◆第三話『愛しいリリーナ』
バゾッドの依頼を受けたのち、なんとか白の塔96階を突破し、帰還したものの、外はすでに真っ暗。くたくただったこともあり、その日はなにもせずに解散となった。
そして迎えた翌日。
バゾッドから受けた依頼をこなすため、早速、アッシュは仲間とともに聞き込みを始めていた。
「リリーナってミルマがどこにいるか教えてくれないか?」
「そんな子、いたかしら」
最初に訪れたのは交換屋のオルジェのもとだ。
まだ店が開いたばかりとあってほかに客はいない。
「同じミルマなのに知らないのか?」
「だって数が多いもの。全員の名前なんて覚えきれないわ」
興味がなさそうに答えるオルジェ。
彼女は相変わらずじゃらじゃらと装飾品を身につけ、露出度の高い服に身を包んだ格好だ。大抵の男なら誘われれば断ることはできない独特な空気を醸しだしている。
オルジェが開いた胸元を見せつけるように受付台へと前のめりになり、顔を寄せてきた。
「それよりアッシュ。リリーナって子よりも間違いなくあなたに向いてるミルマがいることを知るべきだと思うわ。オルジェって言うのだけど……」
瑞々しい唇をなめらかに動かし、こちらの頬を触るように手を伸ばしてくる。いつものことなので早々に避けようと思ったが、その必要はなかった。ぐい、とそばのラピスに腕を引っ張られたのだ。
「アッシュ、次を当たりましょう」
「お、おい。引っ張るなよ」
「ここにいても時間を無駄にするだけだわ」
ラピスが嫉妬しているのは容易にわかる。
ただ、思いのほか引っ張る力が強い。というかわずかに痛む。
そんなやり取りを見ていたオルジェがくすりと笑みをこぼしていた。
「ふふっ、可愛い反応ね」
「悪い。邪魔したな、オルジェ」
「気にしてないわ。それじゃあね、アッシュ。今度はひとりで来てちょうだい~」
手をひらひらと振りながら見送ってくるオルジェ。
その意味ありげな言葉にラピスの力が強まったのは言うまでもなかった。
「名前も聞いてたし、あっさり見つかると思ったんだけどな」
通りに出るなり、アッシュは振り返りながらそうこぼした。
ミルマには、塔やジュラル島の情報に精通している印象があっただけに違和感を覚えたというのが正直なところだ。
「塔ができてからすごい年月が経ってるし、もしかしてブランさんみたいにもう島にいなかったりして……」
クララがまなじりを下げながら言った。
ルナが顎に手を当てながら、うーんと唸る。
「たしかにその可能性は捨てきれないけど、塔の中にいた魔物が言ったことだからね」
「神がそんな失敗をするとは思えないね」
レオが力強くそう言い切った。
いずれにしろ手がかりを探ることが無駄になるとは思えない。
「とりあえずこのまま全員で回っても効率が悪いし、ここからは手分けして探すってことでいいか?」
こちらの提案に仲間たちが頷いてくれた。
早速その場で別れ、各々が別方向へと歩きはじめる。
こっそり振り返ったところ、クララがルナを追いかけているのを目にしてしまったが……見なかったことにしておいた。
アッシュは当てもなく歩きつつ、首を振ってミルマを探す。と、偶然にも最初に映り込んだのが《スカトリーゴ》の看板娘――アイリスだった。
「よっ、いまちょっといいか?」
アッシュは通りと客席を区切る柵に両腕を乗せながら、中のアイリスへと声をかけた。
彼女はトレイを胸に抱いたまま目だけを動かしてこちらを確認してくる。が、無表情のまま振り返ることはしなかった。
「仕事中です」
「つってもまだ誰もいないだろ」
こちらに立ち去る気がないと察したからか。
アイリスがため息をついたのち、こちらに向いた。
「なんの用ですか?」
「リリーナってミルマの居場所を教えてもらえないか?」
「……知りません」
質問から答えまでの間はほとんどない。
ただ、それでも微妙に遅く感じられた。
「いまの間、絶対知ってるだろ」
