◆第十一話『狂人の波』
さまざまな色で辺りを彩る閃光。
腹に響くほどの轟音に甲高い金属の接触音。
極めつけには視界がブレるほどの揺れ。
世界が終焉を迎えようとしている、と説明すれば多くの人間が信じてしまうのではないか。そう思えるほど熾烈な戦いが、ここジュラル島の南東端で繰り広げられていた。
「単独で突っ込むなよ! 一気に囲まれるぞ!」
アッシュは眼前の狂人から突き刺した剣を抜いた。
狂人が倒れはじめるよりも早く、次なる標的へと駆けだす。
前衛には近接部隊を、後衛には魔術師をといった基本の陣形で展開。浜辺から襲いくる狂人たちの迎撃に当たっていた。
開戦からそれなりに時間は経っているが、陣形は維持しつづけられている。だが、波が押し寄せるのとほぼ同じ間隔で何十体もの狂人たちが陸に上がってくるため、まるで減っている気がしなかった。
ただ、誰一人として悲観した者はいない。
おそらく状況が好転していないものの、敵を圧倒しているからだろう。
「シビラ、遅れるんじゃないよっ」
「それはこちらのセリフだっ」
ヴァネッサが大剣を振り回し、まとめて狂人2体を粉砕。対してシビラは《ゆらぎの刃》で加速した自らの身で素早く斬り伏せていく。普段のチームでの戦い方もあのような形なのだろうか。2人は煽り合いながらもほかの挑戦者とは一線を画した戦果を挙げている。
いや、大きな戦果を挙げているのはもうひとりいる。
「どっからでもかかってこい! お前らはっ、俺がっ、全員っ、ぶっ飛ばしてやるっ!」
ベイマンズだ。
彼は《レッドファング》の中でただひとりこの場に来ている身とあってほかの挑戦者と目立った連携は見せていない。だが、それでも飛び抜けた個の力で貢献してくれていた。両手に持った小振りの斧で一振りするたびに狂人の肉を荒々しくさばいていく。
と、視界の多くが青く煌いた。敵の最前列からわずかに後ろ――中衛に位置する狂人たちの空間がほぼすべて覆われている。目を奪われるほどの美しい光景だが、それはとてつもない脅威を孕んでいた。
敵の全身がみるみるうちに凍っていき、瞬きひとつするうちには完全に動かなくなってしまった。あれはクララが放った青の塔の10等級魔法、《ダイヤモンドダスト》だ。
その光景を横目にしながら、ラピスが串刺しにした狂人を放り投げる。
「本当に味方が使うと頼もしいことこのうえないわね……」
「ルナの矢もえげつないけどな」
アッシュはそう応じながら狂人たちの頭上を見やった。
落雷と化したルナの矢が凍結した狂人たちへと次々に降り注いでいた。
ルナの矢は10等級となったことで落下を始める際に2本に分裂。さらに以前、合同討伐で入手した《オベロンの腕輪》の効果で属性攻撃の効果時間延長。それら2つが重なり、より広範囲に長く落雷の効果が残っていた。
激しい炸裂音によって狂人たちが慟哭をあげる。
身体が凍結から解放されたものの、すでに動ける状態にはないようだった。まるで焦げたように黒く染まった狂人たちはその場にバタバタと崩れ落ちていく。
クララからのルナの連携が決まれば、敵が一気に2、30体も消滅する。その光景を見たほかの挑戦者たちが口々に称賛と感嘆の声をもらしていた。
当のクララはというと、情けない声を出していた。
「でもこれ、3発で頭くらくらする……」
「2発でも充分だ。なんなら1発ずつでもいい! 可能な限り途切らせないようにしてくれ!」
「わ、わかった!」
数で圧倒的に不利な状況の中、陣形を維持できているのは間違いなくクララの《ダイヤモンドダスト》のおかげだった。あれのおかげで雪崩れ込むように押し寄せてくる敵の勢いを削ぐことができている。
「オルヴィ、回復に専念してくれるかい!?」
「リトリィも頼む! こんな状況だ。チーム関係なしに頼む!」
ヴァネッサに続いてシビラが叫ぶ。
指示を受けたオルヴィ、リトリィが応じるやいなや、前衛へと《サンクチュアリ》や《ヒール》がかけられていく。深手を負うことはないが、多少の傷を負うことはあるため、非常に助かる対応だ。
「アッシュさんの回復はもちろん、このオルヴィが務めさせていただきますっ!」
「頼むぜ、オルヴィッ」
