◆第四話『コアの材料』
レオの演劇による軽い騒ぎを聞きつけてか。
仲間たちも合流し、揃って鍛冶屋に集まっていた。
手前の調理器具が置かれた区画の中、鍛冶屋のミルマ――リリーナが居心地が悪そうに椅子に座っている。反面、煮るなり焼くなり好きにしてくれといった様子にも見えた。
「そういや名前教えてもらってなかったもんな」
アッシュは彼女をまじまじと見つめながら言った。
同じように利用率の高い交換屋のオルジェはすぐに名乗ってくれたが、リリーナはなかなか名乗ってくれなかった。というより本当にいまのいままで知らなかった。
ほかのミルマたちが隠していたこともある。
意図的に教えてくれなかったことは疑いようがないだろう。
クララが小首を傾げながら問いかける。
「でも、どうして隠してたの?」
「……恥ずかしかったんだよ」
「恥ずかしい? なにが恥ずかしいの?」
クララの質問は純真さも相まって容赦がなかった。
リリーナはついに羞恥心を抑えきれなくなったようだ。
ふるふると身悶えたのちに大声をあげる。
「リリーナって名前がだ! わたしみたいな無骨な奴がこんな可愛らしい名前とか……似合わなさ過ぎて恥ずかしいだろ……っ」
「ほかのミルマに口止めしてたのも恥ずかしいからってこと?」
「……そうだよ」
もうどうにでもなれ、とばかりに口を尖らせている。
普段、淡々と仕事をこなす姿しか見ていなかったこともあり、ひどく新鮮だ。
「名前に似合う似合わないはないだろ。どんな名前だろうと、ほかの奴と名前が同じだろうと、名前は持ってる奴のもんだ」
「イメージってもんがあるだろ」
「たとえそのイメージがついてたとしても、べつになにもおかしくないだろ」
たしかに彼女自身も言っていたように無骨な印象が強い。ただ、可愛いという点ではなにも間違ったところはない。
そもそもミルマ自体、誰もが整った顔立ちをしている。もちろんリリーナも例にもれない。内面に関してもいましがたの恥ずかしがる姿を見ればなにも間違ってはいない。
「せ、世辞はやめてくれ! 似合ってないことは自分が一番よくわかってるんだっ!」
リリーナがわずかに俯きながら目を泳がせる。
どうやら照れているらしく、顔だけでなく耳や首まで真っ赤に染まっている。そんな普段との差異が面白くて、ついふっと笑ってしまう。
そうしてひとり微笑ましい気分に浸っていたところ、後ろから女性陣の呆れ気味な声が聞こえてきた。
「アッシュって本当に……」
「まあ、アッシュくんだし」
「さすがジュラル島一の好色家だね」
自信を持たせるために事実を言っただけでこのありさまだ。そこまで気にしているわけではないが、もう諦めるしかない。
と、レオが肩に手をぽんと置いてくる。
「僕のリリーナを頼むよ、アッシュくん」
先ほどの設定をまだ引きずるのは構わない。
ただ、ついでとばかりに肩を揉みほぐすのは余計だってので叩き落としておいた。
そうしている間にリリーナは少し落ちついたようで顔から赤みが引いていた。ただ、穏やかな表情になったわけではなく、むしろその眉は吊り上がっていた。リリーナが「それで」と話を切りだしてくる。
「わたしの名前をどこで知ったんだ? いや、どこのミルマがもらしたんだ!? 言え! 言わないとこれからきみたちのお代をふんだくってやるからな!」
「そ、それは困るよっ」
クララが切実な願いとともに声をあげた。
アッシュは面白半分で質問する。
「もしそのミルマの名前を言ったら?」
「あの窯に突っ込んでやる!」
「とりあえず同属殺しをしなくて良かったな」
「……ってことはもしかして」
どうやらリリーナもすぐに答えに行きついたようだ。
神が作った塔内の魔物から伝え聞いた情報だ。
同じ神の使いなうえ、名指しを受けたミルマが知らないわけがない。
「白の塔96階にいるバゾッドってオートマトンから聞いたんだ。リリーナってミルマがエネルギーコアの情報を知ってるって」
「まさか自分の任期中に来るとは思ってなかったけど……ついにか」
リリーナは感慨深そうに言うと、やる気に満ちた顔で立ち上がった。奥の鍛冶場側に入ったのち、受付台に両手を乗せながら話しはじめる。