「仮に知っていたとしても教えられません」
「なにか条件みたいなのがあるのか? まあ、クエストだったらそういうのがあってもおかしくはないか」
「そういうわけではありません。いずれにせよ、わたしの口から教えられることはなにもありません」
これ以上語るつもりはない。
そう言わんばかりにアイリスは体の向きをもとに戻した。
「そのわりには色々とヒントをもらえたけどな。助かったぜ」
「……そうですか」
素っ気ない彼女の言葉を最後に、アッシュは《スカトリーゴ》をあとにした。
間違いなくアイリスは〝リリーナ〟を知っている。
もしかするとオルジェも知っていながらとぼけたのかもしれない。だとすれば、話せないなんらかの理由があるということだ。それがわかれば〝リリーナ〟へと辿りつけるかもしれない。
その考えのもと、ミルマへの聞き込みを続けるが――。
一向にそれらしい情報を得ることはできなかった。ミルマが〝リリーナのことを隠している〟ということがより明確になっただけだ。
西側通りを北側に向かって歩いていたところ、ちょうど前方にミルマと対峙するレオを見つけた。聞き込みを熱心に続けているのだろう。ただ、収穫は得られなかったようで早々に頭を下げられ、別れていた。
と、レオもこちらに気づいたようだ。
互いに手を挙げつつ、合流する。
「そっちもあんまりみたいだな」
「〝も〟ってことは、アッシュくんもなんだね」
「ああ。ミルマが意図的にリリーナって奴を教えないようにしてるってことだけはわかったんだけどな」
ふむふむ、とレオは頷き、考え事をはじめる。
ただ、すぐになにか思いついたようで、いつもの爽やかな笑みを向けてきた。
「このままだと進展がなさそうだから、少しやり方を変えてみようか」
いったいなにをしようとしているのか。
レオが左手を胸に当て、右手を天へと伸ばした。
「リリーナ! 聞こえてたら返事をしておくれっ! きみと話がしたいんだっ! ああ、愛しいリリーナ! きみの大切な人はここにいるよっ!」
まるで劇のようなしぐさを見せながら、レオが声を張り上げる。あまりに唐突だったうえ、珍妙な行動だったからか。中央広場の通りを歩く挑戦者やミルマの注目を一身に浴びている。
そういうことか、とアッシュは胸中で感心した。
あえて目立つことで、〝こちらがリリーナを探している〟と伝えようとしているのだろう。しかも、出てこなければレオと関係を持っていると誤解されかねない内容だ。ひどいとしか言いようがないが、これほど上手いやり方はない。
レオはさらに声を大きくしながら通りを歩いていく。
やがて鍛冶屋の前に差しかかった、そのとき。
「リリーナッ! リリーナッ! リ――」
飛んできた黒いなにかがレオの側頭部に当たった。
ガンッと鈍い音を鳴らし、レオが前のめりに崩れ落ちる。
「お、おいっ、無事かレオ!?」
アッシュは慌ててレオのもとへと駆け寄る。
彼のそばで大きめの鍋が石畳の上を転がっていた。
おそらく頭に当たったのはこの鍋で間違いだろう。
10等級の魔物相手の攻撃でも耐え切るレオが、こうもあっさり倒れてしまうとは。不意をつかれたにしても、よほどの衝撃だったに違いない。
「わ、わたしはこんな奴と関係なんて持ってないっ! っていうか、こんな変態とあ、ああああ愛し合うわけわけないだろっ!」
ふいに聞こえてきた切実で必死な叫び声。
見れば、鍛冶屋を背景にひとりのミルマが立っていた。
ほかのミルマとは違い、その身は給仕服ではなく粗雑な衣装に包まれている。不潔感はないが、どこか無骨という印象がひどく似合っている。
いつも鍛冶屋で強化石の装着や解除をしてくれているミルマだ。彼女の名前は知らない。だが、いましがた彼女はレオのひどい演劇に被害者として反応した。つまり――。
「ってことはリリーナって……」
鍛冶屋のミルマは顔をそらすと、頬を染めながらぼそりと呟いた。
「……わ、わたしのことだ」