「はいぃっ」
オルヴィの歓喜の声が戦場に響き渡る。
……過剰に《ヒール》が飛んできているような気もするが、きっと気のせいだろう。
と、視界の端で陣形の一画が崩れはじめていた。
ギルド《ファミーユ》の者たちが守っているところだ。
最前列に立って奮戦する浅黒い肌の挑戦者――ウィグナーが2体の狂人の猛攻を受け、いまにも倒れそうになっていた。だが、その危機は猛烈な勢いで割り込んだ影によってなんとか脱する。
「――この島はようやく見つけた僕の居場所なんだ。きみたちにやらせはしないよ」
「レオさんっ」
影の正体はレオだった。
10等級防具、《エンシェント0》が備えた機能――噴射によって加速し、勢いのまま盾で狂人たちを吹き飛ばしたのだ。
「で、でもやっぱりその防具はちょっと……」
「本当だよ、ますます《ファミーユ》の名声が……」
「でもレオさんはこうでないとって感じだけどね」
「み、みんなひどいよ! こんなにも格好いいのに!」
周囲で戦っていた《ファミーユ》のメンバーから不満の声があがっていた。やはり誰が見ても《エンシェント0》は不評のようだ。あれを気に入っているのはレオぐらいのものだろう。
「余所見するんじゃないよっ」
会話を交わすレオたちへと向かっていた狂人がひしゃげるように潰れた。《ソレイユ》のメンバーでありヴァネッサチームの盾役――ドーリエがハンマーを振り下ろしたのだ。
流れるようにレオもまた前へと出て、ドーリエとともに背中合わせで多くの狂人たちを引きつけ、迎撃しはじめる。
「ドーリエ嬢……! 相変わらず素敵な戦い方だね」
「ふん、褒めたって無駄だよ。あたしには心に決めた男がいるからね」
「それはなんて素晴らしいことだ。僕は紳士だからね……きみの恋が上手くいくようにお祈りした砲をあげさせてもらうよっ」
レオが狂人たちとの距離がわずかにあいたのを機に前のめりになった。直後、彼の背に抱えられた箱がぱかりと開き、先端が尖った筒状のもの――《ミサイル》が飛びだした。それらは火花を噴出しながら勢いを増すと、あちこちの狂人たちへと命中。けたたましい音をあげて爆発を巻き起こした。
「な、なんだい……えらく格好いい攻撃じゃないか」
《ミサイル》が着弾する光景を横目で見ていたドーリエが唖然としていた。途端、同士を見つけたとばかりにレオが目を輝かせる。
「そうだろうそうだろう! きみはわかってくれるんだね、ドーリエ嬢!」
「10等級を目指す気持ちがさらに強まったよ……!」
信じられないが、レオ以外にも《エンシェント0》を格好いいと思う者がいた。……意外と盾役の挑戦者には人気なのだろうか。
そうして各々が自らの力とジュラル島の装備を活かし、狂人たちを迎撃していく。油断すれば一気に包み込まれそうな危うさはあるものの、現状を維持すれば負けることはないだろう。
ただ、あまりに敵の数が多すぎた。
すでに1000近くを迎撃しているが、まだ上陸する狂人には途切れる様子はない。
「まったく……キリがない、ねっ!」
ヴァネッサが狂人を脳天から両断し、消滅させながら吐き捨てた。すでに彼女の前には新たな狂人が飛び込んできている。
アッシュは彼女の周囲を駆け抜け、群がった狂人を一掃した。そのまま背中合わせから隣に並んでと目まぐるしく互いの位置を変えながら狂人へと対応する。
「それでもやるしかない!」
「わかってるよ! たとえ日没まで続いても一体もここをとおす気はないよ!」
もとよりこの場にいるのは攻撃部隊として自ら名乗りを挙げた者たちばかりだ。士気は高く、ヴァネッサと想いは同じようだった。全員が感じる疲労を逆に糧として、果敢に狂人を迎撃していく。
ふいに密林地帯のほうからひと気を感じた。
一瞬狂人かと思ったが、すぐに警戒を解いた。狂人にしては足音に荒さが足りない。アッシュは体を横に開く格好で密林地帯を視界の端に入れる。
と、ちょうどひとりの男が飛びだしてきた。
たしか《レッドファング》のメンバーだったか。
彼は必死な形相で浜辺全体に届くような声をあげる。
「ベイマンズさん! ギルドのみんなが……中央広場が大変なことになってますっ!」