「エネルギーコアの情報は知ってる。というより作り方を知ってるって言うほうが正しいかな。ただ、もし作るつもりなら覚悟したほうがいい」
なにやら含みのある言い方だ。
「もしかして作るのが難しいのか?」
「いいや、作るのは簡単だ。ただ材料集めが面倒なんだ」
人智を超えた存在であるオートマトンを動かす材料だ。
きっとすごいものが必要なのだろう、と漠然と身構えていたところ、思わず耳を疑ってしまうほどの材料がリリーナの口から提示された。
「属性石を各種10個。硬度上昇の強化石50個」
「うぇ、なにそれ。多すぎっ」
クララが顔を引きつらせながら悲鳴にも似た声をあげる。
普段は大げさだと注意するが、今回に限っては完全に同意だ。
少し前にペポン収穫祭のおかげで属性石の相場が一度は5100ジュリーまで下がったものの、いまは5300ジュリーまで上昇している状態だ。さらに硬度上昇の強化石にいたっては1個で2万ジュリーもする。
ざっと見積もって約125万ジュリー。
出せないわけではないが、充分な大金だ。
ただ、リリーナの口はまだ止まらなかった。
「そしてさらに――」
「えぇ、まだあるのっ!?」
「それらを閉じ込めるための特殊な液体――クリスタルドラゴンの心臓が必要だ」
クララはまた高額なものを要求されるのかと思っていたのか、心底ほっとしたように息をついていた。そばではラピスとルナが首をひねっている。
「聞いたことない名前ね」
「レア種なんじゃないかな?」
「そのとおり。クリスタルドラゴンは青の塔78階にいる中型レア種だ」
レア種と聞いた瞬間、クララが見るからに怯えはじめた。
「アンフィス……バエナだっけ。あ、あれとどっちが強い?」
「間違いなくクリスタルドラゴンだね」
「げぇ、あれよりってかなりやばいんじゃ……」
アンフィスバエナとの死闘を思いだしたのか、クララが青ざめていた。
「でも僕たちも成長したからね」
「レオの言うとおりだ。ってか10等級の挑戦者がいまさら8等級の魔物相手にびびってどうすんだ」
「そ、そうだけど……」
「クララ。自分がいま、一番等級の高い魔術師だってこと、忘れてないか?」
「い、いちばんの魔術師……!」
はっとなったクララがまんざらでも様子で顔を綻ばせた。
「そ、そうだよね。一番の魔術師として恥ずかしくないところを見せないとっ」
クララの怯え癖は相変わらずだが、調子の良いところも相変わらずだった。そんな彼女を仲間たちが微笑ましく見守る中、リリーナがまとめに入る。
「材料は以上だ。全部揃ったらわたしのところに持ってきてくれればいい。さっきも言ったとおり製作自体はそう難しくないから、すぐに作るよ」
「了解だ。とりあえずこんなところか」
エネルギーコアに関してリリーナから聞けることはもうないだろう。強化石の装着予定もない中、これ以上留まれば邪魔になるかもしれない。
「ありがとな、仕事中だってのに丁寧に説明してくれて」
「それは構わないよ。ちょうど客も来てなかったしね」
リリーナはにっと人懐っこい笑みを浮かべたかと思うや、いきなりもぞもぞとしはじめた。やがて意を決したように口を開いたのち、ぼそぼそと話しはじめる。
「あ、あのさ……できればわたしの名前がリリーナってこと、内緒にしてほしいんだ」
「っても、レオのせいでだいぶ広まってると思うぜ」
途端、リリーナがぎりっとレオを睨みつける。
レオも悪いと思う気持ちはあったようだ。
あはは、と乾いた笑みで応じていた。
「まぁ、俺たちから言いふらすようなことをするつもりはない」
「た、助かるよ。似合ってるって言ってくれたのは嬉しかったけど……でもやっぱりまだ抵抗があるからさ」
「了解だ」
アッシュは微笑みながらそう応じたのち、店の外へと足を向けた。肩越しに振り返りつつ、別れを告げる。
「じゃあな、リリーナ」
「リリーナさん、ばいばい~」
「またね、リリーナ」
「また来るわ、リリーナ」
「リリーナ嬢、今度はもっと素敵な詩を用意してくるよっ」
示し合わせたわけでもなく「リリーナ」と口にしていく仲間たち。10等級まで辿りついたこともあり、ついに連携が極まってきたようだ。
「き、きみら全員料金マシマシだっ!」





