヌスの館を一瞥したのち、仲間とともに鍛冶屋へと向かった。





